消失





ドアチャイムの音が家に響いた。




そいつは唐突に、「幸福」に蹴り込んで来た。


ーーーー







「ひさしぶり。」

髪の長い、化粧の濃い女が言う。


「…何しに来た。」


「会いに来てあげたの。だって私たち、付き合ってるでしょ?まだ。」


「はぁ?!勝手にお前がいなくなったんだろ?!」


「だぁかぁらぁ!別れるって言ってないから、付き合ってるでしょって言ってんの!」


「煩い…。」


「大体誰なのよ!?その子。」


ふと後ろを振り返ると、はるが立っていた。そして、軽くお辞儀をすると、お邪魔しました、と言って、靴を履き、カバンを持ち、家を出て行った。あたかも、遊びに来ていた、と女に言いたげだった。

彼が去ったことにより、女への怒りは一層高まった。



「じゃあ今言ってやるよ!別れろ!お前みたいな女はいらねぇ!帰れ!」


女は俺がこんなに感情的になるのを見たことがなかったのだろう。

少し目を見開いた。


「そんなにあの子が大事なの。何か知らないけど。」

少しの間を置いてから女は言った。

「まぁ、昔の犬みたいに従順で可愛らしいあんたが良かっただけだし、いらないわ。」



女は俺を一回、強く素早くカバンで殴り、どこかへと去った。




部屋に戻り、彼の部屋に行く。当然彼はもういない。

携帯、財布、他の大切なものはカバンもろとも無くなっていた。







…彼は…もう帰ってこない。







突然、その考えが頭に浮かんだ。


大体、俺は彼の電話番号も知らない。


知っているのは名前と、あのただただ艶やかな姿、彼の捨てられた過去だけだ。


あぁ、なんで俺は彼の電話番号ぐらい聞いておかなかったのか。


彼は俺に愛想を尽かして逃げて行ってしまったのかもしれない。


あんな派手派手しい、下品な女と俺がつるんでいると知って、嫌気がさしたのかもしれない。


いや、もしくは俺のはしたない考えが伝わってしまっていたのかもしれない。



……大体、俺は彼の体しか見ていなかったのではないか。



彼は優しく、陽だまりのようだった…それぐらいしか言えない。


しかし、彼の体についてならなんでも言える。


全てのパーツが俺好みで、何一つ無駄なところがない。


俺は彼を彼としてみてあげていなかった。


きっとそうだ。だから俺はこのままなんだ。



ああ、もう一度戻ってきてほしい。



もう一度だけでも、一瞬だけでもいい。



俺に謝らせてほしい。そして、できることなら彼をもう一度ちゃんと見たい。





彼の内部と外部を愛したいーーーーーーーーーーーーーーー



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