第二十話 鳳血玉
「
「楽にしろ。それで、どうだった?」
挨拶もそこそこに、風が江に問いかけると、空気が緊迫したような気がして、食べていた杏の団子を箸から落としかけた。
団子を咀嚼しながら二人の会話に耳を傾けようとすると、なぜか私の背後に移動し、隠れながらチラチラと江を見ているリィリィが鬱陶しい。
……どうせ、私にしか見えないんだから、堂々としていればいいのに。残念な公主。
リィリィを伺うと、私の視線に気づいたらしく、ソワソワとし出した。
『だって、仕方ないじゃない。江が傍にいるんだもん』
可愛く頬を膨らませて抗議してくるリィリィは、確かに可愛いが、私には無用な仕草だ。
数日前の江の様子からも、リィリィに恋愛感情があるのは目に見えている。下世話な考えだが、リィリィの様子から見るに、そこまで親しい仲でもないとみた。もっと知りたくなるのは世の常だろう。
「江は公主と結婚考えなかったの?」
つい、ポロッと口から出すと、風は呆れた様子で、当事者の江は表情を変えることはないが、私を射殺す勢いで、その危険な眼光を浴びせてくる。
「雪……公主と一介の武官は、どう考えても無理だろ」
またしても、風から呆れた視線を向けられ肩を竦ませていると、リィリィが、私の目の前に飛び出し、それ以上余計なことを言うな!と、止めようと必死に動く。だが、私の視線は、江の眼光に引き気味だ。
……また、殺されかけるかも。
団子を食べきり箸を置くと椅子を少し引き、いつでも、逃げられる体制をとるが、リィリィが邪魔して、江の動きが見えなかった。
一瞬で距離を詰められ、椅子に座ったままの状態で肩を抑えられると、耳につけている
リィリィに、無理やり付けられた
「どうして、お前がこれを持っている。これは、あの方の物だ……あの方と一緒に葬られた品……なぜ」
抑え込まれている訳でもないのに、まったく動けないのは、さすがは元暗部出身。間近に迫ってきた江を見返していたら、視界にある物が入り驚愕した。
江の耳には、私と同じ鳳血玉が揺れていた。
「――同じ鳳血玉?リィリィの?」
思わず目が釘づけになると風の声が割り込んだ。
「雪、今度こそ答えて貰うぞ。どこでそれを手に入れた?それは、貴重な品なんだ。それも、王家の血筋しか触れることが出来ない品で、皇帝陛下が姉上に贈った玉だ」
風と江に見つめられ、背筋が冷やりとした。
『なんで、江が鳳血玉を?……私が両方ともつけていたはずなのに』
リィリィも知らなかったらしく動揺しながら宙を漂っている。
確かに、今のリィリィの耳には何も飾りがない。
……あれ?初めてリィリィに会った時からなかったっけ?覚えてないな。
「雪、どこで手に入れた?しかも、本来なら、王家の血……俺の手で外れるはずの鳳血玉が外れない……なぜだ?」
そんなの……言える訳ないし、私だって外れない意味を教えて欲しい。リィリィの存在を暴露してしまおうか……。
そんなことを考えていたら、ふと矛盾に気がついた。
「なら、江はどうなの?王家の血筋にしか触れられないんじゃないの?私は力で抑えているから今も問題ないけど、江は……内攻使いじゃないわよね?なのに、なぜ平然としているの?」
二人共、焦るか困ると予想していたのに、静かに風が口を開いた。
「江と俺は、
血塊の儀……一生、その人の元で忠誠を誓い、嘘、偽りなく仕える、王家にのみ許される儀式。
それを風と江が……。
『……そうなんだ。一体、いつの間にそんな……雪、いつ儀式をしたのか聞いて』
リィリィも知らなかったようで、悲し気に江を見つめている。
しかも、私に「聞け」と命令する始末。本当は二人の神経を逆なでする話はしたくはなかったが、ここまできたら、興味も沸き視線を二人に戻した。
「いつ契約を?」
「姉上が亡くなって、すぐだ。江が、姉上の仇を見つける力と証が欲しいと願い、俺と利害が一致し契約した。姉上の亡骸から鳳血玉を、その忠誠の証として、媒体として使った」
リィリィが亡くなってすぐ……。
『バカな江ね……私のことなんて忘れて、宮中を出ればよかったのに。自由に暮らすのが夢だって語ってたのに。雪、あなたと同じ夢を持ってたのよ……江は』
悲しそうに笑うリィリィに胸が痛くなる。
リィリィのために自由を捨てた江の心中を想って。
なら、皆のためにも、早く見つけなきゃ。今回の侍女とリィリィを暗殺した真犯人を。それに、私の宮女試験のためにも。
決意を込め二人を真っ直ぐに見つめた。
「鳳血玉のことは話せないわ。でも、全てが解決したら教える。私がなぜ、鳳血玉を身に着け、公主のことを知っているのかを。そのためにも情報を教えて。侍女が亡くなった時、
私の決意が伝わったのか、江が手を離し、私から距離をとった。
風が江に頷き、江が話し始める。
「貴妃様は、侍女が亡くなった時刻、皇帝陛下と一緒に東の園で梅を愛でておいでた。何人もの目があり、皇帝陛下と言う完璧な証人がいる。貴妃様は関係ないだろう。他にも、貴妃様を恨む何人かの側室方を調べたが、全員の所在が確認されている」
どうやって調べたのか気になったが、元暗部なら、このくらいは簡単だろう。
しかし、側室達でなくとも、その侍女の可能性もある。主人に命令されれば、手を染めることも厭わない。もしくは脅されてやった可能性も高いだろう。
「他に怪しい人物は?」
内宮には、何千と人がいる。その全部を調べるのには無理がある。
「今の所、手詰まりだ。侍女、
……これまた、不可解。と、言うか想像するに怖い。それって、つまり……その宮女も真犯人の手によって、亡くなっている可能性が高い?
もしくは、目撃した宮女も犯人の一味とか。
「じゃあ、本当にわからないのね?」
確認すると、江が頷き、風も不機嫌そうに、茶を自分で注ぎ煽っている。
「そうだ、手詰まりだ。それで、雪に思い出して欲しい。何か見なかったか?朱明殿に入る時や庭に行く時に不審な人物を」
風の言葉に、背筋がピンとなる。
『は~い。私、見た見た。でも、どうする?雪。私が後を付けたなんて説明出来ないわよね?雪の頭が可笑しいと思われるじゃない?元から雪、どこか抜けてるけどね』
さすがは姉弟。何気に失礼な所は同じだ。
リィリィは呑気に、宙で寝そべり頬杖をつき、この後の展開を楽しんでいるようにも見える。
「う、うん。わかった……思い出して見るけど……ちょっと疲れたから休んでも良い?」
「ああ、そうだな。さっきまで寝込んでいたんだった。その様子だと回復が早そうだから、明日からは外へ行けるだろう。だが、俺の宮から出るなよ……この宮から出ると皇帝陛下の命に背いたと見なされ……打ち首だ。俺でも庇い切れない」
「わかった……」
顔が引き攣る。まさかの問答無用で打ち首とは……さすがは皇帝陛下の勅命だ。
風が立ち上がり私をジッと見つめた。
「この宮から動くなよ。絶対だぞ」
そんなに私は信用がないのか何度も念をおされる。何度も頷き風を見送ろうとすると、江の視線が突き刺さった。
これは、たぶん、リィリィの硯箱の件とみた。ここは一つ……。
「私、頭が痛いから休ませて貰うわ……それに食べすぎて動けない」
ヨロヨロとよろめき、江を素通りし、胡散臭い演技をしながら寝台へと向かう。
「それはそうだろ。あんなに食べる女は初めて見た。何か用があるなら、外に控えている侍女に何か言え。もう一度言うが出るなよ、この宮から!」
風のしつこい念押しに、軽く返事をして寝台に飛び込む。
すると、戸が開く音がして二人が出て行った。
『よし!雪のダメダメな演技は笑えるくらいお腹痛かったけど、月が真上に上がったら、その宮女の元へ行くわよ!』
張り切るリィリィを横目に、そこまで、私の演技は酷かったのかと恥ずかしくなる。
「わかった……リィリィ、月が真上にきたら起こしてよ。おやすみ」
お腹がいっぱいになり安心したのか眠気が襲ってきて、そのまま眠りについた。
リィリィの不満たらたらな声を聞きながら。
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