第九話 槍

「いくさの基本きほんは、とにかくやりです」

 幸村ゆきむらった。訓練初日の午後ごご。ウェダリアの市街しがいを南にけた、城壁じょうへきの外。その草地くさち平原へいげんに幸村と三千の兵たちはいた。兵と言っても、今日きょうあつめられた街の男たちだ。

 男たちを前に幸村は語る。

「敵と接近せっきんすればするほど、戦いは危険きけんとなります」

 男たちは黙って聞いている。

 幸村は言う。

「槍は打撃兵器の中でもっとも遠くから、敵から離れて攻撃こうげきできます。皆さんは戦闘せんとうれていない。槍こそがもっとも頼りになる武器ぶきです。まずは、これを振っていただく」

 幸村は、佐助さすけから槍を受けると、構えた。

「まずは叩く」

 幸村は槍を上に振り上げると、素早すばやく振り下ろす。

「次に突く」

 すっと踏み込んで、槍を突く。

「この動きが、素振りの一回いっかい動作どうさです」

 ている男たちは、うなずいた。

「まずは、これを百回やっていただく。では各部隊で始めてください」

 幸村が言うと、世話役せわやくの男たちが言う。

「よし、百回だ!やるぞ!」

 三千の兵は、その住んでいる地域ちいきごとに部隊ぶたいにわけられた。その地域ごとに世話役がいるので、世話役を部隊長ぶたいちょうとした。急に集められた兵を手間てまを少なくに組織化そしきかするために、幸村はこの方法ほうほうをとった。一つの部隊は、約百人である。

 素振り百回は、鍛錬たんれんをつんでいない人間にんげんには、そう甘い数字すうじではい。後半こうはんになってくると腕がねばり、上がらなくなってくる。また槍を待ち慣れていないと、手のひらに水ぶくれが出来できる。

 普段ふだんは槍などたない街の男たちだ。後半にはヨレヨレになりながら、百回の素振りをえた。

「終わりました」

 部隊長の一人ひとり、世話役たちのまとめ役でもあるポラードが幸村に言った。体格たいかくい男である。ポラードは、それほど疲れて無さそうだ。

「お疲れさまです。では、もう百回お願いします」

 幸村は言った。


 ポラードは無言むごんでうなずくと、男たちに言う。

「もう百回だ!」

 男たちは、また槍の素振りを始めた。


「終わりました」

「では、もう百回お願いします」

「………終わりました……」

「では、もう百回お願いします」

「…………………………終わりました……」

「では、もう百回お願いします」


 幸村は淡々と指示しじを出す。 

 男たちは、五百回ほど槍をふらされただろうか。二の腕が張り、槍を持つ手に力が入らない。うつむき座り込んでいる者もいる。

(今日のところは、槍はこんなものか)

 男たちの様子ようすを見て幸村はおもった。

「では、次は足腰あしこしの鍛錬に移ります。行軍こうぐんを。あの山までは、どれくらいかかりますかな?」

 ウェダリア城の北東ほくとう。少し離れた所に小高い山が見える。幸村はポラードに聞いた。

「そうですな。一時間半というところですか」

「ふむ、行ってかえって三時間ですか。では、あそこに行きましょう。槍は持って行きます。一番隊から順に進んで下さい」

「……行くぞ……」

 ポラードと部隊長たちは、シブシブ号令ごうれいをかける。

「えぇ!?行くんですか!?」

 槍の素振りで疲れ果てた男たちから不満ふまんれる。ポラードは応える。

仕方しかたあるまい。ぐんを預かる幸村さまのご命令めいれいだ」

「チッ……よそ者が何様なにさまのつもりか……」 

 兵たちから、小声こごえでの文句もんくが聞こえる。

(どこで何をしていたのかもわからぬ、よそ者であることは間違いない。仕方あるまいな)

 幸村は、その様子を見つつ言う。

「さぁ、行こう」

 兵たちは、いやいや立ち上がると歩き出した。


 幸村は最後尾さいこうびより男たちの様子を見つつ、一緒いっしょに歩き出した。佐助も付いて行いこうとすると、幸村は言った。

「佐助よ、お前は来ないでよい。頼みがある」

「はっ」

「どうも敵にかんする情報じょうほうが少ない。とりあえず何でも良い。ジュギフという勢力せいりょくに関する情報を集めてくれ」

御意ぎょい

 佐助は、忍びらしい軽々かるがるとした身のこなしで立ち去って行った。


 空が茜色あかねいろに染まり日が暮れかかるころ、男たちは北の山まで行ってウェダリア城に帰ってきた。みな疲れ果てている。

(普段は街の住人じゅうにんだ。体力たいりょくはこんなところだろうが、なかなか厳しいな……)

 共に行動こうどうし、男たちを観察かんさつした幸村は思う。

「では、皆で夕食ゆうしょくにしてください。私はもう一仕事ひとしごとある」

 幸村はポラードに言うと、さっさと城へ向かった。


うまを借りたいのだが、いるかね?」

 城に着くなりマーサを見つけた幸村は、言った。

「わかりました。用意よういさせます」

 マーサはそう言ってそのを立ち去ると、すぐに城兵じょうへいが芦毛の馬を連れてきた。

「すぐもどる」

 幸村は言うと、馬を南へと走らせた。


(日が暮れるな。急がねば)

 幸村は、城からつづくまっすぐな石だたみの道を南へ抜け、城壁の外へ出た。さきほど皆に、槍の素振りをさせいてた南の平原に出る。

 ジュギフは南からやってくるという。この城壁の外側がいそく、この平原がおそらく戦場せんじょうとなるはずだ。その戦場となるであろう場所ばしょ周囲しゅういを一人偵察しに来たのである。

 平原の南端なんたんには丘がみえる。ここにジュギフ軍は本陣ほんじんを置くだろう。

 この平原から、南へ石で舗装された街道かいどうがのびている。この道をまっすぐ行くと、南にあるという国カヌマにつくのだろう。


 北にあるウェダリア城を見返す。幸村は大阪城おおさかじょうを思い出す。大阪冬の陣で、大阪城を守って戦ったのは、わずか半年前。まさかこんな見慣れぬ石造いしづくりの異国いこくの城で戦うことになろうとは。

(しかもまた、兵は三千か……)

 苦笑くしょうする。大阪の陣でも

(妙なことになったな)

 幸村は思う。だが楽しんでもいた。幸村にとって一種ひとくさ芸術げいじゅつでもある「いくさ」。

 この世界せかいで、どんな「いくさ」が作れるのか。血の沸き立つのを感じながら、馬を走らせた。

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