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「まさか、シィの母親がこんなところで見つかるとはな……」

「まだそうと決まったわけじゃないですけどね。僕としては、どの写真にも映っていた男性の方も気になります。恐らく、この遺跡に住んでいた人物だと思いますし、僕と同じ出身だと思いますから」

「ふむ。バンペイと同郷か」


 シィは母親だと思われる女性の写真をジッと見ている。パソコンの前から離れようとしないので、僕たちはシィを見守りながら雑談を続けていた。

 エクマ君は本棚から子供向けの絵本を取り出して、パラパラと読んでいる。文字はわからないはずだが、絵だけ見ていても楽しいのかもしれない。バレットはクンクンと匂いを嗅ぎまわっているが、何か気になるものでもあるのだろうか。


「そういえば、バンペイさんの故郷はどちらなんですか? 移民だとはお聞きしていましたが、どちらのご出身なのかは存じておりませんでした」


 薔薇姫が答えづらい質問をしてくる。なんと答えるべきだろうか。逡巡していると、ボスが代わりに口を挟んだ。


「東の国からと聞いているな。確かに、あちらの方は黒髪が多いと聞く」

「東の……? 皇国では東の国々とも交流がありますが、このような微細な絵を映し出す道具や、あの地下へ向かう乗り物など、聞いた事もありませんでした。バンペイさんのご様子ですと、これらは庶民でも扱えるほど普及しているようですし、非常に豊かな国なのでしょうが……」

「そう、ですね……。ここまで来たら、きちんとお話すべきかもしれません。ボスには隠していたようで申し訳ないのですが、到底信じられないような話なので……」


 僕はついに決断した。


 これまでボスに話さないでいた事。僕の出身地である地球について話す事。

 信じてもらえなくても構わない。だが、ボスならきっと信じてくれると思った。


 何よりも、ボスにこれ以上の隠し事はしたくなかったのだ。なにも親しくなるために隠し事を一切なくすべきだとは思わないが、これから関係を一歩進めるのに欠かせない儀式のように感じていた。

 薔薇姫にも聞いてもらう事にしたのは打算的な意図もある。ここまで地球の残り香を感じさせる施設があったのだ。これから先も、もしかしたら地球に関する情報が集められるかもしれない。国のトップに近い彼女であれば、そういった情報が入ってくる可能性は高いだろう。


「長い話になりますが聞いてもらえますか? 僕の故郷である地球、そして日本について……」


//----


 僕が長い話を終える頃、いつの間にかギャラリーが増えていた。

 場所をリビングルームのソファセットに移していたのだが、途中でシィがやってきて僕の話に耳を傾けるようになり、エクマ君とバレットも釣られるようにしてリビングにやってきた。


「つまり……バンペイは我々の知らない遥か遠くの国からやってきたという事か?」

「少なくとも、僕の住む世界ではマギなんておとぎ話でしかありませんでしたね」

「だが……マギがないなど、どうやって生活していたのだ?」

「僕達の世界では、マギがない代わりに『科学』と呼ばれる学問が発達していたのです。科学とは、身の回りにある自然や現象から、一定の法則を見つけ出して体系的にまとめあげていく、という学問ですね」

「むぅ? さ、さっぱりわからん。どうしてそれがマギの代わりになるのだ」

「そうですね……。例えば『水生成マギサービス』がありますが、空気中に水分が含まれているという知識は実験によって科学的に証明されています。空気を冷却する事で水分が得られるという事もわかっていますから、実現はそれほど難しくありません」

「ぬぬぬ……」


 ボスは頭を抱えている。この世界の住人には科学知識の下地がない以上、理解するのは難しいかもしれない。小学生に教えるように、1から噛み砕いて説明する必要があるのだろう。

 だが、一を聞いて十を知る数少ない『例外』がここに存在していた。


「なるほど……。つまり『カガク』とは、マギとは対極にあるものなのですね。マギランゲージは常に『現象』を直接得る事ができますが、なぜその現象が起こるのかは説明できません。水生成マギサービスで水が作れても、なぜどこからともなく水が現れるのかはわかりませんから」


 噂に違わぬ聡明さを発揮した薔薇姫は何度も頷いている。どうやら僕の拙い説明でも理解してくれたらしい。それを見たボスは慌てたように、わざとらしく頷いてみせる。


「う、うむ! そ、そのようだな! カガクとは実に素晴らしいものだ!」


 ボスをジト目で見ると「うう……」とうめいている。くすりと笑いがこぼれた。


「まあ、科学はマギのような万能にはほど遠いですけどね。水生成マギサービスだって科学で実現できるとはいっても効率が悪すぎますから、やはり地下水や河川の水を使うのが普通です。マギで起きる現象のほとんどは、僕の知っている科学の知識で説明できませんし」

「まぁ、そうなんですか? ですが、この遺跡にある物はどれもマギで簡単に実現できるとは思えませんが……」

「確かにこれらの道具は僕の故郷では科学によって作られていました。でも、マギで再現できないとは思えません。ましてや、ここに住んでいた人は僕と同じ世界の出身だと思いますから……」


 きっと彼もまた、この世界に来てマギランゲージに出会ったのだろう。そしてマギランゲージに魅了されて、地球で普及していた様々な物を再現してみたのだ。できれば直接会って話してみたいものだが、この遺跡が放置されているところをみると存命しているかもわからない。


「うーむ。結局よくわからなかったんだが、そんな遠くの国からどうやってダイナ王国までやってきたのだ? 転移マギ……ではないのだろう? それもカガクとやらの力なのか?」

「それは僕にもわかりません。お話したように、恐らく僕は一度……死んでいるんです。そして気がつけば、ダイナ王国の王都に立ち尽くしていました。ボスに出会ったのは、その日のことになりますね」


 僕が一度死んでいるという言葉を聞いて、ボスが眉を寄せている。やはり死人が歩いて話しているなど、気味が悪いのだろう。話すべきではなかったかもしれないと、少し後悔した。


「……気に入らんな」

「そう、ですよね……。隠していて、すみません」

「いや、そうではない。言ってみれば、バンペイは何も知らずにされたようなものではないか。見ず知らずの土地に一人で放り出され、家族とも会えないなど理不尽すぎるぞ」

「そ、そうですかね? 僕はむしろもう一回チャンスをもらったつもりでしたが」

「はぁ……。バンペイは悲観的なのだか楽観的なのだかよくわからんなぁ。まあ、確かに一回死んで助かったのならラッキーかもしれんが、私だったら文句の一つも言いたくなるぞ」


 あっけらかんと話すボスに苦笑いしつつ内心ではホッとしていた。ボスに拒絶されていたら、ショックで立ち直れなかったかもしれない。


「それにしても、どなたがバンペイさんを連れてきたのでしょうか?」

「さぁ……。僕は神様だと思っていましたけど」

「ふむ? バンペイはあまり信心深そうではなかったが、神様は存在すると考えているのだな」

「あはは。日本人っていうのは、そういうところがあるんですよね」


 普段は無宗教をうたって神様なんているはずないと思っているのに、正月には参拝に行くしクリスマスだってお祝いする。時には神様仏様に願掛けしてみたり、おみくじや占いに一喜一憂してみせる。本当に神様を信仰している人たちにとっては、噴飯物なのかもしれないが。


「僕は、シィちゃんのお父さんが神様じゃないかと思っているんですが……」

「え、おとーさん?」

「うん。だって、シィちゃんのお父さんは本当にマギデバイスの製作に携わったみたいだからね。リンター教では、マギデバイスといえば神様が授けたというのが定説みたいだし」

「おとーさんが、かみさま?」


 シィは不思議そうな顔をしている。いきなりそんな事を言われてもピンと来ないのは仕方ない。


「ハッハッハ、バンペイよ。それはいくらなんでも無理があるだろう」

「や、やっぱりそうですかね……」


 ボスに笑われてしまったので、僕も恥ずかしくなって頭をかく。神様がそんな身近にいるはずがないよな。リンター教の定義では神様にあたるのかもしれないが、全知全能の神様がマギデバイスの仕様書を見ながらウンウン唸っているはずがない。シィによれば、父親は結構な苦労人だったっぽいし。


「あの……シィさんのお父様は、マギデバイスの製作者なのですか?」


 あ。薔薇姫がいるのをすっかり忘れていた。話してしまったものは仕方ないので、僕はシィの事情を少し薔薇姫に話しておく事にした。マギデバイスの製作者の正体は、この世界の人にとっては大きな謎の一つなのだ。公表されればシィの安全に関わるので、薔薇姫はこの事を内密にすると確約してくれた。


 果たして、この判断が吉と出るか凶と出るか。

 それこそ、神様のみぞ知るという奴だ。


//----


「ふぅ……そろそろ良い時間ですし、戻りましょうか。できれば、あのコンピュータの中身はもう少し詳しく調べたいところなんですが」


 気がつけばだいぶ時間が経っていたので、僕の提案で地上に戻る事になった。来た時と同じようにエレベータを呼び出して乗り込む。もちろん、シィのマギデバイスは忘れずに回収済みだ。


「あ、そういえば、地下二階もあるみたいですが、何があるんですか?」

「ああ……そちらのボタンは押しても反応がないのです。地下二階という意味なのですね」

「え、そうなんですか?」


 試しにポチリと押してみたが、確かに反応が無い。普通ならボタンが点灯するはずだ。


「うーん。確かに……」


 しかし、次の瞬間、エレベータの中に聞き慣れない音声が響く。


『ようこそ、管理者様。ターミナルへとご案内します』


 は、と聞き返す間も無い内にエレベータが動き始めた。聞こえてきた音声はであり、抑揚は綺麗だったものの、中性的でどことなく無機質な印象を受けた。もしかしたら機械で作られた合成音声なのかもしれない。


「な、何だ、今の声は!?」

「聞き慣れない言語でしたが……」


 動揺しているボス達をなだめつつ、聞こえてきた音声の意味を説明する。ターミナルの意味はわからなかったが、鉄道やバスのターミナルを連想した。いずれにせよ、この世界には似つかわしくない言葉だ。

 管理者と呼びかけているのを考えると、この場に管理権限を持つシィが存在していたのがトリガーだったのかもしれない。問答無用でセキュリティを突破してしまう様は、本当にマスターキーのようだ。


 動き始めたエレベータが止まるまでしばらく時間がかかった。地下一階に比べると、地下二階はかなり深いところにあるようだ。やがてエレベータが静止して、ポーンという音とともに扉が開く。


「な、なんだ……ここは……」


 ボスが放心したようにつぶやく。


「ターミナル……そういうことか……」


 そこにあったのは、一台のコンピュータ。しかし、ただのコンピュータではない。まるで一匹の巨大な生き物のような巨体は血管のようなケーブルによって覆い尽くされ、呼吸するような重低音が断続的に聴こえてくる。見上げれば首が痛くなるほどの大きさの機械が鎮座していた。

 そして、その巨人の足元にちょこんと存在する明るい光。よく見ればそこには、小さなモニタとキーボードが置かれている。恐らくあれこそが、この鉄の巨人を動かすリモコンなのだろう。昔にチラリと見た覚えのあるロボットアニメを思い出した。

 一般的にはターミナルといえば、ターミナルステーションのような大きな発着駅を指すだろう。だが、コンピュータの世界では別の意味がある。英単語のターミナルを直訳すると『末端』という意味なのだが、その名の通り回線やネットワークの末端に接続されて、データを入力したり表示したりするための機器を指す言葉だ。パソコンやスマートフォンもターミナルの一種と言える。


「うわー! おっきいね!」

「……すごい」


 シィとエクマ君は大きなコンピュータを見上げて驚いている。僕自身も、ここまで巨大なコンピュータは見たことがない。一体、誰が何のためにこんなコンピュータを作ったのだろうか。


『ようこそ、管理者様。ご用件をお知らせください』


 目の前にあった小さなモニタの周辺から、先ほども聞いた音声が発せられる。モニタを見てみれば、黒い画面に白い文字で音声と同様の文章が書かれている。どうやらエレベータを操作したのは、このコンピュータのようだ。よく見ればキーボードの前にマイクらしき物が置かれている。


「あなたは、誰ですか?」


 僕はマイクに向かって日本語で問いかける。久々の日本語だった。


『私は、マギワールド・マネージメント・サポート・プログラム、通称『マギサポ』です。マギワールドの管理及び運営のサポートを担当しているAI人工知能です』

「マギワールド?」

『マギワールドとは、この世界の名称です』

「つまり……あなたは、世界の管理や運営をサポートするAIという事ですか?」

『はい、その通りです』


 マギサポと名乗ったAIの返答に思わず硬直してしまう。世界がAIに管理されているなど、まるでSF小説にでてくるディストピアのようではないか。


「お、おい、バンペイ。一体、何を話しているんだ?」

「そ、それが……」


 僕が答えようとした時。


『エージ! あなた、今まで何してたの!? すぐにそっちに行くから待ってなさい!』


 モニタから、先ほどまでのAIによる音声とは違う、明らかに人間による声が聴こえてきた。ややハスキーな女性の声は、何やら怒っているような口調だ。

 エージというのが誰かはわからないが、人違いなのは間違いない。慌てて訂正しようとしたが、どうやら遅かったようだ。

 すでに、マギによるものと思われる白い光が、僕達のすぐ側に現れていた。


「こ、これは、転移マギか! 皆、気をつけろ!」

「がるるる……」


 ボスが警戒を呼びかけ、バレットが低く唸る。


 やがて光が収まると、中から青い髪の女性が姿を現す。その綺麗な顔はどこかで見た覚えがあったが、そんな事を考えるよりも早く、女性は僕の姿を見つけるやいなや物凄い勢いで即座に飛び込んできた。


「エージ!! 逢いたか――」


 ゴン。


 べチャ。


 一定以上の速度で近づく物を防ぐという僕のが正常に動作して、見事に弾かれた女性はそのまま勢いよく地面に這いつくばった。

 その姿はまるで、鉄の巨人に踏み潰されたカエルのようだった。

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