第二十三話 味方か敵か
「どうして、あなたがここにいるの?誰が入っても良いと言ったのかしら?」
「申し訳ございません。眠れなくて散歩をしておりましたら、この宮に何やら物騒な兵士達の姿を見つけたものですから……興味本位で参りましたら、中から派手な物音が聞こえ、貴妃様の御身が心配になり飛び込んでしまいましたの。不作法をお許し下さいませ」
深々と頭を下げる娜娘娘は、悪びれる風でもなく優雅に挨拶をする。その姿を見ても、暁雨様は何も言わず見つめるのみ。
この沈黙が息苦しい。
私は、このまま逃げて良いのか凄く迷う。
「――楽になさい」
暁雨様がため息を吐きながら娜娘娘に言葉をかけた。
「ありがとうございます……それにしても奇妙な場所で会うわね。確か……
私に向き直り、娜娘娘の容赦のない言葉に肩を竦ませ座り込み、地べたに這いつくばるようにして頭を下げた。
「も、申し訳ございません。あ、あの……」
これは非常にまずい。
私の名前も暁雨様に知られ、昭陽殿に届け物をしに行く途中と言う口実が嘘とばれた。
今回は本当に……首が飛んだかも。
「問題ないわ。雅風皇子の宮の前で星を見ていたこの子を、私が無理やりここまで連れて来たのよ。この子が持っていた菓子を私がぶつかって駄目にしたから……連れて来たの。陛下にもそう伝えると良いわ」
えっ?……。
なぜだかわからないけど、暁雨様が私を庇ってくれた。
どうして?私を助けるの?
訳が分からなかった。自分の侍女を殺したとされている私を助けるなんて……。
顔を少し上げ暁雨様を見ると、わずかに瞳が揺れている。
動揺してる?……なぜ?
「そうでございましたか。失礼致しました。でも、派手な音が聞こえて皆が焦っていましたわ。どうなさったのですか?」
「なんでもないわ……ただ、その子が、この刺繍に驚いたのよ」
「ああ、なるほど。答えは見つけたみたいね……王雪」
外見だけの側室かと思っていたけど、この娜娘娘、意外と頭が切れる。でも、そうでないと側室の、この地位まで上り詰めることは出来ないのかも知れない。
……内宮って本当に怖い。
「それで、王雪。ここで聞くわ。第2試験の漢字探しの答えはわかって?」
えっ?ここで試験問題を答えるの?しかも、まだ28文字全部わかんないし。でも、わかる範囲で答えるしかない。
「全部はまだ不明ですが、12文字は、この、十二生肖厭勝銭でございます」
「そうよ、正解。この刺繍を見てわかったみたいね。一応、あなたの試験は保留にしてあるわ。女官長は反対したけど、私と、あと……雅風皇子が陛下に頼み込んで失格にはしなかったの」
娜娘娘の顔を信じられない思いで見つめた。
「皇子が?」
風が私を庇ってくれた?しかも、皇帝陛下に直々に頼みに行くだなんて。そんなこと、さっきは一言も言っていなかったのに。
『さすがは、私の弟ね。しかも、真実を話さないなんて、なんて不器用……そこが、ちょっとね~』
成り行きを眺めていたリィリィは、寝ころび頬杖を突き宙を漂う。
まるっきり、この事態を楽しんでいる。もう、私を逃がすことなど忘れているかのように。
「そうよ?あなたと雅風皇子の間にどんな
折扇をパチンと閉じ、娜娘娘が暁雨様を見ると、厳しい表情で頷いた。
「ええ、そうね。誰かのために動く皇子ではないもの。全てに関心がなくて陛下が嘆いておいでだったわ……昔は才能に溢れていたのにとね。いつも、自分の宮に入り浸りで働かず怠け者。雅風皇子にしては意外だったわね……宮女見習いのために陛下に会うだなんて」
……やっぱり、風の周囲の評価は最低最悪だ。
本当は、しっかり者で真面目なのに……策士だけど。
このままで良いのか他人事ながら心配になる。
『大丈夫よ、雪。ああ見えて、雅風はちゃんと考えているから。今は動く時期ではないのよ。目立たず害がないように見せるのが賢明よ』
姉であるリィリィは、風がなぜ、あんな態度を取っているのかを知っているようだ。
「それにしても、丁度良かったわ。王雪……あなた、本当に暁雨様の侍女、
ここで、爆弾を落とす娜娘娘に顔が引き攣るが、その誤解は解きたかった。
「違います。私は殺してなどおりません。丁度、その場にいて間違えられたのです。私は、試験のヒントを探しに、あの場所を通り、興味本位で中に入り……嫌疑をかけられました。本当です」
両手を付いたまま、二人に訴える。
「全身に血が付いていたと聞いたわ」
無表情のまま淡々と暁雨様が私を見下ろす。その冷たい眼差しに狼狽えるが、必死に言葉を紡いだ。
「あれは、月季の花びらの汁でございます。転んだ拍子について……取れませんでした。それを血と間違えられて暗殺容疑を……あとは、皆さま、知っての通りでございます。でも、私は、亡くなった方を存じません。本当です」
必死に弁解すると、二人はお互いの顔を見合わせると、なぜか、娜娘娘が口を開く。
「確かに、神美とあなたとでは接点がなさすぎるわね。私が調べた限りでは、神美は、北の故郷出身だけど、あなたは都の出。武器商人の父を持ち、母は幼い頃に病死。妹は都の親戚の商家に預けられている……間違いないわね?」
「……はい」
母の生死については疑問だが、なぜか、私に関わりがないはずの娜娘娘は、私の身辺を調べたらしい。妹と父様に危害がいかないようにと祈りながら、慎重に頷いた。
「特に不審な点は見られなかったわ。見習い宮女は内宮の奥までは入っては来れない。貴妃様、この娘は無関係と考えられます」
娜娘娘が私を、ここまで助けてくれるのか反対に不安になった。
……なんで、ここまで親切に?
『確かに変ね。李娜はここまで他人に興味なんてないはず。何か裏があるわ。注意してね、雪』
リィリィも漠然と何かを感じ取ったようで、辺りを警戒し出した。
「珍しいわね、あなたが、そこまで人を助けるなんて。何かあるの?」
暁雨様の険しい表情に、娜娘娘が折扇を広げる。
「なにもございません。ただ、この子は宮女の才能がある。ただ、そう思っただけですわ」
口元を折扇で隠し笑う娜娘娘から殺気を感じるのはなぜだろう。
「宮女に?」
暁雨様が私をじっと見つめる。何となく暁雨様の考えていることは、わかる。
……私の宮女の才能とやらを、ぜひ私に教えて貰いたい。
『雪――伏せて!』
二人の会話を聞いていたら、リィリィの焦ったような叫びと一緒に、蝋燭の炎が消え、何かが飛び込んで来た。
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