第二十八話 集結
「娜か……なにをしに来た?そなたは呼んでおらん」
遠目から見ていると、陛下は娜娘娘の姿が見えると、困ったように笑った。
「あら、陛下は冷たいですわ。面白いことをなさっていると聞いて見物に来ましたのに。それに、宮女試験が終了致しました。そのことで、ご相談に参りましたの。ちょうど、女官長もいますでしょ?」
聞いたことのない娜娘娘の甘く語りかける声に呆気にとられた。
……この人は、一体いくつの顔を持っているのだろう。
「宮女試験中だったな……そう言えば。どこまで終わった?」
「はい。ただいま、第2試験を終了した所でございます。突破した猛者は11名。いかがでしょうか?」
陛下の前で跪き詳細を説明する娜娘娘に、陛下が手を上げる。
「楽にしろ。そうか……11名。少々、厳しくはないか?第2試験で11名まで落とすとは宮中に華がいなくなる」
立ち上がった娜娘娘が陛下の横に行くと、天子様が場所を譲る。
そんな2人を呆然と見ていた。
娜娘娘の「宮女試験終了」の言葉を聞き、私の頭は真っ白だ。
まさか……試験が終わっただなんて。私は失格かな……もう、宮中に居る理由がなくなったのに、思ったよりも落ち込む自分に驚いた。
私は、母様のことがなくても宮女になりたかったらしい。何年も苦楽を共にし、一緒に日々学んだ友人達の顔を思い出すと、心が痛くて痛くて……もう少し、ここにいたかったのだと気づき、落ち込んでしまう。
自分が思うよりもずっと……宮女になりたかったんだ。私は……。
「あら、陛下。華はまた招集致します。ご心配には及びませんわ。それに、私の試験は、まだ、まともです。一番手酷くなさった年があったでしょう?」
猫撫で声の娜娘娘に反応したのは、第1皇子の天子様。
「ああ、伝説のあの年ですか。暁雨様が試験官をなさった年ですね」
「そうですわ。あの年は3名だけしか合格者が出なくて、宮女が足りなくて大変でした」
娜娘娘が天子様と会話を始めると、それを陛下が遮った。
「その話は、もうよい。終わったことだ……それで、優秀な人材はいたか?」
「ええ、幸い、今年は人材の宝庫でしたわ」
なぜか、宮女試験の話になり少し私に考える時間が出来た。
この機会を逃す訳にはいかないとばかりに、横にいる芽衣に話しかける。
「……私を陛下に売ったら、あなたが
頭を下げたまま、コソコソと話すと、
「あなた、まだ宮女見習いでしょ?口の聞き方に注意なさいな。私の方が立場は上よ。それに、証拠はどこにあるの?私が神美を殺したという証拠よ。見せないさいよ」
喧嘩腰の芽衣に、頭上にいるリィリィも憤慨したのか、ぎゃーぎゃーと騒ぎ出した。
『なに、この女!私が見てたわよ。私が!神美の傍に立っていたじゃない!逃げようたって、そうはいかないわ!』
リィリィも怒り心頭のようで、感情を露わにして怒っていると、逆に私が冷静になった。
……不思議だ。リィリィが私の代わりに怒ってくれているからかな……煩いけど。
「ほら、みてごらんなさい。答えられないのでしょう?反対に私は知っているわ。あなたが内攻を使えることを」
上から目線の芽衣には腹が立つが、ここは知らないふりをした。
「なら、私が内攻使いだと、どうやって証明するの?口だけでは誰も信じないわよ。私はここで内功を絶対に披露しないもの」
そうだ。よく考えたら、芽衣の証言だけで皆が納得するはずがない。内攻師だという証拠を見せろと言うなら……私も知らぬ存ぜぬで押し切ろう。
『そうよ、雪!知らないで押し切りなさいな。ここで、新しい内攻使いが別に出て来てくれると良いんだけどな。そうしたら、雪が逃げられるのに』
なんとも無茶苦茶なことをリィリィが言い出した。
それは、いくら何でも無理だ。そんなに都合よく現れる訳がない。
『あら、雪。たまにあるのよ。自分は内攻使いだって宮中に来る人。内攻使いは宮中から出られないけど、その代わりに役職は保証され家族にも恩恵が貰えるわ。何よりも好待遇よ。昼間から酒を飲んでても誰も咎めない。それが一生続くんだもの』
確かに、それはそうだけど……父様は望んではいなかった。
どんなに、優雅な生活だとしても、籠の鳥に本当の自由などないと。
「あら、あなた知らないのね。内攻使いは秘匿中の秘匿。宮中で軽々しく内攻を使うことを禁止され、他人に力の種類を見せることも禁止されているのよ。争いを生まないために。それにね……内攻は、そう、やすやすと使えないと聞いたわ。だから、この人目の多い場所で見せろなんて言わないわよ」
自信満々の芽衣に、ざわりと心がざわついた。
今は力を見せなくとも、いつか必ず陛下に確かめられるはず。
それにしても、女官長も芽衣も、内攻は軽々しく使えないって何度も言ってるけど、私は普通に出来るし、風も自分の意志で使っていた。もちろん、父様も……すぐに使えるものじゃないの?
「陛下……それで内攻師は見つかりましたの?」
宮女試験の話が終わったらしく、矛先が私達へと向いた。
……まずい。娜娘娘も私が内攻を使えることを知っている。
なんで私は、こんなにも軽々しく内功を使ったのだろう……自分を呪いたい。
でも、娜娘娘もあの時の話をされることを望んでいないはず。
なら、この場から私を助けて欲しいくらいだ。
「それが、口を割らなくてな。女官長が自分だと言うが、それはなかろう」
これまでの経緯を陛下が話始めた。
「あら、では、残りの2人の内の1人では?」
あっけらかんと私を売った娜娘娘に項垂れる。
……所詮は約束か。終わった……どうやって逃げよう。
「お前達はどうだ?……真実を話したら不問にしよう。それどころか、宮中で一生優雅な暮らしが約束され、家族も楽が出来るが、どうだ?」
これには、芽衣の瞳が輝いた。
「私でございます!私が……内攻を使えます!」
……そうきたか。
芽衣は目を輝かせ陛下を見上げた。
……欲でまみれた、その姿は、吐き気がするほど醜く映り、そう思ったのは私だけではなかったようで、振り返った女官長も苦虫を噛み潰したような顔を見せている。
もちろん、リィリィも触れられないのをわかっていても、芽衣に向かって殴りかかる始末。
その度に触れられず、落ち込んでいる姿が可愛い……若干、邪魔だが。
『……皇帝陛下の御前での嘘は重罪よ。そんな嘘……すぐにばれるわ。でも、これで雪は逃げられるかも知れないわ』
リィリィが、嫌悪感丸出しで芽衣を睨みつける。
「あら、陛下、見つかりましたわね、内攻師が……良かったですわ」
娜娘娘が折扇を広げ、にこやかに微笑んだ。
「……ああ、これで通常の公務に戻れそうだ。あの者を兵部に連れて行け。そこに、いつものように預けよう」
これで終わりと言うように皇帝陛下が指示を出す。
「――――父上、もう1人は連れて帰りますよ。暁雨様の侍女殺しの重要人物ですから、まだ監視を続けます」
話は終わったとばかりに風が立ち上がり、私の傍まで来ようとするが、そこで別の声が届いた。
「まて、雅風。お前はしっかりと見張ることが出来なかった。だから、今度は俺が見張ろう」
まさかの第1皇子、天子様のお言葉に、私はもちろん、リィリィは開いた口が塞がらないようで茫然としている。
……どうして、ここで第1皇子が出て来るの?
「どう言う意味です?兄上……今度は大丈夫ですよ」
「それは信じられない。お前は、いつも適当すぎる。まだ侍女殺しの真実が判明していない今、その女が犯人の第1候補だ」
第1皇子がそう言うと、微かに隣から笑い声が聞こえた。
「残念ね。素直に内攻使いだって言えば良かったのに。もう……遅いけどね。まだ、お前が犯人よ」
しまった……芽衣が連れて行かれたら、一生、手出し出来なくなる。
なにせ、国秘匿扱いの内功師の居所は細かく教えてくれない。
これでは、芽衣に近づけなくなる。
まさかの墓穴……てか、何で第1皇子が出てくるの……。
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