気付きと変化









「なぁ…大丈夫か?」


晃が俺に問いかける。


「え?…あぁ…まぁ…な。」


「お前最近上の空やなぁ。仕事に支障きたすなよ。」


「あ…ごめん。」


「なんかええことあったんやろ?」


「え…まぁ…な。」


「やっぱりか。」

彼はニタァッっと笑った。


「恋、やろ?」

本当にキツネみたいだ。頭がキレる、意地の悪い、でもどこか愛らしいキツネ。

「誰?」


「…年下の…人。」


「…女?男?」

その質問に俺はたじろいだ。大体の人は「男?」などと聞かないだろうと思っていたからだ。

「男か。その反応だとそれしかないな。」


「お前、なんでそんなに俺のことがわかるの?」


「長年一緒にバイトしてたらわかるわ、そんなん。」


「そっか。うん。男。」


「で、どんな子なん?」


「…首筋が綺麗で、瞳が可愛くて…」


「容姿のことばっかやなぁ…。」

彼は笑った。

「…俺もな、彼氏、おんねん。だから、気にせんでええで。」


その告白こそ衝撃だったが、おう、と言っておいた。彼は彼の彼氏について語ってくれた。

中国からの留学生で、名を「トウヨウ」というらしい。

料理を運んだ時に手を掴まれ、たどたどしい日本語で、いつおわるのか、と聞かれたらしい。

最初は恐怖にかられ、あやふやにして逃げようと思ったらしい。

しかし、彼の境遇を聞き、彼と話しているうちに、彼にどんどん「ハマってしもた」と言っていた。

その後、自分を励まし、支えてくれる彼に惚れ、今は付き合っている。

と嬉しそうに、そして恥ずかしそうに語った。


「おい!お前ら休憩時間終わってんぞ!」


店長が更衣室で雑談していた俺らに一喝を入れに来る。

急いで立ち上がり、仕事に取り掛かった。



✦ ✦ ✦



仕事が終わり、はるの家に向かう。

来てくれたんですか、と彼が出迎えてくれた。


「仕事終わりのこんな時間に来てごめん…。」


「いえ。嬉しいからいいんです。」

彼は白い湯気を放つ二つのマグカップをテーブルに置きながらそう言った。

一人暮らしの彼が組みになっているマグを持っているのはきっと、俺がここに来ると思ったからだ。

その証拠に、そのカップは傷一つなく、シミも一つもない。

買っている彼の姿を想像して、ニヤつきそうになる。


パジャマを着た彼は、いつも見る彼よりも脱力していて、抱きしめたくなった。

甘い香りの紅茶を啜りながら、彼のすらりとした手を見つめる。


「あっ、紅茶ってカフェイン入ってるから寝れなくなっちゃう…。」

そう呟いた彼は、申し訳なさそうに、俺のカップを見た。


「帰ってほしくないのか。」

少し彼をおちょくる。


「…!えっ…、あの、いや…」

困っている彼に満足した。


「冗談だって。」

落胆する彼が目に映った。可愛らしい。

「それとも、本当に泊まろうか。」


彼は困ったような、恥ずかしいような顔をして、いいんですかと俺に問いた。




シングルベッドの上で大人の男と、高校生が向き合って寝る。

くすくすと笑いあい、目を瞑る。


「日向さんは、どんな人が好き?」


「…花のような人。」


「…うーん…」

彼はしばらく考えたあと、難しい、といった。


「…それでいい。」


「はい?」


「いや…なんでもない。それより、早く寝ろ。明日学校だろ?朝は作ってやるから。」


「やったぁ…。」


「なぁ…俺と…」


彼を見るともう浅い眠りについていた。

長い睫毛が可愛い。

愛おしい。




今日は…いい夢が、見れそうだ。



✦ ✦ ✦




一人暮らしをしていると、まぁまぁな料理は作れるようになる。

スクランブルドエッグ、卵焼き、味噌汁、炒め物(主に野菜類)、サラダ…とまぁ、そんなところだ。

今日は彼のために新しい料理に挑戦してみる。ホットケーキだ。簡単に作れることは知っていた。

だが、今まで、こんなにふんわりしていて、如何にも「女の子」な感じの料理は作ってこなかった。


昨日、彼の家に来るまえに買っておいた材料を投入する。

ミックス、卵、牛乳の順番に入れ、よくかき混ぜ、程よい色と硬さになったら、フライパンに火をつけ、バターを乗せる。

万番なくバターを広げ、おたま一杯分のホットケーキ汁を流し込み、また火にかける。

ホットケーキに30個ほど穴が空いたら、ゆっくりとホットケーキの下にフライ返しを入れ、素早くひっくり返す。

綺麗にできたことに満足する。あとはこれを数回、バターが茶色くならないことに気をつけて、繰り返すだけだ。


最後のホットケーキを作っている時に、彼は起きてきた。



「おはよう…ございます。」


寝ぼけ眼で、ホットケーキの焼いてあるフライパンを数秒見つめ、おいしそうと呟いた。




「いただきます。」

微妙にまだ眠たそうな彼が、制服を着た彼が、ホットケーキを食べ始める。

「おいしい。」


「そうか。よかった。」


「今度は、僕が作ります…。」


「ああ、ありがとう。楽しみにしてる。」




彼は、完食し、ごちそうさまと言った。




「いってきます。」


「あ、学校帰りウチに来いよ。」


「う…うん!じゃなくて…はい!絶対にいきます!」


「気をつけろよ。」




俺は小さな後ろ姿を見送った。





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