第八話 遅れて来た男

 幸村ゆきむらの前に立った薄汚うすよごれた男は、かすれたこえで何かった。

「…ォ…ォャヵた…サマ…」

 興奮こうふんしているのか、上手く声が出ないようだ。幸村もおどろき声を失った。

「…サ……佐助さすけ……か?」

 ホコリにまみれてはいるが、その鋭い眼光がんこう浅黒あさぐろ髭面ひげづら筋肉質きんにくしつで、がっしりとした体。忘れるはずもない。どこで手に入れたものか、薄汚れた灰色はいいろ洋服ようふくを着ている。

 そう、いま幸村の目の前にいるのは大坂おおさかの陣を共に戦った忍びの者、猿飛佐助さるとびさすけその人であった。

御館おやかたさま!」

 佐助は、やっとち着いたのか、はっきりと笑って言った。

「佐助!無事ぶじだったか!」

 幸村も笑みを返して、佐助の肩を叩いた。

「御館さま!色々いろいろとつのるはなしはあるのですが、それはまた後ほど!この猿飛佐助、まずはメシにさせていただきます!どうぞ皆様みなさま軍議ぐんぎを進めてくだされ!」

 何がきているのかつかみかね、ポカンとしている街の世話役せわやくたちを佐助はまわすと言った。

 佐助は言うやいなや、食堂しょくどうへと向かっていく男たちにつづいて足早あしばやに立ち去って行った。かなり腹が減っているのだろう。

 世話役たちの視線しせんを受けて、幸村は咳払いを一つした。

「では各々方、まいろうか」

 幸村は兵舎へいしゃ会議室かいぎしつへと歩き出す。世話役たちが後に続く。

「私も、行きます」

 言うと、ミラナも続く。


 普段ふだん騎士団きしだん士官しかんが使っているという会議室に、幸村、ミラナ、街の世話役たち十数人は集まった。マーブル状の模様もようの入った美しい石の壁。部屋へや中央ちゅうおうには大きな楕円形だえんけいの机が置かれている。五十人は入れる広い部屋である。

 せきに着くなり、幸村は話しを始めた。

「なにぶん日数にっすうがありません。敵軍てきぐんが来るまでに出来できる限り兵を練らねばならん。ジュギフの軍勢ぐんぜい到着とうちゃくは、おそらく六日後とのこと」

「六日後……」

 世話役たちが、ざわめいた。敵の襲来しゅうらいが近い。

「ウェダリア騎士団は、もどって来るのですか?」

 世話役の一人ひとりである壮年そうねんの男が言った。大柄おおがら恰幅かっぷくがよく茶色ちゃいろ頭髪とうはつ、口ひげを蓄えている。幸村をまっすぐに見て答えを待っている。

(騎士団はすでに南の地で壊滅かいめつしているが……伝えていものか……)

 幸村は言葉ことばに詰まった。

 その様子ようすを見てミラナがあわてて口を開く。

「ポラードさん、それにかんしてはわたしからご説明せつめいします……あのお父さまと騎士団はカヌマで別の部隊ぶたいと戦ってらっしゃいます。その戦いがわればすぐかけつけるとのことです」

 ボラードとばれた壮年の男は聞き返す。

「姫さま、つまりは来るかどうかわからないと言うことですか?」

「はい……そういうことになりますね」

最悪さいあく、われわれだけで戦うということですね?」

「はい……」

 世話役たちは黙りこんだ。

 幸村は、その様子を意にも介さぬように言う。

「そのようなことになっているゆえ、もうし訳ないが訓練くんれんは厳しいものとならざるを得ません。今日きょう午後ごごから夕まで訓練。明日あすは朝六時より訓練開始。朝食ちょうしょく昼食ちゅうしょく夕食ゆうしょく時間じかんを覗いて十八時まで訓練とする。就寝しゅうしんは二十一時。皆さんには兵員へいいんへの指示伝達しじでんたつをお願いしたい」

 世話役たちは、お互いに顔を見合わせた。空気くうきが重い。

当然とうぜん不満ふまんが出るとおもう。皆さんが憎まれ役になることもあるであろう。損な役回りではあるが、よろしくお頼みします」

 幸村は頭を下げた。

「みなさん、よろしくお願いします」

 ミラナも世話役達に頭を下げる。

「……姫さま、頭を上げて下さい。幸村さまも」

 ポラードが言った。世話役たちの中でもまとめ役のようだ。

「ポラードさん、よろしくお願いします」

 ミラナはまた頭を下げた。ポラードは、恐縮きょうしゅくして言う。

「わかりました、姫さま。幸村さまの、お下知げちに従いましょう。皆もよろしく頼む」

 ポラードは、ほかの世話役たちを見廻し言った。他の者たちも不満そうではあるが、うなずいた。

「ありがとう。では皆さんも昼食を。午後より市街外の南の平原へいげんにて、訓練に移りたい。中庭なかにわに集合のこと。では、これにて」

 幸村は軍議の解散かいさんげた。世話役達が部屋を出て行く。最後さいごにミラナと幸村が部屋を出た。


「ククク……御館さまが軍議をなさるお姿、また見ることができようとは……」

 ミラナと幸村の背後はいごから声をかけてきた者がいる。

「佐助か。いつからそこにいた?」

 幸村が苦笑くしょうして言う。

「いえね、久々に飯もたらふく食ったんで腹ごなしに軍議の様子を聞かせていただいたのですがね。短時間たんじかんで世話役たちをまとめ上げましたな。お見事みごとです」

 どうやら、佐助はどこからか中の様子をうかがっていたらしい。

「……え……いつのまに後ろに……」

 ミラナが驚いた。

「この男は忍びの者ですからね。その中でも一流いちりゅう腕前うでまえつ者の一人ですな。彼は猿飛佐助。我が片腕かたうでとして長年ながねんともに戦ってきた。どういうわけか、この男もこの地に来てしまったらしい」

 幸村は笑ってミラナに紹介しょうかいした。

「佐助……あなたも、日ノ本というところから?」

 ミラナは聞いた。佐助が言う。

「……左様さよう。ところで、御館さま、ここはどこなのです?色々わからんことがおおくて困っとるんですが」

「アハハ、そうか。お前の話も聞きたいから場所ばしょを移そう。昼食が終われば、兵たちが中庭に集まる。そこで話そう」

 幸村とミラナ、佐助は中庭へと歩き出した。


「いや、ほんと大変たいへんだったんですよ」

 中庭につくなり、さっそく佐助は話しだした。

徳川とくがわ鉄砲隊てっぽうたいから散々に撃たれましてね。何発か食らっちまって。げてるうちに、どこの家中かちゅうの者かわかりませんが、徒武者かちむしゃと揉み合いになって。怪我けがさえなけりゃ、あんなやつすぐ倒してるんですが。揉み合ううちに、どこぞの崖から落ちちまって。それで気を失ったんでさ。で、気がつけば『ここ』ですよ!どこなんですか『ここ』は!」

 幸村は笑った。

「アハハ、困るよな。オレもどこなのか、よくわかっていよ」

最初さいしょ岩肌いわはだの見える山中さんちゅうに寝てて。そこで気がついたんですよ」

 と佐助。ミラナが言う。

「きっと近くの鉱山こうざんかもね」

「鉱山か。かもしれませんなぁ。で、赤揃あかぞろえのよろいじゃ目立ちすぎるんで、まずはふく無断むだんで『拝借はいしゃく』して、食料しょくりょうも『拝借』しながら、たまたまこのウェダリア城にたどりついたんですよ。そしたらですね、兵を集めてるっていうじゃないですか?これは少なくとも、飯は食えるなとおもいましてね。忍び込んだわけです。そしたらなんと、御館さまが出てくるじゃないですか!驚きましたよ!」

 佐助は言った。

 幸村、うなずき言う。

「ふむ……サスガは佐助よ。兵員に紛れ込めば飯が食えるか……。よく考えるものだな。うむうむ」

 幸村は妙に関心かんしんして、しきりにうなずいている。

「まぁ良い。佐助、お前が来てくれて心強い。どういうわけかまた、いくさをすることになった。力を貸してくれ」

 幸村が言った。

御意ぎょい

 佐助、膝を付き応えた。


 中庭には、昼食を終えた兵たちが続々ぞくぞくと集まってきた。

「……さて…始めるか」

 幸村は言うと、号令ごうれいをかけた。

「皆!やりを持って移動いどうする!南の平原へ!」

 幸村、佐助、そして男たちは、歩き出した。

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