第二十六話 一歩前進そして後退

 目をこらし、柳の木の下にいる2人の影を見つめた。


 1人は、暁雨様の宮から逃げた地味で特徴のない至って普通の宮女。リィリィが追っていた人物だ。

 そして、もう1人は木の影になっていて良く見えない。

 でも、かすかなかぜに運ばれ聞こえてくる声は聞き覚えのあるもの。

 この声は……誰だっただろう?


 もう少し近くに行きたいと動き出そうとすると、フォンが私の腕をつかんで引き止めた。

 「ここにいろ……近づくと風の向きで、こうが流れる」

 小声で囁かれ、それには納得で大きく頷いた。


 ……うん?でも、香って、それは白檀を纏ってる風だけじゃないの?私は香を纏っていない。私だけなら、もう少し近づけるはず。

 「雪……大人しくしていろ。それに、二人が神美の暗殺に関わっているという決定的な証拠がない。ただ、夜に話をしているだけなら、捕らえることは出来ない」

 またしても風に止められ、大人しくあきらめると、二人を凝視した。


 確かに……証拠が必要だ。でも、リィリィなら、もうわかっているんじゃ……。

 誰にも見つからず、自由に動くことが出来るリィリィを探す。

 見つけたと思ったら、リィリィは何と……怪しい二人の頭上で興味津々で話の内容を聞いている。

 ある意味羨ましい。だけど、生前は本当に公主だったのかと疑いたくなるほど。 あんな至近距離で……確かに手っ取り早いけど……何か微妙。


 『ねぇ、雪。大変よ~意外すぎる人物なんだけど……それが……』

 私の視線を感じたらしいリィリィがふわふわと戻ってくると、言いにくそうに口に手をあて言葉を濁した。

 誰だったんだろ?……この反応は私の知ってる人?

 二人を見ているふりをしてリィリィに犯人は誰かと目で訴えれば困った顔をした。

 ……なんで?

 『あのさ~雪。2人の会話盗み聞きしたんだけどね。あのね……暁雨の侍女が殺されたのって……私のせいかも』


 ――――はい?


 なぜ、リィリィのせいなのか分からなかった。

 なぜなら、リィリィは幽霊だ。生前ならまだしも、死んだ今は関係ないはず。

 『あのね、その……私が無理やり雪に付けた耳飾りあるでしょう?鳳血玉……それを見て、雪の後を付けていたら神美も雪を尾行していたらしくて……言い争いになったんだって』


 意味がわからなかった。


 ……私は監視されていたの?しかも、鳳血玉のせいで?内攻がばれて見張られていたなら分かるけど、鳳血玉でどうして?

 でも、それは変だ。鳳血玉は見える人と見えない人がいる。この違いは……なに?

 「風……風は私がつけている鳳血玉が見える……よね?」

 気になり目の前にいる風を見ると、不思議そうに頷いた。

 「なに言ってるんだ?普通に見えるだろ?江も言ってただろ?姉上の品だと」

 「そうだよね……」

 思わず考え込む。


 風や江には見えている。

 この2人は、生前リィリィと所縁があった。もしかして、リィリィと何らかの繋がりのある人は見えるのかな。なら、リィリィ暗殺と関わりのある人物も見えているってこと?


 宮女試験の時、近くで話をしていた紅花フォンファ香涼シャンリャンは一切、鳳血玉の話にはならなかった。

 至近距離で、しかも、宮女見習いの私が身に着ける品にしては高価すぎる。あの勘が鋭い二人が見逃すはずなどない。


 この仮説が正しければ……あの、怪しい2人はリィリィの死にも関わっていはず。そして、なぜか私を狙っている。

 確かめないと。


 今度は絶対に――――逃がさない。

 今、逃がすと宮中からいなくなる可能性もある。やるならここだ!


 機会を伺っていると、2人は話を終えたらしく、柳の木の下から動き出した。

 『雪……?雪!なにをしているの?』

 「雪!なにを――」

 リィリィが手を伸ばし私を止めようと動き、風が慌てて私を捕まえようとする。

 そんな、姉弟二人をかいかぐり、私は朱の柱から飛び出ると、手に気を集め、一気に地面に叩きつけた。

 その力は地中で龍のように暴れ出し、静寂に包まれていた庭に地鳴りが轟く。

 『きゃ――――!』

 まったく被害を受けるはずのないリィリィが頭を抱え悲鳴を上げ、後ろからは風が私の名を呼んでいる。

 でも、私の目的は前方にいる2人。


 異変に気が付いたのか、地味な宮女が私を見ると悲鳴を上げ、そして戦き逃げ出した。もう1人の顔がここまで来ても見えない。

 誰だろ?それに……私はリィリィと違って幽霊じゃないんだから悲鳴上げないでほしいわ。失礼ね。

 「絶対に逃がさない」

 いつもは、手に気を纏うのみで人には知られないように気を付けていた。でも、見られたからには2人を逃がす訳にはいかなかった。

 さらに力を込め、両手に雷を構築し、もう一度地面に叩きつけた。


 周りを伺う余裕などなく、高揚した感情そのままに力を込めたせいか、想像以上の力が加わったらしく、次の瞬間、自分の周りから音が消えた――。


 そこに現れたのは、なにもない無の世界。

 真っ白で虚空の空間。


 そして、次の瞬間、凄まじい稲光と共に地面が弾け、他人のものか、自分の叫んだ声だなのか、わからない悲鳴が木霊した。



 ――――やりすぎた。


 そう、我に返った時には全てが遅かった。

 

 大地は災害があった後のように隆起し、池からは水が流れ出て足元は水浸し。立派なこの庭の主として鎮座していた柳の木々が無残にも倒れている。

 なによりも、趣のある楼閣が、あろうことか……半壊していた。


 そして、壊れた楼閣を背に、私や風に向かい合うように立っている人物は、1歩でも動けば足元が崩れ落ちる場所に身をおき、青白い顔で私を凝視していた。

 もう1人の地味な宮女は、その人物の足元に倒れて動かないところを見ると、気を失っているらしい。


 わずかに動揺は見られるが、隠れることも弁解することもなく、私を真っすぐに見つめている女性から目が離せなかった。

 なぜなら、思いもよらぬ人物だったからだ。


 ――女官長。どうして、あなたがここに?


 ……どうして?嘘よ……この方がリィリィの暗殺や侍女殺しに関わっているなんて……嘘。

 頭が混乱して誰かに説明して欲しかった。

 でも、やっとで捕まえた。真実を知る人物を。

 そこへ、緊迫した空気を破るようなリィリィの怒鳴り声。


『なにやってんのよ、雪!これじゃあ、気づかれないように後を付けた意味がないじゃない!しかも、内攻使いだってことは秘密じゃなかったの?知られたら……雪は一生、宮中よ……私は別に良いけどね。一生一緒にいられるもん』

 若干、嬉しそうなリィリィに頭を抱えそうになる。

 でも、そうはいかない。

 甘いな、リィリィは……内攻使いなら、この場にもう一人いるもの。全てを押し付けることが出来る人物が。


 「フォン……これ、風の仕業ってことにして貰っていい?」

 ゆっくりと、私の横に立った風は、あきれたようにため息を吐き首を横にふった。

 「無理だ……」

 「えっ?なんで?」

 まさかの風の答えに驚愕を通り越して焦り出す。

 「皇子の風なら別に皇帝陛下も、そこまで問題にしないだろうし。それに、ほら……もしかしてリィリィ暗殺に、あの人も関わり合いがあるかもしれないのに」

 そう力説すると、風が渋い顔をして口を開いた。


 「雪、お前さ……王剛ワン・ガンから力の制御の仕方と一部の話しか聞いてないだろ?すぐ内攻使いすぎなんだよ……内攻使いってのは貴重な人材なんだ。そう、何人もいるもんじゃない。それに、詳細な人数は宮中でも極一部しか知らず、名前すらも公表されない秘匿扱い」

 まさかこの場で内功使いのことわりについて語られるとは思ってもみなくて、風が何を伝えたいのかがわからなかった。


 「あのな……俺が内攻使いってことを知っているのは亡くなった母上と姉上。そして、育ててくれた林杏リンシンと江だけだ……皇帝陛下はもちろん、同じ母である王太子の兄ですら知らない」

 「えっ……」

 言葉に詰まった。

 ちょっと待って。それって……。

 たじろぎ、思わず1歩後ろへと下がった。

 「俺が内攻使いと言う事実は周囲には知られていない。まだ知られる訳にはいかないんだ……後継者争いに巻き込まれるのは迷惑なんだ。悪いが雪を庇えない。俺はまだ……やる気のない、だめな皇子でいなければならない」

 ごめんと切なそうに謝る風に何も言えなかった。


 嘘……皇帝陛下も知らないの?風が内攻を使えることを?どうして?……。


 『雪、それはね……狙われるからよ。雅風が内攻を使えるとわかったのは3歳の時。すぐに……母様が真実を隠したの。他の側室や刺客達に命を狙われる危険性があったから。なによりも、雅風の力を悪用しようとする者達から守るため』

 リィリィも傍に来ると、困ったように私を見た。

 『だから、ごめんね……雪。何とか逃げて!』

 えっ?と思った時には、時すでに遅し。


 複数の足音と声が聞こえ、風の名を呼ぶ声がしたと思ったら、武官や兵士達に囲まれた。

 逃げようにも、自分で破壊したせいで足場がぐちゃぐちゃで身動きが取れない。

 そして、頼ろうとしていた風は、一言兵士に言い放った。


 「拘束しろ……貴妃の侍女殺しの犯人だ」


 えっ、それって……私もですか?!

 

 

 


 


 

 

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