第十二話 前夜

 翌日よくじつ

 その日は、ジュギフ軍到着といわれる日の前日ぜんじつであった。

 あさ幸村ゆきむらが南の平原へいげんに行く。

「おはようございます、将軍しょうぐん

「あぁ……おはよう」

 幸村は少し戸惑とまどった。一人ひとりの兵がう。

「将軍、やり訓練くんれんから始めますか?」

「そうだな……」

 リザードマンの一件いっけんで兵たちは幸村の実力じつりょくを認めたのだろう。

「では、始めてくれ」

 幸村が言うと、みな素早すばやく槍をち、部隊長ぶたいちょう号令ごうれいのもと素振りを始めた。あきらかに昨日きのうより士気しきが高い。

(やれやれ、とりあえずかったが……)

 幸村は若い男をる。槍を振るうダニエルだ。父をリザードマンに討たれ心中しんちゅういかばかりか。

 槍の模擬戦がわると、幸村はダニエルに近づきはなししかける。

「昨日は助けに行くのが遅くなって、すまなかった。もう少しはやく気がつけばポラードさんも助けられたかもしれぬ」

 ダニエルは、うつむくと黙りこんだ。しばらくして口を開いた。

「いえ、幸村さんは悪くありません。悪いのはオレです。オレが悪いんです……」

 幸村も黙った。

 近くにいた同じ部隊ぶたい壮年そうねんの男が、淡々と言う。

「確かにな……お前がポラードに絡まなければ、リザードマンにもっと早く気が付けたかもしれんな。いまさら、どうにもならん事だがな」

 ダニエルは、くちびるを噛んだ。少し離れると、槍の素振りを始めた。

 幸村は、その背中せなかを見つめた。

 この日の訓練は、予定通りにこなされた。


 夕刻ゆうこく農夫のうふ変装へんそうした佐助さすけ物見ものみからかえってきた。

御館おやかたさま、敵はなかなかきっちりした奴らですな。予定通り、明日あすには来るかと。ここから一日いちにち場所ばしょに野営陣地を張りました」

 兵舎へいしゃ会議室かいぎしつ。幸村は地図ちずを机に広げると、佐助の報告ほうこく記入きにゅうする。

「野営地は、ここで間違いないか?」

 幸村は、地図上のウェダリア城から南へと行った一点いってん指差ゆびさす。

「はい、そこで間違いござらん」

 幸村はうなずき、地図に印をつける。

夜襲やしゅう支度したくはしていなかったか?」

「今のところは。動きがあれば、現地げんちに残っている者たちから連絡れんらくがあるはずです」

 佐助には、十数人の部下ぶかをつけている。物見には人数にんずうがいる。少し人数としては心もとないが、今はいたしかたない。幸村は言う。

「ご苦労くろうだった。どうやら明日か」

「でしょうな」

 佐助は、うなずき言った。


(明日だな。明日には来る)

 幸村は窓から外を見る。満月まんげつ月明げつめいかりが、差し込んでくる。これだけ明るければ、夜討ちをかけてくることもあるまい。夜空よぞらには雲ひとつい。明日は晴れるだろう。となれば敵にも休む理由りゆうもない。敵は明日来るだろう。


「幸村さま、ご夕食ゆうしょくのお時間じかんですけど。食べられました?」

 マーサが会議室の幸村にこえをかけた。地図とにらみ合っていて気が付かなかった。

「すみません。すぐに行きます」

 幸村は、会議室を後に大食堂だいしょくどうへと向かう。

 大食堂では、男たちがおもい思いに食事しょくじをとっていた。食事を配給はいきゅうする女達がいそがしく料理りょうりを皿に盛っている。男たちは、そこに列を作って並んでいる。夕食には酒を注文ちゅうもんすることも出来できるが、エール酒一杯までだ。アルコール度数どすうが低いことと、その疲労回復効果から、一杯ひとはたまでは許されていた。だいたいの兵は疲労ひろうからエール酒を頼んでいる。


 平素へいそであれば、幸村はおとなしく食事を受ける列の一番後ろに並ぶが、食堂しょくどうに入ると大声たいせいで言った。

「みんな聞いてくれ!」

 兵たちは背筋せすじを伸ばし、食べている手を止めた。リザードマンの一件以来、兵たちは幸村に強い敬意けいいを払っている。

「敵はここから一日の距離きょりに陣を張った。彼らの攻撃目標は、ここ。我々われわれの街ウェダリアだ。おそらく明日、彼らはここに攻めてくる」

 兵たちは静かに聞いていた。

「短い期間きかんではあるが、諸君しょくんらは厳しい訓練に耐えてくれた。感謝かんしゃする。我々は、やれることはやった」

 幸村は兵たちを見回す。兵たちも幸村をまっすぐ見ている。

今日きょうは酒は控え、よく食べ、よく休んでくれ!ウェダリアの興廃こうはいはこの戦いにかかっている!よろしく頼む!」

「オゥ!」

 兵たちは答え、エール酒の入った木製もくせいのコップを掲げた。

「幸村さま、どうせ一杯しか飲めないのに、控えようもありませんぜ」

 兵の一人が軽口かるくちを叩くと、食堂は笑いに包まれた。

「そうだな、すまなかった。いくさが終わったら、もっと酒を出してもらおう」

 幸村は、笑って応えた。


(さて、どうでるかな)

 幸村は食堂で、兵たちを激励げきれいした。

 それをするにも少し迷いがあった。現在げんざいぐんを仕切るリーダーである幸村がどういう情報じょうほうつかんでいるか、それをどう判断はんだんしているかを、皆に伝えてしまう面もある。それは敵にも伝わる。伝われば、敵は裏をかいてくるかもしれない。

 そうも考えたが、急ごしらえの兵士達のがんばりを讃え、士気を高めて明日以降起きるであろう戦いに備えよう。

 幸村は、そう判断した。


(ミラナどのとも、話しておこうか)

 幸村は、彼女かのじょ執務室しつむしつへと向かった。いない。

 マーサを見かけたので、聞いてみた。

「ミラナどのは何処どこに?」

「きっと備蓄品びちくひん倉庫そうこにいらっしゃると思いますよ」

「そうか、ありがとう」

 言うと幸村は、そこに向かった。


 ミラナは、城の物資ぶっしの書かれたノートを片手かたてに倉庫にいた。銀細工ぎんざいくの入ったメガネをかけ、物資とその量を確認かんにんしている。

「おや、ミラナどのみずから、そのようなことまでされているのですか?」

 幸村は声をかけた。

「幸村……。もう皆が充分じゅうぶんにやってくれているてどね。ちょっと心配しんぱいになっちゃってね」

 ミラナは不安ふあんげな表情ひょうじょうに微笑みを作ると言う。

食料しょくりょうの買い付けがうまくいかなかったらどうしようかと思っていたけど、商人しょうにんたちが頑張ってくれたわ。これだけあれば、一年ひととせ籠城ろうじょうできるわよ」

「ふむ、ありがたいことです。いくさは、どうなるかわかりません。備えあれば憂いなしですな」

 幸村も笑って応える。ミラナが言う。

「どうやら、ジュギフの軍勢ぐんぜいが近くまできているようね……」

「そうですな」

「どうなるの?」

「まずは、降伏こうふくして開城かいじょうするよう言ってくるかもしれませんな。その時はどうなさいますか?」

「断ります」

 ミラナは即答そくとうした。

「お父様ととさまより受け継いだ先祖伝来せんぞでんらいの地を魔物まものたちに、やすやすと明け渡すなんて考えられないわ。亡くなったポラードさんにももうし訳がたたない。戦うのよ」

 強い視線しせんで幸村を見て言った。

 幸村、うなずくと言う。

「わかりました。私の見立てでは、ジュギフは明日この街に向かってくるでしょう」

「わかったわ」

「ところで、北の国に援軍えんぐん要請ようせいしたとおっしゃっていましたが。来ませんな」

「……そうね……アズニアに文が届いて、すぐに行動こうどうしていれば、数日前にはウェダリアに兵が着いていると思いうけど……。文の返事へんじも無いわ」

 ミラナは、うつむき言った。

「アハハ、そうですか。なら、来る気が無いんですな。来ませんよ」

 幸村は笑った。笑っている場合ばあいでは無いが、深刻しんこくになったところで来ないものは来ないのだ。ミラナが聞く。

「ジュギフの軍勢とは、どう戦うつもりなの?」

「そうですね。考えはあります」

「どんな?」

 ミラナは黙って、幸村が話をつづけるのを待った。だが何も言わない。幸村には今それについて、説明せつめいするつもりは無いようだ。作戦さくせん事前じぜんれることを恐れているのだろう。

(私はこの人にまかせると決めたのだ。信じよう)

 ミラナは、心を決めた。

「わかったわ。幸村、あなたに任せます」

「はい。お任せを。ミラナ女王陛下じょうおうへいか。兵の士気も高く、短い期間ですが厳しい訓練を皆乗り越えてくれました。大丈夫だいじょうぶでしょう」

 幸村はかしこまって言った。

(戦いに大丈夫などということは無い。つね危険きけんな賭けだ)

 幸村は思っている。

 だが、ミラナも不安なのだ。少しでも安心あんしんさせたい。

「それは心強いわ」

 ミラナは幸村の気持ちを汲んだのか、微笑んで言った。

「明日はきっと忙しくなります。ミラナどのも、早くお休みください。拙者せっしゃも休みます」

「そうね、そうしましょう。おやすみ、幸村」

 ミラナと別れた幸村は、ひとり自室じしつへと向かいつつ

(さて、今度こんどさくは、うまく行くかどうか……。忙しくなるな)

 と思索しさくを巡らせてせていた。

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