第十三話 出会った二人

 ふわふわと漂うリィリィの後を早足で付いて行く。その間、リィリィは一言も口を開かず思い詰めた顔をし、私の顔すら見ようとしない。

 ……リィリィどうしたのかな?黒く塗りつぶされている地図を見た時から様子が変だった。それにしても誰が地図にあんなことを?……

 『ねぇ雪、お願いがあるの。私の宮は今は誰もいないから、ある物を部屋から取って来て欲しいの……とても大切な物なの』

 しばらく静かだったリィリィがぼそぼそと話し出す。


 「大切な物?でも、リィリィの持ち物は処分……されているんじゃない?」

 亡くなった公主の持ち物なら、すでに皇帝陛下の命で整理されているはず。それも、リィリィが大事にしていた物なら、きっと高価な品に違いない。それを誰もいない宮に置いておく訳がない。

 『……大丈夫。隠してあるの。あれは、誰かに見られたらいけないものだから。私の一番大事なもの』

 隠すほどの大事な品。

 不謹慎ながらも、その『大事な物』の正体が気になって仕方がない。

 『あそこよ……』

 その宮を見て思わず足が止まった。

 それには気づかずにリィリィは宮へと入って行く。

 ……声が出なかった。


 リィリィの宮は、草木が伸び放題で朱の門も色が所々落ち、外壁は今にも崩れそうだ。とても手入れがされているとは言えない悲惨な状態だった。朽ち果てた姿は内宮の中とは思えない。

 「……あっ、待ってリィリィ」

 慌ててリィリィの後を追うが、リィリィはふわふわと漂いながら、門を抜け建物の裏手へと向かう。だが、足元が悪く何がなんだかわからない。

 沼や池はないか慎重に草の上を歩き、手で木々の枝をどかし、たどり着いたその先には、真っ赤な月季げっき(コウシンバラ)が咲き乱れていた。

 月季は、四季を通じて咲く貴重な花。またの名を「月月紅げつげつこう」とも言う。その中でも、もっとも背が高く存在感のある月季の前にリィリィが立っていた。


 その姿は切なげで声をかえることが出来ない。

 なぜなら、リィリィが泣いているようにも見えたから――。

1歩、また1歩とリィリィに近づくにつれ、月季の艶やかで甘い香りが漂ってくる。

 「リィリィ……」

  真っ直ぐに月季を見ていたリィリィの肩が、何かを恐れているかのようにビクリと動く。

 『――――雪、お願い。この下を掘って欲しいの。そこに大切ものが埋まっているから』

 何かを堪えているような顔を見せるリィリィが示した場所は、月季の葉と根で足元が良く見えない。

 「何が埋まっているの?」

 聞いてはいけないのかもと思いながらも、聞かずにはいられない。

 『掘ればわかるから……お願いよ、雪』

 切なげな声にぎこちなく頷き、周りを見渡すと、少し長い木の棒を見つけた。それを使い葉や枝をかき分け土を掘る。土をかき出す度に頭上から、赤い花びらがひらりと舞い落ちる。

 それを繰り返していると、土の中から黒地に黄褐色と紅色の糸状の模様の硯箱が目に入った。

 リィリィを見ると、強張った顔を見せながらも頷いた。棒を捨て、手で土をかき出し硯箱を持ち上げる。

 『開けてみて』

 何が入っているのか警戒しながらも、言われた通りに蓋をとる。


 ――中には細い竹で編んだ包みが一つと筆が1本。

 リィリィの顔色を伺いながらも、竹の包みを手に取り慎重に開けていく。

 細かい網目の竹の包みを開くと真っ白な絹が見える。触り心地の良い何重にも包まれている絹を解くと――尺牘せきとく(手紙)が現れた。

 『それは……私の大切な人から貰ったものよ。それを……捨てて欲しいの。誰にも知られないように。あの人に迷惑がかからないように……お願いよ、雪』

 ……公主であるリィリィの大切な人から?

 「中は見てはだめなの?」

 気になって気になって、中身を見たくて見たくてたまらない。

 『ダメよ。それは私とあの人との思い出だから。雪も嫌でしょ?私の立場だったら』

 確かにそれは一理ある。でも、気になる……公主であるリィリィの大切な人……どんな人だろう?そして、リィリィが亡くなった今、どうしているのだろうか?

 「ねえ、その人、今はどうしてるの?その人に頼んだらどうかな……犯人を探すのを」

 そうだ。その人にもお願いすれば良い。犯人を見つける手助けをして欲しいと。

 『……それは嫌かな。何度か会いに行っているのよ。私の声はもちろん聞こえない。でもね、私の声があの人には届かなくて良かったと思うの。あの人を苦しめることになるから』

 心が、なぜか知らないけど、ズキリと痛んだ。切なげに微笑むリィリィは、泣くのを我慢しているようにも思えて、私までも泣きそうになった。

 「……わかった。じゃあ、燃やすね。捨てると誰かが拾う可能性があるから」

 『うん……ありがとうね、雪』

 リィリィが笑顔を見せる。


 出会ってから、かなり迷惑だったけど、やっぱり、リィリィは悲しい顔よりも笑顔が似あう。

 「どこで燃やそうかな……リィリィ、宮の中に燃やす物まだあるかな?……中に入れる?」

 ふわふわと浮きながら、目尻に溜まっていた涙をそっと袖で払ったリィリィは、考える仕草をしたまま、朽ち落ちた宮に近づく。

 リィリィの後を追うように、硯箱の中に尺牘を大切にしまうと、大切に両手で抱え、鬱蒼と生い茂る月季を上手く避けて歩き出した。

 月季の赤い花びらを踏むと、赤い汁が染みでて、布靴を染める。

 「……やだな。この赤い色。色は落ちるかな……リィリィ……ひっ!」

 人間驚きすぎると声が出なくなるとはこのことだろうか?

 いきなり喉元に付きつけられた刃に直立不動になる。

 硯箱を今にも落としてしまいそうなほど両手は震え……膝ががくりと前のめりになり腰が抜ける。


 何とか死守した硯箱を汚さないように、赤い血のように錯覚する赤い花びらの上に座り込んだ。喉元には、刀身も鍔も全てが闇のように黒い刀が突き付けられたまま……。

 その刀には何かが塗られているようで、その何かに思い当たり、ごくりと喉を鳴らす。

 ……この刃についてる透明な液体……これは毒だわ。

 昔、父様に教わった。剣を向けられた時、一番に刃を確認し、毒が塗られていないか確認しろと。

 「――ここで何をしている。それに、その硯箱……こちらに渡せ」

 怖々と剣先からその持ち主……男へと視線を移す。

 獣のような鋭い瞳は人間味を感じさせないほど冷たく、全身黒ずくめのその姿は、あきらかに太監たいかんや各府の者ではない。

 ……一体この人はどう言う身分の人なのか。震えが止まらない。この人は異質だ……。


 それに、この毒が塗られた剣から、どう逃げよう。ここで内功を使うと力の存在が知られてしまう。父様に迷惑をかけてしまう……私の幸せを願ってくれていたのに、ここで私が失態を起こす訳にはいかない。

 「あ、あの……私は宮女試験のためにここへ……探し物をしていたら、これを見つけたのです。怪しい者ではございません……お助け下さい」

 震えながらも何とか声を絞り出し、男に伝える。

 表情一つ変えない男は、思ったよりも若く見えるが、放たれている殺気は変わらない。

 「……宮女試験?確かに行われているのは知っているが、ここに来た理由はなんだ?それと、その硯箱をどこでみつけた?」

 剣先は変わらず喉元に付きつけられ、今にも毒が肌に触れそうなほど。

 どうしよう……どうしよう。何て答えれば良いのかわからない。

 混乱に陥った私の耳に、悲鳴のようなリィリィの叫びが耳に届いた。



 『やめて――――ジャン






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