第十八話 いただきます
「ほら、遠慮せず食え。お前、食べたことないだろ?こんな食事」
何気に失礼なことを言うのは、相変わらず、にこりともしない第9皇子。
夜になると、動けるようになり、これから、どうするかを悩んでいたら、皇子がやってきて、今、強制的に食事の真っ最中。
八仙卓(大きな正方形のテーブル)には、皇子が言うように見たことのない食材や料理がのっている。そして、何気に目の前に置かれた器が気になった。
…………これは、何のスープだろ?濁ってないなんて……いつもは、器の底なんて見えないのに。
「それか?それは、
まだ、皇子を信用してはいないが、食べろと言われると、この豪華な食事を前に食欲には勝てず、素直に什器を持ち上げ口をつける。
口に入れた瞬間、目を見開いた。
「凄く旨味がある。美味しい!なに、これ。こんな食べ物があるなんて!」
感動して、思ったことを口に出すと、皇子と控えていた林杏が顔を合わせて笑い合う。
……なんで笑うの。
「ああ、悪い。良い反応だと思って。他のも食べてみろ。美味いぞ」
なぜか、隣で自分の食事もそこそこに、かいがいしく世話を焼いてくれる皇子に慣れないながらも、勧められるまま口をつけていく。
ターサイ(小松菜の変種)と菊の和え物。
青ダイコンの干し貝柱のスープ煮。
冬タケノコの揚げ物。
羊のモモ肉焼き。
豚揚げ肉団子。
ケイギョの姿蒸し。
五目入り蟹の雑炊。などなど。
食べきれない量が目の前に出されている。それを、バクバクと勢い良く平らげていると、またしても笑い声が。
その主は、言わずと知れた皇子で楽しそうだ。それに、控えている林杏もだが、他の侍女達も笑いを堪えている。
「もしかして……食べすぎとか?」
恥ずかしくなり、箸を置こうとすると、皇子が笑いながら「もっと食べろ」と勧めてくると、林杏も果物を持ってくると出て行った。
「良い食べっぷりだな」
「……食べてなかったから、お腹が空いてるの」
頬を膨らませながら抗議すると、皇子が、
「好きなだけ食え。早く回復すれば、その分動ける。普通にお前、回復早いけどな。まさか……ここまで食欲旺盛だとは思わなかった。まだ、寝た切りだと思ってたのに」
そう言うと、皇子が蟹の雑炊を食べ始めた。
「ねえ、どうして助けてくれたの?……あのまま、見捨てても良かったのに。それに、私を助けて大丈夫なの?」
まだ、皇子を信用した訳ではなかったが聞いてみたかった。少しでも皇子の本心に近づきたかったから。
「そんなの決まってるだろ?仲間が殺されそうになったら助けるのは当たり前だ。それと…………」
そこで、皇子が会話を切り、戻ってきた
「それと、姉上の硯箱だ。
「硯箱…………」
あの、朱明殿の下に埋めたのを思い出したが言葉を濁す。
まだ……この、皇子の本質も考えも、何もかもがわからない。それに、リィリィも言っていた「見られたくない」と。だから……私はリィリィを尊重する。
「知らないわ。硯箱は私の傍にあったはずよ。本当になかったの?」
嘘をついた。
じっと、皇子が私を見るが、負けじと見返す。すると、皇子が目を逸らし、一言「そうか」と頷いた。
「なら、誰かが持ち去ったか……それも探させる。姉上の品は誰にも渡せない」
「そうだね……あ、亡くなった侍女のことを教えて。どうして、侍女があそこにいたのが不自然なの?」
気まずくなり話題を探すと、やはり、あの亡くなった侍女に行きつく。
私が目覚めた時に王子が漏らした一言が気になっていた。
「あそこは元は姉上の宮だ。今は使われていなくて、母上の宮同様、手入れもされていない。それに、噂が宮中に出回ってからは姉上の宮の周りには誰も近寄らなくなった」
……噂?どんな噂なんだろ?私は知らないけどな。
「どんな噂なの?」
ケイギョの姿蒸しを口に放り込み租借しながら皇子を見ると、なんとも言えない憐みの瞳を向けられた。
「……雪、お前さ……どれだけ宮中に興味ないんだよ。それで良く宮女試験受けたよな。いくら、宮女見習いでも内宮の噂ぐらい届くだろ?」
これには箸を止め曖昧に目をそらした。
「私、噂に興味なくて。それに、宮女になっても、数年で宮中を去る予定だったから」
父様との約束だから――静かに暮らすと。普通の幸せをつかむと約束したから。
「まあ、いいが。噂は、姉上が亡くなってから出回った。姉上の宮には毒が撒かれていて近寄るだけでも死に至ると」
「毒?私達、無事みたいだけど?」
「それは、そうだろう。毒なんか撒かれてない。まあ、そんな噂に色々な尾ひれがついて、姉上の幽霊が夜な夜な出回るとかで、姉上の宮には人は寄りつかなくなったんだ。皆、迂回するんだ」
……幽霊。当たってる。凄く当たってるって……そう言えば、リィリィはどこへ行ったんだろ?最後に見たのは、私が捕まった時で……宙でクルクル回ってた。あれ?どこにいるんだろ?
リィリィを思い出し、室内に視線を這わせる。
「……姉上の幽霊なんている訳ないだろ」
幽霊の言葉で、私が怖がり周囲を確認していると思ったのか、皇子があきれたように私を見ている。
まさか、本当に公主の幽霊がいましたなんて言えない。でも……。
「でも、幽霊ごときの噂で、暁雨様の侍女が、朱明殿の傍にいる訳がない説は強引じゃない?」
たまには、通りたくなったのかも知れない。いささか、こじつけている気がしないでもない。
「姉上と母上の死に、暁雨が関わっているかも知れないと、俺が話したことを覚えているか?」
「……うん。覚えてる」
母かも知れない暁雨様の話は知りたいが、暗殺となると、いささか聞きたくない。
「母上は生前、暁雨と揉めたことがあるんだ。母上が亡くなる半年前、陛下と皇后である母上、暁雨の3人で食事をしていた時、母上が、陛下から賜った貴重な
「えっ?故意に?」
しかも、皇帝陛下の目の前で……それほどまでに大それたことをしたら、それなりの罰が下るはず……。
「暁雨は普段から喜怒哀楽を表に出さず、周囲を警戒し、侍女にも心をゆるさないことで有名だ。いつも、一人を好み、最低限の侍女しか自分の宮に置かない。側室同士で仲間も作らず陛下だけに仕えている。それは今でも変わらない。それなのに、その席でだけは激怒し母上を罵倒したと聞いている」
「なにがあったの?その席で」
それほどまでに激怒するのは、それなりの理由があったはず。それは一体。
「わからないんだ。皇帝陛下も母上も口を噤み、暁雨には罰すら下らなかった。それからだ……
困ったような表情を見せる皇子を前に、
皇子も考えるように黙り込み、沈黙が支配し気まずくなる。目の前の料理を見渡し、
『あーいいな、雪。それ、私の大好物なのよ。美味しいわよね。飴がトロッとしていて甘いの。いいなー』
思わず吐き出しそうになった。
何処ともなく、目の前にいきなり現れたリィリィは、相変わらず呑気でふわふわと浮いている。
「どっ――こ!」
どこにいたの?!と聞こうとして、横に皇子がいるのを思い出し、慌てて咳き込むふりをして茶をすする。
「大丈夫か?まだあるから、ゆっくり食べろよ」
あきれたような皇子の眼差しに、いささか恥ずかしい。が、その様子を眺めていたリィリィが爆弾を投下した。
『無事で良かったわ、雪。
…………はい?
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