第十一話 不可解な漢字

 娜娘娘や女官長達がいなくなり、まず最初に始めたのは、皆と同じ自分の相手を探すことだった。

 足元には、「矢」の文字。

 すぐに探そうとするが、皆が一斉に動き出し、誰がどの漢字かがわからない。すると、辺りに見習い宮女達の声が大きく響く。

 皆が自分の漢字を叫び相手を見つけようと必死だ。所々では、お互いが知り合いだったのか歓声も聞こえる。

 『雪はどの子と当たるのかしらね?』

 他人事のリィリィは、相変わらずふわふわと浮きながら行儀悪く寝そべっている。今までの様子から、生前もこんな風に過ごしていたんだと推測できた。

 ――なんとお気楽な暮らしだろう。ある意味羨ましい。

 「……ねぇ、リィリィはこの図形や字の意味とか、もうわかるの?」

 ずるい手だが、凄く気になり小さな声で聞いてみた。

 だが、リィリィは可愛く首を傾げるだけで「わからない」と答える。

 『雪も見たことあるのでしょ?あの文様。私もどっかで見たことあるんだけど思い出せないのよねー』

 うーんと唸るリィリィは、本当に知らないみたいだ。

 一体何の意味があるのか?と、歩きながらも足を上げ字を眺めていたら、ふいに肩を叩かれた。

 驚いて顔を上げると、そこには、さっき才女と教えられたばかりの李紅花リィ・ホンファの姿。

 感情の読み取れない大人びた顔立ちと、黒い瞳は真っ直ぐに私を見つめ畏怖さえ覚える。

 「……あなた、字は何だった?」

 私の驚いた様子など、一切気にしていないように、紅花が声をかけてくる。

 「あ……「矢」よ」

 そう答えると紅花が軽く頷いた。

 どうして声をかけて来たのか不思議に思い、周りを見ると……納得した。すでに、ほとんどが2人1組になっていて、1人でいる方が少ない。

 「……あなたと一緒だわ。初めてよね?李紅花よ。紅花と呼んで」

 淡々と紅花が名を名乗る。

 「――王雪よ。こちらこそ、よろしく」

 挨拶をするが、紅花は興味がなさそうに頷くのみで、そこで会話が途切れた。

 ふと、周りを見ると、なぜか私達の周囲には人がいなくて、皆が遠巻きに眺めている。

 ……何で?

 「雪――行きましょう。場所を変えるわよ」

 紅花が私の返事を待たずに歩き出す。

 皆の意味ありげな視線が何を示しているのかわからず、首を傾げながらも紅花を追いかけた。


 紅花は歩くのが早く、その後ろを追いかける私は若干、小走りだ。紅花は迷うことなく内宮へと入り、私の知らない小道や楼閣を通り、更に奥にある小高い丘へと歩いて行く。

 そこには内宮にしては貧相な、古びた楼閣がぽつんと建っていた。

 紅花が立ち止まると、私も足を止め肩で息をする。それほどまでに歩いた。紅花もわずかだが額に汗が滲んでいた。

 「ここなら誰も来ないわ。少し休みましょうか」

 すると、何を思ったのか、紅花が、その楼閣の閂をはずし堂々と中へと入って行く。

 「えっ――!ちょっと紅花。ダメよ勝手に入っては!」

 止めようとすると、中から「そこで待ってて」と声が聞こえ、中からガタガタと大きな音が聞こえる。

 ……これは、さすがにばれたら怒られるだけじゃすまない。

 引っ張り出そうと、楼閣へと足を踏み入れようとすると、ちょうど外へと出てきた紅花とぶつかりそうになった。

 「わっっ――」

 地面に倒れ込みながら横へと回避すると、紅花はあきれたように私を見下ろす。

 「あなたって落ち着かない人ね。こっちに来て……お茶にしましょう」

 マイペースな紅花の両手には盆に載せられた茶器と茶葉。

 私の唖然としている姿を一瞥すると、外へと向かい、石段の上部に腰を下ろし、慣れた手つきで茶を淹れ始めた。

 「いつまで、そこにいるのよ?早く来なさいよ」

 倒れたまま動かない私に、紅花が強い口調で急き立てる。慌てて衣についた埃や土を払うと紅花の隣へと座った。

 紅花との間に置かれた茶器からは湯気がたち、空を漂っている。

 「どうぞ。それと、ここの楼閣は李家の持ち物だから心配しなくてもいいわ」

 受け取った茶を飲んでいいものか悩んでいたら、紅花のまさかの発言に目を見張る。

 「えっ、そうなの?」

 楼閣と紅花を交互に見ていたら、横からあきれたような溜息が大きく聞こえた。

 「あなた本当に私のこと知らないの?李家は妃も輩出している都でも有名な一族よ」

 紅花の探るような視線に目を泳がせ、あやふやな態度をとっていると、紅花はあきれたように前を向き茶を啜る。

 「初めてだわ。あなたみたいな人。普通なら李家の娘だとわかったら、私に媚びるのに」

 「……そうなんだ」

 生まれてこの方、権力を欲したことがない。李家と言うか政治自体に興味がない。と、言うか、どちらかと言うと嫌悪の対象だ。父を王宮内から出さず、自由さえ与えないここは牢獄にしか見えない。

 「政治には興味がないから……」

 ぼそりと呟くと、紅花の視線が鋭く射抜く。

 「なら、なぜ宮女に?宮女になれば陛下の目に留まる機会があるかも知れない。そうなれば人生が変わるわ」

 確かに紅花の言う通り、陛下でなくとも、上手くいけば高い身分、もしくはそれなりの身分の官吏達の妻になることも可能だろう。

 でも、私は、それを望まない。


 「私は、そこまで望んでいないの……それに、数年後には宮中を出るから」

この告白は紅花には意外だったらしく、茶を持っている手が静止した。

 まるで、幽霊を見ているような顔で「信じられない」と切れ長の目が物語っている。

 「……宮中から出るの?」

 「――ええ、それよりも早く試験の謎を解かないと。一応、あの漢字は全部覚えたけど、あなたは?」

 この話はここまでと、第2試験の話を口にすると、紅花は戸惑いながらも頷いた。

 「私も覚えているわ。整理しましょう。あの場では2人1組になるように漢字が重複していた。重複分を消すと漢字は28個」

 茶器を置き、紅花が立ち上がると、近くにあった木の棒を使い地面に字を示す。紅花に習い木の棒を見つけ、紅花の隣に立ち文字を地面に書いていく。


 





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