第十話 強敵達
『ねぇねぇ雪~それは何?私、見たことがないわ。次の料理はいつ並ぶの?』
人の頭上や周りをウロチョロと鬱陶しく飛び回り、話しかけてくるのは、幽霊公主のリィリィで、私の目の前にある食べ物を物珍しげに凝視している。
現在……朝方に終了した第一試験後、朝日を浴びながら、食事をとっている。
最初に全員が集められた宮に、私の後からも何人もが合格し、全合格者28名が揃っていた。静かに食べてはいたが、時おり、仲の良い者同士が固まり雑談をしているのが聞こえる。
……知らない顔が多いな。
椀を持ちながらキョロキョロと合格者を見渡していると、リィリィが頬を膨らませて抗議してきた。
『雪ったら!説明して頂戴。これは何?これは……』
きらきらした瞳を向けられ、若干、引き気味にリィリィに説明をする。
「食べたことないの?これは粥と団子と干物よ」
目の前には、
――以上である。
小さな声で答えた説明は簡潔で、納得がいかないリィリィは不満を露わにした。
『それくらいは何となくわかるわよ……食べたことないけど。それで?次の料理はいつくるの?』
浮いているリィリィを横目で見ながら、素知らぬ顔で冷静に答えた。
「これだけよ」
『ええ――――!嘘よね?香菜や肉や魚。それに菓子はないの……ありえないわ』
リィリィの叫び声など、まったく意に介さず黙々と食事を続ける。
『可哀想に……そんな粗末な食事を。私なら耐えられない』
空中で頭を抱えているリィリィにあきれながら粥をかき込む。
……さすがは公主様ね。これでもマシな方なのに。だって団子があるのよ?いつもはないもの。これは合格者へのご褒美ね!
団子を箸でつかみ口に放り込む。
――美味い!
「――雪、良かったわ。あなたも合格していて」
口いっぱいに頬張っていると、聞いたことのある声が耳に届く。
振り返ると、一人の少女が嬉しそうに駆け寄って来て目の前に座り込んだ。
「
目の前に座ったのは、宮女見習いの時から仲の良かった香涼。宮女見習いの中でも顔立ちが整っていて雰囲気も華やかなためか凄く目立つ。なによりも、家柄も由緒正しい「
「良かったわ、雪も合格していて。普段から働いていた宮が違うからか、他は知らない顔が多いわね……私達の仲間は落ちたみたい。ここにいるのは28人よ」
辛そうに
「香涼、ここまで来たら後戻りは出来ないよ。私に叶えたい願いがあるように、あなたにも宮女になり……天子様の目に留まる目的があるはず。自分を一番に考えて」
香涼の願いは側室へと上がること。実の父と養母を見返すために――。
香涼の実母は5歳の時に流行り病で亡くなり、そのあと、養母が
宋家は鉄や陶器を扱う、都随一の商家。
後宮の品を扱う特権も与えられ、香涼の実兄は最難関とされる
将来有望で人望も厚い。だが……問題は香涼の実妹。
すでに5歳になっていた香涼とは違い、妹の
そこが二人の大きな違いとなり、新しい母に馴染めなかった
義母は妹の
そして、父もまた義母の言いなりとなり、宋家の実権をすべて掌握し、女主人として君臨している。
「わかっているわ。私は、あの女を目の前に跪かせる。それが死ぬまでの目標……雪、あなたもでしょう?」
「ええ……私も、目的のためなら何でもするわ」
二人の約束。絶対に宮女となりお互いの目的を果たすこと。それがお互いの絆を強めていた。
「でも、やっぱり宮女試験は難しいわ。第一試験で、まさか隠語が出るなんて思わなかったから」
香涼が、第一試験を思い出したように呟くと立ち上がり、椀を2つ持ち戻って来る。その中には濁った液体が注がれていた。
『ねぇねぇ、それは何?ねぇったら雪!』
大人しくしていたリィリィが、椀が出てくると反応を示す。
……食べものに、こんなに反応するなんて……公主にしては飢えてんのかな?
リィリィの食べ物に対する執着にあきれながらも、げんなりしていると香涼が首を傾げてこっちを見た。
「どうかした?雪」
「ううん、何でもないわ。ありがとう……この豆茶けっこう濁ってるけど」
香涼に向かって何とか笑みを作り、うるさいリィリィに教えるように、わざと茶の名前を出す。
「そう?いつも通りよ。味も同じ」
「ああ、勘違いね。あはは――」
乾いた笑いは少し無理があると思ったけれど、ここは適当に誤魔化す!
「ところで香涼は良くわかったね。「落ち葉拾い」の意味が」
話題を何とか逸らそうと、思いついたのは試験の答え。
「私の家は宮廷と代々取り引きをしているから。隠語は叩き込まれているわ……雪はどうやってわかったの?」
うっ……しまった。余計な話題を出してしまった。
「そ、それは……父様に教えられたの。気を付けるようにって……」
しどろもどろに目を逸らし、不審な様子で答えるが、素直な香涼は頷き、特に疑わないらしい。
「そっか、雪のお父様も宮廷に出入りしてるから知っているわよね」
両手を胸の前で組み可愛く答える香涼を見ると、心苦しい。……嘘をついているから。父は、武器を扱う商人で宮廷に出入りしていると伝えてある。
まさか……父が官吏の身分とは言えない。
これから先も自由のない父様。この宮廷と言う巨大な籠の中に閉じ込められている……身分だけは約束されている官吏。そんな身分より、私は自由が欲しいと心から願う。
「……雪、あっちを見て。あの子……
香涼の視線を追うと、数人が固まって座っている。
その中で、他の少女達と一線を引いているように輪から少し離れ、たまに頷くだけの少女が見える。
「
あの子、どこかで見たことがある気がする……どこで?確か――――そうだ……あの日だ。
――あの宴の席で、少し離れた場所で……あの舞を、私と同じように隠れて見ていた子に似ている。
思わず凝視していると、ふいに紅花が視線に気付いたのか、こっちを見たが、すぐに視線を逸らしてしまう。
「雪!じっと見過ぎよ。あの子、ああ見えて覚醒すると怖いから雪も気を付けるのよ」
香涼に袖を軽く引っ張られ耳元で囁かれる。
「覚醒って何?」
あやうく倒れそうになるのを何とかこらえ、床に片手をつき体を支える。
「雪は本当に噂に疎いわね。その様子じゃ、ここにいる皆の名前知らないでしょ? 紅花は……朝が凄く弱いのよ。だから今はあんな感じだけど……今年の宮女試験では合格確実とされる才女よ」
さすがは都随一の商家の娘。情報収集能力が凄い。
「……才女?あの子が」
そうは見えないけど?と心の中で囁き、改めて紅花を見る。
確かに顔立ちは綺麗だが、一目見て振り返るような美人ではなく、娜娘娘のような華やかな雰囲気もない。言っては悪いが至って普通……。
「……雪。わかっていないようだから忠告しておくわ」
いきなり、香涼が真剣な顔つきになり、さらに声を小さくする。
その緊張に満ちた声に何か悪い知らせかと、ごくりと唾を飲み込む。
「な、なに?」
「第一試験で合格している28人のほとんどが、名家や商家の娘達よ。つまり……試験内容が漏れていたと考えた方がいいわ」
香涼の推測に驚きを隠せない。
試験内容が漏れていた?そんなこと……長年、試験内容どころか、試験官すら秘匿扱い。知っているのは、任命する皇帝陛下のみ……違う、もう一人いる。任命された本人だ……でも、まさか娜娘娘が?そんなこと……。
「雪――気を付けるのよ。あなたは……」
「いつまで話している!集まりなさい!」
私の真上には緊張感の欠片もないリィリィが浮遊しながら眺めていて基本邪魔だ。その、ドタバタした姿を見た女官長から、あきれたような溜息が聞こえたが聞こえないふりをした。
「……第2試験を始める。全員、外へと出ろ。そこで娜娘娘が待っておられる。急げ――!」
目を吊り上げ、張り上げられた声に、またあの時と同じ緊張が身体に走る。
だが、外へ出ろと言われ何が始まるのかと不安になり、少し離れた場所にいる香涼を見ると同じように不安げに立ち上がっていた。
また……始まるのかと。
皆の後を追い、宮の外へと出ると、太陽がちょうど真上へと昇ろうとしている。
「遅いわね。貴方たち早く来て。ああ、適当でいいから、一人ずつ、その図形の上へと立ちなさい」
相変わらず華やかな装いの娜娘娘の指示に従い、28人が赤い線が引かれている石畳の上に立った。
これは……?
一番後ろの左隅の位置に立ち周りを観察する。
28人の足元には赤い色で、日、月、龍、子、卯、矢、止など漢字が踊っている。そして、○や不可解だが、どこかで見たことがある文様が漢字を囲っていた。
でも、その文様が何かが、まったく思い出せない。
「これが何かわかるかしら?ここでわかった者はすぐに宮女試験合格よ」
一斉に皆の目つきが変わった。
互いをけん制しながら、足元の図を凝視している。だが、当たり前だが、誰もがお互いを探り何も言わない。
「……まあ、無理でしょうね」
娜娘娘は小さくそう言うと、梅の花が描かれている
「今回の第2試験は、この図形と漢字の意味を読み解きなさい。3つの意味が入っている……それと今回は2人1組になってもらう」
2人1組?それは心強いけど、問題は誰と組むのか。2人で行動するならリィリィと話す時は注意しないといけない。何よりも、勝手な行動はとれない。
怪しまれたら厄介なことになる。
「組み決めだけど…………もう決まっているわよ」
娜娘娘の邪悪な笑みに、何だかわからないけど後ずさり、足元に目をやると、あることに気が付いた。
――同じ字が2つあることに。
まさか、これは……。
娜娘娘を見ると、なぜかこっちを見ていたようで視線が絡み合った。
「――そうよ。同じ字の上に立っている者と一緒」
それを聞くと、皆がざわつき確認を始める。
「静かに。では、これより第2試験を始める。答えは王宮内に散らばっている。探しなさい!」
一拍おき、娜娘娘が凛とした声を上げる。
「第2試験は――――漢字拾い。明日陽が昇るまで待つ……始め!」
こうして、またしても意味不明な試験は幕を開けた。
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