第七話 重なった力
なに……この風。どこから、この風が?まさか……!
はっと気づき、雷の気を発している自分の手を見ると、刺々しい鋭い刃のような風の渦が手を覆っていた。
驚いて顔を上げると皇子の満足そうな顔。
「やっとで気がついたか?
まさか……この人も内功が使えるなんて。しかも、昔聞いた話では風を纏う者は存在しないと教えられた。それほどまでに貴重な力。
何者にも左右されない気ままな風は最強だと――。
でも、ここで屈する訳にはいかない。私にも譲れない願いがある。それに私も力では父様をも凌ぐ。やって見なければ結果はわからない。
「……申し訳ありませんがご了承は出来かねます。私にも譲れない願いがあります」
力を更に込め、風を押さえつけるように抵抗した。
これには皇子も驚いたようで顔つきが変わる。一気に二人が力を込めたせいか、二人の周りに風と雷が対峙した。
調度品にかけてあった白い布が舞い上がり、カタカタと置いてある壺が音を立てて落ち、屏風が今にも倒れそうだ。
力は今の所互角。お互い額に汗を滲ませているが、長期戦になれば私は体力がない。すでに肩で息をし、皇子は顔を歪ませている。
「悪いな……俺も、これだけは譲れない」
いきなり引き寄せられ耳元で囁かれれた。
「すぐに力を抑えろ。さもなければ……お前が内功使いであることや、俺に怪我を負わせたことを皇帝陛下に伝えるぞ」
……ひどい。
そんなことになれば、私は宮廷から出ることが出来なくなる。何より皇子に手を出してしまったと知られたら罪に問われるだろう。死罪だ……父様も妹も一緒に。
また涙が溢れてきた。
力を抑えがっくりと項垂れた。
「泣くなよ……」
俯き悔し涙に暮れていると、皇子の困ったような声と同時に風の勢いが落ちつき、さっきとは違い柔らかな優しい風が頬を撫でる。
まるで謝っているかのように。
「……脅すなんて最低」
皇子ということは理解してはいるが、力と権力で抑えつけられることには納得が出来ない。本心が出てしまった。
「わかっている。自分が最低なことをしているのは。だが、それ以上に協力してほしい。姉上と母上を暗殺した犯人を捜すことを」
「えっ、朱月皇后様も……?」
リィリィの件だけだと思っていたのに、亡くなった皇后様もだなんて思わなかった。
思わず顔を上げた。
「……女官達には朱月皇后、母上の噂は下りていないのか。確かに内々に処理されたようだが、俺は……4夫人の一人である
衝撃が大きすぎて動けなかった。
手が震え、更に涙が溢れる。
まさか貴妃である暁雨様を犯人と思っているとは夢にも思わなかった。もしかしたら母かも知れない人。その人だとは思わなかった。
「うそ……よ。そんな……」
「信じられないのは無理もない。それを調べるために協力して欲しい」
皇子は私の動揺ぶりが、朱月皇后が暗殺されたことに衝撃を受けていると思ったようだ。
……ばれてはいけない。私が会いたい人は貴妃様で母かも知れないと。
「わかりました。協力します」
このまま皇子一人で調べさせる訳にはいかない。
もし貴妃様が私の母で朱月皇后を暗殺した犯人だとしても、私は母を守る。皇子からも絶対に。この身がどうなろうと、私は母に会わなければならないのだから。
決意を込めて顔を上げる。
「……いいのか?」
自分で脅しておいて、私が頷いたのが意外だったようで目を丸くしている。思ったよりも表情豊かな皇子様だ。
「私にも願いがあると言ったはずです。私が女官になったあかつきには私の手助けをして下さい。いくら父が
こうなったら自分になるべく有利になるように話を進めた方がいい。
先手必勝だ!
「わかった約束しよう。他には何かあるか?出来るだけ力になる」
「すべてが終わったら、宮廷から私を必ず出して下さい……必ず」
これだけは譲れない。父様との約束だから。すべてが終わったら宮廷から出て普通に暮らすと。
「わかった。それは必ず約束しよう。ところで試験中だが大丈夫か?落ちたら意味がないが……」
皇子が力強く頷いた。それに安堵したところに痛い質問がふってくる。答えたくはないが、答えなければならない。
「まだです……意味がわからなくて」
自分の無能さを露呈しているようだが、正直に答えることにした。
「試験内容は?それと試験官は誰だ?」
皇子が興味深そうに聞いてくる。
「試験官は娜娘娘です。試験内容は……落ち葉拾いと」
そう言うと、皇子の顔が険しくなる。
「李娜が今年の試験官か。気をつけろ。蛇みたいな女だ。何事にも興味がないように振る舞っているが、23の若さで皇帝の側室、第3勢力の座に上り詰めた女狐だ」
皇子が説明してくれる。聞いていると、娜娘娘を良くは思っていないようだ。
「それと落ち葉拾いと言う課題は……あの年と同じ課題だが、あの時は……」
皇子が困ったように、こっちを見た後、何かに気付いたように手を伸ばす。
えっ……?
戸惑っていると、皇子の手が耳に触れた。
「力で抑えているのか……体に影響は?」
いきなり話が変わり、皇子の冷たい指が耳に触れると体がびくりと震え動けなくなる。
この皇子は、どうして、いきなりこんな……。
「外すぞ。動くな……力を解放しろ。俺の血が反応すれば外せる」
「えっ?ちょっと待って」
近い! と思った時には、もう逃げることも出来なくて、皇子の顔が至近距離にある。背後にある扉に張り付きながら、緊張とは別の何かに心臓の鼓動がうるさい。
ち、近い――!
混乱しながらも、耳飾りを取って貰うだけと自分に言い聞かせ、言われた通りに大人しく内功を解く。
何とか赤い顔を少しでも見られないように皇子から視線を逸らし室内の一点を見て固まった。
なぜなら、いつの間に入り込んでいたのか、リィリィがにやにやと意地の悪い笑みを浮かべ空中に浮きながら、こっちを伺っていたからだ。視線が合うと、ふわふわと近づいてくる。
『なにやってるの?2人で身分違いの逢瀬?素敵ね~協力するわよ!』
勘違いしているのか、わざとなのかわからないが、リィリィは絶対に面白がっている。
「ちが――!」
違う!とリィリィに向かい叫ぼうとすると、耳飾りに触れていた皇子の手が止まった。
「どうした?なにか……」
皇子が私の顔を見たあと視線を後ろにいるリィリィへと向けるが、勿論見えている訳でもなく、すぐに視線を耳飾りへと戻される。
「動くな、じっとしてろ」
そう言われると大人しくしているしかない。だけど、リィリィが目の前までくると意味ありげに耳元で囁いた。
『惚れそう?中々良いと思うわよ。天子の座は私達の兄が決まっているから権力は半減するけど、あんなのいらないわよ~暗殺も日常茶飯事だし』
何を勘違いしているのか、それとも、この体制がリィリィに誤解を与えているのかも知れない。しかも、私にはリィリィの声は聞こえるけど、皇子は、やはりまったく聞こえないらしい。
それよりも……耳飾り外すの遅くない?
耳に触れる皇子の手にもドキドキするが、首筋にも視線を感じるのは自意識過剰だろうか?
「あ、あのまだ外れませんか?」
そろそろ、戸にへばりついている体制にも限界を感じ皇子に視線を投げかける。
「……すまない。外れない」
あきらめたような溜め息が聞こえると、一気に張りつめていた糸が切れ足に力が入らなくなった。そのまま座り込もうとするが、力強い腕が腰に回りそれを阻止される。
「えっ、だ、大丈夫です」
まさかの皇子に抱きかかえられると言う畏れ多い状態。離れようとするが、皇子の顔つきが途端に険しくなり、口を手で塞がれると、抱きかかえられるように奥の寝台のある間へと引きずり込まれる。
「なにす――!」
「静かに。見回りだ。こんな所見つかったら、お前が困ることになる」
途端に緊張が走り動けなくなった。
「中には入らない。建物の周りを回って人がいないか確認するだけのはず。それまで静かにしていろ」
小さな声で早口で説明され、コクコクと頷く。力をお互いに出したせいで室内は荒れている。
見るからに高級品とわかる調度品の数々にかけられていた白い布は落ち、茶器や高そうな壺は床に散らばっていた。
確かにこれを見られると……大変な事態に陥る。試験どころか大罪だ。
人が歩く足音が外から聞こえると不安になり、知らず知らずの
内に、縋るように皇子の手を取りギュッと握りしめる。
「……大丈夫だ」
耳元で囁くその声に震えながらも頷く。
しばらくすると、カタカタと風の音が聞こえ、足音も聞こえなくなった。
「もう大丈夫なようだ。おい……悪いが離れてくれないか?」
ちょっと困ったような声に恐る恐る顔を上げると、整った顔立ちが、すぐ目の前にあり、驚きすぎて息をするのを忘れた。さっきよりも近い。
遠目から見ても綺麗な顔をしていると思ったけど近くで見ると……羨ましくなるほどの肌の滑らかさ。
男なのに……ある意味羨ましい。
「おい、離れろ」
顔を見つめたまま、一向に動かない私に痺れを切らしたらしく乱暴に横にどかされた。
……何気にひどい。
裾を直し皇子を睨む。
「お前といると調子が狂う。普通、宮女が俺にそんな態度取らないだろ」
そんな態度?……なんて失礼な。私の立ち振る舞いが粗暴だと言っているように聞こえる。まあ……否定はしないけど。
「私もまさか、皇子様がこんなに表情豊かな方とは思いませんでした」
ここは、にっこりと微笑む。私にしては珍しく遠回しな嫌味に、極上の微笑みと言うやつだ。
それには、皇子も何かを感じ取ったらしく嫌そうな顔を見せる。
「お前……俺の名前知らないだろ?」
ぎくりと肩が揺れる。
気づかれた……天子様にあたる皇太子殿下の名前は覚えている。
それと有力な皇子の名前も……しかし、影が薄く公の場所に姿を現さない第9皇子の名は……思い出せない。
「やっぱりな……」
呆れたような声で、ひどく居たたまれない。
「まあいいさ。それよりも確認する。俺はお前の力を漏らさない。その代りにお前は俺に協力をする。いいな?」
何だかとっても適当な確認だ。
「だいたいはそれで良いですけど……私が宮女試験に落ちたらどうするのですか?残念ながら第一試験が意味不明で……」
自分の無能さを恥じるように俯く。
「ああ、第一次試験は『落ち葉拾い』だろ? この試験内容は、あの年と同じだ。おかげで当時は宮中から女官が、ごっそりといなくなった」
「えっ?あの年ってまさか……伝説の?」
驚きすぎて顔を上げると皇子が険しい顔つきで頷いた。
「ああ、試験回数は1回。合格者はわずか3名……その時の試験官が……貴妃の
言葉が出ないとはこういうことだろうか。
喉が渇き声を出すことも出来ない。まさか、あの方が試験官だったなんて……さすがは情報を漏らさない宮女試験。
「貴妃様でも……試験官を務めることがあるのですか?」
「ああ、試験官はその年その年で、皇帝陛下から勅命がくだる。過去には皇太后も試験官を務めた記録が残っている」
さすがは皇子と名がついているだけのことはある。……思ったよりも、この皇子いいかも。情報を引き出せば私も動きやすい。
興味を覚え少しづつ皇子に近寄る。
「そ、それで『落ち葉拾い』とは何なのですか?」
この際、禁じ手だが、お互いの利益のために恥を忍んで聞こう。
見上げると、何だかとっても驚いている皇子が、視線を強引に外し後ずさる。
「あ、ああ、それは……静かにっ!」
皇子の目つきが険しくなり室内に視線を這わせ、驚いていると、いきなり傍に引き寄せられた。
「離れるな。気配を感じる。誰かが外にいる……」
皇子の腕の中にいる状況にうろたえながらも、外と言われ体が強張る。
気のせいか、風の勢いが増したように、戸がカタカタと音を鳴らす。
人の気配なんて全く感じない。皇子が何か勘違いしてるんじゃ……。
顔を上げるが、皇子の険しい顔つきと鋭く外を睨みつける眼光に萎縮する。
……さっきと全然違う。何が外にいるんだろう。
ギュッ――と皇子の上等な衣をつかんだ。
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