102 - hacker.meet(operator);
「いたたた……。な、なにすんのよ! エージ……って……あんた誰?」
赤くなった鼻をさすりながら、潰れていた女性は立ち上がった。こちらに食って掛かってこようとしたが、僕の顔をまじまじと見て首を傾げる。ようやく人違いに気づいてくれたか。
「ど、どうも……。バンペイ=シライシと申します」
「バンペイ? どうでもいいけど、エージはどこ? 隠したら承知しないわよ!」
「えーと、エージというのが誰か知りませんが、その人は最初からここに居ないですよ?」
「え……う、うそ。だって、ターミナルからアクセスが……」
「ああ……。すみません。それは僕がやったんです」
どうやらこの女性は、ターミナルからのアクセスを検出してエージという人物が帰ってきたものと勘違いしたらしい。彼女の様子を見ると、エージに対して並々ならぬ思いを持っているのがわかるため、申し訳ない気持ちになってしまった。
「そ、そんなハズないでしょ! ここのターミナルはエージしか……。あ、あれ、そもそも、あんた達、どうやってここに来たの? ここには関係者しか入れないはずよ?」
「えーっと……それを答える前に、あなたが誰なのか聞いても良いですか?」
シィが管理権限を持っている事を伝えて良いのか判断できない。なるべくなら隠しておきたいが、この場所に無理やり無断で立ち入ったと思われるのもマズいだろう。
あの『ターミナル』は、『マギサポ』と呼ばれる世界を管理しているらしいAIにつながっていた。その情報を得られる女性は、恐らく運営側に属しているのだろう。世界を管理やら運営やら、まだ半信半疑ではあるものの。
僕の誰何に対して、女性は手を腰に当てて胸を張った。なんだか、どこかの誰かを思い出す仕草だな。
「ふふふ、アタシはマギワールド運営の一人、ラルフィよ! ……はっ。思わず自己紹介しちゃったじゃない! あなた達、さては『ブラックハット』の回し者ね! 悪さしようったって、そうはいかないんだから!」
ズビシッという擬音が聞こえてきそうな勢いで人差し指をつきつけてくる、ラルフィと名乗った女性。どうも彼女は思い込みが激しい上に、暴走しがちなようだ。ますますどこかの誰かのようだ。まともに相手をすると疲れるタイプの人物である。
「むぅ……。落ち着きのない奴だな、まったく」
ボスがブツブツと文句を言っているが、それは同族嫌悪ではなかろうか。もちろん、口に出すような真似はしない。
まずはラルフィの誤解を解かなければ話が進まないだろう。僕は溜息をつきながら、僕達がここに来た方法を説明する事にした。
「はぁ……。あのですね、僕たちは正規の手段でここに来たんです」
「嘘おっしゃい! ここに入れるのは権限を持ってる運営関係者だけよ! あんたの顔なんて見たことないんだからね! アタシを騙そうったって、そうはいかないわよ!」
「はい。だから、ここにいるんですよ。権限を持っている関係者が」
嵐のような女性の勢いにポカンと口を開けていたシィを、そっと背中を押して彼女の前に立たせる。まあ悪い人ではなさそうだし、いざとなったら僕が守ればいい。
ラルフィは眉をこれでもかというぐらいに寄せて、訝しげな表情でジロジロとシィを見ている。シィは最初キョトンとしていたが、持ち前の人懐っこさを発揮してニコニコと笑顔で挨拶した。
「シィはシィだよー!」
しかしそんなシィの挨拶を見て、キッと僕達を睨みつけるラルフィ。
「くっ、まさかこんないたいけな子供を連れ出してくるなんて! ブラックハットも落ちたものね!」
「はぁ……」
僕は脱力して肩を落とすしかなかった。こりゃあ、ボスより手強そうだ。
//----
「か、管理者権限ンッ!?」
ラルフィの大声に、思わず耳を塞ぎたくなった。
「ええ。このシィちゃんは、父親から管理者権限を付与されているらしいです。シィちゃんと同じ金髪の男性なんですが、心当たりありませんか?」
「も、もしかして……エリックかしら。でも、子供がいたなんて聞いてないわよ?」
「そのエリックさんという方の他に、関係者に金髪の女性はいませんか? このシィちゃんによく似ているようなので、もしかしたらその方が母親かもしれません」
「…………なるほど、ね」
ラルフィは僕の言葉に心当たりがあったのだろう。目を伏せて何か考え事をしているようだった。それから、ラルフィを見上げているシィの顔をもう一度確かめて、ゆっくりと頷いた。
「確かに、そっくりね。まあ、あの人はいつも眠そうな顔をしていたけど」
「ふむ……。せめて、その父親の……エリック氏だったか。シィとエリック氏を会わせてやりたいのだが、難しいだろうか。シィが寂しがっているのだ」
ボスの問いに、ラルフィは悲しげに首を横に振る。
「無理よ……。エリックは……■■■■■■。あら?」
ラルフィの発言は、ノイズが走ったかのような音によって掻き消され、肝心の内容を聞き取ることができなかった。ラルフィは不思議そうな顔をしているが、「あ」と声を出して何かに気がついた表情になってこちらを軽くにらみつけてくる。
「そういえば、あんた達は何なのよ。管理者権限を持ってる子供を利用して、こんなところまで入り込んで。ここがどういう場所だかわかってんの?」
「え、えーと……」
「それは私から説明いたしましょう」
僕に代わって薔薇姫が一歩前にでてくる。確かに見ず知らずの相手とやりとりするなら、口下手な僕よりも薔薇姫の方が良いだろう。薔薇姫はゆったりとスカートをつまみ上げて、カーテシーをしてみせる。男性だけでなく女性すら魅了されるほどの優雅さだ。
「お初にお目に掛かります。私はスタティ皇国の第一皇女、マリア=オラル=スタティと申します。この良き出会いに感謝を」
「ふーん。皇国のお姫様が、なんでこんなところにいるのよ」
一国の皇女を相手にしているというのに、ラルフィは尊大な態度を崩さない。いや、彼女の場合は尊大というか、それが単なる素のようだ。
「そもそもこちらの『遺跡』は、およそ三年ほど前に偶然ハンターによって発見されました。皇国に報告があったため調査を開始し、第一階層……『地下一階』に残存していた書物等を調べていたのです」
「なっ! あんたら、エージの部屋に入ったの!? なんて事してんのよ!」
「……やはり、そのエージさんという方の住居だったのですね。あまりにも既知のマギ技術からは乖離している道具が散見されたため、学者達の間では『神が住んでいた遺跡ではないか』と考えられるようになったのです。知らずとは言え、勝手に上がり込んでしまい申し訳ありませんでした」
皇女が頭を下げる意味は大きい。しかし、ラルフィはそんな事は意に介さずに「ったく!」とプンプン怒っている。友人だか恋人だか知らないが、ラルフィとエージは浅からぬ仲なのだろう。そりゃあ、想い人の部屋に他人がズカズカと上がり込んでいたなんて気分が悪いはずだ。
「それにしても変ね……。鍵は掛けてあったと思うんだけど……」
「最初に発見したハンターは、特に何の支障もなく……エレベータでしたか? あの乗り物を動かせたようです。あとから派遣した調査隊も、問題なく入る事ができましたね」
「うーん……ま、誰か間抜けが鍵を掛け忘れたのね。まったく、皆エージの事になると見境なくなるんだから」
ラルフィは腕を組んでブツブツと文句を言っている。どうやらエージという人物は、なかなか多くの人に愛されていたようだ。あの気弱な様子だと、目の前のラルフィといい『引っ張りまわされていた』という方が正しいかもしれないが。なんだか非常に親近感を覚える。
「話を戻しますね。本日はこちらのバンペイさんが、エージさんの住居から発見された本に興味があるとの事でしたので、発見元の住居までご案内していたのです」
「本ねぇ……あんた達じゃどうせ、ろくに読めないでしょ?」
「いいえ、それが――」
「僕は日本人ですよ。恐らく、そのエージさんという方と同郷です」
僕がそう言うと、ラルフィは「何を言ったのかわからない」といった表情でこちらを凝視する。次に、足元から頭の上まで舐めるように見て、スゥッと息を大きく吸う。
「えええええええッ!?」
今度の大声は予想できていたので、しっかりと耳に指栓をしてガードする。
足元にいたバレットが、うるさそうに耳をパタリと倒していた。
「ど、どうやってマギワールドに来たのよ!」
「それが――」
僕は彼女にも経緯を伝える事にした。
僕の地球での身分、冴えない職業プログラマというのを伝えると、なんだか複雑な顔になっていた。さらに、僕が恐らく『過労死』してこの世界にやってきた事を話すと、今度は笑いを堪えきれないといった表情になっている。
ちょっとムッとしたが、確かに日本人以外には間抜けな死因に聞こえるかもしれない。なにせ『カローシ』という日本語は、そのまま英語圏でも通じるぐらいなのだ。
僕がへの字口を作っている事に気がついたラルフィは、片手を挙げて謝ってくる。
「あはは。ゴメンゴメン。でもそっか。あんたも……うん」
ラルフィはウンウンと頷いて何だか一人で納得している。
しかし、何となく彼女の言いたい事は理解できた。恐らく、噂のエージ氏も地球で息を引き取って、僕と同様にこの『マギワールド』へとやってきたのだろう。もしかしたら、彼の死因も過労死だったのかもしれない。エージ氏への親近感がマックスに近くなりそうだ。
僕の前に転生者が存在していたのは意外だったが、この世界に微妙に感じる地球文化との類似点を考えると、エージ氏よりもさらに多くの転生者が過去に存在していたとしてもおかしくはない。
「ま、その様子だとこのターミナルが何のための物かも良くわかってないみたいだし、まだまだってところね。もうちょっと頑張りなさい!」
頑張れと言われても、何を頑張ればいいのかもわからないぞ。どうやら僕は、まだまだ彼女の及第点には及ばないらしい。先代のエージ氏は、この世界の謎を解き明かしていたのだろうか。
「マギサポによれば、この世界の管理や運営をサポートしているという事でしたが、この世界は一体なんなんですか? AIに管理されているって、まるでSF小説みたいですが……」
「ふふっ。内緒よ。っていうか、アタシの口からじゃ説明できないわ。まっ、察してちょうだい」
ラルフィは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。どうやら答えてはくれないらしい。自分で考えろという事だろうか。ラルフィでは説明できないのであれば、他の人からなら聞けるのかもしれない。
その時、ピコンという音が鳴り響いた。
ラルフィが「おっと」と言いながら、マギデバイスを取り出す。高速でスクリーンを開いて、文面らしきものを読んでいる。きっとメールか何かの類だろう。
「うー、また障害かー。ったく、いい加減にガタが……。あれ、まだいたのあんた達」
「あの……まだ聞きたい事があるんですが……」
「悪いけど、アタシも暇じゃないのよ。あー、それじゃあ、マギサポにつなげるようにしとくから、あとはそっちに聞いてちょうだい」
ラルフィはマギデバイスを慣れた手つきで操って、パッパッとスクリーンを開いては閉じる。
「ん……? あんた、なんか色々と権限もってるわね……。ま、いっか。えーっと、マギサポのアクセス権限を追加っと」
> You are granted privilege to:
> * Access to Magi-World Management Support
頭の中に機械的な音声が聴こえた。それと同時に脳内に唐突にスクリーンが現れて、英文のメッセージが表示されている。どうやらラルフィの言う通り『マギサポ』へのアクセス権限が付与されたらしい。ますますコンピュータのシステムめいている。
「よしっ、完了っと。じゃ、頑張ってねー」
手をヒラヒラと振りながら、ラルフィはマギの光に包まれていった。
数秒後、そこには無言で立ち尽くす僕達だけが残される。
「……やっぱり、落ち着きのない奴だったな」
「そ、そうですね……」
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