第二十五話 現れた影

 『雪、足音立てないでよ。気づかれるじゃない。それに、もっと早く走ってよ』

 私の前を飛んでいるリィリィの理不尽さに、凄く文句を言いたいが、息が切れてそれどころではない。

 謎の宮女を捕まえるべく、二人で追っている真っ最中。だが、そろそろ私の体力も限界へと近づいてきた。

 リィリィは忘れているみたいだが、私は慎刑司で囚われていたから……病み上がり。なのに、なぜ、襲われる現場に遭遇したり、人を必死に追ったりと身体を酷使しているのか……この、自分の運のなさを呪いたい。

 

 「リィリィ……もう、私……限界」

 ぜいぜいと息を切らし、回廊の壁に手をつき立ち止まる。

 『雪のばか~逃げちゃうじゃない。私は先に行って、あの女の居場所を突き止めておくから。後で来るのよ!』

 ……いつも元気なリィリィが羨ましい。それに、居場所って、前も後つけて知っているんじゃなかったっけ?前と違うのかな?

 頭に疑問は浮かぶが、疲れすぎて考えが纏まらない。でも、後を追わないと、私の身の安全のためにも。

 

 1歩づつ足を動かすと、ふいに、空からピ――――と言う鳴き声が聞こえたと思ったら、いきなり肩に手を置かれた。

 「ぎゃ――――!」

 人間驚きすぎると可愛く叫ぶとはいかず、凄い声を出した。背後からは「うるせえ」と、怒りを抑えた声。

 この声は……まさか。


 恐る恐る振り返ると、そこには、黒い簡素な衣を身に纏ったフォンの姿。 しかも……すこぶる機嫌が悪いらしく、その醸し出している雰囲気だけで、私を殺してしまいそうだ。

 「フ、フォン…………素敵な月夜ね?さ、散歩?」

 怖すぎて、自分でも何を言っているのかは不明だけど、話さずにはいられない。

 「月が雲に半分隠れているけどな。お前には、これが素敵な月夜か……それで?勝手に宮を抜け出して騒ぎを起こしたお前は、今、なにしている?」

 風の目が怖い。


 思わず、目を泳がせ誰かに助けを求めたいが、あいにく誰もいない。

 ジャンくらい近くにいても良いのに。しかも、暁雨様の宮で何があったのかを、この皇子はもう知っているらしい。

 「雪、簡潔に答えろ。今は、何をしているんだ?」

 それ以外の言葉はいらないとばかりに、風が詰め寄って来る。

 おかげで私は、壁に背を押し付けたまま動けず、正面には風が仁王立ちになり逃げられない。

 しかも、何も言わない私に苛立ったのか、風が私の顔の傍に両手をつき、私を拘束し身動き一つとれない。


 近い――――!


 触れそうなくらいの近距離に風の顔。追い詰められた何とやら……誰か助けて。

 自業自得と言われそうだが、この体制は非常に問題だと思う。誰かに見られたら、いくら適当皇子と噂の風でも……あ、適当皇子なら大丈夫なんだろうか?

 「――雪」

 妄想していると、名を呼ばれ観念した。

 「人を追っているの……神美の傍に立っていた女性よ」

 「なんだと?……どうして、その女だとわかった?お前は、何も見ていないし知らないと言っていたはずだ」

 ……失敗したと後悔した時すでに遅し。

 怖い顔で風が詰め寄って来た。

 「あの……それは……その」

 言葉を濁すが風は離れてくれない。


 なんか襲われてる気分だ……誰か~助けて~


 『雪……雅風を襲っているの?こんな場所で?やるなら雅風の宮で襲いなさいよ。私は見なかったことにするから』

 風の肩越しから、ひょいと顔を出したリィリィに悲鳴を上げそうになるのを何とか堪える。

 それに、なんで私が風を襲うのよ。どう見ても、私が襲われている図じゃない。助けてよ~

 リィリィに懇願するが、リィリィはにやにやしたまま。

 『だって、宮中に色恋沙汰は日常茶飯事だもの。人の恋路は邪魔しないわよ。しかも、女を一切傍に近づけなかった雅風が、なんでか雪には近づくのよね~なんでかしら~?』

 その疑問形止めて欲しい。まるで、風が私を気に入っていると錯覚を起こして、自分の立場を間違えてしまいそうだから。


 ……勘違いしたらダメだよね。風は、私とは身分がまったく違う雲の上の人で、本来なら会うこともなかったのに。

 ただ、内攻が使えるだけで仲間意識を持ってしまって、リィリィを通して凄く身近に感じてしまったから……自分が特別になったと間違えたらだめだ。

 

 「ごめんね風。また、余計なことして迷惑かけちゃった」

 物凄く落ち込んでしまった。

 自分でも不思議だけど、悲しくなってしまった。

 気落ちしながら謝ると、風の雰囲気が和らぎ動揺しているのが伝わってくる。

 「雪?……悪い。強く言いすぎた。また、すぐに泣くなよ……」

 そんなに、風の前でばかり私は泣いているのだろうか?反対に迷惑をかけすぎて申し訳なくなる。

 それに思い出してしまった……。

 「風は悪くないよ。私が、後先考えずに行動してしまうから巻き込まれてしまうの……なんで…………なんで、母様じゃなかったんだろう。どうして……違うの。母様だと思ったのに」

 思わず蘇る。

 私に向けられた、あの温かい笑顔が。


 暁雨様が母様じゃなかった。その悲しさを、また思い出してしまった。

 母様だと、ずっと思っていたのに。私を見ても、私の名前を聞いても変化は見られなかった。

 本当に――違ったんだ。

 「ずっと探してたのに……そのために宮女になりたかったのに。母様じゃなかったなんて」

 俯き涙を堪えながら、ぎゅっと手を握る。


 『雪……雪、泣かないで。大丈夫よ、雪のお母様はどこかでお元気よ。ほ、ほら、死んでる私より良いじゃない。生きてるんだから』

 私の事情は詳しく話してないのに、リィリィが慰めてくれる。幽霊に慰めて貰うと、何とも言えない気持ちになった。

 リィリィが一生懸命頭を撫でてくれる。もちろん、触れることは出来ないが、その優しさが嬉しかった。


 「話を総合すると、雪は母親に会うために宮女になりたかった。それが違った……暁雨が母親にそこまで似ていたのか。ほら、泣くな、俺も手伝ってやるから」

 突然、ふわりと白檀の香と共に温かさに包まれた。

 えっ…………。


 驚きすぎて動けなかった。


 目をあけると、風が子供をあやすように、私の背に手を回し、もう片手で頭を撫でてくれている。

 「泣くな。きっと会えるから。俺も協力する」

 なんで、この二人は、これだけの情報で、私が探している人が暁雨様だと……母かも知れなかったとわかるんだろう……。

 しかも、姉弟揃って慰め方が似ていて思わず照れてしまう。私は、そんなに子供に見えるのかと……でも、嬉しかった。その温かさが。

 何よりも、数日前に会ったばかりの二人が、身分も違うのに親身に接してくれるのが凄く嬉しかった。



 「も、もう、大丈夫だから……ありがとう風」

 それにリィリィも。


 少し時間が経つと、さすがに私も落ちつき、顔を赤くしながら、ぎこちなく風から離れ礼を言う。

 風はもちろんだが、その後ろから興味津々に見ていたリィリィにも。

 「気にするな。一気に色々あったからな、雪は」

 『そうよ雪。私と雪の仲じゃない!元気が出たら行くわよ。あの女の居場所突き止めたから風も連れて来て』

 二人共、良い人だと感慨に浸っていたら、リィリィの急かす声が聞こえ飛んで行く。

 そうだった。あの女の人を捕まえて真実を聞き出さないと。

 「風、説明は一切聞かずに私に付いて来て。神美殺しの犯人を見つけたの。お願い」

 返事を聞かずに風の手をとり走り出す。

 「おい、雪。どういうことだ?」

 困惑しながらも、人の良い風は私に付いてきいてくれる。やっぱり良い人だ風は。


 『こっちよ、雪。あの角を曲がってさらに奥ね』

 張り切るリィリィは姿が見えないから問題ないが、生身の私達は慎重にならなければならない。いくら、風が皇子でも、こんな夜に出歩くとなると、それなりの理由が必要だろう。

 時折り、風が私を止め、隠れながら巡回する兵士達をやり過ごす。

 それを繰り返し、内宮の奥深くにある庭園へと入って行く。

 「ここは……母上の庭園……ここに誰がいるんだ」

 風が訝しげに私を見るが、私も答えられないため風の視線に気づかないふりをした。

 それにしても、朱月皇后の庭とは……犯人は、どうして、この場所にいるんだろう?もしや、リィリィの暗殺にも関わっているとか?

 嫌な考えが頭を過る。

 でも良かった。風が一緒にいてくれて……いくら、リィリィがいると言っても幽霊だもん。私、一人だったら怖くて逃げていたかも。


 回廊の角から顔を出し、誰もいないことを確認し辺りを見渡す。


 そこには、朱燿殿や朱明殿のように荒れ果てた気配はまったくない、趣向をこらした美しい庭が広がっていた。

 まず、目に入るのは大きな池。

 池には朱の橋がかかり、その先には楼閣。池の上に建てられたその建物の傍には、柳の木がいくつも植えられ風が吹く度に揺れている。

 池を取り囲むように紅梅や桃の木が見え、季節ごとに四季を楽しめる趣向らしい。


 他に人がいない。大丈夫みたいね。あれ?話し声がする……。

 ひょっこりと顔を出し伺うと、風がぐいっと腕を掴み私を朱の柱の影に隠した。そうなると、必然的に風との距離も縮まる訳で。

 「動くな……見つかる」

 真剣な顔つきになった風に、思わず心臓が高鳴り暴れたくなるが、ここは大人しく従った。

 風の大きな手で触れられている背中が熱く、なによりも恥ずかしい。どうして風は、こんなにも平然としているのだろうか。

 やっぱり皇子の身分的に女には困ってないんだろうな……それに、何度見ても整っている顔だし。


 「二人いるな。女と……女か?」

 朱の柱を背に、またしても風の腕の中。しかも、風はこの体勢に何の疑問も持っていないらしく、声がする庭を凝視している。


 『雪……あれ見て……』

 リィリィの茫然とした声を聞き我に返ると、風に少し動いて貰い、体制を変え、私も柱の影から庭を覗き込んだ。

 暗闇でよく見えないな……もう少し、月明りが欲しい。

 首を伸ばし耳を澄ますと、言い争っているような声が耳に届いた。


 この声、どこかで聞いたことがある。誰の声だっただろう……思い出せないけど、最近聞いた声……。


 


 

 


 


 

 

  

 


 

 

 

 

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