桜色





その日、俺は朝早く起きた。

それよりも早くはるが起きていたのには驚いたが、嬉しかった。

キッチンに誰かが立っていて、俺のために何かをこしらえてくれている…と考えるだけで頭の中で妖精が数匹舞っているようだった。

彼は、俺よりもずっと豪華なものを作ってくれていた。

優しいひよこ色に染まったオムレツ、クリスピーに焼き上げたソーセージとベーコン、みずみずしい各種のフルーツ、お揃いのマグカップ入りのコーヒー、色とりどりの野菜が入ったサラダ、うっすらと砥粉色をしたスープ、そして、おいしそうに焦げた数種類のパン。


「…ホテルの朝食バイキングみたいだ。」


はるは恥ずかしそうに、そして自慢げに、


「今日は一緒にお出かけですし、約束もしましたから!」


「ありがとう、ゆっくり食べよう。」


誇らしげに席に着き、食べ始めようとした時、彼は急に立ち上がった。


「あっ、バター出しますね!」


彼は冷蔵庫へ向かった。




✦ ✦ ✦





「初めてですね…二人で、お出かけするために一緒にいるの。」


彼は目を軽くつぶりながら、呟いた。


「なぁ…タメ語にしないか。」


「…えっ…それはまたなぜです?」


「一緒に暮らしてるんだしさ、なんか、もっと距離縮めない?…嫌ならいいんだけど。」


彼は大きく首を横に振った。


「全然嫌なんかじゃないです…!でも、タメ口で話そう…って年上に言われたの初めてで。」


「じゃあ…いいの?」


「はい…!…じゃなくて、うん!」


ああ、恋人みたいだ。

どんどん距離が縮まってる。



二人で街中を歩いた。

彼と歩く街は、まるで蕾であった花が咲いたように、雨の後に虹が出るように、元々俺が見ていた世界とは別物のようだった。



二人で、可愛らしいカフェに入る。

彼はいつもここで勉強しているんだ、と言い、特等席があるらしく、そこに二人で座った。

窓辺のその席は、日の光が彼の半分を光る水で濡らしたようで、彼の白い肌の美しさをまたも発見してしまった。

彼の長いまつげが金色に輝き、瞳は一層奥床しく感じる。

少しずつ彼のおりおりの姿を知っていくのは、図鑑のページが一枚ずつ埋められていくようで、俺を躍起にさせた。

彼は抹茶ラテにクマやうさぎ、猫の形をしたクッキーを注文し、俺は泡でクマが造形されているカフェラテに、ブルーベリーマフィンを頼んだ。

彼が勉強している姿を想像し、激しく悶えた。



✦ ✦ ✦




夜になっても俺たちは家にはいなかった。噴水が美しい橋の上で、二人で夜景を堪能していた。


「夜に外にいるのって、ひさしぶりかもしれない。」


彼は頬の位置を上げながら、小さく妖艶な声で呟いた。


「…なぁ、はるは俺のこと好き?」


自分で発したその言葉に動揺した。どうしよう、やばい、どうしてしまったんだ俺は。

訂正しようとしたその瞬間、好き、と彼の声が聞こえた。


「…どういう意味かわかって言ってる?」


「もう僕、子供じゃないよ?」

彼は意地悪く笑った。

「…あと、僕起きてた。前、してくれた時。」


キス、という言葉を使わないことに愛くるしさを感じた。

彼をそっと自分に引き寄せ、暑く、柔かくなった唇を、彼のそれに合わせた。

うまくキスをできているのかわからなかったが、彼と体が繋がっていることを…少なくとも体の一部が繋がっているということを実感していた。


「なぁ…俺の隣にずっといてくれないか。」

その時、花火が上がり、弾けた。

「つまりは…その…付き合ってくれないか。」

また弾けた。


「…ずっといれるかわからないけど。」

弾ける花火の音。

「僕も花火みたいにいつかは散っちゃうから…。」

花火の音は聞こえない。

「いれる限りはずっと一緒にいたい…欲張ってるのかな。」

花火が上がり、一番大きく弾けた。


犯してしまいたい。彼をめちゃくちゃにしたい。彼の新しい姿を、彼図鑑に書き留めたい。考えれば考えるほど、彼への情欲が湧き上がってくることに驚きを隠せなかった。

しかし、彼がまだ未成年である、ということで、その「欲」を鎖で縛り付け、鍵をすることができた。もし、彼が大人になったらどれほど美しいのだろうか。今でさえ、こんなに優艶であるのに。


家に帰り、彼をお風呂に入れた。もちろん「そういうこと」をするためではない。

ただ、彼は学生であるため、早く寝させなければ、と考えたまでだ。


ソファーの上で彼のシャワー姿を想像する。無数の水の玉で攻められる彼は目を瞑り、攻められるがままになっている。体を滑らかに、隅から隅まで擦り、体についた泡を流す。

彼は風呂の中で何をしているのだろうか。彼のことだ、「そのようなこと」はしていないとは思うが、していて欲しいとも思う。



「風呂、次いいよ。」



彼から出ている湯気を見つめながら、ああ、と返事をした。




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