第十三話 真田丸

 まだ暗い早朝そうちょう佐助さすけ幸村ゆきむら部屋へやを訪れた。

御館おやかたさま、きてくだされ。敵軍てきぐん進軍しんぐん開始かいししました。昼前ひるまえには着くかと」

「来るか!」

 幸村は飛び起きると、ふくを来て千子村正せんじむらまさびる。

 時間じかんが惜しい。城の入り口につないでおてた芦毛のうまにすぐさま飛び乗ると、南の平原へいげんへと向かった。少し肌寒はだざむい。


 まだ暗い平原で作業さぎょうしている男たちがいた。土木工事どぼくこうじってよいか。南側みなみがわ城壁じょうへきにある唯一ゆいいつ城門じょうもん。この手前てまえ強固きょうこさく設置せっちしている。城門の側、東側ひがしがわに一辺百メートルほどの正方形せいほうけいが、柵によって新たに描かれようとしている。城門の脇に造られた、ちょっとした出城でじろである。

 幸村は作業を指揮しきしている、初老しょろうの男にこえをかけた。頭髪とうはつは肩まである白髪しろかみ、一見芸術家のような男であるが、一文字ひともじに結んだ口と眼光がんこうの厳しさが強い意志いしを感じさせる。

「おはようございます、ジンゴさん」

 幸村は声をかけた。

 ジンゴとばれた初老の男はじろりと不機嫌ふきげんそうに幸村をると

「お、小僧こぞう。来たのか」

 と静かに言った。

 幸村が、この世界せかいに来た、天王寺てんのうじ岡山おかやまの戦い当時四十八歳だった。だが、どういうわけかこの世界に「転生てんせい」して若返ってしまった。どう見ても二十歳はたちくらいの若者わかものにしか見えない。それ故に、ジンゴには出会であった当初とうしょから小僧扱いされている。

実際じっさいの年は、そんなに違わないとおもうんだがな……そういえば、佐助は全然若くなってないが、どういうわけか?そういうこともあるのか……?)

 幸村は一人思ったが、それは腹にしまって聞く。

「どうです、順調じゅんちょうですか?」

 ジンゴは、気難きむづかしそうな表情ひょうじょうでぶっきらぼうに言う。

「見りゃわかるだろ、順調。順調だよ」

 ジンゴは少し口の端を曲げて笑うと、つづけて言う。

「なかなか物はいいぜ。見てみろよ」

 幸村は、柵に近寄ってみる。見ただけでも非常ひじょう堅牢けんろうだ。木材もくざいの組み合わせによってできているその柵に、一メートルにニ箇所ほど四角しかくく穴が開いている。やりを突き出し、矢、弩を射るためのものだ。その表面ひょうめんには、平でそっけない灰色はいいろの石が薄く張られている。

「うん、いですね」

 幸村も制作途中の物を何度なんど確認かんにんはしていたが、今の仕上がりに満足まんぞくして言った。

「なかなかだろ?これならバケモノどもや馬の突進とっしんも防げるはずだ。前からの押す力に耐えるように要所の木を継手つぎてで組み合わせてある。それに、十分深く地面じめんに埋めている。そう簡単かんたんには倒れないぜ」

 ジンゴは言った。継手とは、釘などを使わず、木材をブロック状に切り出して組み合わせる手のかかる手法しゅほうのことだ。だがどの方向ほうこうからの力にも強く、そう簡単に壊れなくなる。

 ジンゴは柵を左手ひだりてで撫でると、言う。

「まったく。おまえがかくしておいて直前ちょくぜんで出したいから、軽くて丈夫じょうぶな木で作ってくれなんで言うからな。苦労くろうしたぜ」

「お手数てすうかけます」

 幸村は笑った。

「あと、この表面に貼った石。これで耐燃性も問題もんだいないはずだ。火矢や、ちょっとした攻撃魔法にも耐えられる」

 ジンゴは自信じしんありげに言った。

 幸村は、これを作ってくれる職人しょくにんをウェダリア市街しがいで探し、紹介しょうかいされたのがジンゴだった。

「うん、良い。良いですね。これは使える」

 幸村のその言葉ことばに、ジンゴはニヤリと笑って聞く。

「勝てそうかい、将軍しょうぐん?」

「やってみますよ。勝てたら、この仕事しごと自慢じまんしてください」

 幸村もニヤリと笑って言った。


 兵たちは、いつもどおり六時ろくじ起床きしょう

 朝食ちょうしょくを済ますと、鉄と革でできた甲冑かっちゅうを身に着けた。  

 幸村は城にもどると、兵たちに南の城壁と、城門脇の出城のにつくよう指示しじを出した。

 日が昇りきったころ、兵の配置はいちわった。

 士気しきは高い。

 幸村は、ウェダリアの武器職人に修繕しゅうぜんさせた赤揃あかぞろえのよろいを身につけると、馬に乗り南の平原に出た。

 

 日もだいぶ昇った。

 佐助が横に馬を並べる。なにやら忍者装束にんじゃしょうぞくのような漆黒しっこく洋服ようふくを着ている。自分じぶんの着慣れた仕事着しごとぎに近いものを、ウェダリアで見つくろったのだろう。

「……真田丸さなだまる……ですか……」

 城門脇の、柵で造られた正方形の出城を見て、佐助は言った。なにやら去来きょらいする思いがあるのだろう。目を細めて、その出城を見ている。


─── 真田丸とは、大阪冬の陣にて、大阪城おおさかじょうの南側、徳川とくがわ大軍勢だいぐんぜいの前に建てられた出城のことだ。幸村と佐助はこの真田丸に籠もり戦い、徳川軍に大打撃を与えた。それにより幸村の武名ぶめい天下てんげに響き渡ることとなった。 ───


 幸村は言う。

「あんな本格的ほんかくてきな出城ではないがな。そうか、そう呼ぼうか。これは『真田丸』だ。ウェダリアの真田丸だな」

「大阪の真田丸も築いたのは、大阪城の南側でしたな。奇しくもまた南側ですか」

 佐助が言った。

「アハハハ、そうだったな」

 幸村は笑った。


「そろそろ、来る頃ですな……」

 佐助は、南の方角ほうがくを見つめながら言った。ジュギフの軍勢ぐんぜいが来るはずた。

 幸村も、その方角をまっすぐに見つめる。

 まず南へとつづ街道かいどうに、数騎すうき斥候せっこうが現れたのが見えた。接近せっきんしてくる。小柄こづか浅黒あさぐろく、耳の長い者が乗っている。

「あれは、ダークエルフですな」

 佐助が言った。

「ほぉ、何者なにものか?」

 幸村が聞いた。

「知能が高く目も良い。ジュギフの斥候はあの者達が務めているようです」

 佐助は偵察ていさつのため、敵陣てきじんに何度も接近している。そのため、ジュギフの魔物まものたちにも詳しくなっていた。

 斥候が、こちらの様子ようすをうかがうと、南へと引き上げていった。続く本隊ほんたい連絡れんらくに行ったのだろう。

 街道の遠くに、もうもうと土煙つちけむりがあがる。たくさんの人馬じんばうごめき、こちらに向かってくるのが小さく見える。


「どうやら来たな……」

 幸村は、つぶやいた。

 街道を移動いどうするその集団しゅうだんと、そのき起こす土煙はどんどんと近づいくる。

 城に詰める兵たちが、それを見つめている。

 緊張きんちょうしているのが伝わってくる。

 

 そしてついに───

 ウェダリアの南、その平原にジュギフの軍勢が到着とうちゃくした。その現れた禍々まがまがしき魔の者たち。その数一万。

 幸村の読み通り、南の平原の南端なんたんにある丘に本陣ほんじんを置いた。


 幸村は陣取ったジュギフの軍勢を観察かんさつする。以前戦ったリザードマンと呼ばれる魔物の数は少ない。百程度であろうか。あれだけの戦闘力せんとうりょくを持つ魔物だ。希少種なのかもしれない。

 半分はんぶんより少し少ないくらいの者たちは、あのダークエルフと呼ばれる者たちだ。

 そしてぐん大半たいはんを占めるのが、大柄おおがらで薄く青みがかった肌の蛮人ばんじんたちであった。

「佐助、あの者たちは?」

「あれは、オークという者たちです。腕力わんりょくはなかなかのもんですが、卑しい魔物だというはなしです。北部方面軍ほくぶほうめんぐん主力しゅりょくです」

 そのオークの中に、ひときわ体格たいかくの良い騎乗きじょうした者がいる。禍々しい模様もようの入った黒光りする鎧を身に着けている。肌がひときわ青い。

「あいつが大将たいしょうか?」

左様さよう。北部方面軍の大将ガズマスです」

「ふむ」

 幸村は、うなずいた。


 そのジュギフの軍勢から、三人さんにんのダークエルフが馬でこちらに向かってくるのが見える。軍使ぐんしの印である、白旗しろはたを携えている。先頭せんとうを走るダークエルフは、仕立ての良い漆黒のマントを羽織はおりっている。身分みぶんの高い者なのだろう。

 それを見て、幸村は城門の前に立った。佐助が横に付き従う。

 

 先頭のダークエルフは、城門脇の出城「真田丸」を怪訝けげんな表情で眺めると、幸村の前で馬を止めると言う。

「軍使である。私は、ジュギフ北部方面軍の副将ふくしょうザクマともうす者。ミラナ女王陛下じょうおうへいかにおり次ぎ願いたい」

 幸村が応える。

拙者せっしゃはウェダリアの軍を預かる真田幸村さなだゆきむらと申す。お取り次ぎしよう」


 ザグマたち三人のダークエルフは、幸村、十数人のウェダリア兵と共に、城へと通された。

 城内じょうないの「王の間」に通される。そこは、王が人と臆見おっけんするための場所ばしょである。中央奥に玉座ぎょくざが。玉座横には文官ぶんかんが立っている。玉座の前、少し離れたところに立つ三人のダークエルフ。幸村と兵たちもそのまま王の間に入った。


 少しすると、ミラナが純白じゅんぱく戦闘服せんとうふく帯剣たいけんした姿で現れた。黄金色こがねいろの長い髪が、歩くたびに軽やかにれる。玉座に座ると言う。

城主じょうしゅのミラナ・ドゥ・ウェダリアです。お話を聞きましょうか」

 ミラナは感情かんじょうを押し殺しているのか、表情は硬い。

 ザグマの立ち姿は、敵の城に乗り込んできたとは思わせない余裕よゆうを感じさせる。彼はち着いた声で言う。

「ミラナ女王じょうおう、お目にかかれ光栄こうえいです。我々われわれジュギフ北部方面軍はガイロクテイン侯爵こうしゃくより、ウェダリアを攻略こうりゃく占領せんりょうするよう命を受けております。もし無駄むだな戦いが避けられるのであれば、降伏こうふくしていただきたい」

 ザグマは手紙てがみを取り出す。茶色ちゃいろがかった封筒ふうとうに、ヘビの紋章もんしょう押印おういんされた赤い封蝋ふうろうがされている。

「降伏の条件じょうけんかんしては、この文に」

 城の文官がそれを受け取ると、ミラナへと手渡した。

 ミラナは開封かいほうし、中の手紙に目を走らす。すると、途端とたんに表情が険しくなった。

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