第六話 攻防戦

 この声……だめだ。怖くて確かめることが出来ない。生きてる。そして意識もあって声をかけてくると言うことは……終わった私の人生。

 首が飛んだ……。

 皇子にやってしまった最悪な振る舞いを思い出し、がっくりと項垂れる。どう考えても打ち首。良くても流刑だろう。

 父様ごめんなさい。せっかく母様の手がかりを見つけたと思ったのに……せめて父様達には罪がいかないようにお願いしてみます。

 父の顔を思い出し意を決すると、声のする方角を見ると岩の上に片膝を立て、鞘におさめた剣を手に持ち、くつろぐように座っている第9皇子の姿。

 内功の影響もないみたいで安心する。でも、その表情は、あきらかに不機嫌だ。

 ……これは詰んだ。

 「あ、あの!私はどんな罰でも、お受けしますので家族だけはお見逃し下さいませ。お願いいたします!」

 皇子の姿を確認すると、冷たい地面に跪き頭を垂れる。

 「私には妹がいますが……どうか、その子だけでもお見逃しを」

 私の失態のせいで妹まで苦しい思いをさせる訳にはいかない。父様は自力で何とかするだろう。私と同じ内功の使い手だし、いざとなれば、その力で逃げられる。

 でも、まだ幼い妹は力は備わっていない。あの子だけでも守らないと。

 どれだけ謝っても皇子からは何も反応がなく風の音だけが聞こえる。

 「妹が……その子も内功を使えるのか?……その力は誰に抑え方を学んだ?」

 重苦しい沈黙をやぶり聞こえてきたのは、思ったよりも優しい声。思わず顔を上げると、さも、さっさと答えろとばかりに睨みつけられた。

 ……目つき悪いんじゃない?この皇子。何気にやっぱり態度悪いし。

 「妹は、内功を使うことは出来ません……制御の仕方は、その……」

 渋々口を開くが答えに詰まる。

 内功の使い手は滅多に現れることがないため、力が現れると同時に役所に届けなくてはならない。

 だが、私は届けてはいない。

 父様が必死で隠したのだ。そして、そんな父様の気持ちを私もわかっていた。だから今まで誰にも見せなかったし、誰にも言わなかった。

 なぜなら、内功の使い手はすぐに宮廷へと強制的に連れて行かれ、死ぬまで出ることが出来ない。

 一生……巨大な鳥籠から出ることは望めない。そこから空を見ても同じ景色。故郷へ帰ることも出来ない。それは辛すぎると父様は話してくれた。

 「誰がお前に教えた。同じ内功の使い手しか、その力を操る術は知らないはずだ」

 土と石を踏む音が聞こえ顔を上げれば、皇子が近づいてくる。

 「あ、あの……それは」

 「答えろ。答えなければ妹を連れて来る」

 咎めるような口調に、怖くなり泣きそうになる。そして自分の失言を悔いた。妹がいると、余計な話をしてしまったと。

 「……父に教わりました」

 心の中で何度も父様に謝りながら答えると、涙が頬を流れ、膝の上で強く握っている手の甲へと落ちる。

 「父親の名は?」

 皇子がすぐ目の前に座り込み、早く答えろと声を荒げる。

 「……王剛ワン・ガンと申します」

 「……王剛?あの王剛か?って、おい」

 そこまで言うと、自分が殺されるのではないか?と言う恐怖と、父への申し訳なさ。なによりも何も罪のない妹への想いが入り乱れ我慢できなくて声を上げて泣き出してしまった。

 「お、おい泣くな。人が来たら面倒なことになるぞ」

 今まで余裕で問い詰めていた皇子が、いきなり慌てだす。

 「で、でも私は……皇子様にとんでもないことを。流刑か……死罪にするの……っ」

 最後まで言い終わる前に、素早く口を大きな掌で覆われる。

 何が起こったのかわからなかった。

 今の姿はあれだ。

 背後から口を片手で覆われ、もう片方の皇子の手は身体を抱きしめられるように回されていて身動きが取れない。ある意味ひどい。

 「静かにしろ……もうすぐ見回りがくる時刻だ。誰かに見つかったら問題だ……悪かった、泣かせる気はなかったんだ。泣くのは止めろ」

 息をするのも苦しくなり、手を離して欲しくて、皇子の手に触れ、はがそうと試みる。しかも両足をばたつかせ抵抗した。

 暴れながら皇子の顔を見ると、さっきとは違い困ったような苦笑い。

 その顔に思わず釘づけになる。

 こんな顔もできるんだ……。

 「なにもしないから安心しろ。お前は好みじゃないから襲わない」

 何を勘違いしたのか、皇子がとんでもないことを言い放った。

 なんか、自分が可哀想……。

 初対面で「好みじゃない」と面と向かって言われるなんて。確かに私は、歩くだけで皆が振り返るような美人ではないけど、見た目はいたって普通のはずだ……たぶん普通。

 思わず落ち込む。

 「落ち着いたか?すまないな泣かせてしまって……少し話がしたい。宮女試験はいつ終わる?」

 がっくりと落ち込んでいたら、皇子には別の意味でとられたらしい。

 「明日の朝に試験の答えを持って来るように言われています」

 解放され息を整えながら答えると、皇子が何かを考えるようにして頷いた。

 「なら、少し時間はあるな。話がある。こっちに来い」

 いきなり腕をつかまれ引っ張る様に連れて行かれる。

 えっ――?私は今、試験中だって言ったばかりなのに。もしや試験が終わるまで閉じ込められるとか?やっぱり怒ってるんじゃ……。

 血の気が引くのを感じ、思いっきり足を引きずりながら抵抗する。

 「あの皇子様、試験中ですので、お話は今度でお願い致します……」

 「だめだ。ここで手を離すと、どうせまた逃げるだろう?逃げられると俺が会いに行かなくてはならないが、それだと周りがうるさい。話が終わるまで逃がさない」

 ばれてる……逃げると。

 それに逃げても会いに来られたらなお更困る。父様の名も教えてしまったし、もう逃げることなんて出来ない。

 誰か助けて――!

 誰かに縋るように暗い空を見上げると、あることを思い出した。リィリィのことを。


 夜空に目をやりせわしなく、きょろきょろと辺りを見回すがリィリィの姿がどこにもない。そして抵抗もむなしく連れて来られたのは朱燿殿の一室。

 朱の扉が開き中に目をやると椅子や机、調度品などはすべて白い布で覆われていた。生前は栄華を極めていた朱燿殿も、主がいなくなると暗く空気も淀み、何よりも寂しい。

 「悪いな、こんな所で。他に話せる場所がない。俺の宮は人の目があるから連れて行けない……単刀直入に言おう。お前の力を貸してほしい」

 皇子が先に中に入ると、恐る恐る後に続く。朱の扉が閉まるのを背後で聞きながらも、皇子の願いとやらに息を飲む。

 私の力を? それは、もしや。

 嫌な予感が脳裏をかすめる。

 この会話、さっきもしたはず。あのリィリィとだ。リィリィと第9皇子は母親が一緒。と、言うことは姉のリィリィの死因探しだろう。それは困る。何としても阻止しなければ。私もやることがあるのだから。

 「……お断りいたします」

 「まだ何も話してないだろ?最後まで聞けよ」

 言葉遣いが乱れてきてる。しかも語尾が強い。すなわち怒っている……これは早く退散した方がいい。

 早く逃げて試験を何とかしないと。

 「申し訳ございません。私はリィリィ様のことを探ることは無理でございます」

 言われる前に素直に頭を下げ、そのまま出て行こうと下がり、後ろ手で扉を押し開こうと力を込める。

 「なんでわかった?俺が姉上を探ろうとしていると?」

 またしても腕を掴まれ顔を上げさせられる。

 「へっ?」

 間抜けな自分の声に我に返ると顔を引き攣らせた。

しまった。つい、ついよ、悪気はないの。自分で墓穴を掘った!今答えた自分を呪いたい……自分で自分の首を絞めるとはこのことだ。

 「あ、あの……う、噂で聞いたのです。皇子様が公主様のことを探っていると!」

 睨んでくる皇子の気を何とか逸らそうと思いついた嘘は、我ながら苦しい。

 「……それは可笑しな話だ。俺は自分の宮からは滅多に出ない。皇帝陛下に会う時ぐらいしか人前に姿を見せないのにか?」

 掴まれている手に力が籠められ骨が砕けそうだ。

 「そ、それは……手をお離し下さい……痛いです」

 目を泳がせながらも、締め上げられた手は今にも折られそうで顔を顰めて訴える。だが、皇子は気にしてくれる様子はない。

 このままじゃ腕が……。

 「離して下さい!」

 このままでは手が使い物にならなくなると焦り、もう片方の手に気を練り皇子に触れようとすると、狙っていたかのように、その手も拘束される。

 「あの時は、俺も油断をしていたが、今回はそうはいかない」

 えっ?……

 気が付いた時には遅かった。

 部屋の扉はすべて閉じているのに室内には風が吹く。それも、私をめがけて尖った剣のように襲い掛かって来た。

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