第三十話 渋茶
「よく食べるわね……どんなお腹してるの?」
あきれ顔の娜娘娘は、相変わらず折扇を手放すことなく仰ぎ、一生懸命、
「普通……毒が入っているかも知れないとか警戒しないの?」
「しません。美味しいです、この月餅」
そう答えると、隣からも溜め息が聞こえた。
「雪……少しは警戒しろよ」
そう咎める風は、八仙卓の上に置かれた茶には一切手をつけてない。よほど、娜娘娘が信用ならないようだ。
バクバクと頬張っていると、娜娘娘自ら皿に積み上げられている月餅を取り分けてくれる。
なんだか、とっても申し訳ないが、いつもなら控えている侍女達は外へと出され、室内には3人のみ。
何も出来そうにない見た目とは裏腹に、かいがいしく娜娘娘が私達をもてなしてくれていた。
「そこまで警戒されると逆に傷つくわ。もう、お互い隠すことなく地が出ちゃったんだし本心で話合いましょう。この子に、私の姿も見られたから……雅風様もお聞きになられたのでしょ?」
パタパタと折扇を仰ぎ、不服そうな娜娘娘に首を傾げる。
……私、誰にも言ってないのに。娜娘娘が、ただの側室なんかじゃないって。
「……なんの話だ?……確かに父上の前と今とじゃ別人だけどな」
「なに?あなた、私のこと伝えてないの?それに、態度が違うのは、お互い様じゃない。おかげで計画が狂っちゃったわ」
側室とは思えない自由気ままな態度で足を組む娜娘娘を見ながら、次は、違う皿に置いてあった饅頭を手に取る。
「まだ、食うのかよ……」
これには反論したい。食べなきゃいけない理由があるんだから。
「だって、内攻使ったらお腹が空いて空いて……死ぬかと思ったわ」
「おい、雪!」
私の「内攻」と言う言葉を、風が慌てて遮る。
「心配いらないわよ。私、この子が内攻使う瞬間見てるから。確かに、簡単に使いすぎね。でも、助かったわ……あなたが居なかったら、暁雨様は、この世にいなかったかも知れない。本当に、あの賊は余計だったわ。誰の差し金かわかったの?このまま見つからないで終わったら……ただじゃおかないわよ」
なぜか、娜娘娘の怒りが風へと向かう。
「今、兄上が指揮をとって調べている……俺は調べてねーよ。その前に、何が雪にばれたんだ?」
話を掴めない風は、私と娜娘娘を交互に見る。それよりも、風の口調が地に近くなっている。
もちろん、娜娘娘の態度と口調も側室としては……やや、ありえないが。
娜娘娘って……こうして見ると、リィリィを大人にして、可愛げがなくなった感じね。
『雪、聞こえてるわよ!娜と一緒にしないでよね!私の方が素直で清楚よ』
私の横で力説するリィリィがうるさい。
自分で、清楚とか言う?似てるわ……この2人。自分が一番なところが。
「あなた、言ってなかったの?意外と口が堅いのね」
誰にも言うなって殺気出して口止めしたの娜娘娘なのに。忘れてるんだ……。
「全部は言えないけど……外に控えている、あなたの護衛と力関係は互角かしら?腕力では、さすがに負けるけどね」
「なんだと……」
とたんに、風が殺気立ち椅子から立ち上がった。
「あら、怖いわね。いつもの適当皇子はどこへいったのかしら?ねえ……私と手を組まない?利害は一致すると思うのよ。第1皇子の
感心しながら聞いていたら、私を見る2人の微妙な顔。
「雪……お前今、初めて兄上の名前聞いたとか言わないよな?仮にも未来の皇帝陛下だぞ」
……どうして風はそんなに鋭いのだろうか。初耳だと言うに言えなくなってしまい口ごもる。
「本当に知らないの……ね。雪、あなた、もう少し勉強した方が良いわよ。特に宮女になりたいなら」
なぜか、娜娘娘にも心配された。
『やーい。雪、怒られてる~確かに知らなさすぎよね。これから、私がみっちりと教えてあげるわ』
ふわふわと浮いては、私の周りをくるくると回る邪魔なリィリィにまで言われる始末。
「でも……宮女試験が終わったのなら、私はもう宮中にいることが出来ないので必要ないです」
さっきの気持ちが蘇り、しょんぼりしてしまう。
「あら、この件が終わったら、私が陛下に上手く進言して合格にして貰うわよ。あなたは暁雨様も守っているのだから。あ、心配しないで……内攻のことは伏せてあるわ……侍女殺しの件が片付いたら宮女になれるわ様に取り計らうわね」
「本当に?」
嬉しかった。まだ、宮女になれるかも知れないと希望が出来たから。
「嬉しい!……でも、どうして、そこまで親切にしてくれるのですか?」
変だ。ここまでいくと、娜娘娘が何かを企んでいるようにも思える。
私を味方に引き入れ、よからぬ何かをさせようと企んでいるのかと。
「簡単よ。私は、あなたのお父様、
「父様に?……」
まさか、娜娘娘と父様が知り会いだとは広い宮中で奇妙な縁だ。
「ええ、王剛は娘が宮中にいるとは一言も言わなかったけれど、あなたの名前と、何よりも内攻を見て確信したわ」
父様……確か、私のせいで今は拘束されているはず。
ずっと、陰謀に巻き込まれないようにと私の存在を隠してくれていたのに……私が内攻を使ったばっかりに……。
「父様は……今は……元気ですか?私のせいで苦労ばかりで……拘束されているなんて」
涙ぐみそうになりながら、そう言うと娜娘娘は折扇をパチンと閉じると、首を傾げた。
「……今は南の山岳部の水田の視察に出かけているけど、元気なはずよ」
宮中にいない?監視下におかれているんじゃないの?……てか、なんで、娜娘娘はこんなにも父様の事情に詳しいの?
またしても疑問が頭の中を巡る。
「王剛は雪の件で、宮中に拘束されているんじゃないのか?」
風も不審に思ったようで、娜娘娘に詰め寄った。
「いいえ。侍女殺しが起きる1週間も前から宮中にいないわよ。もちろん、見張りが付き添って動向を監視しているけど、雪と王剛が親子だと知っている人がいないのに、どうして拘束されるの?」
あれ?風が教えてくれた話と違う。
風を見ると、難しい顔をして八仙卓にある茶壺を睨んでいる。
「風は誰に言われたの?父様が監視下に置かれているって」
風の初めて見る動揺した姿に驚きを隠せないが、少し間をおいて一人の名を口にした。
「おばあ様――皇太后陛下が、そう教えて下さり、俺に雪の監視を頼まれた」
ここまで来ると何がなんだかわからない。
どうして、皇太后陛下まで私に関わってくるのだろうか。
『不思議ね~あの、おばあさまが雪をご存知とは』
リィリィも考え込みうなっているが、風も腕を組み黙り込んだ。
「でも、父様が無事なら良かった。いつ、帰ってくるのですか?」
早く無事な姿を確認して話をしたかった。
私だけではなく、父様の身にも何か起きるようなら、2人で対策を練らなければならない。
「それは、わからないわ。皇帝陛下の勅命らしくて、詳しい仕事内容や行先は外部には教えられていないから。それに、兵部と吏部からも何人も同行しているようだから、長引くと思うわ」
……やっぱり詳しい。娜娘娘は一体何者?
「王剛の話はこれでいいでしょう。帰ってくるまで目的はわからないのだから。それよりも、私達の利害について話ましょう」
利害……何の利害だろ?
話を聞きながらも、手がまた月餅へと伸びる。
『雪、食べすぎよ。良く、こんな状況で食べられるわね。信じられないわ』
あきれ顔のリィリィに一言言いたい。
人が物を食べている頭上で……ふわふわと浮かぶのは止めて欲しい。せめて後ろにいてくれたらいいのに。
すでに、用意された月餅の大半は、私の胃袋へと納まった。
「雪……そんなに腹減ってんのか?」
「……もっと用意させるわ」
2人共、私の食欲に毒気を抜かれたらしく、一旦話を中断すると、娜娘娘が鈴を鳴らし侍女を呼び寄せた。
「それとも、食事を運ばせようかしら?どうせ、もうすぐ昼だし。今日からここに住むのなら一緒に食べちゃいましょう。雅風様もどうぞ。好物でも運ばせるわ」
侍女に食事を持って来るように命令し、食事が出来るまでは誰も来るなと、また人払いをした。
「それで?利害とはなんだ?」
風も少しは警戒心が薄れたらしく、金魚の柄が入った
「なにも入れてないわよ。失礼な皇子ね……」
いささかあきれ顔の娜娘娘も、自分の茶杯を手に取りゴクリと飲み干した。
「そろそろ、お互い腹を探り合うのはやめましょうか……雅風様。手を組みましょう」
娜娘娘が妖艶な笑みを浮かべた。
「そっちの条件にもよる。お前の目的はなんだ?」
風が凄み、辺りに緊迫した空気が流れる。
「私の目的は、朱月皇后とリィリィ公主が亡くなった真相を探ることよ」
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