第十四話 降伏勧告

(なんて屈辱的くつじょくてきもうし出なの!)


 ミラナが、ザクマから渡された文を読む。幸村ゆきむらには、彼女かのじょ黄金色こがねいろの髪が少し逆立ったようにえた。


「ウェダリアの民には、損はさせません。彼らは今まで通りに生活せいかつしていただければ結構けっこう。ただ王族おうぞくの皆さんの財産ざいさん没収ぼっしゅうさせていただきます。その上で、この国を出てどこぞに行っていただければ、それで結構。後のことは、我々われわれジュギフにおまかせ下さい」

 ザクマは、変わらずち着いた、ゆったりとした口調くちょうで語った。

(なるほど、なかなかうまいな。いくされしている)

 幸村はおもった。

 手紙てがみを渡しているのに、その内容ないよう口頭こうとうで語っている。秘密ひみつでもなんでもないのだ。むしろ、ジュギフからこのような提案ていあんがあったことをウェダリアの民に広く知らしめることを目的もくてきとしている。ウェダリアぐん敗退はいたいしたり、籠城ろうじょうが長引き、いくさに嫌気いやけが差した時、この情報じょうほう機能きのうする。

 民の中には、ウェダリアの王族を追い出せば自分じぶんたちの安全あんぜん保証ほしょうされるとい出すものが現れるだろう。内部ないぶを撹乱する狙いなのだ。そのために王族と民に極端きょくたんに違う条件じょうけん提示ていじしている。


「ご存知ぞんじだとは思いますが、我がジュギフは敗れた国の王族を生かしておいたことはありません。降伏こうふくすれば命はうばわぬというのは破格はかくの条件。ガイロクテイン侯爵閣下こうしゃくかっかの格別のごはからいです。いかがでしょう?ミラナ女王陛下じょうおうへいか

 ザクマは流れるように饒舌じょうぜつに語った。

(降伏すれば、少しの間は生かしておく程度ていどはなしではあるがな……城も兵も武器ぶきも、奪ってしまえば、生かすも殺すも思うがままよ)

 ザクマは内心思っているが、その表情ひょうじょうからはうかがい知れない。


 ミラナは怒りの感情かんじょうを圧し殺しているのだろう。呼吸こきゅうを整えると口を開いた。

「この国を我々が出たとて、あなた方が民を簒奪さんだつしないという保証はありません。この地は、先王せんおうよりまかされた先祖伝来せんぞでんらい大事だいじ故郷こきょうです。降伏するつもりはありません。お引きりを」

 それを聞くと、ザクマは軽く握ったこぶしを口に当て、二回うなずいた。

「ふむふむ、降伏勧告こうふくかんこくかんしては、受け入れるつもりはいということですな。わかりました。我々にも任務にんむがある。ならば武力ぶりょく解決かいけつするしか無いですかな」

 ザクマ、さらに何度なんどか下を向いて首肯しゅこうすると、ミラナにまた視線しせんを向けた。

「それでは女王陛下、我々はかえります。戦場せんじょうでお会いしましょう。失礼しつれいする」

 ザクマは黒いマントをひるがえして背を向けると、二人ふたりのダークエルフを連れて城門じょうもんへと向かった。幸村と兵たちも城門に同行どうこうした。


「では、これにて」

 幸村はザクマにげた。

 ザクマは城門でうまに乗ると

「それでは、戦場でお会いいたそう」

 悠然ゆうぜんと幸村に言うと、ゆるりと南のジュギフ本陣ほんじんへと馬を進めた。

「リザードマンを殺ったのは、あの男です」

 後ろから馬を進めるダークエルフが、ザクマに言った。

「そうか。使い手だな」

 ザクマは、ゆったりと言った。

 ウェダリアの城壁じょうへき、城門を見る。よく整備せいびされている。その視界しかいに「真田丸さなだまる」が映る。首をひねった。

「さっきも気にはなったが、この防御施設ぼうぎょしせつはなんだ?これは今までの報告ほうこくに無いな」

「はい、我々も始めて見るものです。昨日きのう物見ものみに来た時は無かったかと……」

 ダークエルフが答えた。

「うむ、何やら面妖めんような」

 ザクマは言った。あの幸村とか言う男、見慣れぬ鎧兜よろいかぶと帯刀たいとうした姿であった。調べても情報が無く何者なにものかわからない。不気味ぶきみ存在そんざいである。

(……とは言え、このいくさも、だいたいわったようなものだな)

 ザクマは思った。


「ザクマ、どうであったか、首尾しゅびは?」

 ジュギフ本陣。その中央ちゅうおうに張られた軍議用ぐんぎよう天幕てんまくに着くなり、大将たいしょうガズマスが聞いた。禍々まがまがしい模様もようの描かれた焼鉄色のよろいを着、青みがかった肌のオークである。顔立ちは豚に似ている。

「受け入れるわけなかろうよ。あんな降伏条件で」

 ザクマは、うす笑いで言った。

 素焼きの水差しから、同じく素焼きの椀に水を注ぐと、少し口をつけた。

「だろうな……グフ……グフ」

 ガズマスは笑って言った。どっかりと野戦用の椅子いすに腰掛ける。椅子の横には、ガズマスの巨大きょだい戦斧せんぷが立てられている。人間にんげんの男では、とても振れない重さだ。ザクマは、ガズマスが戦場でその戦斧を振るうと、血の雨が振ったような凄惨な光景こうけい出現しゅつげんするのを、何度も目撃もくげきして来た。

「ところで、ザクマよ……グフ……グフ」

 ガズマスは下卑げひた笑いを浮かべて言う。

「我がジュギフ北部方面軍ほくぶほうめんぐんでは、ワシが大将、おまえは副将ふくしょうだよな……ゲフ……グフ。旧知きゅうちのお前でも、軍というものはしっかりと規律を重んじるものだよな〜……ゲフ……グフ。しっかりと上官じょうかんに対する礼をって報告してもらわねば困るな〜……グフ……グフ」

(こいつ!)

 ザクマは冷静れいせい知的ちてきな男であるが、さすがにイラ立った。


 ザクマとガズマスはガイロクテイン侯爵こうしゃくにつかえ、ともに八年になる。ガイロクテイン侯爵の魔神島統一を助け、ともに戦ってきた。

 ガズマスはその怪力かいりきと、残忍な性格せいかく、オークとしてはい頭で頭角とうかくを現し、戦場で格別な武功ぶこうを立ててきた。

 ザクマは権謀術数けんぼうじゅっすうにすぐれ、その陰謀の数々で敵を調略ちょうりゃく。敵を寝返らせることによって、幾度いくどと無く戦局せんきょくを動かしてきた。

 そのジュギフ内での地位ちいは、ほぼ同格どうかくであり長年ながねんのライバル関係かんけいにあった。だが、北部方面軍を結成けっせいするにあたり、ガズマスだけでは知略に不安ふあんが残ることから、ザクマも編入へんにゅうとなった。

 どちらが大将でもよかったのであるが、配下はいか兵数へいすうがわずかに少なかったため、ザクマが副将という扱いになった。長年のライバルであったザクマが、自分の部下ぶかという扱いになったことが、ガズマスには愉快ゆかいでたまらない。

 今の発言はつげんは、ガズマスが最近さいきんお気に入りの遊びなのだ。


「ザクマ、上官に対する報告を〜……グフ……グフ」

 ザクマは怒りで表情がこわばるが、感情を押し殺し、姿勢しせいを正すと言った。

「ガズマスさまに申し上げます。ウェダリアへの降伏勧告は拒否きょひされました。ガイロクテイン侯爵の命に従い、次の行動こうどうに移ります」

 ガズマスは満足まんぞくそうに笑った。

「グフグ!!!!……グフグ!!!……うん、ザクマ、よろしく頼む……ゲフ……グフ」

 ザクマは漆黒しっこくのマントを翻すと、天幕を出た。


「あの!ヤロッ」

 ザクマは怒りに任せた言葉ことばが出かかるが、口を閉じて呑み込んだ。

(あの野郎やろう!ここは最前線さいぜんせんだ。たとえ暗殺あんさつしたとて、証拠しょうこさえ残さなければ、いかようにでも言いれはできる。覚えていろ!!)

「おい!おまえたち!!」

 ザクマは兵たちにびかける。士官級のオーク、ダークエルフたっ素早すばやく集まってきた。ザクマの不機嫌ふきげんを感づいている気配けはいがある。

(……いかんな……)

 ザクマは、呼吸を整えると、いつもの落ち着いたこえで言った。

「ガイロクテイン侯爵の命に従い、次の行動に移る。計画けいかく説明せつめいするので、私の天幕へ」

「はっ!」

 兵たちは、ザクマの後について天幕へと向かった。


 その時、幸村たちは───

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