第2話・・藍色

  5月もそろそろ終わろうとしていた。ある日の日曜日の午前十時、祚流はいつものようにランニングをしていた。そろそろ大会が近いのであまり無理は出来ない。日ごろの努力が報われて、やっと控えに入ることができた。自分の名前が呼ばれたときは、さすがに泣いてしまった。選手より喜んでいたかもしれない。

・・・今度の大会はもしかしたら、出る機会があるかもしれないから、ちゃんと練習しとかなきゃ。

また切那ちゃんに、「何のために走ってるの?」って言われてしまうから。

あれ、僕・・何のために走ってるんだっけ?やめだ、難しいことは考えないっと。

気のせいかもしれないけど、さっきから何かに後をつけられているような・・・。祚流がこんなことを考えていると、目の前に公園が見えてきた。

公園には木陰で休んでいる人や、ベンチで本を読んでいる人、お年寄りの人たちが散歩をしていたり、男の子が犬と走っていたりしている。

祚流は公園の外側を走っていた。

人影が少なくなってきて、そろそろ休憩しようとトイレに行こうとしたとき、トイレの方から数人の声が聞こえてきた。

「おい、どうしてくれるんだよ」

「あ~あ、やっちゃった。どうしてくれんの?」

「肩をぶつけておいて、ごめんなさい、もないのかよ」

震えている声で、

「でででも、そっちがぶつかってきたんですよぉ」

「はあ、俺達が悪いのかよ」

「マジ、こいつ、頭、ダイジョウブか?」

・・・・・・いや、お前たちの方が頭大丈夫?・・中学生くらいの子かな?・・やっぱり、小学校高学年くらい?・・酷いことするな・・まったく・・。

と祚流が心の中つっこんだ。そしてつい、

「こら、嫌がってるじゃないか!」

まただ。声を出してしまった。後悔したときにはすでに遅く、

「なんだ、お前」

「なんか文句あんのかよ」

噂の不良グループの三年だった。祚流が注意をひいているときに、脅されていた子は逃げだせたようだ。祚流はホッと胸をなでおろしたが、

すぐに・・コレハヤバイ、と思い逃げようと思ったが後ろを既に囲まれていて、逃げ出せない。

・・ああこれじゃあ大会に出られなくなるかも、僕はホントにお人好しだ。

「あの、暴力はやめましょうよ」

一つの希望にかけてみたが、三年生の一人が笑いながら、

「何言ってんの、コイツ」

うわ、やっぱりだめだった。もうおしまいだ。僕がもっと強ければ・・・。

・・悔しいな。

不良の一人が、拳を祚流の顔めがけ突き出してきた。祚流は目をつぶっていた。地面に祚流が倒れ・・・ていない。自分は立っている。不良のひとりが顔を押えて地面に倒れている。

「だ、だ、誰だっ!」

祚流の目の前に誰かが立っていた。

「いや、ちょうど昼寝してたら声が聞こえてきてさ、一人対五人はないなと」

祚流より背が高い。髪は寝癖が立っていて(いや、そういうヘアースタイルなのかな?)ツンツンになっている。あれ、誰かに似ているような気がする。そして見覚えのある顔だった・・。

「君は確か・・入学式の日、僕を助けてくれた、コウくん?」

祚流は入学式が終わり、帰り道、いきなり、不良にからまれた。本当についていない。それを、幸が一人で助けに来てくれた。助けに来たというより、たまたま、そこを通りかかっただけだが、祚流と会ってしゃべったこともないのに助けてくれた。名前は、そのことがしばらく話題になったので、誰かが言っていたのをずっと覚えていたのだ。

 そのことが原因で謹慎処分になっていたらしく、今までお礼を言うこともなく二年生になっていた。

そうだまだ、お礼を言ってない。

「あの時は、ありがとう。助かったよ」

するとコウが振り向き、

「ん?誰だっけ?」

・・あれ?人違いなのかな?

「えっと、ほら!僕が入学式のあった日に不良にからまれたのを、助けてくれたじゃないか」

「そんなことあったっけ?・・・・ああ、あのときの」

コウはやっと思い出したようだ。そしてニヤリと笑い、

「じゃあまただな。それから俺の名前は、冥雲幸みょううんこうだ。よろしく」

「あ、うんっ。僕の名前は・・・」

「知ってるよ。ソル、だろ?」

「えっ、なんでぼくの名前を知ってるの?」

「割と有名だろ。悪い意味で」

・・そうかそうか、悪い意味でかぁ~・・・ってあれ?

「そんなぁ~」

「まあ話は後だな。こいつら、どうにかしないと」

幸の顔が急に真剣な顔つきなる。

すると三年生の一人が、

「へっ、お前らに何ができるんだ」

いきなり祚流に殴りかかってきた。幸がものすごい速さで動き、蹴りを顔面に放ち、一人目が藪に突っ込む。あと四人。もう一人の三年生がどこからか持ち出した鉄パイプで、幸の後ろを狙ってきた。そこを祚流がタックルをして攻撃をそらして、幸が回し蹴りをこめかみに叩き込む。

あと三人、三年生二人がいっぺんに殴りかかってきた、幸が足でパンチを止め、体制が崩れた所を頭突きで止めを刺す。

もう一人は祚流を狙おうとしていた。パンチをしたが、どこから拾ったのか、ごみ箱の蓋で祚流は、攻撃を防いでいた。幸が加勢し、腹に渾身の蹴りをお見舞いしてやった。コンビネーションは抜群だ。

あとは、リーダー格の三年生だけだ。

「ふう、どうだ、もう観念しろ」

幸が服を払いながらリーダーに詰め寄る。

「く、くそう、なんなんだよ、お前ら!」

リーダ格の三年生は戦況が不利になり慌てている。

「何って、普通の高校生だけど?」

「く、覚えてろよ。いつかまた仕返しをしに、か、必ず、やってくるからな!」

「ふん、いつでもこい。受けて立ってやる」

リーダー格の三年生は、少しずつ後ろに下がりながら倒れている仲間の名前を呼び、退散していった。

「ははは、なんかあいつら、まぬけだな」

幸が笑いながら祚流に言ってきた。制服についた土埃を払っている。

「でもさ、コウ君、強いね。どうして?」

「うん?・・・そうだな・・なんでだろう?」

あの動きは普通の人には出来ない。なにか訓練でもしていたのだろうか。

だとしたら・・・何のために?・・

祚流がいろいろ考えていると、

「ほら、あれだ、オレは小さい頃から、ケンカばっかりやってたからだよ、

きっと。オレの家はお寺なんだけどな・・・」

・・・お寺の人って喧嘩していいのかな?

「へー、お寺なんだ。ということはそこの跡取り?」

「そうかもしれんが、オレはじっとしているのが苦手なんだよな。だから長時間正座が出来ないんだ」

「それじゃあ、だめだよ」

座禅とか組めないんじゃ・・?

「まあ、いいんだ今は、親父が今のうちに好きなことしとけって、言ってくれてるからな」

・・だからと言って喧嘩はよくないような・・・。

「そうなんだ。学校はどうしてるの?もう通える?」

「ん、もうとっくの昔に謹慎は終わってるよ」

「じゃあ、なんで学校来てないの?」

祚流はふと思った疑問を質問してみた。

「毎日通ってるよ。オレいつも具合が悪いって言って保健室で寝てるんだ。今度保健室来てみれば?授業中だけどな」

「それ・・・さぼりだよね?」

少しの間、沈黙・・・・。

「いや、部活は出てるぞ。オレ、サッカー部なんだ。もう少しでレギュラーになれるんだ」

祚流達の高校ではグランドが二つあって一つは野球部と陸上部が使い、もう一つはラグビー部とサッカー部が使っている。そんなに広くはないが大体のスポーツは出来るようになっている。

つまり、サッカー部と陸上部が一緒に練習することはないので、あまり交流がないのだ。

「そうなんだ。僕は陸上部なんだけどね」

「へ~、ってことは走るの、速いのか?」

「それは分からないけど・・・」

祚流はふと、何かの視線を感じた。後ろを振り返ってみると・・・だれもいない。いたのは、木に止まっているカラスくらいだ。

「どうしたんだ?急に」

幸が不思議そうに聞いてくる。

「なんでもないよ。ちょっと気になっただけ」

「まあいいや、明日また学校でな」

「うん。ちゃんと授業出なきゃだめだよ。それと、今日はありがとう。また明日ね」

「ダイジョウ、たぶん出る。」

幸はじゃあな、と言いながら公園から出て行った。

           ※

・・・さて明日からまた学校がはじまるから、頑張らないと。

川沿いの道を抜けて坂にさしかかったときだった。

祚流が坂を上っていると、

「待て」

何処からともなく声が聞こえてきた・・。

「え?なに?」

祚流が立ち止っていると、いきなり黒い影が四つ、祚流を取り囲むように現れた。人のようだが、黒いコートのようなものを着ている。フードを被っているので性別も年齢も分からない。

その中の一人が、

「一緒に来てもらおうか。緑川祚流」

平坦な口調だ。感情が読めない。

「どうして僕の名を?」

別の背の高い一人が、

「つべこべ言ってねえで来いよ。こっちは急いでんだ」

祚流より背の低いもう一人が、

「まあそう、熱くならずに」

背の高い人物を宥めるように言った。

すると、苛立った様子で、

「そんな呑気にやってるから、お前は嘗められるんだよ」

「そんなぁ~、それはひどいです~」

そして最初の平坦な口調の人が、

「二人とも私語は慎め。さあ我々と来るんだ」

「どどどうして?君たちなんかと」

話が全く読めない・・どいう事?・・誘拐して身代金が目当て?・・色々と考えが浮かぶがどれもしっくりとこない、それよりもこの状況をどうにかしないといけない・・・。

祚流は逃げようにも、逃げられなかった。どうしよう、なんかよく分からないけど、これは確実にヤバい。連れてかれそうだ。

すると今まで沈黙していた最後の一人が、

「足を切る」

そう言いながら裾から何かを取り出した。

・・・えっ・・・ええ~、刀?一番大人しそうで、一番危なかった!!

それは、見たことのない形をしていた。刃は両刃で剣先が、ものすごく尖っている。

・・・冗談だよね、これ。わ、笑えない・・ははは・・。

すると最初の平坦な口調の人が、

「まだだ。早まるな、それは最後の手段だ」

と言い、剣を納めさせた。

・・危ない。というか今、僕、足切られかけた?

もう何が何だか分からない。そそそうだ。これは夢だ。僕は、夢を見ているんだ。また夢か、今度の夢はやけにリアルだなあ。でもこの背中を流れる冷たいものはなんだ?ああ、汗が流れている。やっぱりこれは夢じゃない。ホントに僕はついていない。今日は厄日かな・・・・。

「・・き・・君たちはだれ?」

祚流は、なんとか声を出した。

最初の平坦な口調の人が、

「いずれ分かる。さあ行くぞ」

そう言いながら手を差し伸べてきた。

祚流は、ゆっくりと後ろに下がる・・・。連れていかれる・・このままじゃ、本当に、ゆ、誘拐されちゃう・・・。

すると、坂の下の方から人がやってきた。

・・た、助かったぁ・・あの人に助けを求めよう・・。

「おーい、ソルー、もう昼ごはんの時間だよ~」

空だ。散歩のついでに祚流を迎えに来たようだ。

・・お、お父さんだ!これで大丈夫!・・助かった!

空がゆっくりと、坂を上ってきた。それと同時に四人の気配が緊迫していき、

平坦な口調の人が、

「・・なんだ、この圧倒的なは・・・・」

明らかに、さっきの冷静さが無くなっていて、他のメンバーにもその緊迫した状況が伝わっている様だった。

「分からねえが、あいつはヤバいぞ!」

「ど、どうしましょう?」

「切る!」

平坦な口調の人が落ち着きを取り戻したようで、

「いや、ひとまず今日のところは撤退てったいだ。また会うことになるだろう」

そう言うと、あっという間に四人の姿が消えてしまった。

空が、坂道を登り終る。

祚流に近づいてから、

「あれ?さっきのお友達は?」

空は何も気がついていないようだ。

・・あれ・・・、お父さんのいた所からは、僕は見えても、あの人たちは、お父さんが来る前に、姿を消したのに、何故そこにいたって分かったんだろう?

・・・・まあいいか。

「さあ、もういちゃったみたい」

「そうか、変なのにからまれたのかと思ったよ」

・・・当たってるけどね。

「そうだ、今日の昼ごはんは、お寿司だって」

               ※

少し森に入った所に昔からあるような豪勢な屋敷が建っている。端から端まで百メートルくらいある。ここが祚流の家だ。そう、かなりのお金持ちだ。世の中は不況らしいが空の会社は儲かっているのだそうだ。IT関連の会社で様々なプログラムを販売し、ゲーム機やゲームソフトなど、数々の人気商品を開発・販売している。祚流はお金持ちの子供には珍しい、あまり物を欲しがらない子だ。この会社の名前は「ミーカン」知らない人はいないくらい有名だ。ここの社長の名前は緑川大悟だいご、空の義理の父親だ。祚流の立場からだとお爺ちゃんにあたる。分厚い鉄の門が開き、空と祚流が入っていく。門から玄関までさらに、百メートルくらいある。その間には丁寧に整備された庭が広がっていてどこか外国にあるかのような庭園になっている。噴水もあり、ベンチがあちらこちらに置いてあり、テーブルも置いてある。

庭のデザインは全部祚流の母であり社長令嬢である緑川春によるものだ。春がなぜ空と結婚したかは、また今度の機会に。

やっと玄関に着くと、控えていた執事が頭を下げながら、

「お帰りなさいませ。お食事の準備ができております」

空が、

「うん、ありがとう、じゃあソル、ご飯にしようか」

「そうだね。あっ、手、洗ってくる」

そういうと祚流は、洗面所に行った。しばらくして食堂にいくと空と春が待っていた。

「さあて、食べようか、いいかい?じゃあいただきます」

とても豪華なネタだ。トロやウニなどの高級食材が普通に並んである。祚流からしてみれば、これが普通だが。

「そういえば、ソル、選手の控えに選ばれたのよね?」

春が聞いてきた。

「うん、そうなんだ。やっとだよ」

「そうか、やっと選ばれたか。よかった、よかった、僕のマグロをあげよう」

そう言いながら空が、祚流の皿に自分のマグロの握りを置いた。

「この調子で、勉強の方も、もっと頑張ってくれたらいいのにね。ソル?」

「ま、まあいいじゃないか、子供は風の子って言うし。勉強なんてあとでどうにでもなるよ。ねっ、ソル?」

「勉強なんて?」

春箸を止め空を睨む。蛇に睨まれた蛙のようにように固まる空。

「う・・・勉強も・・やっぱり大事だな。ソル」

「うん・・・・ごめんなさい。もっと勉強がんばるよ」

「そうね、勉強も部活も両方頑張って。期待してるわ」

食事を終えて祚流は、自分の部屋に向かった。祚流の部屋は二階にある。廊下を歩いていると、先代の会社の社長の肖像画が飾ってある。

どれもしかめっ面だ。

・・・ああ、もっと勉強も頑張らないと、お母さんの機嫌が悪いや。でもよくわかんないし、どうしよう、お母さんに言うと、どうせ家庭教師をつけましょう、って言いそうだし。

そんなことを考えていると、ふと何かの視線を感じた。

・・ん?祚流は窓に目をやる・・・・誰もいない。僕・・疲れているのかな。ただ木にカラスが止まっているだけだ。

あれ、さっきもあのカラス公園にいたような気が・・。

祚流がまた木に目をやると・・・・カラスはいなくなっていた。まあいいか。とりあえず宿題をしよう。

祚流は自分の部屋に入った。とりあえず、机に座る。

勉強ってどうして、こんなにやらなくちゃいけないのかな。特に数学とか、いろんな公式が出てきて覚えきれないよ。大人になっても使うのかな、

だんだん瞼が重くなってきた。

今日はいろんなことがあったな。本当にいろんなことが。だめだ、ここで寝たら、またみんなから、馬鹿にされちゃう。また、してこなかったのかよって、そうだ、もうすぐ中間テストがあるんだ。やっぱりちゃんと勉強しとかないと、今度こそ成績が悪かったら、本当に家庭教師をつけられちゃうよ。それだけは嫌だな、だってみんなと遊べなくなっちゃうじゃないか、それはちょっと寂しいな・・・・・。

祚流はゆっくりと夢の世界に入っていった。

          ※

どこだろう?ここは、どこまでも、赤い砂漠が広がっている・・・。太陽がとても近くにある気がする。熱い・・・・。所々に機械かなにかの残骸が埋まっている。建物も爆撃されたのか、廃墟だらけで瓦礫も散乱している、所々で煙が上っている。戦車?それともロボット?翼のようなものも見える、

やっぱり飛行機かも、でも全部何かにやられたようだ。穴ぼこだらけだったり、何かものすごく切れ味のいい剣のようなもので真っ二つにされている物もある。人間業ではないな・・・これは。

祚流は遠くを見渡してみた。

あれ?遠くに何か塔のようなものが建っている、頂上が見えない・・・。

そう、ものすごく高いのだ。

・・な・・なんだろう?で・・でかい。

ふと、誰かが立っていることに気が付いた。

あれは・・何処かで見たことがある・・気がする・・

その人物が、ゆっくりとこっちを振り向く・・。

・・君は・・。

「ソルー」

どこからか声が聞こえる・・。

「誰だろう?」

さっきよりも近くで、

「ソル起きないと」

「えっ、起きる?」

            ※

祚流は汗をびっしょりかいていた。

「こらっ、寝てたら駄目じゃないか」

空が横に立っていた。

「僕、寝てたんだ、ごめんなさい」

「いや、そうだけど、ソルは疲れてるんだよ、大丈夫、春にはちゃんと勉強してたって、言うから」

そう言うと空はコーヒーカップを祚流の机に置くと部屋を出て行った。

時刻は六時を回っていた。

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