091 - hacker.fightWith(general);

「姉上!」

「ジャワール、いけません!」

「おっと。近づくなよ? 【コール・ブレード】」


 転移してきた薔薇姫を見て近づこうとしたジャワール皇子だったが、一緒に転移してきたビーンズが腰元のマギデバイスを抜いて人質の薔薇姫達に差し向ける。ビーンズの唱えた呪文によってマギが発動し、マギデバイスの先端から黒い剣が生成された。どうやら剣を作り出すマギサービスのようだ。

 薔薇姫の首元に剣が当てられ、皇子は足を止めざるをえない。


「ビーンズ……! 貴様、姉上を人質にとるとは、この卑怯者め!」

「ハッハァ。薔薇姫様は人気者だからなぁ? ま、俺としちゃ人質なんて気に食わねえがな。皇王様に素直に言う事を聞かせるなら、これが一番なんだろ?」

「おのれ……! 皇国を裏切るのか!」

「俺は別に皇国に喧嘩売ってるわけじゃねえぜ? むしろ、この国を助けてえと思ってやってるんだ」

「助けるだと……?」


 ビーンズの意外な言葉に、ジャワール皇子は訝しげな顔になる。


「今の皇国は腐りかけてやがる。皇王はぶっ倒れたままだし、後継ぎはあのアホ皇子だ。これじゃあ、この国は弱ってく一方なんだよ。隣の王国がどんどん力をつけてる今、放っておけば差は開く一方だ。戦争をふっかけるなら今しかねえ」

「馬鹿な事を……。今の平和がどれだけ尊いのか理解できないのですか」

「ハンッ。平和なんて糞食らえだ。国同士は戦ってナンボだろ。それに俺はベッドの上じゃなく、戦場で死にてえんだ」


 薔薇姫の嘆きを鼻で笑って一蹴するビーンズ。


「俺たちが毎日血反吐を吐いて訓練してんのは何のためだ? 武技大会で見せ物にされるためか? チンケな犯罪者を取り締まるためか? 違うだろ? 俺たちは軍人。軍人ってのは、敵と戦うためにいるんだ」


 ビーンズはマギデバイスの剣を持たない手をギュッと握り、拳を作ってみせた。ゴツゴツとした武人の手は、まさしく日々の訓練量を思わせる。


「戦争になれば、軍人だけではなく無辜の民達も犠牲になるのですよ? あなたは己の欲望のために、他人を犠牲にするつもりですか!」

「ハッ。平民を何とも思ってねえ癖に何言ってやがる。薔薇姫よぉ、俺は知ってるんだぜ?」

「な、何を――」

「お前、平民にマギを使わせようとしてるけどよ、そんな事をしたらどうなるか、賢いお前ならとっくに気づいてるんだろ?」

「…………」

「無能なバカ貴族どもが平民の上に立ててるのは、マギの力があってこそだろ? 平民がマギを使えるようになりゃあ、今まで抑えつけられてた不満が一気に爆発するぜ? そしたら、一気に貴族対平民の闘争の始まりってわけだ。ま、そりゃそれで面白そうだけどよ」

「わ、私はそんな……」

「そんな状況になって、一番得するのはどいつだ? 貴族は平民達に追い立てられて破滅。平民達が暴走すりゃあ皇王や皇族だってタダじゃ済まねえ。平民は平民で、国が荒れて治安は最悪。すぐに新しいリーダーは誰だって話になるだろうなぁ?」

「そ、それは……」

「そこで名前が挙がるのが、平民達から大人気の薔薇姫様ってわけだ。なにせ、今まで平民にも優しくしてくれた皇族様だからなぁ? アホな第一皇子なんか人気は最悪だ。あっという間に排除されて、後には皇王の椅子だけが残されるってわけだ。よくできた筋書きだよなぁ?」

「ち、違います。私はそんなつもりは……」


 薔薇姫は真っ青になって、カタカタと震えながら否定する。


「貴様! それ以上、姉上を侮辱するな!」

「ハッハァ。美しい兄弟愛ってやつか? ま、別に予想が当たってるかなんてどうでもいいんだけどよ。なにせ、筋書きはもう変わっちまったんだ」


 ビーンズはケタケタと笑っている。隙だらけに見えたので、僕は握っていたマギデバイスをそっと動かす。


「おっと。そこのヒョロいの。動くなよ。さっさとマギデバイスを捨てやがれ」

「…………」


 だがビーンズは抜け目なく僕の動きをとがめてきた。言う通りマギデバイスを捨てるべきか逡巡していると、ビーンズが追い打ちをかけてくる。


「3秒で捨てなければ、人質を一人殺すぞ。いーち」

「くっ……」


 ビーンズが秒読みを始めたので、仕方なくマギデバイスを手放す。厚い絨毯の上に、音もなくマギデバイスが転がった。それを見てビーンズは鼻を鳴らす。


「フン、それにしてもどういうこった? 俺は食堂にいたはずなんだがな? 転移っぽいマギの光がこいつらを包んだから飛び込んでみたが……。おい、ヒョロいの。お前の仕業か?」

「……ええ」


 ビーンズの問いかけに答える。問いかけに答えなければ、人質を殺すつもりなのは容易に想像できたからだ。奴が会話に気を取られている間に、なにか対抗策がないか頭を巡らせる。

 ちなみに喋っているのはスタティ皇国の共通語である。どうやら僕の脳内翻訳によって、皇国語での会話も可能らしい。便利であるが、どうせなら別の場所で使いたかった。


「転移マギサービスじゃねえよな? アレならマギステーションに行くはずだしな。しかし、他に転移するようなマギサービスなんて聞いた事がねぇし……。まさか、お前の自作か?」

「……そうですよ」


 するとビーンズは新しい玩具を見つけた子供のように嬉しそうな表情になる。だが30後半のゴツい男が無邪気に笑っているのはなかなかキツい。


「へぇ! そいつぁすげえな! どこにでも転移できるマギなんて、奇襲すんのにうってつけじゃねえか! 補給にも使えるしよ……。ん? 待てよ。お前、その格好、ダイナ王国のやつか」


 スタティ皇国とダイナ王国では服装の様式が異なっている。僕が身に着けているのは、ダイナ王国ではオーソドックスな正装である、スーツによく似た衣服だった。スタティ皇国ではこういった服装は珍しいらしい。


「ダイナ王国で自作のマギって事は……お前、もしかして『マギハッカーの再来』とか呼ばれてるって奴か!? かーっ! 皇国に来てたなんて聞いてねえぞ!」


 どうやら僕達の訪問は広く知らされていたわけではないらしい。そういえば、第一皇子にも知らされていなかった。そうなると、僕達の訪問とクーデターが重なったのは単なる偶然なのかもしれない。なんとも嫌な偶然であるが。


「いや……むしろ都合がいいな。ここで始末しちまえば、ダイナ王国のデカい戦力を減らせるわけだ。ついでに自作の転移マギも奪っちまえば……ちっ、マギデバイスを持たせなきゃなんねーか」


 ビーンズは口に手を当ててブツブツとつぶやいている。どうやら彼は、僕の転移マギに目をつけたらしい。しかしマギをコピーするなら、僕がマギデバイスを操作しなければならない。マギデバイスは所有者として登録されている人物にしか扱えないからだ。


「よし決めた! おい、マギハッカー! お前のマギデバイスをよこせ。所有者変更は知ってるだろ? 呪文は、あー、【トランスファー・オーナーシップ】だったか?」

「…………」

「オラ、早くしろよ。一人殺してみせなけりゃ、わかんねえのか?」


 ビーンズが落ちているマギデバイスを拾うようにアゴで指図してくる。

 このままだと、僕の作ったマギが悪用されてしまう。何かないか、と視線だけを動かして部屋の中を探していた時、に気がついた。内心を悟らせないように気をつけつつ、ビーンズの気を引く。


「その前に、一つだけ聞いていいでしょうか?」

「あん? 下らねえ事だったら――」

「あなたは、本当に戦争を始めるつもりですか?」

「ふん。だから、さっきから言ってるだろ。この国のために、戦争が必要なんだよ」

「そうですか……」

「ま、お前のマギは戦争に役立たせてもらうぜ。ハハハ!」


 ビーンズが大口を開けて笑い出した。やはり、こいつはここで止めなければならない。


「――やって、エクマ君」

「あ?」


「【コール・どっすん】」


「!! チィッ!」


 どこからともなく呪文が聞こえてきたのと同時に、ビーンズは慌てて立っていた場所から飛び退いた。数瞬後に、ビーンズのいた空間に黒い大岩が落ちてくる。床に着地した大岩はドスンと鈍い音を立てた。僕がマギデバイスを手に持っていないから油断していたはずなのに、反応してみせたのだ。


「【コール・どろどろ】」

「クソッ! どこから撃ってきてやがる!」


 悪態をつきながら、ビーンズは俊敏な動きでマギを躱している。マギによって泥まみれになった絨毯を踏まないように大きく跳躍しながら、今度はこちらに向かってきた。その手にはマギによって作られた黒い剣を握っている。


「お前の仕業か! マギハッカァァ!」


 そのまま振りかぶった剣を叩きつけてきた。しかし、その剣筋は僕の脳天を砕く事なく、空中でピタリと静止してしまう。


「形勢逆転、ですね」


 僕の手には、隙を見て拾い上げたマギデバイス。背後には薔薇姫を含む人質たち。


「チッ! なんで剣が当たらねえんだ!」


 ビーンズはあきらめずに、黒剣を何度も軌道を変えて叩きつける。しかし、そのいずれもが、僕の身体に到達する前に静止してしまう。狙いを変えて人質の一人に剣を振るも、それすら届かない。すでに人質達や皇子達を囲うようにマギによる障壁を展開していたのだ。


 僕はお返しとばかりに手にしていたマギデバイスを縦一文字に振りかぶる。呪文を唱えていなかったが、さすがにあからさますぎたのか、ビーンズは衝撃波をかわしてみせた。目に見えないはずなのに、恐ろしく勘が冴えている。


「なっ、呪文なしでマギだと!」

「まだまだ!」


 マギデバイスを振り続けて、次々とマギを撃ちこむ。しかし、驚いたことにビーンズはそのどれもをかわしてみせた。どうやら僕の腕の動きやマギデバイスの動きからマギの軌道を読んでいるらしい。

 モーションによる発動は呪文に比べて発動は早いものの、発動のタイミングや軌道が読まれやすいという欠点があるようだ。かつて同様にマギをかわしてみせた魔物の事を思い出す。あの時の攻略方法は他の人達を巻き込んでしまうため、この場では使えない。


「ハッ! 呪文なしのマギには驚いたが、当たらなきゃ意味がねぇな!」

「そうですね……。では、これならどうですか? 【コール・スポーン・ミサイル】」


 戦略を変えることにした。僕のマギデバイスの先端から、バシュッと音を立てて白い発光体が発射される。発光体は光の軌跡を残しながら、ノロノロとビーンズに向かっていく。


「あん? なんだそりゃ。こんなもんが当たるワケねーだろ」


 ビーンズはニヤケ顔で発光体の進む先からヒョイと動いてみせる。しかし、次の瞬間、ビーンズの目は見開かれた。なぜなら、発光体は軌道をビーンズのいる方向へと進み始めたからだ。


「チッ、追っかけてくんのかよ。でも、こんなにノロいんじゃ……げっ!」


 バシュッ、バシュッ、という音を立てて、発光体から次々と新たな『子』の発光体が生み出されていく。それらは『親』の発光体よりも一段階スピードを上げて、ビーンズを追従しはじめた。


「おいおいおい、まさか……」


 子の発光体はある程度ビーンズを追いかけるが、まだまだ速度が不足している。しかし、今度は子の発光体が新たに『孫』の発光体を生み出した。その速度はさらに増している。

 ビーンズは顔を引き攣らせながら慌てて逃げ出す。しかし、発光体は次々に世代を増やしていき、徐々に速度を増していく。ビーンズはどんどん追いつめられていった。


「な、なら……!」


 ビーンズはなんとか発光体をかわしながら、人質達の元へとやってくる。どうやら、人質達を壁にしようとしたらしい。しかし、僕の組み立てたマギのAIはそれを許さない。障害物を迂回するようにしてビーンズへと向かっていくのだ。


「く、くそぉ!!」


 もはや逃げ場を失ったビーンズの元に、発光体が大挙して押し寄せる。ついに避けきれずに発光体が身体に触れると、パチンと音を立てて弾ける。


「ぐぁ! がぁっ!」


 発光体に触れれば電流が流れる。金属製であろう黒い鎧を物ともせずに、ビーンズを感電させるのだ。次々と殺到する発光体が破裂し、ビーンズはピンボールのようにバチンバチンと弾き飛ばされていく。


 発光体がほとんどなくなる事には、プスプスと煙をあげるビーンズが横たわっていた。息はあるようだが、完全に気を失っている。


「うーん、ちょっとやりすぎたかな……」

「…………」


 僕が少し反省していると、周囲から視線を感じる。


「ん? どうしました?」

「い、いえ……」

「な、なんでもありません、なんでも!」


 薔薇姫とジャワール皇子が首をブンブンと振っている。よくわからないので、放っておく事にした。


「それより、エクマ君。ありがとう。君のおかげで助かったよ」

「うん」


 何もないところから返事が返ってくる。いや、もちろんエクマ君はそこに存在している。ただ、だけだ。

 『鬼ごっこ』の時にエクマ君が使ってきたのは、光の屈折を利用して本人の位置を錯覚させるマギだった。しかしあのマギには、背景の違いや立ち位置によってすぐ見破られてしまうという欠点があった。エクマ君は運用を工夫してカバーしていたが、まだまだ改良の余地はある。

 そこで僕はエクマ君に、光を屈折させるのではなくさせるのはどうかと提案した。それによって、まるで映画やゲームのような『光学迷彩』が実現したというわけだ。要するに『透明人間になれるマギ』である。ボスには「非常識すぎる」と呆れられたが。


 エクマ君は透明になって、こっそりと部屋に潜り込んできていた。その事に気がついたのは、部屋の中を見回した時だ。マギデバイスを落としても音を立てないほどのが、二カ所だけ凹んでいる事に気がついたのである。

 光学迷彩のマギの前提知識がなければ、単なる凹みにしか見えないだろう。事実、ビーンズは全く気がついた様子はなかった。

 しかしそれは、エクマ君が立っている足跡だったのだ。


 エクマ君がマギを解除して姿を現すと、周囲からは驚きの声があがる。


「シ、シライシさん……彼は一体……」

「ああ。えーと、姿を隠すマギを使っていたんですよ」

「ソ、ソウデスカ……」


 僕の説明に、ジャワール皇子は引きつった顔になって頭を抱えた。


『これでは国家機密どころか、暗殺すら自由自在ではないか……。彼を絶対に敵に回さないよう、兵士達に徹底的に周知しなくては……』


 なんだか、余計に恐れられてしまったようだ。

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