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ジャワール皇子に案内されながら、城内を駆け抜ける。目指すべき皇王の寝室は二階にあるため、僕達のいた一階からは階段を昇る必要がある。
一緒に来ているのはジャワール皇子の他に、彼のお付きの兵士達や他の拠点から集めた警備兵達だ。もちろんバレットも僕の傍らを四足で駆けている。
薔薇姫はボス達と一緒に残してきた。せっかく人質から救出したので、安全な場所に留まってもらう。マギによる障壁を展開しておいたので、時間稼ぎには十分だろう。
「こちらデス!」
階段は数カ所あり、『カメラ』で確認した限りでは周辺に数人の見張りが配置されていた。マギデバイスを取り出して片手に持っておく。
「な、何者だ!」
見張りに立っていた兵士が誰何してくるが、ジャワール皇子に確認すると無言で頷いたので、マギデバイスを振るう。音もなく空間が揺れて衝撃波が発生する。ビーンズと違って避けられるはずもなく、兵士は無言で気絶して崩れ落ちた。
「ハ、ハハハ……お、恐ろしいマギですネ……」
ジャワール皇子は引きつった笑みを浮かべているが、これが一番手っ取り早いから仕方ない。はたから見れば兵士がなぜ倒れたのかもわからないだろう。
その後も何度か敵兵と遭遇したが、全てマギで無力化していった。なんだか途中からは半ば作業になっていたが、ついてきた警備兵に任せて僕達は先を急いだ。
ついに目的地である皇王の寝室前に到着した。遠くからでもマギによる発光や音が見聞きできる。マギによる炎が飛び交っている。先ほどの暗殺者も炎のマギを使っていたし、戦闘時の飛び道具としてのマギは炎によるものが主流なのだろう。
寝室の前にはテーブルや彫像などによるバリケードが築かれており、防御陣地として機能している。マギで壁を作ればいいのにと思ったが、そういうマギサービスがそもそも存在しないのかもしれない。激しい攻撃が続いており、防御陣地内部からの反撃は散発的だ。
「ぎゃあああ! 熱いぃぃ!」
炎にまかれた兵士が悲鳴をあげながら飛び出してきた。ゴロゴロと床をのたうち回る彼に、他の兵士が水生成マギサービスで水を浴びかけさせている。ジュワァという音と共に、辺りに異臭が立ち込める。
「コレは……思っていたよりも……」
ジャワール皇子は戦いに慣れていないのか、血の気がひいて真っ青になっている。僕もきっと同じような顔になっているだろう。戦争を知らない現代人には辛い光景だった。
「よし、いまだ! 炎を集中させよ!」
大声で指揮を出している男がいる。今まではバラバラだった炎の玉が一気にバリケードに殺到し、バリケードの一角にあった大きなテーブルが燃え上がった。
軍服を身に着けている男は、遠目からでも目立つ。あれがバーレイだろう。
「と、とにかく、戦いを止めます……」
「は、ハイ。お願いしマス」
さて、この戦いを止めるためにどうするべきだろう。手っ取り早いのは皆を気絶させる事だろうが、いつもの衝撃波や電流のマギでは、一人ずつしか対象にできないため時間が掛かる。
バリケードの一角についた炎は一気に燃え広がり、近づかなくても熱気を感じるほどになっていた。このまま放っておけば、バリケードはじきに崩壊するかもしれない。
「炎か……よし、あれでいくか……【コール・メイルシュトローム】」
僕の呪文とともに、マギデバイスから大量の水が吐き出された。水は大きなうねりを作りながら、バリケードの前にいた兵士達を飲み込んでいく。燃え盛っていた炎は即座に鎮火された。
「うわぁ! なんだ!」
「ガボガボ……プハァ! み、水が……!」
「ええい! 何をしている! 水などどうという事は……! ぬわぁぁ!!」
潮流はますます大きくなり、兵士達を飲み込み、バーレイを飲み込み、バリケードを飲み込み、敵味方関係なく全てを巻き込んでいった。大量の水は流れていくことなくその場でグルグルと渦を巻いて、まるで大きな洗濯機のように全てを洗い流していく。
「シ、シライシさん……これは……」
「えーと……洗浄マギサービスを大きくしたバージョン……ですかね?」
「洗浄ですか……? それにしては、規模が大きすぎるような……」
「何もないところから水を作るのは限界があるので、水のあるところから持ってくるようになっています。転移マギの応用ですね」
「ハ……ハハハ……ハァ……」
ジャワール皇子は何だか疲れた表情で溜息をついた。王国の近くにある川を利用しているのだが、まずかっただろうか?
マギフェスティバルの競技の一つにプールを使うものがあったので、そのために作り出したマギだった。別に多人数を相手にするために作ったものではなかったのだが、思ったよりも効果があったようだ。
洗浄マギサービスとは違って、水は消えずに巨大な水球として留まっている。水球の中でゴボゴボと気泡を吐きながらもがく兵士達を見ると気の毒になってきた。軽鎧とはいえ金属製の鎧を身に着けている彼らは、水の中で思うように身動きがとれないようだ。
中には、何とか泳いで水球を抜けだそうとした者もいたが、出ようとした端から警備兵達に小突かれて戻されている。さながらモグラ叩きのようだった。
「……シライシさん。この水はどうするんですか……?」
「えーと……どうしましょうか? あはは……」
そういえば排水の事を考えていなかった。戦場を目の当たりにして動揺していたようだ。このまま水を解き放てば、城の中が水浸しになってしまうだろう。
僕の無責任な返事に唖然とした皇子を横目に、後始末に頭を悩ませるのだった。
//----
結局、水球はそのままにして中にいる兵士達を一人ずつ拘束していった。水球の中にいた兵士達は大半が溺れていたのか、ぐったりとして一切の抵抗をみせなかった。治療マギを掛けておいたので命に別状はないだろう。医者いらずのマギに感謝である。
「ハァ……。もう滅茶苦茶ですネ……。戦闘を覚悟していたのですが……」
「殺し合いなんて物騒ですよ。僕は人を殺すつもりはありません」
異世界では甘いと言われるだろうが、平和な日本で育った現代人である僕に人を殺すなど無理だ。この世界で生きていく決意をしたが、自分の倫理観までは誤魔化すことができなかった。
もしかしたら、将来的に僕の作ったマギが間接的に人を殺すかもしれない。だが、それは仕方ないと割り切っている。もちろん大量破壊兵器のような直接的なマギを作るつもりはないが、どのようなマギであれ戦争や戦いに利用される事は避けられない。それが技術の光と影だ。
「はなせっ! 私を誰だと思っている!」
水球から出されたびしょ濡れのバーレイが、複数の兵士によって取り押さえられている。もちろん安全のためにマギデバイスは取り上げられている。
「兄上。なぜこのような馬鹿な事を……」
「馬鹿な事? 馬鹿な事だとっ!?」
ジャワール皇子の言葉にバーレイは激昂し、取り押さえられたまま首だけを動かして皇子を睨みつける。
「貴様にはわからん! 理想のみを追いかけ、現実を見ようとしない貴様には!」
「理想を追いかけて謀反まで起こした兄上に言われたくはない!」
ジャワール皇子も売り言葉に買い言葉で反論する。バーレイはびしょ濡れの身体が一気に乾くのではないかと思えるほど顔を真っ赤にしている。
「おのれジャワール! 貴様さえ、貴様さえいなければ成功していたのだ! そうすれば、この国は他国を打倒し、大きく飛翔できたものを! 貴様はこの国の未来を破壊したのだ!」
「……いいえ。例え私が殺されていたとしても、兄上の野望は早晩に破綻していたでしょう。なぜなら、隣国であるダイナ王国には、この方がいるからです」
そう言ってジャワール皇子は僕の方をチラリと見る。
「ふん……その貧弱な男が何だというのだ」
「彼は、ダイナ王国の国王に『マギハッカーの再来』と呼ばれたバンペイ=シライシ氏です。人質となった姉上を助けだしてくれたのも、ビーンズ将軍を倒したのも、そして先ほど水によって戦いを止めたのも、全ては彼の力によるものなのです」
「な……な、んだと……」
バーレイは僕の顔を見て固まってしまった。きっと「こんな奴に負けたのか」とか考えているに違いない。自分でやった事ではあるが、改めて並べられると僕でさえ「やりすぎた」と感じるのだ。バーレイの感じる怒りは相当だろう。
「ふ、ふ、ふざけるなぁ! なぜ、そんな奴がここにいるのだ!」
「私が招待したのです。滞在が兄上の叛乱と重なったのは、どうやら偶然のようですね。おかげで私の暗殺も防いで頂きました。シライシさんの功績にどのように報いるべきか考えると、頭が痛いのですが……」
「な、な、な……」
バーレイは口を開けたまま再び固まってしまった。
スタティ皇国の皇族に対して「功績なんてどうでもいい」なんて言い出したらどうなるだろうか。僕も頭が痛くなってきた。はたして無事に帰れるのだろうか。
「とにかく兄上にはしばらく地下牢で大人しくして頂きます」
「くっ……。なぜだ……なぜ、上手くいかんのだ……私は奴の言う通りに――」
その時、視界の端でキラリと白い発光が見えた気がした。
「避けろっ!」
「グッ……」
「兄上!」
忠告もむなしく、発光から飛び出してきた黒い矢がバーレイの脇腹を刺し貫いた。トスッという思ったよりも軽い音が耳に残った。
「バレット!」
「がうっ!」
僕の命令ですかさずバレットが飛び出す。賢いバレットであれば、発光した位置を把握しているはずだ。僕も追いかけたいところだったが、その前にバーレイに治療を施さなければならない。いくら罪人とはいえ、裁きも受けさせずに殺すなど許される事ではない。
バーレイの脇腹に突き刺さった黒い矢は、ふわりと空気に溶けるように消えていった。恐らく痕跡を残さないためなのだろう。傷口から赤い血がドクリと噴き出してくるが、僕は気にせずバーレイに対して治療のマギを行使する。
「【コール・ヒール】!」
マギデバイスが光り、治療のマギが発動する。時間を巻き戻すように、矢によって付けられた傷口が塞がっていく。破壊された細胞が複製によって修復され、失われた血が複製によって補われる。治療マギによる治療というのは、健康な部分の『複製』によって実現されるのだ。
例え臓器の一部が失われたとしても、その人の細胞を複製して『臓器になれ』と命じる事で新たな臓器を作り出す事すらできる。iPS細胞も真っ青の万能性だ。
ただし、治療マギサービスで修復できないケースもいくつか存在する。
例えば寿命による老衰は、複製しても寿命が伸びる事はないため防げない。また、生まれつきの先天的な障碍は他の細胞から作り出した臓器でもそのまま残る。医者ではないので詳しくはわからないが、『命令』による複製は、人の遺伝子情報を参照しているのかもしれない。
他にも実際に確認したわけではないが、脳の破壊は修復できないだろう。というのも、脳を複製したり、脳細胞を生み出したりする事はできないようなのだ。その理由は神様に聞いてみなければわからないが、この制限によって人間の完全なクローンは作れない。
バーレイの傷口は綺麗に修復され、白くなっていた頬には血色が戻りつつある。大量出血によるショック死の可能性はあったが、短い時間内であれば治療のマギが心臓を再活性して蘇生を試みるはずだ。
しかし、バーレイはいまだにビクンビクンと身体を痙攣させて回復する気配がない。しまいには、口からブクブクと泡を吹き始めている。
「な……なんで……【コール・ヒール】!」
再びマギを発動させるが、やはりバーレイは白目をむいたままだ。
「これは……」
通常、脇腹に矢を受けたぐらいなら治療マギサービスですぐに修復できる。矢を射った暗殺者もその事は十分承知しているはずだ。治療マギサービスで修復できないはずの脳を狙わなかったのは、取り押さえている兵士達が角度的に邪魔だったのだろう。
それにも関わらずリスクを冒してまで矢を射ったのは、確実に殺せるという確信があったに違いない。つまり、先ほどの黒い矢はただの矢ではなかったのだ。
「……つまり、毒か?」
「毒デスか? しかし、治療マギサービスで治せない毒とは……」
治療マギサービスで治せない症状。そのフレーズは、つい最近聞いた覚えがある。
「もしかしたら……皇王陛下にも同じ毒が盛られているのかもしれません」
「なっ! し、しかし、毒見はしっかりと行われているはずでスガ……」
「経路はわかりませんが、治療マギサービスで治せない毒がそう多くあるとは思えません」
僕の言葉にジャワール皇子は青くなった。皇王の身を案じているのだろう。
「とにかく、僕は何とかバーレイ皇子を治せないか調べてみます」
「は、ハイ。お願いしマス……シライシさんには迷惑ばかりおかけしますが……」
ジャワール皇子の申し訳なさそうな声を聞きながらスクリーンを開き、治療マギサービスのデバッグのために作った数々のデバッガを呼び出す。デバッガとは不具合を発見したり修正したりするデバッグ作業をサポートするツール群のことだ。
治療マギサービスは僕だけで創ったものではなく、教え子の生徒達やエクマ君との合作であり、このデバッガもテストを担当したスクイー君と一緒に創りあげたものだ。
皆で創りあげた治療マギサービス。
それを汚すような真似は、絶対に許す事はできない。
「見つけてやる……。治療を妨げる
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