第二話 始まった宮女試験
「
目を閉じ、昔見た、あの宴の光景を思い出していると、鋭い怒鳴り声が耳に届き、ゆっくりと目をあけた。
まず視界に入ったのは、自分と同じ年頃の少女達が床に座っている後ろ姿。全員が若草色の衣を身に纏い、髪を結い上げ深々と頭を垂れている。
その衣が身分を現していた。すなわち――宮女見習いの証。
横の少女をちらりと見ると顔を強張らさせている。他の少女達の背中だけ見ていても緊張しているのが伝わってくるほど。それほどまでに、皆が、今日のこの日に全てをかけていると言っても過言ではなかった。
「……申し訳ございません、女官長様。緊張のため心を鎮めておりました……お許し下さいませ」
そんな中、私は特に動揺することもなく両手を前に揃え、頭を床につけ深々と謝った。
「お前は本当に……頭を上げなさい。皆もよく聞きなさい!」
女官長の甲高い声に耳が痛くなるが、次に何を言われるのかは予想がついている。
「お前達はこれから正式な宮女となるための試験に挑むのです。今までの宮女見習いのような浮ついた態度で受かるような甘いものではない。気を引きしめなさい!」
女官長のありがたい戒めに、集められていた宮女見習い達は一斉に頭を下げた。
「これから今年の試験官が説明を行う。不正を行わせないために試験官は皆に知らされてはいない」
周りの女官見習い達は顔を上げ真剣に話を聞いているが、同じく顔を上げた私は、依然として目を閉じたままじっと話が終わるのを待っていた。
女官長様の視線を感じたが、特に何か言われる訳でもなく話を続けている。
「その年の試験官により試験内容……それと試験回数は変わってくる。過去最低試験数は1回だ……合格者は、わずか3名。心してかかりなさい」
女官長の脅すような内容に静けさを通り越して緊張が広がる。
目をあけ、周りの様子を伺うと、皆の顔がさらに強張り不安が漂っていた。
……過去の試験が1回で終わった?やはり一筋縄ではいかないか……それにしても情報が少なすぎる。もう少し情報が欲しい。
過去の試験の内容は一切知らされない。その年で試験官、試験内容が違い試験を受けた見習い達も口を開かない。
真偽のほどは定かではないが、過去には試験を受けた宮女見習い達が一斉に宮中を去ったと言われ、伝説として語り継がれている年もあるほど。
だが、いくら見習いといえど簡単には宮中を去ることは出来ない。
宮女見習いは10歳から13歳までの少女達が集められ最低5年は勤め上げなくてはならない。その後、正式な宮女試験に挑むのだ。
落ちた者は、また見習いとして24歳になるまで宮中で過ごす決まりになっている。
それは……一番人生で美しく楽しい一時が、暗闇に落ちることを意味していた。
ありがたい女官長のお言葉で身を引き締め、真剣な顔つきになった私達を見て、女官長は満足げに頷いた。
「その緊張感を忘れるな……今年の試験官は手ごわいぞ」
脅すような口調に知らず知らずの内に背筋がぴんと伸びる。
……どんな試験官であろうが、どんな難題であろうと、こなしてみせる……あの御方に会うまでは。
決意で満ちた時、複数の衣擦れと足音が近づいてきた。
「……今年は人数が多いのね。骨が折れそうだわ」
うんざりしているようにも聞こえる声に、女官長を始め、その場にいた宮女達が一斉に両手を重ね、少し曲げた左膝に手をのせ礼をとる。私達、宮女見習い達も一斉に頭を下げた。
「
女官長が挨拶をすると娜娘娘が手をあげる。それを合図に女官長が姿勢を戻した。
「礼はけっこうよ。見習い達も顔を上げなさい。説明を始めるわ……私は忙しいの」
それは嫌々言っているようにも聞こえ「さっさと終わらせて、私は帰りたいの」と、そう解釈も出来る。
恐る恐る頭を上げると、思ったよりも若い女性の姿に驚きを隠せない。
だが、女官長達の顔は強張り慎重に何かを伝えている所を見ると、女官長達よりも身分は上らしい。
「……あなたたちに会うのはこれが初めて……そして最後かも知れないわ」
女官長の前に立つ、まだ若い女性は私達を、ぐるりと見渡す。
黒く艶やかな髪は頭のてっぺんで纏められ、左右に大きく広げられたあと、真ん中には大きな淡い桃色の
服装は薄桃色の下地に、全体に細やかで派手な牡丹の刺繍が施されている
「今年の宮女試験の試験官をまかされた……
「お待ちください娜娘娘。まだ説明が終わっておりませぬ」
娜娘娘の言葉を慌てて女官長が止めに入った。
「まだ?私は時間がないの……宮女試験が終わり次第、皇帝陛下に来るようにと言われているの……出来れば第一次試験で決めてしまいたいのよ」
娜娘娘の面倒そうな口調に女官長の顔が引き攣るが、皇帝陛下と言われれば何も反論は出来ない。
それよりも、宮女見習い達にも動揺が広がっていた。
娜娘娘の「第一次試験で決めてしまいたい」その言葉に一気に場が騒がしくなる。
「静まりなさい!動揺を抑えなさい。女官たる者、何事にも冷静に対処しなければならない。今回の試験官は……賢妃である娜娘娘だ。普段ならお前達に会う機会などない」
そう諭す女官長の顔色もすぐれない。一呼吸をおき女官長が口を開く。
「よく聞き心に留めなさい。ひとつは……試験中は見習い同士の助け合いはもちろん、女官達の手助けも借りてはならない……不正が見つかった時点で失格とする」
女官長が宮女見習い全員を見渡した。
「そして、もう一つ、試験中は外宮と内宮の一部を使って行うが礼を忘れるな。粗相をすれば……首が飛ぶ。それは家族にも及ぶと肝に銘じろ」
「もういいでしょう?始めるわよ」
娜娘娘が、うんざりするように女官長を後ろへと下がらした。
「第1次試験を始めます。見習いとして真面目に勤めてきたなら、その知識と経験を活かしなさい……すべて、その中に答えがあるわ」
娜娘娘が、さっきまでとは打って変わって真面目な口調で私達を見渡した。
でも、私はあることに気がついた。
娜娘娘の瞳は、まるで子供が楽しい遊びを見つけたように嬉しそうに笑っていたことを……。
「始めるわよ!第1次試験は――――落ち葉拾い!」
……なんて言ったの?娜娘娘は?私の聞き間違いでなければ……落ち葉拾いと聞こえたような?
頭の中は大混乱。落ち葉を拾う……この時期に落ち葉などない。今は冬が過ぎ春が訪れる季節。庭園には梅が咲きほころび庭を歩けば甘い香りが鼻をくすぐる。
そんな季節に落ち葉などある訳がない。
宮女見習い達がお互いの様子を探り、不安そうに視線を交わす。
「落ち着きなさい!説明を娜娘娘からいただきます。心して聞きなさい」
そう諭している女官長も落ち着きがない。この課題の意味を知っているのか娜娘娘の顔色を窺っている。
「こっちに注目して。今から香を焚くから……感じ取りなさい。これが最大のヒントよ」
娜娘娘の合図で、後ろに控えていた女官四人が前に出てくると、手にはそれぞれ文様と形、色が異なる香炉を持っている。
四つ角に女官達が散らばり香炉に火をつける。
「さあ……この香りの葉を持ってくるのです!宮女たるもの香の香りくらい判別する力が必要」
娜娘娘が高らかに声を上げるが、宮女見習い達のどよめきは収まらない。
……なにせ香炉から香りが漂ってこない。無香なのだから。
「期限は明日の夜明け……第1次試験、落ち葉拾い開始!」
高らかに娜娘娘が宣言し、一斉に見習い達が動き出す。
こうして、女官になるための意味不明な試験は始まった。
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