第二十七話 審判

 「それで?誰が内攻使いだ?」

 夜が明け、太陽の光が燦々と降り注ぐ中、この国一の最高権力者である皇帝陛下が、玉座に座り、楽しげに口を開く。


 楽し気な陛下とは違い、周りの空気は重々しく、陛下の近くに立っている天子様や数人の皇子の表情も強張っている。

 もちろん、第9皇子である風の姿もあるが、風は、いつも通りやる気のない様子を装い、皇帝陛下の面前であるにも関わらず、玉座へと続く階段に腰かけている。

 誰も何も言わないところを見ると、このダラダラした姿が人前では普通なのだろう。

 でも、時折り私と目が合うと、なんとなくだが心配してくれているようにも思えた。


 私は、その階段の下で、絶対に認めないとばかりに石畳に頭をこすりつけ、どうやって、この窮地から逃れようかと必死に考えていた。


 あの力を解放して失敗した後、問答無用で武官達に捕えられ、また慎刑司送りかと項垂れていたら、朝になると、まさかの皇帝陛下の御前へと引き出された。

 あの惨事が内攻使いの仕業だと皇帝陛下の耳に入ったのが原因らしい。


 しかも、全ての真実を知っているはずの地味な宮女、芽衣ヤーイーと共に。

 芽衣は6庫の1つ、司衣庫しいこの刺繍係だそうだ。皇帝陛下お付きの大鑑が私達の経歴を読み上げるのを何も聞き逃さまいと必死で声を拾う。

 そして、何よりも気になるのは、あの場にいたもう一人……リィリィが驚いていた、まさかの人物に私も慄くこととなった。


 私達の目の前で同じく皇帝陛下に頭を垂れているのは……いつも人を寄せ付けず、厳しい雰囲気を纏い恐れられていた、私にとっては近寄るのも恐れ多い人物。


――――女官長がいた。


 『雪~大丈夫?でも、こうなったのは雪の責任だからね。雅風もここじゃ動けないだろうし……困ったわね~でも、何とか頑張ってね。雪は何だかんだと言いながらも困難を切り抜けてきたから大丈夫よね』

 この厳かでピリピリとした雰囲気を相変わらずよめないリィリィが、ふわふわと私の周りを漂う。


 ……好きで困難に飛び込んでる訳じゃないんだけど。確かに、今回は自分のせいだけど、毎回じゃないから!

 そう心の中で叫ぶと、もう一度、皇帝陛下から声がかけられる。

 「困ったな。3人共言う気がないのか……この3人以外に、あの場に人はいなかった。そうだな……雅風」

 皇帝陛下が見たのは眠たそうな顔をしている風。


 「……父上、俺はあの時、眠っていたからわかりません。母上の宮で仮眠をとっていたら、地鳴りで目を覚まし、気が付いたら庭が荒れ果て、そこにいたのが、この3人でした。俺は知りませんよ」

 風はとことん、知らぬ存ぜぬを、自分は無関係だと決め込むらしい。

 しまいには、階段で器用に横になり眠り始める始末。


 「雅風!陛下の御前だぞ!態度を改めよ!」

 風の奔放な態度に、リィリィと風の兄に当たる第1皇子の天子様の怒鳴り声が響いた。

 「よい……雅風は、こういう奴だ。当てにはしておらん……それよりも問題は誰が内攻使いかだが……女官長、答えよ。誰があの場で力を解放した?まさか、朕が知らない内攻使いがいたとは……収穫だ」

 

 座っている床の冷たさが、そのまま這いあがってくるような悪寒に汗が滲み出る。齢、50近くと言えど、歴戦を尽く勝ち抜き、国を守り抜いている皇帝陛下の威圧感に手が小刻みに震えだす。


 ……女官長と芽衣ヤーイーは、私が内攻を使ったことを知っている。でも、さっきから私が内攻使いだと言わない。なんでだろう?

 さっさと私を引き渡せば、この場から立ち去れるのに。


 「陛下……私も存じません。私達は話をしていただけでございます。そこで、いきなり、あのような事態に出くわし、わからないのです」

 恭しく答える女官長に、皇帝陛下の顔つきが変わった。


 「……あんな夜更けにか?しかも、あの場所は朱月の庭……軽々しく入れる場所ではないと、女官長であるなら知っているはず。もう一度だけ聞く……あの場所で何をしていた?それに、内攻使いは誰だ?」

 「話をしていただけでございます。他は……存じません。申し訳ございません。」

 頭を下げたままの女官長に困惑する。

 なによりも、重々しい雰囲気から逃げだしたくて、ここで倒れたくなる。


 女官長が知らないと言う度に、皇帝陛下の声は低く険しくなり、周りにいる皇子達からも緊張が伝わってくる。

 相変わらずなのは、風だけで、肩肘をつきながら寝っ転がり目を閉じて余裕そうだ。

 女官長の姿には、宙に浮いているリィリィも首を傾げている。


 『どうして、女官長は雪を庇うの?……他に何か目的でも……ああ、なるほどね~』

 意味ありげなリィリィが気になり顔を少し上げると、リィリィが視界に入り前方を指さす。


 『心配いらないわよ。女官長は雪が内攻師だって話さないから。たぶん、雅風が女官長を脅したのよ。じゃなきゃ、あの子があんなに呑気でいないから』

 脅した?……イマイチ信じられない。


 女官長を脅す時間があったのか疑問だからだ。

 ……いつの間にそんなことを。侮れないな……風は。でも、これで身の安全は少しだけ保証されたわね。

 「さて、3人共。そろそろ答えて貰おうか?そんなに朕も暇ではないのだよ。では、こうしよう……答えた者は、この騒ぎを不問としよう」

 疲れたとばかりに皇帝陛下は玉座によしかかり天を仰ぐ。

 

 これに一番反応を示したのは芽衣ヤーイー

 これは……ヤバい。私が売られる!風は芽衣を脅さなかったのか……。

 「恐れながら!――」

 私の横で同じく顔を伏せていた芽衣が顔を上げ口を開いた。


 ……遅かった。


 このままばれたら、逃げられる所まで逃げよう。隙をついて……どうせ、母様じゃなかったから宮中にいる必要がなくなったんだもん。

 父様には悪いけど、あの父様なら……何とかなる気がする……たぶん。


 「申してみよ。真なら宮中に戻れるぞ」

 皇帝陛下の言葉に、私も顔を上げ芽衣を見つめた。目の前に座っている女官長は前を向いたまま微動だにしない。

 「は、はい。内攻師は――――」

 芽衣の口を塞ごうと、リィリィが一生懸命動いているが、もちろんそれは出来ず、あきらめかけていたら、違う声が上がった。


 「…………私でございます。私が内功師でございます」


 「えっ…………?」

 思わず声が出た。芽衣の言葉を遮り女官長が背筋を伸ばし皇帝陛下を仰ぎ見る。


 意味がわからなかった。女官長が……私を庇う意味が。


 「そなたが内攻師?それは妙だな……そなたは、女官になって朕に仕え、もう30年か。その間、1回もそのような事件は起きていない。それに、力を使う姿を誰も見ておらず噂にもならない……今さら力が開花したと言うのか?内攻使いは7歳までにわかる」

 到底信じられないと、陛下は一蹴された。

 

 ……庇ってくれたのは意外だけど、皇帝陛下は信じていない。これは、圧倒的に私が不利なような気がする。だって、芽衣は言う気満々なんだもん。


 「恐れながら……この力は普段すぐに使うことは出来ないのです。気を練るのに時間がかかります。私の内功は他の内功師と違い弱いので、今までわからなかったのでしょう」

 上手く誤魔化してくれてはいるが……嘘が発覚するのは時間の問題だ。

 他に良い手がないだろうか……。


 『困ったわね、雪。このままじゃ、雪が捕えられるわ。あの父上が女官長の嘘を見抜けないはずはないもの。雪が捕まったら一緒にいられるから嬉しいけど、内功師となると行動に制限がかかるわ……私の暗殺犯調べられないじゃない!それに、硯箱をもっと安全な場所に移してもらわないと!』

 リィリィも珍しく、この場を抜け出す方法を考えてくれているらしい。と、見直していたら、自分の身の上の心配らしく、思わず力が抜けた。


 「もうよい。別の者に聞くとしよう」

 皇帝陛下の荒れた声に、全員が息を呑み身体を固くした。

 もちろん、私も震え上がり、助けを求めるように風に視線を向ける。


 ここで頼りになるのは、もう風しかいない……芽衣は真実を口にするに違いない。


 風は身体を起こし私を凝視している。その瞳は何もするなと訴えていた。

 なんで?……なにか他に手立てがあるの?このままじゃ……ばれてしまうのに。

 

 「ごきげんよう、皆様。陛下……お話中に失礼致しますわ」


 いきなり乱入してきた、まさかの人物に呆気にとられた。

 鮮やかな梅の絵が描かれている折扇を手に持ち、艶やかな衣は、この場には似つかわしくない。

 相変わらずの美しさに、この場にいた全員の視線が集中した。



 ――娜娘娘に。


 『また現れたわね。良いタイミングで現れる所を見ると……誰の指示か気になるわね。どうなるのかしら?』

 好奇心旺盛のリィリィを本当にどうにかしてほしい。


 私は、この展開に……胃がキリキリと痛み、本当に倒れたいと心から願った。


 ……次はどうなんの。

 

 

 


 

 

 

 

 

 


 

 

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