CoffeeBreak 10 - they.chat();
yellow がログインしました。
yellow > やふー。
green > おう、おつかれー。
yellow > ごめーん。失敗しちゃった! ・ω<
green > あん? どういうこった?
yellow > それがさー。あのバカ皇子をうまく乗せるのは成功したんだけどー。イレギュラーのせいで叛乱は失敗するし、バカ皇子は生き残っちゃうし、犬には追いかけられるし、もう散々だったよ。
purple > イレギュラーってなんぞ?
yellow > んーとね、ほら、例の『マギハッカーの再来』だよ。なんかね、ほんとーにたまたま、第三皇子と薔薇姫が招待してたんだってー。
green > なんでよりにもよって、こんな時にそんな奴がいるんだよ!
purple > まーたアイツかよ。マジで邪魔ぞ。
black > 奴とは接触したのか?
yellow > うわっ! リーダーいたのかー! んーん。ギリ回避したよ。バカ皇子を始末しようとした時にチラッと顔は見たけど、まあ普通っぽいやつだったけどねー。
black > 始末は失敗したんだな? 奴が助けたという事か?
yellow > そうそう。どうやったかは知らないけど、埋め込んだはずの魔核から反応がなくなっちゃってさー。せっかく、口封じ兼腹いせに魔物にしてひと暴れさせようと思ったのに。
green > はあ? あの魔核って特別製のやつじゃなかったか? 攻撃しようとすると、反撃してくるやつ。あれの除去って俺でも苦労するんだが……
purple > 反応がなくなるとは、どういうことぞ? ワシが作った魔核なら、対象から除去されても動き続けるはずぞ。
yellow > さあ、わかんないけど。とにかく、バカ皇子は魔物にならずにピンピンしてたよ。一体、なにやったんだろーね?
black > 危険だな。奴は恐らく魔核を組織的に利用している存在に気がついたはずだ。俺達のところにたどり着く可能性もある。
green > おっ! じゃあこっちから仕掛けんのか?
black > いや。まだ様子を見る。どちらにせよ、俺達にたどり着いたとしてもどうこうできないだろう。迂闊に手を出せば、手痛いしっぺ返しを食らう可能性もある。
green > でもよ、確か、ダイナ王国の汚職議員を操る計画もあいつに潰されたんだろ? マギシグネチャのセキュリティホールも潰されちまったし、俺達にとって百害あって一利なしじゃねえの?
yellow > 相性悪いよねー。
black > ダメだ。それに奴には恐らく運営の監視もついているだろう。なにせ奴は、地球からの転生者のようだからな。手を出せば運営に勘付かれる。
green > ゲッ。そりゃ確かにそうか。ちくしょう、面倒くせーなあ。
yellow > でもさー、転生者って本当に何人もいるんだね。ま、電話とかメールとか作ってるし、あからさまだけど。はー、地球って一回行ってみたいなぁ。
purple > マギの無い世界など、面倒なだけぞ。
yellow > えー。でもでも、あたしはスイーツを食べ歩きしたいなー。前に地球の雑誌で見て、すっごく美味しそうだったんだもん。
green > でたよ、スイーツ脳(笑)
yellow > あ?
yellow > てめえ、ハックすんぞ
green > きゃーこわーい><
black > はあ。やめろ、お前ら。
black > とにかく、オレンジが次のプランを準備している。マギハッカーとやらは相手にせず、俺達は俺達のなすべき事をなせばいい。
black > 世界を壊すためにな。
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ハンドルネーム yellow こと、エルル=ニコラウスキーはパタリと手元のノートパソコンを閉じた。仲間達とのチャットは楽しいが、そろそろ移動を始めなければ今日中に目的地にたどり着かない。転移マギで移動できれば良いのだが、あいにくとマギデバイスを持ち合わせていないのだ。
チャットに書いた『バカ皇子』ことスタティ皇国の第二皇子であるバーレイを始末する際、黒い犬に追いかけられてしまい、咄嗟に転移マギを使ってしまったのは失敗だった。おかげで、今まで使っていた愛用のマギデバイスを手放すはめになってしまったからだ。
エルル渾身のデコを施したマギデバイスを手放すのは非常に名残惜しかったが、マギデバイスに運営による追跡機能が含まれているのは仲間達の間では常識だった。もちろん、捨てる際には中身を全てフォーマットして消去するのは忘れていない。
手元にあるノートパソコンに目を落とす。これこそが自分の属するチームの仲間の証であり、こればかりは絶対に手放す事はできない。それに比べればマギデバイスなど、後でいくらでも調達できるオモチャにすぎないのだ。
「はぁ……。失敗しちゃったなぁ」
チャットでは面白おかしく報告したが、エルルの内心は失敗した事へのショックで大きく占められていた。信頼する仲間達も気を使ってくれたのか、エルルの失敗を貶したり責めたりする事はなかったが、それだけに自分で自分を責めてしまう。
イレギュラーの飛び入りは想定外だったが、うまく対処すればプランを進める事だってできたはずだ。安全のために、計画実行中は現場から離れてバーレイとやりとりしていたのが仇になった。ジャワール皇子の暗殺が失敗した事に気がつくのが遅れ、おかげで人質をまんまと取り返されてしまったのだ。
バンペイ=シライシ。
ダイナ王国の国王によってマギハッカーの再来とまで呼ばれた彼は、これまでの自分たちのプランをことごとく台無しにしてきた。
汚職をしている円卓議員達を操って国を根底から腐敗させるプランは、清流派議員への濡れ衣を看破されて頓挫した。汚職議員にマギシグネチャのセキュリティホールを入れ知恵したのだが、まさかそれを見破られるなど考えてもいなかったのだ。おかげで清流派の議員達が力を増して、汚職議員は次々と排除されている。もはや円卓議会にちょっかいを出すのは難しくなってしまった。
仕方なくダイナ王国への手出しはしばらく控える事にして、隣のスタティ皇国でのプラン実行に集中する事になったのだ。だが、それすらも今回の件によって妨害されてしまった。
無能な第一皇子をそそのかして現皇王を毒殺させようとしたが、一気に致死量の毒を含ませれば主治医の仕業である事が簡単に露見してしまうと考えたのか、それとも単に怖気づいたのか、第一皇子は期待を裏切って徐々に衰弱死させる方法を選んだ。
失望したエルルは、今度は第二皇子と接触した。エルルにとって、自信家の相手ほど操りやすいものはなく、適当に煽ててやればすぐにクーデターを起こしたのだ。これで軍事政権が成立すれば、周辺国家に次々と戦争を仕掛けるだろう。邪魔なダイナ王国にもダメージが与えられて一石二鳥だ。
だが、そんな目論見もイレギュラーの存在によって台無しにされた。あっという間に人質を取り返され、第二皇子によるクーデターは失敗してしまったのだ。エルルの目から見ても厄介なビーンズ将軍も、簡単にあしらってしまったという。
さらに、皇王の体内に潜む『アンチマギ酵素』の存在に気づかれて、皇王の暗殺も失敗。仲間であるパープルが長年の研究によって発見した物質を、そんなにあっさりと見つけてしまったなど、さすがにパープルには言いづらかった。あとでリーダーに個別チャットで報告しておいたけど。
結局、スタティ皇国での目論見もイレギュラー一人の存在によってひっくり返されてしまったのだ。さすがに信じ難かったが、どれも事実らしい。思わず「無茶苦茶よ!」と叫んでしまった。
それにしても。
あのシライシとかいう男、どう見ても冴えない見た目なのに、絶世の美女である薔薇姫のハートを射止めたらしい。隣にもう一人ボーイッシュな美女も連れていたし、どうやら彼女もシライシに夢中のようだ。同じ女性からすれば一目瞭然である。
そういえば、エルルの知っている他の『地球からの転生者』も、いつも女性に囲まれていた。転生者は女性を惹きつけるフェロモンでも分泌しているのだろうか。パープルに聞いてみれば、マッドな研究者らしく調べてくれるかもしれない。
「よーし。そろそろ行くとしますか!」
独り言をつぶやきながら腰掛けていた岩から立ち上がり、尻についた砂埃をパンパンと払う。今日中にスタティ皇国は出ておきたい。できれば、道中でマギデバイスを調達できると良いのだが。
人目を避けるために、街と街を結ぶ街道ではなく獣道を小走りで移動し始める。多少しんどいものの、普段からの鍛錬のおかげで体力は問題ない。こちとらパープルと違って、マギに頼ってばかりの生活をしているわけではないのだ。
軽快に足を動かしながら仲間達の顔を思い浮かべると、自然に笑みが浮かんできた。
エルル自身は、リーダーであるブラックの「世界を壊す」という目的に必ずしも共感しているわけではない。自分が享楽的である事を自覚しているエルルにとって、「世界を壊す」よりも「自分にとって楽しい世界にする」という方が魅力的な目標なのだ。
だが、それでもエルルがこうやって足を動かしているのは、仲間である彼らがいるからだ。彼らのためなら、例え命を賭ける事になっても構わないとさえ思っている。エルルにとっては仲間達が一番大事であり、それ以外の他人は塵芥にすぎない。だからこそ、戦争という手段を気軽に選ぶ事もできる。
いや、正確には仲間達の中の一人。リーダーであるブラックのため。
自分の気持ちを確かめたエルルは、愛しいブラックの顔を思い浮かべながら道なき道をひた走る。自分の恋が報われない事などとっくに理解している。だが、それでも愛しい人のために何かをしたいという気持ちに嘘はなかった。
小走りに樹木の間を駆け抜けていると、不意に前方から物音が聞こえてきた。
エルルは足を止めて耳を澄ませる。
物音はドスン、ドスン、と断続的に続いており、次第に大きくなっている。その正体を察したエルルは、邂逅を回避するために別の道を進むが、どうやら一歩遅かったようだ。音の正体は完全にエルルをマーキングしたらしく、後方から追いかけている気配を感じる。あちらの方が速度が上なのか、次第に距離を詰められている。
エルルは舌打ちをして、くるりと反転して対峙に備える。手元にマギデバイスはないが、こういう時のための備えはある。懐から『ある物』を取り出したエルルは、額に流れる汗を拭う。
やがて、音の正体が姿を現した。
バサバサと音を立てて木々を掻き分けながら現れたのは、灰色の巨体。鋭い牙を持ち、その間で存在感を放っているのはグネグネと動く長い鼻。
「た、確か……灰炉象の攻撃は、その長い鼻から……っ!!」
攻撃の素振りに気づいて、慌てて身を翻す。そのすぐ横を真っ赤な炎が通り過ぎていった。山火事になるかと思ったが、炎が当たった樹木は一瞬で灰になるものの、それ以上に延焼する事はない。どんな物でも灰に変える炎を鼻から出す事こそ、灰炉象の攻撃方法である。
「ちょっ! 灰になんかならないからね!」
エルルは灰炉象の吐き出す炎を何とか避けながら、灰炉象へと近づく。日頃の訓練の賜物なのかその身のこなしは機敏で、炎を吐きつづける灰炉象の懐へと飛び込む事ができた。
しかし灰炉象は、近づいてきたエルルを自身の長い鼻を振り回して攻撃し始める。鼻が身体をかすめて危うくバランスを崩しそうになったところに、鼻から吹き出された炎が迫ってくる。
「こんの!」
強引に身をよじってバランスを取り直したエルルは、その場で大きく跳躍した。高度をグングンと上げて、灰炉象の頭上へと躍り出る。灰炉象は空中のエルルを慌てて鼻で撃ち落とそうとするが、その前にエルルは灰炉象の頭にストンと着地した。
そして、右手に持っていた『ある物』を、灰炉象の脳天に突き刺す。灰炉象は長い鼻を器用に操って、頭上のエルルを突き飛ばそうとしていたが、脳天から感じた鋭い痛みに大きく鳴き声をあげる。前足を上げて大きく身体を揺り動かし、激しく痙攣を始める。エルルは振り落とされる前に、自ら灰炉象の元を離れた。
「これでよしっと」
パンパンと手をはたきながら、離れた場所で暴れる灰炉象の様子を見るエルル。その顔にはニンマリと笑みを浮かべており、先程までの緊張感はすでになかった。なぜなら、危険はすでに去っていたからだ。
灰炉象はブルブルと震えていたが、やがて痙攣するのをやめて長い鼻をブラリと力無く垂らす。意外とつぶらな瞳がゆっくりと動き、やがて前方に立つエルルを見つけると固定される。
エルルはその様子を腕組みをしながら観察していた。灰炉象が長い鼻を動かしてエルルへと向けた時も、その体勢を崩さない。もし灰炉象が炎を吐けば、エルルはあっという間に灰になってしまうだろう。
だが実際には灰炉象は炎を吐く事もなく、長い鼻をエルルに擦り付ける。それはまるで、子供が母親に甘えるような仕草だった。エルルも灰炉象の鼻を撫でながら安堵する。
「よしよし。うまくいったみたいだね。さっすがパープルの発明品」
灰炉象の脳天には、黒い物体が刺さっている。一見すると黒い短剣のように見えるそれは、よく見れば、まるで根を張るように黒い触手を出して灰炉象の頭に絡みついている。地球の知識がある人物が今の灰炉象の様子を見れば、頭にチョコンと黒い短剣が立っているのを『アンテナ』のようだと思うだろう。
エルルが命令すると、灰炉象は鼻を器用に使ってエルルの身体を持ち上げて、己の背中に乗せる。先ほどまで敵対していたはずの灰炉象は、完全にエルルの言いなりになっていた。
「さーて、これなら今日中に皇国は抜けられそうだね」
灰炉象の背中で揺られながら、エルルは手元のノートパソコンを開くのだった。
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