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 くんくん。


 とっても甘い香りがして、思わずよだれが垂れてきました。シィがじっと見ている間にも、どんどん作業が進んでいきます。その不思議な茶色のドロドロしたお菓子は、見たことも食べたこともありません。

 今、シィ達は、いつもの王都じゃなくって、スタティ皇国っていうところの皇都という所に来ています。ボスによると『社員旅行』っていうんだって。皆で遠くまでお出かけするのは初めてだったから、すっごく楽しみで、出かける前はなかなか眠れなかったんだよ。

 キレイなお姫さまとも仲良くなれて、大きなお城に泊まりました。最初の日は色々と大変だったけど、おにーちゃんがあっという間に解決しちゃったんだって。皇王様っていうおじーちゃんも、おにーちゃんが見たらすぐに元気になったんだよ。お姫さまがとっても嬉しそうで良かったです。やっぱり、おにーちゃんはすごいなあ。


 茶色いお菓子が小さい枠に流し込まれていきます。どんな味がするのかな? シィはワクワクしながら、その様子を飽きずに見ていました。

 シィは、おにーちゃんと会う前にも色々な場所に行きましたが、スタティ皇国に来たのは初めてです。でも、シィはいつもマギで出したお料理ばかり食べていたので、場所によって食べ物が違うなんて知りませんでした。今はとっても大好きなお菓子も、おにーちゃんに食べさせてもらうまで知らなかったんです。

 スタティ皇国は、周りにいる人達の格好も、建っている建物も、出てくるお料理も、ダイナ王国とはちょっと違います。ダイナ王国だとパンとかシチューとかが多いけど、皇国ではホクホクのお芋とかソーセージっていう肉料理が人気みたい。どれもとっても美味しいです。

 でも、一番の違いは、今シィの目の前で作られている物でした。


「美味しそう! ねえ、おにーちゃん! 早く食べたいね!」

「ははは、うん。そうだね」


 この茶色いお菓子は『チョコレート』っていうんだって。ダイナ王国では見かけなかったけど、こっちだとよく食べられてるお菓子なんだよ。砂糖を入れなければ甘くないから、普通のお料理にも使ったり、ジュースにして飲んだりするみたい。材料になる植物が皇国でしか育たないんだって。

 色々な事件があって大変だったけど、皇都を観光しませんか、ってお姫さまが言ってくれました。ボスもおにーちゃんも、皇都に来るのは初めてだったみたいだから、皆で一緒に観光する事になったんです。

 お店を見て回ったり、なんだか古い建物を見たり、通りでやっていた人形劇を見たり、すっごく楽しかったです。でも、ずっと歩いてたらお腹が空いてきちゃったんだ。そしたら、お姫さまがオススメのお店を教えてくれました。それが、チョコレートのお菓子を出すお店だったんです。


 テーブルでしばらく待っていたら、やっとお料理が来ました。もうシィのお腹は空っぽです。早速おにーちゃん達とお祈りをしてから、ナイフとフォークを使ってソーセージを切り分けました。パクリと一口食べると、じゅわっとお肉の汁が口の中いっぱいに広がります。おいしい! 何度も噛んでいると、濃厚なお肉の味に、だんだんとピリッとする刺激がまじるようになりました。それがまた、お肉の味を引き立てて何倍もおいしく感じるのです。とっても不思議です。

 付け合わせのホクホクのお芋はソーセージと非常に相性がよくて、ジューシーなお肉をドッシリと受け止めてくれます。フォークが止まらなくて、パクパクと食べてしまいます。いつも食べている『社員食堂』のお料理もおいしいけど、いつもとは違うお料理もすっごくおいしい。

 気がつけば、どんどんとお皿がなくなっていき、やがてシィの前にはチョコレートのお菓子が出されていました。さっき見せてもらった時はドロドロだったのに、今は小さい枠の形のままに固まっています。まるで宝石みたいな茶色い粒を前に、シィまで固まってしまいました。


「ど、どうしたの、シィちゃん」


 おにーちゃんが心配そうに声を掛けてきます。


「あ、あのね。さっきまでドロドロだったのに、どうして固くなっちゃったの?」

「あー。えーと、それはね。冷やせば固まるようにできてるんだよ」

「どうして冷やすと固まるの?」


 シィにはよくわかりません。でも、おにーちゃんならきっと知ってます。


「うーん……液体が固体に……いや、それだと難しいし……」


 おにーちゃんは悩んでいるように天井を見ながらブツブツと独り言をつぶやいています。難しい事を聞いちゃったのかな?

 最近、シィはよく「どうして」と聞いておにーちゃんを悩ませてしまいます。最初は困らせちゃうから、聞かないでおこうと思ったんだけど、おにーちゃんが「わからない事は遠慮せずに聞いてごらん」と言ってくれたんです。あと「僕もわからなかったら、一緒に考えよう」と言ってくれました。

 だから、シィも一生懸命に自分で考えてみます。冷えたら固まるのはなんでかな。お水は冷やしても、冷たくておいしくなるだけだよね。シィがそう言うと、おにーちゃんはニコリと笑って首を横に振ります。


「えっとね。お水だって、とっても冷やせば固まるんだよ」

「え、お水も固まるの?」

「うん。そうだな……見ててごらん」


 そう言って、おにーちゃんは少し目をつむってから、お水の入っていたコップを指でこつんと叩きました。すると、透明なコップに入っていた透明なお水は、どんどんと白く半透明になっていきます。

 それから、おにーちゃんはコップを持って逆さまにしてしまいます。お水がこぼれちゃう、と慌てそうになりましたが、いつまで経ってもお水はコップから出てきません。


「ほら、お水も固まったよ」


 コップを見せてもらうと、確かにお水はカチコチに固まっています。

 どうやらおにーちゃんは、マギでお水を冷やしたみたいです。皇国の事件を解決してから、おにーちゃんはマギデバイスを使わなくなりました。なんと、マギデバイスを使わなくてもマギを使えるようになったらしいのです。初めて見せてもらった時は、ビックリしちゃいました。


「どんな物でも、冷やしていけば最後には固まっちゃうんだよね」


 そういっておにーちゃんは、今度は花瓶に飾られていたお花を一本取って見せてくれます。黄色いお花がキレイでしたが、おにーちゃんがチョンと指でつつくと、お花は咲いたままカチコチに固まってしまったのです。不思議な触り心地です。


「逆に温めてやれば、溶かして元に戻せるしね」


 もう一度おにーちゃんがちょんとつつくと、花も水も元通りになりました。さらに、チョコレートを一粒ちょんとつつくと、ドロリと形を崩してしまいます。


「どれだけ冷やしたか、どれだけ温めたか、というのは温度というんだけど、物によって固まる温度が違うんだ。逆に、どれだけ温めれば溶けるかも、物によって違うんだよ。鉄でできた鍋やフライパンを温めても溶けないのは、単に温度が低いからで、もっと熱くすれば鉄だって溶けちゃうんだよ」


 おにーちゃんのお話は、いつもマギを使いながら教えてくれるので、とってもわかりやすいです。まだシィには難しい事もありますが、それでも何とかシィにもわかるように教えてくれるのです。


「冷やせば固まるのは、えーっと、細かい粒があって――」


 シィのために頭を悩ませてくれるおにーちゃんが、とっても大好きです。


//----


 別の日に、今度は皆で『遺跡』という所に行く事になりました。おにーちゃんの故郷にある本が見つかったから、おにーちゃんはどうしても遺跡に行きたかったみたいです。

 遺跡にはシィも行ったんだけど、そこでスゴい事がわかりました。遺跡にあったコンピュータに残された写真に、シィの『おかーさん』が写っていたんです。

 はじめて見るおかーさんの顔は、確かにシィの顔にそっくりでした。まだ起きたばかりで眠い時のシィの顔です。まるで自分が大人になった時の顔みたいで、不思議な気持ちになります。


 おかーさん。

 どんな人なのかな。

 おとーさんと、仲良しだったのかな。

 会いたいな。


 写真をじっと見ても、おかーさんはちっとも動きません。一緒に写っていたおにーちゃんに似ている男の人は、おかーさんとお話したのかな。ボスも小さい時に、シィのおかーさんとお話したんだって。空飛ぶお船を作って、迷子になったボスを助けてくれたらしいです。

 どうして、おとーさんと一緒に住んでなかったんだろう。ずっと一緒にいたいから結婚するんじゃないのかな。シィの事、嫌いだったのかな。どうして、シィの事、置いていっちゃったのかな。

 おかーさんの事を考えると、頭がグルグルしてきます。悲しくなって、涙がでてきます。この『どうして』は、おにーちゃんに聞いてはいけないと、何となくわかっていました。


「……シィねえ、かなしい、の?」


 いつの間にか隣にいたエクマ君が、シィをじっと見ています。エクマ君はシィの事を「シィねえ」と呼んでくれるんです。


「うん……」

「……なにが、かなしい、の?」

「あのね……おかーさんは、どうしてシィに会いに来てくれないのかなって……」


 口にしてからハッと気が付きました。エクマ君の事情は、おにーちゃんから少しだけ聞いています。おうちに閉じ込められて、おとーさんにいじめられていた事。おかーさんが助けてくれなかった事。どうしてそんなヒドい事をするのかシィにはわかりませんでしたが、おにーちゃんは「そういう親もいるんだよ」と悲しそうな顔で教えてくれました。

 それに比べれば、シィにはとっても優しいおとーさんがいたのです。いつも勉強を教えてくれて、褒めてくれて、シィの事をなでてくれる、おとーさんがいたのです。もしおとーさんがシィの事をいじめたら、きっとシィはいっぱい泣いてしまったと思います。

 優しいおとーさんがいただけでも幸せなのに、おかーさんが会いに来てくれないなんて言うのは贅沢だという事に気が付きました。エクマ君に悪い気持ちになって、シィはうつむいてしまいます。

 シィが何も言えずにいると、エクマ君はシィの手を取って引っ張ります。


「シィねえ。みんなに、会いにいこうよ」

「えっ?」

「ボスも、バンペイにいも、いるよ。バレットも、みんな、いるよ」

「…………」

「一緒にいれば、さびしく、ないよ?」


 ……そっか。

 皆で一緒にいれば、さびしくないよね。


 エクマ君の言葉が嬉しくて、止まらなかった涙はすぐに止まりました。いつまでも泣いていたら、エクマ君の『おねーちゃん』として失格だよね。

 おかーさんとお別れしてエクマ君に手を引かれながらリビングに行くと、おにーちゃんがお話してました。何のお話してるのかな、と思ったけど、真面目なお話のようなので邪魔しないようにそっと座ります。エクマ君と一緒に、大人しく聞いてみる事にしました。


 それは、おにーちゃんの故郷のお話でした。

 ここじゃない、どこか遠くのお話。おにーちゃんは『いせかい』と言っていましたが、シィにはよくわかりません。世界が違うってどういう事なのかな。ボスも首を傾げています。

 おにーちゃんの故郷はとっても不思議なところです。『マギ』がないなんて、信じられません。代わりに『カガク』っていうものがあるらしいけど、本当にマギに代わりになるようなものがあるんでしょうか。馬がいなくても走る馬車や、鳥のように飛べる乗り物。まるで絵本の世界のようです。

 おにーちゃんの家族の話も聞かせてくれました。優しいおとーさんとおかーさん。でも、おにーちゃんが大人になる前に、おかーさんはなくなっちゃったんだって。そのお話をするおにーちゃんは悲しそうでした。なくなっちゃったって、もう会えないっていう意味だよね。

 知らない間に遠くまで連れてこられて、おとーさんとも離れ離れ。ボスに出会ってなければ、一人ぼっちだったかもしれない、とおにーちゃんは言います。もう大人のおにーちゃんでも、やっぱり一人ぼっちは寂しいんだね。


 大丈夫だよ。

 みんな一緒にいるよ。


 シィは心の中でそう言ってあげました。ボスも同じ気持ちだと思います。


 きっと皆で一緒に暖めあえば、カチコチの冷たい心も柔らかくなります。暖めれば、なんでも溶けると教えてくれたのは、おにーちゃんなんですから。エクマ君の言葉がシィの心を暖めてくれたように、皆でおにーちゃんの心を暖めてあげようと思います。


 暖めすぎるとドロドロになっちゃうから、注意しないとね。

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