第二十四話 奇襲

「えっ…………っ!」

 蝋燭の炎が消え、ほのかに入る月明りがあるとはいえ、暗闇同然の室内に、いきなり降ってきた木の屑や陶器の破片と一緒に、2体の黒い人影が視界に入る。

 あまりの驚きように対処が遅れた。


 その黒い装束の人影は、私や娜娘娘ではなく、真っ直ぐに暁雨様に狙いを定め剣を向け襲いかかる。

 だが、暁雨様は、頭に何かが当たったようで、頭を抑え呻きながら倒れてしまった。

 ――なにこれ?なにこれ?一体、何事!

 またしても、いらぬ騒ぎに巻き込まれたと天を仰ぎたくなるが、今はそれどころではない。


 瞬時に、右手に気を集める。


 フォンに内攻を軽々しく使うなと言われたことを思い出すが、人の命がかかっている。躊躇している場合ではなかった。

 この程度の暗闇なら上手く誤魔化せば何とかなる。それに……目の前の侵入者の口を封じれば目撃者いないよね……。

 そう、自分に言い聞かせ行動に移した。


 一直線に暁雨様を貫こうとしていた人影との間に割り込むと、内攻で手の周りに雷を纏い、刃を交わした後、柄を取り相手の手に触れ気を流す。

 力がばれないようにと細心の注意を払うと、集中が出来ず雷を上手く作り出せない。


 目だけ見える黒い装束の人影は、体格からもわかるように、思っていた通り男。しかも、意外と若いと見た。

 その男の瞳が驚きで満ちるさまを見ると、何かを感じたらしいが、素知らぬ顔でかわす。

 意識を失ったまま動かない暁雨様に、この力を見られなくて良かったと安堵しながら、思いっきり男の足を払った。もちろん、足にも内攻を纏いながら。

 男の身体がバランスを崩した瞬間、思いっきり石床に叩きつける。


 『雪!踏みつけちゃいなさいよ!骨くらい折れても死なないわよ!身のこなしからして、暗殺のみを専門に行う者……ここで捕えて、拷問でも何でもして吐かせるわよ!』

 両腕を大きく動かし、何とも思い切りの良い助言をくれるリィリィに苦笑する。

 しかも、綺麗な顔をしていて、何気に言っていることが怖い。そのせいで、気が緩み、男が足元に隠していた暗剣に気づくのが遅れた。

 『雪!』

 慌てて、身体を逸らし、男の靴から飛びでた苦無くないを避けるために、石床に片手を付き一回転をする。


 何気にひらひらの宮女の衣ではなく、動きやすい質素な旗袍きほうを着ていたことが功を奏したのか、袖口を切られただけで怪我はない。

 衣を用意してくれた風に心の中で感謝しつつ敵に目をやろうとすると、リィリィが猛スピードで突撃してきた。


 私に襲いかかろうと体制を立て直す侵入者に、果敢に立ち向かうが、当たり前の如く呆気なくすり抜け、項垂れているリィリィが何気に可愛くて、力が抜けそうになる。

 頭をふり、集中しなければと次の攻撃に備えると、別のキン――という音が聞こえた。


 ……あれ?暁雨様に向かってきた影は私が相手をしているけど、もう一人は?

 侵入者は2人だったと慌てて音の方角を見て驚愕する。


 そこには、折扇せっせんを巧みに操り敵の太刀を余裕の表情で防いでいる娜娘娘の姿。

 …………錯覚?あの折扇は、もしかして暗剣の一種?娜娘娘って何者?ただの側室ではないの?

 唖然としながら見ていると、ふいにかぜが頬をかすめた。

 『雪!危ない!』

 リィリィの叫び声に、飛んできた苦無くないを慌てて避け、石床に倒れ込む。


 ……これ、また慎刑司に送られて首が飛ぶより前に……ここで死ぬかも。


 しかも、この人、暗剣持ちすぎだし!それに、何で暁雨様の護衛達は誰も助けに来ないの?リィリィと娜娘娘の話では外に兵士や武官が待機してるって言ってたのに。


 いくら内攻を使えたとしても、下手に力を見せると……宮中に捕らわれてしまう。ここで力を解放する訳にはいかない。

 力は、後から言い訳が出来る最小限で抑えないと。

 なら……何とかして、もう一回……石床に叩き落として拘束するしかない!

 心に決め、1歩足を踏み出そうとすると背筋がゾクゾクと震えだした。


 な……に?


 その意味がわからず立ち尽くしていると、すぐに寒気が全身を支配する。

 「――引きなさい。これ以上、やる気なら……その首を落とすわ」

 さっきまでの華やかな口調とは違い、冷徹なまでの冷たさに私を含め、敵の動きも止まった。

 一瞬、戸惑う雰囲気を男達から感じたが、すぐに男達は視線を私達に向けたまま下がって行く。

 「まだやるなら……相手になるわ。それと、主人に伝えときなさい。また、やる気なら……今度は許さないとね」

 娜娘娘は一体何者?殺気も纏える側室なんて……聞いたことない。


 「さてと……王雪。お互い他人に知られるとまずい状況よね?それにしても驚いたわ。内攻が使えるのね。しかも、周囲に知られていないとは恐れいったわ……あなた、王剛ワン・ガンの娘?」

 侵入者が煙のような身のこなしでいなくなると、娜娘娘がパチリと折扇を閉じ私に向き直る。

 ちらりと暁雨様を伺うと、倒れたままで起きそうにもない。早く様子を確かめたいのに、殺気を醸し出す娜娘娘を前に動けない。


 あんなにも苦労して隠していたのにばれてる。しかも、あんな一瞬で。それに、なんで……父様を知っているの?父様に迷惑はかけられない。それにしても、娜娘娘は一体何者?


 娜娘娘の正体がわからない今、下手な発言は身を亡ぼす。なら、沈黙が一番だ。

 じっと娜娘娘を睨んでいると、ふいに外が騒がしくなる。


 「あーあ。時間切れね。王雪、お互いの利益のためにここは一つ芝居をうつわよ。私達も敵に攻撃を受け意識を失って何が起きたかわからない。良いわね?もちろん……今、見たことは秘密よ。また、会いましょう」

 言いたいことだけ言った娜娘娘は石床に横になり倒れたふりを始めた。

 

 え……っと。良く状況が飲み込めないけど、ここで正体がばれると非常に困る。なら、ここは一つ私も。


 上手く頭の中は整理出来ないが、言われた通り気を失ったふりをして逃げた方が都合が良い。なにせ、私は風の宮から出てはいけないのだから。

 本当は今すぐに逃げたいが、もう、何人かの声が聞こえている時点で遅いだろう。

 逃げたら反対に怪しまれる。

 ばたりと蛙が死んでいるように、石床に這いつくばる。

 『雪、変な格好』

 呑気なリィリィの声に言い返したくなるが、ここは我慢と自分に言い聞かせていると、複数の足音が聞こえ人が飛び込んで来た。


 そして、身体を揺すられ声をかけられ、さも、今気づいたように振る舞い起き上がる。

 その際に、同じく額に手を当て手厚い治療を受けようとしている娜娘娘と目が合い、慌てて視線を逸らした。

 目が物語っていた……ちゃんと演技しなさいよ。と。

 暁雨様を見ると、侍医もかけつけ一番に治療を受け侍女達に取り囲まれ私からは様子が伺えない。

 漏れ聞こえる会話を拾うと気を失っているだけらしい。


 良かった。それだけですんで。

 安堵していると、傍に来た宮女が私にも治療を促してくれるが、大丈夫だからと必死に断る。

 私はここから離れたい。正体がばれてしまう前に!

 何か、この場から離れる適当な理由がないかと考えていると、またしてもリィリィの叫び声。


 『ああ――――!あの女!雪、あの女よ。神美の傍にいて去っていった女!』

 「えっ……」

 それは聞き捨てならないと、リィリィの指指す方角を見ると、出入り口の戸の付近で様子を伺っている一人の宮女が視界に入る。


 年は、20前後だろうか。物静かそうな、言ってしまえば地味で影が薄い、何の特徴もない普通の女性。

 私の視線に気が付いたのか、目が合うと、目を逸らし逃げようとする。


 あれは怪しい。追い駆けなければ!

 『雪、先に行くわよ!早く来なさいよ』

 お先にと、リィリィが飛び出して行く。

 ……幽霊に早く来いと言われても。しかも、この状況で抜けるには、手段は一つ。人は必ず起きる現象だ。


 「あ、あの……少し、あの……」

 言葉を濁し、用を足しに行きたいと横にいた宮女に涙目で訴えると、察してくれたようで外へと促してくれた。

 これ幸いと顔を伏せ、早足で宮を抜けると走り出した。

 

 『雪、こっちよー捕まえて吐かせるわよ!今度は真実を話すまで逃がさないわ!』

 拳をつくり燃えるリィリィを横目に溜め息を吐く。


 だから……その任務、誰がするんですか……私?

 


 



 



 

 

 

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