第1章
第1話・・銀色
その学校の名前は、『
・・・切那は腕時計にちらっと目を向け、またすぐに本に目を戻した。現時刻は、七時五十二分、もうすぐ学校の予鈴が鳴り校門の門が閉まる時間帯だ。それでも急ぐ素振りさえ見せず、ゆっくり歩いている。制服を着た学生たちが登校している。
すると、
「セツナちゃん、遅れちゃうよ!」
と突然後ろから声をかけられた。同じクラスの
・・クラスの中では、わりとカッコいいほうに入るかもしれないが、自分はそうは思わない。幼馴染だから、いやもっと別のことだ。
でもその別のことが何か分からないから、なるべく考えないようにしている。
祚流(そる)は全くと言っていいほどの落ちこぼれだ。テストはいつものように最後から二番目くらい、ほとんど最後だ。だからと言って運動が出来るというわけではない。走るのも陸上部のくせに私より遅い。(と思う・・・。)力も並みの女子と同じくらいだ。(これは言い過ぎかも。)だからいつも他の男子からバカにされ、パシリに使われたり、もちろん喧嘩して勝ったこともない。もしかして手を抜いている?
大概は、祚流(そる)のほうが正しいのだが、男子生徒が、タバコなどを吸っているところを注意すると、相手が逆ギレして、正しいことをしたはずなのに、痛い目にあってしまう。注意をしなければ痛い目にあわずに済むのに・・。
でも注意するときは相手の目を真っ直ぐに見て言っている。
そこがすごいのかもしれない。なんだか一日中
「もう、学校始まっちゃうよ、本なんて読んでないで、はやくいこうよ!」
切実に訴えてくる。
・・・・・仕方ないか、急ごう。
切那は、「パタン」と本を閉じて、それを鞄の中に入れた。
教室では、クラスのほとんどの生徒が席について、おしゃべりをしていた。少し歩みを速くしたので、なんとか朝礼に間に合った。祚流(そる)が先に教室に入る。クラスのあちらこちらから、
「おい、ソル遅ぇよ」
「また遅刻ギリギリか」
「今日もまた、昼飯おごれよな」
などの声が聞こえてくる。
祚流は、
「えぇまたぁ。あっ、みんなおはよう」
といつもの調子だ。続いて切那が教室に入った。今まで、ざわついていた教室が一瞬で静まりかえる。
もう、このパターンは慣れている。
「おい、来たぞ」
「魔女がきた」
「魔女よ、魔女」
「うわっ、やべっ、今オレ、目があった」
「おい、呪いをかけられるぞ」
ひそひそ声で話しているつもりかもしれないが、本人には聞こえるように話しているようだ。
切那の背中まで伸びているストレートの髪は、あきらかにみんなと違う。そう、髪の色が銀色だ。しかも何故か、左目を前髪で隠している。右目は瞼が半分閉じていて、眠たそうな、やる気のないような、悟ったような目つきだ。
しかし顔が半分隠れていても容姿端麗だと分かる。紫色の髪留めがよく似合っている。
・・・魔女と言われても仕方ないかもしれない。この外見なら。自分も好きで銀色にしているわけではない。生まれた時からこの色だった。一度染めようとしたが、なぜか髪が傷んでいるわけではないのに、黒に染まらないのだ。自分は、この髪は嫌いじゃないし、むしろ好きだ。先生たちにも了解を得ている。しかし、それをよし、とはしない人たちもいる。それが現実というものだ。
※
・・・切那がまだ幼稚園に通っているころ、みんなとなぜ髪の色が違うのか不思議に思っていたので、それを父に聞いてみた。
そのとき父は、
「いいか、セツナ。お前は、お前のままでいいんだ。その髪の何が嫌なんだ?俺もお前とおなじ色だぞ。えっ?みんながお友達になってくれない?ははは、それはお前がもっと笑えばいいんだよ。いつも下ばかり見てるからだ。たまには上を見上げるんだよ」
「上を?」
「ああ、まっ、とりあえず、笑顔が一番だ」
*
回想終了。また現在に戻る。
午前中の授業が終わり、今から昼休みだ。それぞれ友達どうしでグループを作り、机を合わせたりして、弁当を広げ始めている。
女子生徒達の会話が聞こえてくる。
「ねぇ、カイトさんて、カッコいいよね」
「確かに・・。カッコよすぎ」
「今度映画出るんだって、凄いよね」
「あれで三十代ってありえないよね。二十代に見えるもん」
「ああ、会ってみたい。歌もクールでカッコいいし」
「欠点がないよね、ファンにも親切なんだって」
「カイトさん、ヤバい」
カイトというのは、いわゆるアイドルのことで、ルックスもいいし性格もいい、それに有名な大学を出ていて、歌って踊れて、モデルも勤め、俳優もしている。幅広い仕事をこなしている。今の一番人気だ。テレビをつけると、必ず映っている。女性なら誰もがカッコイイと思うだろう。
切那はあまり興味がないようだが・・・・。
切那は、本を読んでいた。
・・今日の弁当は何かな、と本を読む手を止め、鞄を開けてみる。見つけた。確か、昨日はニンジンの煮付けとごはんだけだった。弁当の蓋を開けると・・・里芋の煮っ転がしだった。
「・・・・・・」
まあいいか、ひとつ食べてみよう。「ガリッ」・・・あまりおいしくない。
煮えてないのかな?でも食べなければいけない。
前に父がこれを食べたときに、
「いいか、どんなものでも食べられるだけで幸せなんだぞ。世界には食べたくても食べられない、いや食料もろくにないところがあるんだからな。」
「ちょっと、それどういう意味?」
母がすごい剣幕で父を睨む。
「いや、おいしいな、セツナ、な?」
「う・・うん」
母はあまり料理が得意ではない。父のほうがうまい。でも父が作ろうとすると、
「いいの、いいの、疲れてるんだから。私がつくるよ」
と半ば強引に父を台所から追い出し、作り出す。
たいがいは煮物とおにぎりになる。しかも煮えてない。
結局最後は出前になる。
・・回想終了・・
しばらく弁当を眺めて、
「やめようかな・・・」
と刹那が蓋を閉じようとしたとき、
「セツナ、一緒に食べよう!♪」
隣のクラスの冥(みょう)雲(うん)凛だ。自分とは全く性格が反対だと思う。鈴はとても明るい性格で誰とでも、すぐに仲良くなれるし頭もいいらしい。髪は肩にかかるか、かからないかくらいの長さだ。鈴はバスケット部に所属していて、うちの学校のエースだ。だからなのかもしれないが、男子にも負けないくらい気が強い。(少し強引なところもあるかも。)
凛と知り合ったのは、毎年のごとくある恒例行事、クラス対抗のバスケット大会で、普通の女子では鈴は止めることは出来ないと言われていたが、切那がワンオーワンで凛を止めてそのままシュートし、その点で凛のクラスに逆転勝ちしてしまったのだ。凛からしてみれば、得体のしれない銀髪にやられてしまい、何が起こったか分からなかったことであろう。
それ以来、凛が切那に対しストーカーのような行為を続け、今に至る。
祚流以外の切那の理解者の一人である。
ちなみに、切那は帰宅部だ。
「えっ、また煮物?私の食べる?」
と凛が自分の弁当の、タコさんウィンナーをあげようとする。
「大丈夫」
と切那が煮物を食べだした。
「無理しなくていいよ。そんなにお母さんが怖いの?」
真面目な顔で、
「そう」
「またまたぁ~、冗談だよ、冗談、ねぇ、そんなことよりもあのこと、考えてくれた?」
あのことというのは、凛が最初から刹那に言っていたことだが、しきりに切那をバスケット部に誘うのだ。
「絶対に入ったほうがいいって、あんなに上手いのに・・・何も部活入らないってわけじゃないよね」
「入らない・・と思う」
「えぇ~、でも私・・・セツナが入ってくれるまで、あきらめないから」
『ガラッ』と教室の扉が開き何故か、ボロボロの祚流が入ってきた。それを横目で見た凛が溜息を吐き、
「はぁ、またやられたの、今度は何で?」
「うん・・・五人くらいの男子が1年生からお金を巻き上げようとしていたから、止めるんだって注意したら、『なんだ、お前は!』って言って・・・」
「それって三年の不良グループでしょ。勝てっこないよ。他に誰もいなかったの?」
「うん、僕だけ
「いつも言うけど、どうしてそんなに危ないことに、首突っ込むのよ」
「でも、一年生は逃げることができたよ」
「でも、あんたはヤラレ損ね。というか、どこまでお人好しなのよ。」
「どうも頭より先に言葉が出るんだよね」
切那はもう本を読んでいた。そして少しだけ祚流のほうを向き、
「血」
「えっ、どういう・・」
「頭から出てる」
額から顎にかけて血が垂れている。凛がそれに気がついて、
「ちょっと、それ、ヤバいって、はやく保健室行った方がいいっよ!」
「う・・ん」
ソルが立ち上がり、ドアのところまで行き・・・・倒れた。
※
まただ。だれかが僕を見ている。真っ暗な世界で、自分しか分からない、でも確かにその暗闇に、何かが居る・・・・キミはだれ?どうして僕を見ているの?すると、どこかから声が聞こえてくる・・・・・。[人には必ず不の感情というものがある。例えば・・・・・・。]・・・例えば?
※
・・ゆっくりと目を開ける・・・保健室の天井が見えた。首を動かすと、離れたところにある椅子に切那が座っていて、本を読んでいた。その隣には凛もいた。
「あれ、僕は、・・・」
「あぁ、気がついた?」
と凛が目を擦りながら尋ねてきた。眠りかけていたようだ。
時刻はすでに五時半を過ぎようとしていた。体が重い。祚流は体を動かそうとしたが、力が入らない。
「セツナ、私そろそろ部活あるから。また明日ね。ソル、あんたもほどほどにしなさいよね」
そう言い、凛は保健室を出て行った。部屋には二人しかいない。窓のカーテンの隙間から風が吹いてきた。
「ゴメンね、僕、何が起こったか分からなくて」
「別に、ただ、倒れただけ」
「運んでくれたの?」
「・・・そう」
「ゴメン、ありがとう」
「別に」
しばらく沈黙が続いた。グランドの方から野球部の掛け声が聞こえてくる。
切那が本を閉じ、
「じゃあ、また」
と言い保健室を出て行った。
「うん、またね」
祚流は、また眠くなってきた。そうだ今日はもう部活を休もう。なんだかすごく眠いや。
※
誰かが僕を見ている。いや、誰とは言えない。何かだ。何かが僕をみている。それは影のようであり、鳥のようであり、炎のようだった。しかしそれは少しだけ懐かしいような気もした。またどこからか、声が聞こえてくる。
[本来の自分を取り戻す。それがまずひとつ]
※
切那は帰りながら本を読んでいた。すると、前から車が近くに寄ってきた。運転席の窓が開き、
「やあ、セツナちゃん。今日はソルがお世話になっていたみたいで、ごめんね。でも、ありがとう」
緑川
父とは同じ年だが、割と若くみえる。服を着ているので細く見えるが、腕は切那の腕三本分くらいあると思う。
仕事はコンピュータ関係の会社の副社長だ。どういうことをしているかは、祚流もあまり知らないらしい。
何をしているのだろう。いつか聞いてみたい。
もちろん、小さい時から空おじさんは知っている。よく遊んでもらった。父とは大の仲良しで、見ていて兄弟くらいのつながりがある、と思う。あれ?兄弟だったっけ?
「いや、・・お迎えですか」
「そうなんだ。学校から電話があってね。そうだ、家まで送ろうか?」
「すぐそこなので」
「そうか・・お父さんに、よろしくって言っといて」
「ソルに無茶するなって、言っておいてください」
空は、にやりと笑いながら、
「はは、そうだね。言っておこう」
そう言うと空は車を発進させた。もうすぐ日が暮れそうだった。
川沿いの道を歩き、一戸建ての古びた家に着き、玄関の扉を開ける。
「ただいま」
台所から声が返ってくる。
「ああ、お帰り。学校どうだった?」
母の千塚
明は、性格がとても明るい。仕事は幼稚園の先生だ。それと空手の先生で有段者だ。とにかく強い。いつも、はきはきしている。父より強いかも。
昔、祚流のお父さんと戦ったことがあるらしい・・・。
何故かは、また今度の機会に。
「うん普通」
「そうか、それはよかったわね・・・ってもっと何かないの?」
「ソルが倒れた」
「ふうん・・・ってどうして?ソルくん、大丈夫?」
今日の出来事を詳しく話した。
「そうかそれは・・大変ね。かわいそうに・・セツナはその時いなかったの?」
「うん」
「そっか、セツナだったら助けられたでしょ?」
一応、私も空手を習っていた。でも、独自に戦い方を習得していたので空手ではないかも。なぜか、小さい頃から戦い方を教わっていた。拳法、武術全般、銃の使い方など、剣術(ナイフなど)は祚流のお父さんに習っている。まるで、何かの戦いに備えているかのように。
父たちは何かを隠している。
自分が知ってはいけないなにかを。このまま、平和に普通どおり生活できればそれでいいと思っていた。
でもその時は、確実に、近くに迫っていた。
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