第七話 召集

 翌日早朝、ウェダリアに非常召集ひじょうしょうしゅうの触れが出された。

”十八歳から四十歳の動ける男は、兵として城に馳せ参じよ”

 ミラナ女王じょうおうの名で触れが出されると、街からは次々つぎつぎと男たちが家伝かでん鎧兜よろいかぶとけんやりを身にまとい、城に集まってきた。

 武器ぶき防具ぼうぐたぬものには、城の武器庫ぶきこより貸し出される。城には、おおくの鍛冶屋かじやばれ、整備せいびの悪い武器、防具を修理しゅうりするのに大忙しだった。


 幸村ゆきむらは、その様子ようすを眺めていた。この街には、そもそも幸村を知る者はいない。

 男たちの会話かいわが聞こえてくる。

「なんなんだい、このさわぎは?」

「どうもジュギフの軍勢ぐんぜいがここに向かって来てるらしいぜ」

「え?王とウェダリア騎士団きしだんは、ジュギフと戦いに行ってるんだろうよ。どういうことだ?」

「さぁ?きっと手が足りないんだろ」

 王の戦死せんし、ウェダリア騎士団が壊滅かいめつした情報じょうほうは、まだ知られていないようだ。

「ミラナ姫がお困りならな。来ないわけにもいかんしな」

「しかし、王も騎士団長きしだんちょう留守るすだろ。だれぐんを仕切るんだ?」

「どうも、聞くとこによると『真田幸村さなだゆきむら』って人らしいがな……誰か知ってるか?」

「いや、知らんな。誰なんだ、そいつは?そんなどこのうまの骨ともわからんヤツが俺たちを指揮しきするのか!?大丈夫だいじょうぶか!?」

「おい……こえが高いぞ。誰が聞いてるかわからん。誰もがそうおもっているだろうがな……うかつな発言はつげんは控えておけ」

「チッ……あぁ、わかった」

 集まってきた男たちは、幸村の顔を知らない。そこに立っている見慣れぬ剣をこしに差した男が、その人である事などわかるはずもなかった。

(俺のことなど誰も知らぬ。当然とうぜん反応はんのうだろうな……)

 幸村は、その会話を聞いて思った。

 集まってきた男たちは、兵舎へいしゃ案内あんないされる。騎士団は留守なので空き部屋へや充分じゅうぶんにある。兵として過ごしてもらう間は、兵舎に寝泊まりしてもらう。その間、日頃ひごろやっている仕事しごとはできないが、城から給金きゅうきん支給しきゅうされる。ウェダリア市街しがいに家がある者が多いが、兵舎以外に寝泊まりするには許可きょか必要ひつようだ。


 幸村が城門近くにいると、マーサが歩いてきた。目の下に隈ができている。あまり寝ていないようだ。

「お疲れのようだが、大丈夫かね?」

 幸村は声をかけた。

「あら、幸村さま。そうですね、昨日きのうよるから城の備蓄品びちくひん確認かんにんに追われて……。でも大丈夫です!この非常時ひじょうじに休んでられませんわ!今から市場いちばに足りないものを注文ちゅうもんしにいくところですの」

 マーサは、右手ゆうしゅでメガネの位置いちをすこしあげ、笑みを浮かべると気丈きじょうった。

(男たちは続々ぞくぞくと城に集まってきているが、全員集まるには、まだ間があるだろう。情報収集じょうほうしゅうしゅうに街の様子をに行くのも悪くない)

 幸村は思うと言う。

拙者せっしゃ一緒いっしょに参ろう」

 幸村はマーサについて市場へと向かった。


 市場に着くと、マーサは穀物こくもつを扱っている商人しょうにんに声を掛ける。

「麦をお願いできる?」

「へい、これはこれはマーサさん。いつもありがとうごぜいやす。ありやすよ。どれくらい必要なんです?」

 商人は、肌の色の浅黒あさぐろい、ターバンをいた初老しょろう大男おおおとこだった。マーサとは顔なじみのようだ。

「三万人が一年間、食べる量がいるの」

「えっ!もう一度いちど、言ってもらってよろしいですかい?」

「三万人の一年分よ!三日以内に用意よういできる?」

「それは、やれと言われれば何とかしやすが……ただ、だいぶ高額こうがくになりやすよ。お城の方に失礼しつれいですが、おだいのほうは大丈夫ですかい?」

 男は遠慮えんりょがちに聞いた。

「おいくら?」

「だいたい、これくらいになるかと……」

 男は胸元むなもとから算盤さんばんり出すと、手早てばやく弾く。マーサに見せた。

「高いわね。これくらいに出来できない?」

 マーサが算盤の珠を、細い指で弾いた。

 少し減額げんがくしたようだが、商人は目をかがやかせて微笑んだ。充分な金額きんがくなのだろう。

時間じかんがないわ。いつもなら、もっと交渉こうしょうするところですが、お代は弾みます。お城に持ってきて」

「わかりやした!すぐ取り掛かりやす!」

 商人は、いきいきと動き出した。妻らしき女性じょせいになにやら慌ただしく指示しじをだしている。


 マーサの通るところは、まるで福の神が舞い降りたように、商人達がうれしそうに動き出した。大口おおくちの発注を次々と出しているのだ。

「城には、それなりに備蓄品もあるのですが」

 マーサは、慌ただしく歩きながら幸村に言った。

「姫さまが、城下じょうかの民のぶんも急ぎ買い足すようにと、おっしゃって」

「なるほど、ミラナどのも昨夜さくや、備蓄品の確認を?」

「そうです」

「ふむ。さて、何か城で動きがあるかもしれない。拙者はそろそろもどってみます」

 幸村はマーサにげると、市場を後にした。


「幸村!」

 城に戻ると、ミラナが声をかけてきた。白の戦闘服せんとうふくにレイピアをびている。

 ミラナもあまり寝ていないのだろうが、気を張っているのだろう。疲れている様子は見せない。

 時刻は正午しょうご。幸村が言う。

「どうですか、男たちの集まりは?」

想定そうていより集まりはいいわね。二千六百人以上もう集まってくれてるわ」

 ミラナは名簿めいぼを見て言った。つづける。

「一度、私から兵集まってくれた皆に挨拶あいさつするわ。そのとき幸村も紹介しょうかいするから一緒に来て」

「わかりました」

「皆に中庭なかにわに集まってもらって!」

 ミラナは城兵じょうへいに呼びかけると、歩き出した。幸村も続く。


 集まった約三千の男たちが、城の中庭に集められた。ミラナは演台えんだいに立つと言った。

「皆さん、速やかに召集しょうしゅうに応じていただいてありがとう。皆さんの故郷こきょうであり、私の故郷でもあるウェダリアに危機ききが迫っています!ジュギフの軍勢がここへ向かっているとの報が私にもたらされました。皆様みなさまにお集まり頂いたのは、そのためです!」

 男たちが、ざわめいた。

「今、父とウェダリア騎士団は留守にしています」

 ミラナは王の戦死、騎士団の壊滅にかんしては伏せた。

「今、ウェダリアでは軍の実戦経験を持たれる方がおりません。そこで異国いこくにて、軍を率いて戦ってこられた真田幸村さまに、臨時りんじ将軍しょうぐんとして指揮を執っていただきます。どうぞ、ご挨拶を」

 ミラナは、演台下にいる幸村を見た。幸村、うなずくと壇上だんじょうにあがった。

「真田幸村ともうす。皆、よろしく頼む」

 パラパラと、申しわけ程度ていど拍手はくしゅきる。

「おい……あの若造が指揮をとるのか?」

「みたいだな……上背うわぜいもないし体も細い。戦士せんしか、あれで?」

 男たちが、ざわつく。

 だが、幸村はそれを意に介さず言う。

「なにぶん時間がない。早速そうそくではあるが、街のおもだったものは私のところに集まってくれ。軍議ぐんぎを開く。それ以外いがいの者は兵舎の食堂しょくどう昼食ちゅうしょくをとってくれ。その後、調練ちょうれんに移りたいので再びこの中庭に集合。私からは以上だ」

 皆、そのあまりの簡潔かんけつさに、あっけにとられた。

わりですか?」

 ミラナは幸村に小声こごえで聞いた。

 幸村は、無言むごんでうなずいた。言うべきことはもうい。

 ミラナは男たちに向きなおると言った。

「では、街の世話役せわやくの皆さんは幸村将軍の元へ!それ以外の方々は兵舎の食堂へ移動いどうしてください!」

 幸村の前には、街の世話役である壮年そうねんの男たち十人じゅうにんほどが集まってきた。


 その世話役の男たちにつづいて、薄汚うすよごれた男が幸村の前に現れた。

「ォ…ォ…───!!」

 何やら声にならない声をあげた。

 その男は───

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