後編

「ふぅ……昨日はひたすら立たされて参った……まったく、宿題忘れた小学生じゃないんだから」

 俺は、部室をトントン、とノックした。

 返答なし。

 俺は、恐る恐る部室のドアをゆっくりめに開ける。

 そこには、ハルヒがにまにましながら座っていた。

 今日は、机と椅子がちゃんと並んでいる。

 よかった。局地的でちょっとファール気味のエコには飽きたようだ。

 ハルヒにはごく普通の三遊間を抜けるヒット性のエコをしてもらいたいものである。無理かもしれないが……。

 ハルヒの目の前には、キーホルダー? のようなものと、何かのパックが並んでいる。

「よう、ハルヒ……って、これなんだ?」

「キョン。いいでしょ、このキーホルダー。パックそうめんを1パック買うともれなく貰えるっていうから、ついたくさん買っちゃったわ」

「……ちょっとまて。この机の上にあるの、全部そうめんか」

 二ケタいくくらいのパックそうめんが、机の上に所狭しと並べられている。

「これだけじゃないわ。冷蔵庫にも入ってるわよ」

「おい、これ、全部賞味期限明日じゃないか。どうするんだこれ」

「そりゃもちろん、SOS団のスタッフが美味しく頂くに決まってるじゃないの。というわけで、はい」

 ハルヒは、割り箸を俺に寄越した。

「まさか……食べろっていうのか。俺、今夜家族でステーキ食べに行くって約束が」

「そうめんも食べてステーキも食べればいいじゃない」

「そりゃあそうだが……こんだけのそうめん食べたら入らなくなっちゃうだろう」

「分かったわよ。じゃあ無理にとは言わないわ。みくるちゃんに食べてもらうから」

「分かった、俺も食うよ!」

 俺は、『ふぇ、もう食べられませぇん……』という光景と、『みくるちゃん、もう一杯、頑張りなさい!』とメガホンを使いながら激励するハルヒの姿を想像して、食べる事を決意せざるを得なかった。



「そういえばキョン。大したことじゃないんだけど」

「なんだ?」

「そうめんが冷蔵庫に入りきらなかったから、スペース空ける為にキョンのゼリー食べちゃった」

「けっこう大したことあるぞ!? 食べようと思ってたのに」

「賞味期限ぎりぎりだったもの。キョンが食べるの忘れてたらどのみち処分しないといけなかったから、これでよかったのよ。ゼリーもきっと喜んでるわ」

「うう……淡泊なそうめんの味が一層淡泊になるようなストーリーを言ってくれやがって……いや、冷涼でそうめん美味しいけどさあ」

「黙って食べなさい」



「うう……もう限界だ」

 俺は、数杯のそうめんを平らげたが、さすがに限界だった。

 ハルヒは呆れて、

「全く……しょうがないわねえ。じゃあ、私が食欲回復させてあげるわよ」

 ハルヒは割り箸をぱきっと割り、それから仰々しくそうめんを割り箸で持ち上げた。何故かその様子を一々俺に見せつけるようにしながら、麺をすする。

「どうよ」

 ハルヒは、俺に尋ねる。

「何がだ」

「何って……私みたいな清楚な存在がそうめんを流麗にすすっている光景を見たら、食欲回復せざるをえないでしょうが」

「ぶふっ!!」

 俺は思わず、そうめんを2~3本吹き出した。

「ちょっ、キョン! 失礼ね! じゃあ、最終奥義『あーん』するしかないっていうの!? キョンはほんとむっつりなんだから!」

「ちょ、何勝手に自己完結してるんだ! というかハルヒに『あーん』されたところで困惑するだけだ!」



 その時。

「あぶない」

 古泉が、俺の前に出た。

「な、なんだいきなり。古泉もそうめん食べに来たのか」

「いいえ、違います。涼宮さんが閉鎖空間を作りだしてしまった……それを感知したのです」

「どうしてだ」

「それは……あなたが対応の仕方を間違えたからです。あなたは先程『あーんするしかないっていうの』という涼宮さんの問いに対し『困惑するだけだ』と返答しました。そこで、涼宮さんのストレスが発生したのです」

「なっ……」

「今から目の前に涼宮さんを具現化した存在が現れます。その存在に対して、おそらく僕の紅球は役に立ちません」

「じゃあどうすればいいんだ!」

「あなたの『言葉』が必要です。涼宮さんの心に響くラブコメ的な言葉が」

「ほのかに漂っていたシリアスが一気に音をたてて崩れたぞ、今!」

「ともかく、考えて、言葉を発して下さい」



 目の前に現れた、ハルヒを具現化した存在。

 俺は、そいつに向かって言葉を紡いだ。

「ハルヒっ! さっきは俺、お前に『あーん』されるのは困惑するだけだって言ったが……あれは嘘だ! お前にそうしてもらえると嬉しいぞっ!」

 俺は、言ったそばから耳たぶが熱くなるのを感じた。

 すると、閉鎖空間は一気に瓦解した。

 古泉は何か納得顔で、

「和やかな光景を見せてもらいましたよ」

「俺は恥ずかしいだけだって!」



 その後、古泉と朝比奈さんと鶴屋さんでそうめんを完食したこともあり、ハルヒは至極ご機嫌だった。

 一方俺は、何か余計な事を言った気がする……でもああしなきゃ閉鎖空間が……と赤面しながら一人じたじた時を過ごしていたのだった。

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エコ+消費+閉鎖空間= 十(じゅう) @lp1e6

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