092 - hacker.leaveFor(battle);

「バンペイさん、助けて頂き、まことに感謝いたします」


 第一皇女マリアこと薔薇姫が、フワリとスカートを翻してお辞儀する。人質達の拘束はすでに解かれ、みんな笑顔を浮かべている。薔薇姫だけではなく、他に捕まっていた人達も同じようにお礼を言ってくれた。同じく拘束されていた貴族達ですら、僕にぎこちなく礼を告げてきたのだ。なんだか、僕と目を合わせないようにして顔色を青くしていたけど。

 ちなみにボスは、僕とビーンズの戦いをハラハラしながら見守っていたらしい。戦いが終わるやいなや、僕の元に飛び込んできた。同じようにシィと、ついでにバレットまでやってきたので、僕の両手は満員御礼になった。今も背中や腰にくっつかれて暑苦しい。この分だと当分離れそうにない。


「ご無事でなによりです、皇女殿下」

「マリアで構いません」

「え、えーと……それはちょっと恐れ多いのですが……」

「マリアと呼んでくださらないのですか……?」


 薔薇姫は瞳を潤ませて、僕を上目遣いで見上げる。恐ろしい破壊力だ。


「皇女殿下は、皇女殿下とお呼びするべきでしょう。そうだな、バンペイ?」

「え、そ、そうですね」


 思わず名前で呼びそうになった時に、背中にくっついているボスが釘を刺した。バレットではないのに、ガルル、という唸り声が聞こえてきそうな顔をしている。薔薇姫を威嚇するなんて、不敬もいいところだが大丈夫だろうか。


『姉上、ダメですよ。シライシさんとレイルズさんは、先ほど互いの想いを伝え合ったばかりなのです。我々の目の前で情熱的に抱き合っておりました。姉上の入る余地などどこにもありません』


 薔薇姫の実の弟にあたるジャワール皇子が、薔薇姫をたしなめてくれた。皇国語での会話だが、僕にはバッチリと意味が理解できてしまう。ボスも何となく理解はできるため、揃って赤くなってしまった。


『まぁっ! 素敵ですわ! そ、それで、どちらが、どのようなお言葉で愛を囁かれたんですか? バンペイさんは奥手のようですから、レイルズさんの方からかしら。ああ、でも普段は奥手の殿方が情熱的に相手をお求めになられるお姿も素敵ですわねぇ。悩ましいですわ……!』


 皇子の言葉を聞いた薔薇姫はスイッチが入ったように饒舌になり、物凄い勢いで己の想像をまくしたて始めた。頬に手を当てて身体を悩ましげにくねらせている。普段のイメージとかけ離れた姿に、僕もボスも目を点にしてしまう。


『姉上! 落ち着いてください! 悪い癖が出ています!』

『あ、あら。コ、コホン……失礼いたしました』


 慌てて取り繕っているが、すでに手遅れ感がいなめない。


「えーと……」

「申し訳ありまセン。姉は、昔から人の色恋話に目がなくて……」

「うふふ。バンペイさんとレイルズさんのような甘酸っぱい純愛は素晴らしいですね。ですが私個人としましては、エクマさん×バンペイさんの無口攻め弱気受けカップリングも……」

「姉上!?」

「あら、私とした事が……申し訳ありません。色々あったので舞い上がっているようです」


 なんだか、薔薇姫が外交の場に出てこなかったのがわかった気がする。これまで薔薇姫に抱いていた清楚なイメージがガラガラと崩壊していく。


「と、とにかく、シライシさん達のおかげで姉上を取り戻せたのです。あとは各拠点の襲撃者達を撃退し、首謀者達を捕まえればよいでしょう」

「首謀者が誰なのか、わかっているのですか?」

「見当はついています。ビーンズ将軍の話では、この謀反の目的は王位簒奪だけではなく、戦争が目的という事でしたから。普段から軍備拡張を主張していた者の仕業に違いないデショウ……」


 ジャワール皇子は今にも溜息をつきそうな沈んだ表情になっている。それは隣にいる薔薇姫も同様だった。どうやら二人には、その人物に心当たりがあるらしい。


「その人物は一体……?」

「軍のトップである総監を務め、普段から他国領土への野心を隠さない言動……」

「私たちの義理の兄でもある、第二皇子バーレイ=オラル=スタティです」


//----


「何だとッ! マリアが奪還されただと!」


 男は焦燥を隠さずに、報告してきた部下を怒鳴りつける。あまりの剣幕に部下だけではなく、周りにいた兵士達も萎縮している。

 ゴテゴテとした勲章で飾り立てられた軍服を身につけ、制帽をかぶっているが、この男こそがスタティ皇国の第二皇子であるバーレイ=オラル=スタティその人だった。


「ハッ。ジャワール皇子殿下が動いていらっしゃるようです」

「チッ! ジャワールめ! 大人しく死んでおけば良かったものを……!」


 バーレイは忌々しそうにデスクに拡げられた城内の地図を睨みつける。その上には重要拠点がマークされ、それぞれにテーブルゲームで使われる駒が配置されている。拠点を守っている白い駒と、それを囲うように赤い駒が置かれていた。いくつかの拠点はすでに制圧が終わっているのか、赤い駒が目立っている。


「ビーンズは何をやっているのだ!」

「それが……人質達が転移のマギと思われる光に包まれ、ビーンズ将軍もその光の中に……」

「なに? では、ビーンズも一緒に転移されたというのか?」

「ハッ。恐らくですが……」


 ドッカリと椅子に腰掛けて腕を組んだバーレイは、思案するように地図を見つめている。


「ジャワールの奴が何をやったのかはわからんが……あのビーンズが大人しく人質達を渡すとは思えん。フン、うまくすればジャワールも人質に加わるかもしれんな」


 ニヤリと笑って楽観的な願望を語るバーレイ。


「奴もマリアも、そして父上も、何もわかっておらん馬鹿者ばかりだ。この国を変えたいのなら、血を流すよりほかにない。ダイナ王国が腑抜けている今こそ、我々は討ってでねばならんというのに」


 バーレイは何かに取り憑かれたように、血走った目でブツブツとつぶやいている。


『いいえ、あなたは間違っています。バーレイお兄様』


 突然、聞き覚えのある女性の声が耳に入り、驚いたバーレイはマギデバイスを抜いて椅子から立ち上がった。部屋の中を見回すが、声の主の姿は見当たらない。同じように困惑した様子の兵士達が、キョロキョロしながらバーレイを護るように囲い込む。


「マリアか! 貴様! どこにいる!」


 バーレイは油断なく部屋の中の隠れられそうな場所に目を配るも、見知った妹の気配を見つける事はできなかったのか舌打ちする。

 だが次の瞬間、バーレイの目は大きく見開かれた。


 目の前に突如として白いスクリーンが出現したのだ。


「な、なんだこれは……」

『お兄様。投降してくださいませ。あなたの謀反は失敗です』


 スクリーンの中に見慣れた薔薇姫の顔が映し出される。バーレイにとっては忌々しい相手なのだろう、薔薇姫の顔を見た途端、苦虫を噛み潰したような表情になった。


『私はこの通り無事に救出されました。ビーンズ将軍はすでに捕縛しています』

「ば、馬鹿な! あのビーンズがそう簡単に捕まるものか! デタラメを言うな!」


 バーレイは顔を赤くして激昂する。しかし画面が切り替わり、黒いロープでぐるぐる巻きに拘束されたビーンズ将軍の姿がスクリーンに映し出されると、口をつぐんだ。


『もはや、お兄様に勝ち目はありません。直に援軍も到着します』

「う、嘘をつくな……。城門は完全に封鎖している。外部に連絡をとれるはずが……」

『うふふ。私たちが今こうしてお話しているように、お城の外とも連絡はできますよ』

「な……!」


 ついにバーレイは言葉を失った。バーレイを護る兵士達も顔を見合わせている。


『早々に投降してくださいませ。戦争など、父上はお望みではありません』

「断る! 私は決して自分の理想をあきらめる事はない!」

『……そうですか。残念です』


 薔薇姫は憐れむような目でバーレイを見て、スクリーンから姿を消した。そのまま、フワリとスクリーン自体も消失する。


 バーレイはしばらく周囲を警戒していたが、何も起きないとわかると指示を出し始める。追い詰められたバーレイが取れる手はそう多くない。最後の一手を打つために兵士に指示を出し始める。


「こうなれば、父上の身柄を何としても確保する他ない! 他の拠点からも兵士達を集めて、父上の寝室へと向かわせるのだ! 私が現場で直接指揮する!」


//----


 そんなバーレイの一部始終を、僕達はスクリーンを通して見ていたのだった。


「どうやら、第二皇子は陛下に狙いを絞ったようですね」

「……ええ、ソウデスネ」


 ジャワール皇子が乾いた笑みを浮かべながら応じる。彼もスクリーンで僕と一緒にバーレイの様子を見ていたのだが、『馬鹿な……音声まで聴こえるとは……』とか『これでは作戦が全て筒抜けに……』とかブツブツとつぶいていて、うるさかった。


「バンペイさん。お手数をおかけしました」

「いえ。説得が失敗してお気の毒でしたが……」

「バーレイお兄様は、一度こうと決めたら考えを変えようとしない頑固なところがございますので……」


 そういいつつも薔薇姫の表情は浮かない。遠隔地にスクリーンを開いてテレビ電話のように映像と音声を中継するマギは、マギフェスティバルというイベント開催の際に開発したものだ。電話マギサービスの応用にすぎないが、遠隔カメラと組み合わせれば非常に有用だ。


 あの様子ならバーレイ皇子が首謀者で間違いはなさそうだ。兄弟の中で殺しあったり、人質にしたりと物騒な話であるが、歴代の皇王の中では兄を殺して王位を奪った者も珍しい話ではないらしい。もちろん、現皇王はそんな真似はしていないが。

 第二皇子ならば、第一皇子を暗殺するだけで王位継承という目的は果たせるのでは、と思ったのだが、そういうわけでもないようだ。というのも、そもそも第一皇子が必ずしも皇王になるというわけでもないらしい。

 次期皇王は現皇王による指名によって決定され、現皇王が指名の前に没した場合は自動的に第一皇子が皇王となる。よって第一皇子を排除しても、バーレイではなくジャワール皇子や薔薇姫が次期皇王として指名される可能性もあるのだ。いや、むしろそちらの可能性が高くなる。なにせ現皇王は薔薇姫を溺愛しているのだから。

 バーレイは自分が確実に王位を得るために、薔薇姫を人質として皇王に王位継承をせまるつもりだったのだろう。そんな事をすれば他の皇子達が抗議するに決まっているので、排除しようとした。


「父上をお守りしなくては……」


 皇王陛下の寝室は最重要拠点として、多くの警備兵達によって厳重に守られている。散発的な攻撃を受けていたようだが、今のところ数の利によって防御を抜かれずに済んでいるようだ。その分、他の拠点が手薄になったために制圧されてしまっている。

 しかしバーレイの命令によれば、他の拠点から兵力を集中させるつもりのようだ。そうなれば、数の利は消えて防衛が抜かれてしまうかもしれない。


「シライシさん、図々しいお願いなのは十分承知していますガ……」

「ええ。乗りかかった船です。僕も陛下の防衛に参加します」

「助かりマス! ありがとうございます!」


 ジャワール皇子は感謝を告げながら僕の手を握る。ここで「後はがんばってください」と放り出すのも後味が悪い。多くの兵士達が集まるため、危険度は高くなるけど……。


「バ、バンペイ。本当に行くつもりか?」


 僕の背中に張り付いていたボスが、不安そうな声で尋ねてくる。身体を回転させてボスを引き離し、僕はボスの目を見て安心させるように微笑んだ。


「ええ。無理はしないので安心してください」

「……バンペイはいつも無茶ばかりするではないか。説得力がないぞ」

「ははは。大丈夫ですって。あ、でも、ボスはここでシィちゃんと一緒に待っていてくださいね」

「わ、私も……」

「ダメです。お願いですから、ボスはここにいてください」


 キッパリと断ると、ボスは口をとがらせて不満気だ。でも、ボスがついてきたら僕は気が気じゃなくなってしまう。きっと皇王陛下を守るどころではなくなってしまうだろう。


「ボスは社長なんですから、ドッシリ構えていてください。現場で動き回るのは部下の仕事ですよ」

「むぅ……。では、社長命令だ。無事に戻ってこい、バンペイ」

「はい!」


 僕の返事にボスはようやく笑顔になってウムと頷いた。

 やっぱり、ボスには笑顔でいてほしい。


 ボスと何も言わずに見つめ合っていると、くいくいと服が引っ張られた。


「おにーちゃん、王様を助けにいくの?」

「うん。そうだよ。シィちゃんはここでボスと一緒にお留守番ね」

「うん……わかった」


 シィもシィで僕の事を心配してくれているようだ。以前であれば、こういった事に無頓着だったシィの成長が嬉しくなる。


「あのね、バレットを連れていって!」

「え? でも、バレットはシィちゃん達を……」

「ううん。私たちはだいじょーぶだよっ! おにーちゃんのマギもあるから! それより、バレットはおにーちゃんの事を守ってほしいの」


 シィの足元にいたバレットは、シィに言われて「がう」とひとつ鳴くと僕の元へとテクテク歩いてきた。どうやらバレットも乗り気のようだ。久しぶりに暴れたいのかもしれない。


「わかった。だけど何かあれば、すぐに僕に連絡してね」

「うんっ!」


 こうして僕は、バレットと、そして無言でついてきたエクマ君と共に部屋を後にした。

 向かう先は戦場だ。

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