103 - hacker.overrun();

 その後、僕たちは『遺跡』から地上に戻った。いや、ラルフィの言によれば遺跡ではなく『エージの住居』が正しいのだったか。長時間の留守ではあるが、誰かが住んでいるというのであれば、むやみな探索は控えたほうがいいのかもしれない。

 その点については薔薇姫も同意していた。あれほどの技術力を持った相手を敵に回すような真似は得策ではないという事らしい。それから薔薇姫は僕に意味深な視線を向けて「もちろん、貴方ともですよ」と言っていたが、敵対するつもりなど毛頭ない僕は困惑するばかりだった。

 それから結局、僕たちは探索を切り上げて皇城へと帰還する事にした。現状でも収穫は十分だったからだ。『エージの住居』や運営の一人であるラルフィから、様々な情報が得られた。特に大きいのは、僕の前にも日本からの転生者が存在していた事と、シィの母親が判明した事だろうか。


 そして、もうひとつの収穫は。


『マスター、お疲れのようですね。この付近にマッサージ店が2件あります』

「……ありがとう、マギサポ。でも、マッサージは特に必要ないかな」

『わかりました。よろしければ、睡眠に適したBGMをお掛けします』

「い、いや、まだ眠くないから大丈夫だよ」


 これだ。

 ラルフィによって『マギサポ』へのアクセス権が付与された結果、仕組みはわからないが、僕の頭とマギサポがしてしまったらしい。初めてマギサポの音声が聞こえてきた時は、馬車の中で飲みかけのお茶を噴き出すところだった。

 そして会話からわかる通り、マギサポは僕を『マスター』と呼び、何かにつけて情報の提供や提案をしてくる。世界の管理・運営をするサポートAIという事だったが、まさか生活の細やかな事までサポートしてくるとは思わなかった。なんというAIの無駄遣いなのだろうか。

 脳内の音声だけだと僕が独り言を喋っている危ない人に見えるため、マギサポの音声は周囲にいる人にも聞こえるように設定してある。マギサポに相談してみたら勝手に設定してくれたのだ。他にも、最初は日本語を話していたが、今はダイナ王国語に変えてもらっている。


 AIと一口に言っても様々なタイプがあるが、マギサポはカバー範囲がかなり広範な万能型らしい。僕の話す言葉を理解して即座に返答を返してくる。まるでインターネットの検索エンジンのようだが、それよりもさらに高度だ。なにせ自立思考して学習している節さえあるし、その受け答えは人間と遜色がない。

 知性を試すために「男女のカップルが26組いる。これは何の集まり?」となぞなぞを出題してみたら、即座に『トランプですね』と返ってきた。他にも「僕は嘘しかつかない。これは嘘?」と尋ねてみたら、『残念ながら、私には論理矛盾による攻撃は通用しません』と返してきた。過去のデータ蓄積からの回答なのか、それともその場で考えた答えなのかはわからないが、賢いのに違いはない。

 僕もパーソナルアシスタントのシールイさんというAIを自作していたのだが、残念ながら比べ物にならないようだ。まあ、あれは人工知能というよりも人工能に近い代物なのだが。


 一体、誰がこれほどのAIを作り出したのか。マギサポに聞いてみたところ『私はマギワールド運営チームによって開発・保守されています』と返答が返ってきた。では、チームには誰が所属しているのかと聞くと『個人情報に該当するため、お答えできません』という世知辛い答えだった。マギサポからの情報収集は気を長くして行なう事にする。


 とにかく、このスタティ皇国にやってきた目的である『本』の調査も終え、本来の滞在予定をすでに大幅にオーバーしていることもあり、そろそろ王国へ帰ろうという結論に至った。ボスが「これ以上ここにいると、バンペイが薔薇姫にたぶらかされそうだ!」と強硬に主張したというのも理由の一つではあるが。


 そして、いざ帰還しようとなったその日、皇都には異変が起きていた。


//----


「見て! マギハッカー様よ!」

「薔薇姫様も一緒だぞ! やっぱり噂は本当だったんだ!」

「きゃー! バンペイ様ー! こっちにお顔を見せてー!」

「くそー! 薔薇姫様とくっつきやがって! うらやましいぞチクショウ!」


 帰還のために馬車乗り場に向かう途中、皇城の外からそんな声が聞こえてきた。馬車乗り場は皇城内にあるのだが、途中に通る道は皇城の外からも様子を見る事ができるのだ。普段から、薔薇姫の姿を一目見ようと野次馬が集まっているらしいが、今日の騒ぎは特に大きいようだ。

 なぜだか、野次馬達は口々に僕の名前を口にしている。最後という事で薔薇姫は僕の腕を抱きながらくっついているが、そんな彼女との仲が噂されてしまっているようだった。


「ど、どういう事でしょう……?」

「あらあら、恥ずかしいですね」


 薔薇姫は頬をほのかに染めながらも笑みを浮かべて、群衆に見せつけるように僕にさらに密着する。周囲からは悲鳴とも歓声ともつかない声があがり、野次馬達のテンションはうなぎのぼりだ。


「あの冴えない男が噂のマギハッカーか? 皇王様の病気を治したっていう」

「みたいだな。それだけじゃなくて、悪漢に囚われた薔薇姫様を命がけで助けだしたとか、暗殺者から体を張ってかばったとか、すっげえ噂になってるぜ。薔薇姫様と相思相愛なんだってよ」

「かー! それじゃあ薔薇姫様も惚れちまうよなぁ! くそっ! 俺は薔薇姫様のファンだったのによ!」


 群衆からチラホラと漏れ聞こえてくるに、僕は頭を抱えてしまった。現在進行形でどんどん伝播しているようだ。どうやら、僕がジャワール皇子を暗殺者から助けた件とごっちゃになっているらしい。幸い第一皇子や第二皇子の事は知られていないようだが、中途半端に正しいのが厄介としか言いようがない。


「な、な、なんだそれは! 薔薇姫と相思相愛などと、事実無根にもほどがある!」

「ふふふ……どうやら、既成事実となるのも近いようですね……」


 憤慨するボスに対して、ひそかに黒い笑みを浮かべる薔薇姫様。きっと周囲にいる群衆も、この薔薇姫の笑みを間近で見てしまったら、普段とのギャップに困惑するに違いない。


「でも、おかしいですね……。バンペイさんの存在については、ジャワールが兵士達や使用人達に口止めしていたはずなのですが……誰かが漏らしてしまったのでしょうか?」


 もしかして薔薇姫が自分で流した噂なのだろうかと勘ぐってしまったが、薔薇姫も心当たりはなさそうだった。ジャワール皇子は僕の名前を広めないと約束してくれたのだから、皇女である彼女がその約束を破るとは思えない。

 とにかく、野次馬たちの好奇の目に晒され続けるのも嫌だったので、足早に馬車乗り場へと急ぐ事にした。薔薇姫とボスに挟まれているので、大して急ぐこともできなかったのだが。


 なんとか馬車乗り場にたどり着くと、そこには地面の上でする男性がいた。見覚えのある男性の隣には、同じく見覚えのある女性が男性に頭をグリグリと押さえつけられて土下座している。


「申し訳ありませんでしたぁっ!!」


 男性こと、皇王の主治医であるニムロさんは大声で謝罪してくるが、僕には何の事やらさっぱりだ。


「ど、どうしたんですか、ニムロさん」

「マリーダが……! 私の馬鹿娘が……! あなたの事をペラペラと友人達に喋ってしまったのです! 皇都内で流れている噂の元凶はこの馬鹿娘なのです!」


 馬鹿娘と呼ばれたマリーダは「痛い痛い! 離してよー!」と懇願しつつ、父親の手によって地面に頭をこすりつけている。


「バカモン! しっかりと謝らんかぁ!」

「うー、だってだってぇ。言っちゃダメなんて聞いてなかったんだもん」

「だからと言ってペラペラと喋る奴がおるかぁ! しかも、皇女様と相思相愛などと不確かな事まで流言しおって! 不敬として処刑されても文句は言えんのだぞ!」

「う……そ、それは、悪かったけどさぁ。私は三角関係だってちゃんと伝えたよ? でも、あの薔薇姫様に想い人が、ってみんなそっちばっかり気になったみたいで……」

「ば、ば、バカモォン! そういう問題ではないわ!」


 目の前で唐突に始まった親子漫才に、僕は溜息をつくことしかできなかった。確かに、あの場にいたマリーダには特に口止めはしていなかった。ジャワール皇子も兵士達や使用人達などに意識は回っても、人質になっていた主治医の娘など完全に意識の外だったのだろう。皇王の毒殺未遂の事は口止めしただろうが、僕の事までは気が回らなかったのかもしれない。

 いずれにせよ、もはや手遅れでしかない。僕の名前は完全に皇都中に広まってしまった。しかも薔薇姫と相思相愛などという尾ひれまでついて、まるでサクセス・ストーリーの英雄譚のような語られ方だ。くしくも、ジャワール皇子の言った通りになってしまった。


「はぁ……。ニムロさん、その辺にしてください。もう広まってしまったものはしょうがないですから。マリーダさんも悪気はなかったみたいですし」

「さっすがバンペイさん! ほら、バンペイさんもこう言ってるじゃない!」

「バカモォン! 反省をせんかぁ!」


 それから親子漫才はしばらく続いたが、ジャワール皇子が僕を見送りにやってきた事で中断された。助かったと思ったのだが、ジャワール皇子も浮かない表情だ。責任を感じているのかもしれない。


「シライシさん。この度は申し訳ございませんでシタ」


 彼も同じように地に頭をつけるほどの勢いで謝ってきたので、僕は必死にそれを止める。第一皇子と第二皇子がああなった以上、次期皇王に一番近いのはジャワール皇子だ。そんな人物に頭を下げられたら、こっちが恐縮してしまう。


「お詫びといってはなんですが……」


 そう言って彼が取り出してみせたのは、数枚の書類。それは、この国におけるマギサービス提供の許可証や通行証だった。これらがあれば僕たちはいつでもこの国に来て滞在できるし、企業としてマギサービスの提供ができるというものだ。

 薔薇姫から聞いた通り、この国では皇族か貴族、そして軍人や特別に認められた学者などしかマギデバイスを所持していない。よって、提供相手もそれらに限られることになる。母数が少ないために商売としての旨味は少ないが、新たな市場開拓としては手頃な場所ではある。

 また、スタティ皇国で公認のマギサービス企業という事実はかなり大きい。ダイナ王国とは審査が比較にならないほど厳しいため、それだけで他国での信頼を十分に得られるほどの価値があるのだ。


「シライシさん達がこの国でしてくださった事は、この程度ではとても返せないほどだと思っていマス。もちろん、金銭や勲章などの授与も検討しておりますが、今後も良いお付き合いができれば幸いデス」

「え、えーと……光栄です」


 一国の皇族と『良いお付き合い』ができるなんて太すぎるパイプにもほどがある。それだけでも他の商人にしてみれば、お金には代えられないほどの価値があるのだ。ましてや、パイプの先が次期皇王であるジャワール皇子であればなおさらだ。


「それと……」


 ジャワール皇子はチラリと僕にくっついている薔薇姫に目を向ける。


「シライシさんが、もし姉上とのお付き合いを望むのでしたら――」

「の、望みません! 望むものかぁ!」


 ボスが慌ててジャワール皇子の言葉を遮った。


「あら、レイルズさん。そういう事は、ご本人に聞いてみなくてはいけませんよ。それに私、バンペイさんでしたら……」

「な、何をぉ! バンペイは私の大事なパートナーなんだ! 絶対に渡さないぞ!」


 余裕の笑みを浮かべている薔薇姫と、顔を赤くして焦りをみせるボスが、僕を挟んで言い合いを続けている。周りの人達はそれを止める事もなく生暖かい視線を送ってくる。いや、一部の兵士達などは僕を視線で刺し貫くほど男としての嫉妬を向けてきているようだが。

 間に挟まれた僕はすっかり疲れきってしまった。せっかくの『社員旅行』だったはずなのに、最初から最後までトラブルもイベントも目白押しだ。おかげで、身体も心も休まる暇がなかった。


『マスター、この付近に疲労に効果的だと言われる宿泊施設が……』

「いらないよ……」


 もう、予定超過オーバーランはこりごりだ。


//----

// Chapter 05 End.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る