第十二話 塗りつぶされた宮
佳、未、子、日、
さすがは、噂の李家の才女、
同じく書き終わり、地面に書かれた漢字を唸りながら見ていると、紅花の視線を感じ顔を上げた。
「どうかした?」
不思議に思い紅花を見ると、紅花は何とも言えない顔をしている。
「……あなたも凄いわね。この28文字を一瞬で覚えたの?他の人達は必死に書き写していたのに」
紅花に言われ、思い出すように頭をかいた。
「ああ、そう言えば、皆、衣を少し破いて書いてたわね。それがどうかしたの? あなたも覚えていたじゃない」
至って普通と言い切ると、紅花が目を細める。
「そう……あなたにとっては普通なのね」
紅花は淡々と頷き、漢字を凝視している。
「なにかの法則があるのかな?……それとも娜娘娘の趣味か」
うーんと唸り、がぼそりと声に出すと、紅花が反応を示した。
「
そう言えばと気づき「あっ」と短く声を出し苦笑いをする。
……そうだった。紅花は娜娘娘と同じ一族だった。うかつなことは言えない。
渇いた曖昧な笑いで誤魔化そうと目を逸らすと、目の前にリィリィが飛んで来る。
『雪って余計な一言多いわよねーそれに李娜と紅花は宮中でも有名なのよ?本当に知らないのね……雪一体なにしてたの?』
リィリィがあきれたように私を見たあと、周りを飛び地面の漢字を眺める。
何か言いたげな私の視線を感じながらも、リィリィは素知らぬ顔だ。
「どうかしたの雪?」
いきなり黙り込んだのが気になったのか、紅花が顔を覗き込んできた。
「な、何でもないよ。それよりも娜娘娘は内宮にヒントは隠されていると言ってたよね?」
「ええ、でも内宮も広いわよ?探すとなると1日じゃ終わらないわ……」
確かに紅花の言う通り、隅から隅まで探すとなると、明日の朝までに内宮全部を見るなど不可能だ。なら、どこか探す場所を絞らないと。
「場所を絞りましょう」
紅花も同じことを思ったらしい。
「雪はどこを探す?時間も限られているから別れて探した方が効率がいいと思うの……そうだ、待ってて」
紅花が話を一旦切り、楼閣へと足早に入って行く。しばらくして現れた紅花の手には、この内宮全体の見取り図が握られていた。
「内宮の地図?凄い……どうしてここに?極秘のはずじゃ?」
内宮には隠し通路や抜け穴が多数存在している。いくら李一族と言えど、簡単には手に入らない代物のはず。目の前の地図には隠し通路も、もちろん示されている。
「秘密よ、このことは。あなたに教えたと知られれば、私が一族から罰を受けるわ。もちろん、あなたもね」
紅花が跪くと、地面に地図を広げ覗き込む。その横に同じく腰を下ろすが、目の前の地図を凝視していると、あることに気づいた。
「ねえ紅花。ここは何で塗り潰されているの?」
ちょうど地図の真ん中から少し南にある一部が2ヶ所墨で黒く潰されている。
「ああ、そこは、もう誰も住んでないのよ。ここも……ね」
紅花の示した通り、塗りつぶされている場所は2ヶ所。
大きく塗りつぶされている宮の近くにある、別の宮も黒くなっていた。
誰も住んでないって……また住むかも知れないのに、どうして?
不思議に思いながらも、地図全体を丹念に見つめるが、それ以外の場所は至って普通だ。
……黒くなっているのは2ヶ所のみかあ。誰が住んでいたんだろう?
『……そこは、私が住んでた宮があった場所よ』
えっ?……リィリィのいた宮?この場所が?
いつの間にかリィリィが目の前に立ち地図を怖い顔で見つめ、指で1点を示す。
『ここね……もう一つは私や
そう言えば、この場所は、昨日私がリィリィや皇子に出会った宮だ。
蓮と睡蓮の池が寂しいと感じだ……あの儚い宮。
『
それが塗りつぶされてる……その意味は一体?
「雪?雪ったら!」
紅花の少し大きな声が耳元で聞こえ、慌てて「なに?」と紅花に向き直る。
「聞いてなかったわね?私はここを探すわ」
紅花が指で示した場所は、黒く塗りつぶされている朱燿殿とは反対の北に位置する内宮の中枢。
「そこまで入って大丈夫なの?」
いくら宮女試験中と言えど、紅花の示した位置は四夫人の宮がある場所。
「問題ないわ。この宮は、李娜おば様の宮だから。同じ一族の私が出入りしても誰もなにも言わないわ」
「そうなの?!」
全然知らないと目を丸くすると、紅花はあきれている。
「……雪、もう少し勉強した方が身のためよ。宮女になったら勢力分布も学んでおかないと大変なことになるわよ……ところで雪はどこを探す?」
「どうして紅花はそこを探そうと決めたの? 李一族の誰かにヒントを貰うの?」
紅花の言う勢力分布とやらも気にはなったが今は試験だ。
この広い内宮で、どうしてそこに決めたのか気になり何気なく問うと、なぜか紅花が睨んできた。
「……あなたまで私が、
いきなり目を吊り上げ、怒りを込めて睨んできた紅花に狼狽え後ずさる。
「そんなこと思ってないわよ。それに、私は紅花のこと知らなかったし」
紅花の気迫におされ、大げさなまでに否定する。
紅花って怒ると怖っ!それに、どうも家柄や娜娘娘の話をするのは避けている気がする。それにしても……宮女になれるって凄い自信。さすがは名家の出身者は言うことが違う……。
「……そうだったわね。雪は私のことや娜おばさまのことに興味なかったのよね……ごめんなさい」
変なところに感心していると、紅花も誤解だと気が付いたようで、バツが悪そうに謝ってくる。
「そんなに気にすることないよ。それよりも、私はここを探すわ」
早く一人になりたいと、適当に地図のある一点を示す。それを見た紅花は顎に片手をあて、難しそうな顔で眉を潜めた。
「えっ?なにかダメな場所?」
「……いいえ、ダメではないのだけど、その場所は内宮と外宮を繋ぐ場所なの。つまり女だけではないと言う意味よ。それに官職の方も行き来するわ」
「それってつまり……」
男性も出入りしていて、身分の高い人も多い。そして、何か粗相をすれば……一発で首が飛ぶかも知れないと……うん。止めよう。命は大事!
「紅花……やっぱり私、ここは止め……」
「そうね。そこにも何かヒントがあるかも知れないわ。じゃあ、月が天高く昇ったら、またこの場所で落ち合いましょう」
別の場所を示そうとすると、紅花が神妙に頷き言い出せなくなった。
ええ――?ちょっと待って――!
「雪、頑張ってね。私もヒントと答えを探すから。くれぐれも変な失敗はしないで。地図は雪にあげるわ。」
意外にも慎重派かと思っていた紅花は、思い立ったら、即行動するらしい。さっさと石段を下り、足早に歩いて行き姿が見えなくなった。
「……どうしよう?リィリィ」
思わず頼ったのは、宙に浮いているリィリィで、こちらも紅花に負けず劣らず難しい顔をしている。
「リィリィ?」
呼びかけても返事を返してくれなくて、思わず声を張り上げる。
『な、なに?』
「ここに行きたいの。リィリィはこの場所知ってる?」
本当は行きたくはなかったが、まさか紅花に嘘の報告をする訳にもいかず、地図をリィリィに示す。
『ええ……良く知ってるわ。ねぇ雪、お願いがあるのだけど……そこへ行く前に寄って欲しい宮があるの』
いつもの元気いっぱいの明るいリィリィとは違う、酷く落ち込んでいる姿に雪は思わず頷いた。
「うん、良いわよ。朱燿殿へ行くの?」
思いついたのは、リィリィと出会った宮。
『ううん、そこは母上の宮だから……私の宮はその近くにある……
てくてくとリィリィに付いていくが、その後ろ姿はとても悲しそうに見えた。
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