第三十一話 疑惑
『……なんで?娜が……母上と私のことを?』
私の後ろにいたリィリィが茫然としながら娜娘娘を見ている。
「……母上と姉上の死の真相だと?」
リィリィから一拍遅れ、風も立ち上がり娜娘娘に鋭い視線をおくる。
2人の驚愕ぶりもさることながら、私も十分驚いてしまって、手に持っていた饅頭を八仙卓の上へと落としてしまった。
「あ!…………勿体ない」
慌てて拾うとすると、それが視界に入ったらしく、気の抜けた様子の風が、がっくりと手を八仙卓につきため息を吐いて私を見た。
「雪、緊張感なさすぎ……」
いやいや、十分緊張してるし。
なにせ、ただのしがない宮女見習いだった私が、皇帝陛下と謁見し、側室様達と会い食事までしているのだから。
反対に、私の気苦労もわかって欲しい。
今までは、目立たず大勢の中の1人だったから全然慣れない。今だって抜け出したいくらいなのに。
でも、一生食べることはなかったはずの、この豪華な料理や美味しい菓子を食せるのは凄く嬉しい。
「風も座って落ちついて話を聞いたら?冷静沈着な風とは思えないわよ」
そう言うと、風は目を見開いた後、素直に椅子へと座り直し茶杯を手に取った。
私はと言うと、落とした饅頭をはたき、口へと入れる。
「食べるのね……」
「だって、勿体ないもん」
娜娘娘があきれたように私を見ている。
「2人には普通でも、私は普段食べられないもの。こんなに美味しい菓子は」
行儀悪く、食べながら答えると、娜娘娘が折扇を開く。
「確かに、見習いのあなたには滅多にお目にかからない菓子よね。それよりも話を戻すわよ。私は朱月皇后とリィリィ公主は……暗殺されたと考えているわ」
背筋を正し娜娘娘は、真剣な表情で風にはっきりと、そう伝えた。
「どうして、暗殺だと思う?母上と姉上は病死の……はずだ」
動揺しながらも風が娜娘娘と向かい合う姿を見ながら、私は次の菓子に手を伸ばした。
「確かに、朱月皇后は病気だと侍医に診断され徐々に体力もなくなり、お亡くなりになったわ。心の病だったとも言われていたけれど、不審な点は見られなかった。でも、問題はリィリィ公主よ……私は毒を盛られたのだと思うの。そうすると、誰が病死と診断したのか……さらに、2人が亡くなった時期から不審に思ったの」
「時期か……」
考え込む風には申し訳ないが、私は全然意味がわからない。
なにせ、興味がないことは、とことん覚えない私は、なぜ時期が悪いのかもわからないからだ。
ここで、口を挟んで良いのか憚れるため、横にいる当事者、リィリィに視線を送る。
……毒殺なの?
私の言いたいことがわかったらしいが、うーんと唸り首を傾げ浮き上がる。
『知らな~い。だって、その時の記憶ないもん。初めて会った時に言ったでしょ?覚えてないって』
確かに、そう言っていた。
でも「殺された」とも言っていた。「あの女に」とも。
ここに本人がいるのだから、リィリィが話した会話をそれとなく2人に伝えたら問題解決だ。
『雪、何度も言うけど私、その部分だけ覚えてないのよ。どうしてかしら?……女が茶を運んで来て、それを飲んだら意識が……そして気が付いたら幽霊になっていたの』
……全然参考にならない。覚えてなさすぎだ。
思わず頭を抱える。
『怒んないでよ~雪。でも、良かったわ。協力してくれる人が増えて』
協力ね……娜娘娘がどこまで信頼出来るかが問題だけど。風もそこまで信用してないと思う。
「確かに、姉上が亡くなったのは半年前、母上が亡くなったのは1年前。母上が亡くなった時……天子の指名が行われる時期だった。母上が亡くなり穢れがあると時期が伸びたんだ……そして、姉上の亡くなった時期には再度、天子の指名が行わる日が近かったはず」
風が思い出すように宙を見上げる。
「そうよ。その重要な天子の指名時期に2人は亡くなられたわ。私は、
「兄上の……」
目の前で繰り広げられる驚きの事実に、私は何も言えず、口をもぐもぐと動かすことしか出来ない。
『雪、食べすぎでお腹痛くなるよ』
リィリィに真剣に注意され我に返る。
「そうだね……そろそろ食べるのやめる」
普通に声に出してしまい失態に気が付いた。
慌てて2人を見ると、案の定怪訝な顔。
――失敗した。
『雪、また失敗~たいへ~ん』
いつもの調子を取り戻したリィリィが、頬杖をつきながら寝そべり、頭上にふわりと浮くと、私の失態を面白そうに眺めている。
リィリィめ……。
「もういいの?食事も用意するわよ?」
……意外と天然さんかも。娜娘娘は……私の独り言だと思ったのか……ある意味助かった。
「なんでだよ……」
すかさず言葉を遮る風は鋭いが、とぼけたふりをする。
「うーん。もういい……太るし」
「いまさら……」
本当はもっと食べたいが、ここで止めておこうとしたら、風がボソリと呟いた。
聞き捨てならない。
「なんか言った?風……」
「いや、別に……内攻使いは腹が減るからしょうがないが、雪は食べすぎだろ」
うっ、痛い所をつかれた。あれ?その言い方だと風もけっこう食べるみたいだけど。
風との食事風景を思い出す。私にばかり料理を分けてくれて、自分はほとんど食べていなかった気がする。酒は良く飲んでいたけど。
「風はあんまり食べないよね」
『雪!』
頭上からは、慌てたリィリィの声。
「あ、え~っと。風は男なのに食が細いね。菓子もあんまり食べないみたいだし」
不自然にならないように動揺を隠し答えるが、演技が上手くない私は不自然そのもの。
失敗した……風が内功師と言うことは秘密だった。娜娘娘に勘づかれないといいけど。風の責めている視線が全身に突き刺さって痛い。
娜娘娘を伺うが、特に気にした様子はない。
良かった……。
『娜って、意外と気づかないのね……あ、雪!娜が何者か聞いてよ。気になるじゃない』
確かに!それが一番大事だ。あの見事な身のこなしと暗剣の使い方。それに常人ではない殺気!
「娜娘娘は、一体何者なのですか?」
すると、2人は、あきれたような変な顔を私に向けてくる。風まで……酷い。
「……気づいてないの?こんなにヒント出してあげているのに?……私の見込み違いだったかしら?宮女には向かないみたいね……」
「雪は最初から宮女は無理だと思う。言葉の節々から真の意味をとらえることが、まったく出来ない」
風まで否定するなんて酷い。
それに、気が付かないのはリィリィも同じだ。リィリィと私は同レベルらしい。
『雪、酷い~雪と同じレベルなんて傷つくわ』
項垂れるリィリィに、声を出して言い返したいが、ぐっと我慢する。
……私もリィリィと同じレベルなんて嫌だ。
「……風は気が付いたの?娜娘娘の正体を」
いじけながら聞くと、風は大きく頷いた。
「まあな。と、言うか、娜は父上の側室とは名ばかりだと思うが?」
「あら、正解。さすがは普段から、ダメな適当皇子を演じてるだけあって周りを良く見ているわね。雅風皇子……話を聞いただけで私が何者であるかまで推測するなんて、その才能を使わないなんて勿体ないと思うけど?」
「命を狙われるのはごめんだ……他にも色々あるだろ?」
全然わからない。
なんで、娜娘娘が側室ではないなんて言うんだろ?娜娘娘は、暁雨様につぐ勢力を後宮で誇っているはずなのに。
「まだわからないのか。娜は……父上の手の者だ」
「えっ……それって。皇帝陛下直属の暗部?」
まさかの答えに立ち上がったら茶杯が倒れ、八仙卓に中身が零れた。
「もう少し落ちつきなさいよ。王剛の娘とは思えないくらいの落着きのなさね」
私の零した茶を娜娘娘がてきぱきと拭き片づけてくれる。
「娜娘娘は父様を良く知っているの?」
父様と同じ暗部だから……?
「違うわよ。私は皇帝陛下直属の暗部ではないわ。それに、暗部は男性しかいない。私は皇帝陛下の命を受けているけれど別の所属よ」
難しい。宮中は凄く複雑で難しい。
「難しい……」
「雪は、宮女になったら覚えればいいわよ。それよりも、今は侍女殺しの犯人を見つけるために動かないと。たぶん、その犯人がわかれば、リィリィ公主の暗殺犯にも近づけると思うの」
これには、風も私も耳を疑った。
「どうして、そう思う?」
風が娜娘娘を伺う。全てを聞き逃さないとばかりに。
「香よ。聞いてない?亡くなった
蓮の?……。
なんだか良くわからないが、娜娘娘が私をじっと見据えた。
その瞳に狼狽えたが、頭の中にある単語が浮かぶ。
それは、宮女試験の時の、あの課題だ。
暗八仙の――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます