第二十九話 交錯

 「陛下、雅風は、この女を自分の宮から逃がすと言う失態を犯しました。しかも、暁雨様が襲撃された時も傍にいたと聞いております。もう少し厳重に監視下におくべきかと。ここは一つ……私にお任せを」

 第1皇子が陛下の御前で片膝を付き意見を述べる。


 「あんた、本当についてないわね。よりにもよって黒い噂のある第1皇子に目を付けられるなんて……頑張ってね。私は、あんたの代わりに、心ゆくまで優雅な生活を送らせて貰うわ。あ、危なくなったら逃げるから」

 芽衣は、こっそり私に囁くと、クスクスと笑いながら兵士に連れられ、この場を後にした。

 なにそれ!凄く黒い噂が気になる……後で誰かに聞かないと。

 でも、悔しい……証拠さえあれば芽衣を付き出せたのに。リィリィ以外の証拠があれば……。


 芽衣を恨めし気に見送っていると、兵士に両脇を抱えられた女官長と目が合うが、すぐに逸らされてしまった。

 残されたのは、私、1人だけで寒々しく寂しい。


 そんなことより……今は、他人よりも自分。


 風の宮以外へ連れて行かれたら簡単に抜け出せない……なによりも、美味しいご飯が食べられない!それに、何かあったら、私は、また内攻を使ってしまいそうだ。

 そうなれば、今度こそお終いだ。


 まさか、第1皇子は、私が内攻師だと疑っているから監視下に置きたいとか?それは……凄く困る!

 『ダメよ!すっごくダメ!雪……あの、兄の元へ行ったら何をされるか……私も良く虐められたもの。あの人の周りも最低よ。上から目線の小生意気の兄の言うことしか聞かない頭の悪いのばっかなんだから!表向きは聖人ぶってるけど……中身は最低』

 嫌悪感丸出しのリィリィに呆気にとられる。


 一応、リィリィにとっても実の兄のはず。

 そう言えば、前もリィリィは、第1皇子のことを、あまり良い風には言ってはなかったっけ。

 ……どれだけ何が最低なのか気になる。

 

 「陛下。ぜひ、お任せを」

 恭しく頭を下げる第1皇子を見ていると血の気が引き、助けて!とばかりに風に訴えるが、風は素知らぬ顔で成り行きを見守っている。

 「雅風、そなたはどう思う?」

 皇帝陛下が、石階段の手摺りによりかかり、呑気に空を見上げている風に問いかける。

 「――どっちでもいいけど?」


 なんだ、それは――――!少しは助けてくれないのか!適当皇子を演じるにもほどがある……それよりも、時折り感じる、第1皇子の視線が……ねっとりしてて気持ち悪い。


 まるで、蛇が身体に巻きついて動きを封じられている気分。

 『今、蛇みたいで気持ち悪いって思ったでしょ?その通りよ。いつも、ああなの。薄気味の悪い笑顔を張りつけていて目は捕獲者……ごめんね、雪。雅風は動けないわ。下手に動くと……今までの演技が無駄になるから』

 私の隣に降り立つと、リィリィがストンと横に座る。


 周囲には、私を見張るように武官や兵士が睨みをきかせている。そのせいで、リィリィと直接会話が出来ない。たまに、意思疎通が出来ると言っても毎回ではないため、目で話の続きを促す。


 『同じ父上と母上から生まれても、考え方はまるで違うの……兄は欲しい物のためには血の繋がりなんて、どうでもいいのよ。その辺に転がっている石ころと同じ……だから、私も傍にいるけど、気をつけるのよ』

 まるで、もう、私が第1皇子の宮へ行くことが決定しているみたいだ。

 ……どうしよう。また、風と一緒に食事したかったのに……杏子の揚げ団子、もう一度食べたかった。


 『雪、食い意地張りすぎ。そして、危機感なさすぎよ』

 しまった……こんな時だけ思考がばれる。今の所、リィリィは食べ物に過剰な反応をする気がする。

 リィリィも食い意地張ってるじゃない。

 あ、そうか……もし、リィリィの暗殺に第1皇子が関わっているなら、この鳳血玉が見えるはず。確かめるにはもってこいかも。

 でも……嫌だな。第1皇子の元へ行くのは。


 「――陛下、それはいけませんわ。若い娘を皇子に預けるとなれば、周りが良くない噂を流します。雅風様は、あの体たらくですから問題ないとして、天子としての地位もある第1皇子の元で監視下に置くのは、いささか下世話な考えに至る者もいるでしょう……ここは一つ、私が引き受けますわ」

 まさかの横やり、と、言うか、まさかの娜娘娘の提案に、私とリィリィは顔を見合わせた。


 どうして、ここで娜娘娘が出て来るの。

 あの時の件だろうか?口封じされるとか……いやいや、それはさすがにないと……思いたい。


 「……それも、そうだな。確かに皇子達では勘ぐる者もいよう。わかった……娜に任せよう。しっかり見張りを付け目を離すな」

 「もちろんでございます」

 深々と頭を下げる娜娘娘に開いた口が塞がらない。

 「父上!そのくらいで噂などたちません!反対に女性である娜様に預けると、娜様の身の安全が……」

 なぜか、第1皇子が声を荒げた。


 『雪って、本当についてないよね……何で、よりにもよって娜娘娘なのよ。でも、あの蛇兄よりは良ましか』

 成り行きを眺めていたリィリィは、天子様のあだ名を蛇兄に決めたらしい。

 確かにその通りでわかりやすいから否定はしない。でも、忘れているようだけど、ついてないのは……リィリィに絡まれた時からですよ。


 「――父上、もう、昼寝に戻ってもよろしいですか?いささか、今日は疲れました」

 この茶番劇に付き合いきれないとばかりに、挨拶もそこそこに風が階段を下りてくる。


 「あ、待って雅風様」

 いきなり風を引き止めた娜娘娘に全員の視線が集中する。

 「私の宮まで護衛をお願い出来るかしら?方向は同じよね?こんなことになるとは思わなかったから護衛の人数が少なくて不安なの。あの娘も何をするかわからないから」

 可愛く首を傾げる娜娘娘に対しても、風は淡々と私の顔を見たあと、ため息を吐いた。

 ……自分の身は自分で守れる力をお持ちのようですけどね。娜娘娘は。

 あの殺気だけで、普通の宮女達なら、何人かは確実に気絶するはず。


 「雅風、娜を送りなさい」

 勅命は断ることが出来ない。陛下を見上げると、風はその場で軽く頷いた。

 「……行きますよ。娜様」

 それだけ言うと、階段を下りた後、私の周りを固めている兵士達をどかし、私の腕を乱暴につかみ引っ張り上げ立たせると、引きずるように歩き出す。

 「立て。行くぞ……」

 痛い痛い!なにこの扱い……まさか怒ってるの?


 顔を顰め、抗議しようと風を良く見ると、目つきが鋭く変わり、さっきまでの適当な雰囲気が、まるでない。

 余計なことは言うな。と言われているようで、その姿に恐れをなして、ごくりと生唾を呑み込んだ。

 ……大人しく風について行こう。怒らせたら風は怖いのね。


 「歩くの早いわよ、雅風様……さ、私の宮でお茶でもしましょうか」

 回廊へと出ると、娜娘娘が輿にのり先導する。その後ろを風に腕をつかまれたまま追いかけた。


 えっと……お茶をするの?




 


 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る