エコ+消費+閉鎖空間=
十(じゅう)
前編
俺は、部室をとんとん、とノックした。
「だれー? キョン? 入ってきなさいよ」
ハルヒは、何故か少し嬉しそうな声色を浮かべている。
何やら、また部室の中でよからぬことが起きていそうな気がする。
『世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団(略してSOS団)』などという風変りな集まりを立ち上げて見せるアイツなら、何があっても不思議ではない。
俺は、ドアの真上を見上げる。
どうやら、ドアの上に黒板消しが挟んであるという古典的かつシンプルな罠は仕掛けられていないようだった。
俺は、ドアを開ける。
そこには、普段と変わらない部室の光景があった。
俺は安堵した。
が、すぐに違和感に気づく。
なんだ、この違和感は……。
「おい、ハルヒ。今度は一体何をやらかしたんだ」
「まだ分からないの? 鈍感ね」
ハルヒは、にやっと笑ってみせた。
俺は、周囲を見渡し、ある事に気づく。
部室の椅子と机が全て消失している。
ハルヒは、『ようやく分かったのね、ヤレヤレ』といった表情で、
「キョン。私は気付いたのよ。野球大会に参加したり孤島に行ったりして好奇心を満たすのもいいのだけれど……それだと何かとエネルギーを使うでしょう? 団長の私とみんなの使用する総エネルギー量……それはかなりの量だわ。団長として、部員、そして地球のエコを考える立場にある身としても、使用エネルギー量のスリム化を図るべきだと思ったのよ」
「その結果が、部室の椅子と机の消失って意味が分からんぞ、意味が」
「まったく、キョンは分かってないわね。今回、私たちは根城としている部室から一歩も外に出る事無く、言い換えればエネルギーを消費する事無く、面白い事が出来ているのよ。……ちょっとあっちを見なさい」
ハルヒは、長門の方を指さした。
座ったまま本を読んでいるはずの長門は、今日は立ったまま本を読んでいる。
片手では本を持ち、もう一方の手は……なぜか、虚空の何かを掴もうとしている。まるで、つり革的な何かを。
「あれは立って本を読んでいるうちに、いつの間にか電車に乗っている気分になっているに違いないわ。いつも隙の無い有希のこういう心温まる光景を見られただけでも中々のものじゃない?」
ば、ばかばかしい……。
確かに今の長門は、出発駅文芸部、終着駅文芸部で移動時間ゼロの環状線に乗車している気分かもしれないが、だからどうだというのだ。それで世界の諸問題が解決するわけでもない。
「ところでキョン、机の上にコーヒー淹れてあげたんだけど、座って飲みなさいよ」
「あ、ああ。じゃあ遠慮なく……ってのわあああ!!」
俺はいつもの習慣で椅子に腰かけようとして、そこには何もなく、地面にもんどりうった。
「き、キョン! あんたの脳ってば瞬間揮発性なの? さっき椅子無いって言ったばかりじゃない!」
ハルヒは、わっははと笑った。
「く、くそぅ……」
俺は、ふと、古泉の事を思い出した。ヤツは何をしているのだ。
ふと壁際に目線を向けると、古泉が壁にボードを張り付けて一人チェスをしていた。
「……古泉、なにやってんだ」
「ええ。こういう事もあろうかと、多少強力な磁石を埋め込んだチェス盤を用意して、地面と90度傾きがある壁でもチェスが出来るように準備していました。ハルヒさんを怒らせて閉鎖空間を生み出す事なく、チェスを楽しめるよう努力しています」
「床にボードを置いてプレイすればいいんじゃないのか」
「それも考えましたが、彼女の行動形態からして、何気なく走って来た拍子に全く悪意なく駒とボードを吹き飛ばす可能性もありましたから」
まあ確かにそれはなくもないが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます