094 - hacker.debug(poison);

 バーレイ皇子を蝕む『毒』は、脇腹に受けた矢から侵入した。毒はごく少量のはずだが、恐らく血液の循環によって全身に廻ったのだろう。

 僕は立ち上げた『デバッガ』を動かし、バーレイ皇子の容体を確認する。このデバッガは少々特殊で、治療マギの動きを把握しログ記録として見たり、異常のみられる箇所や、修復を試みたが失敗した箇所などを視覚化する機能を持っている。

 バーレイ皇子の身体を表す全身図がスクリーンに映しだされた状態で治療マギの動きを確認すると、とある箇所にがあり、修復に失敗している事が確認できた。


「心臓か……厄介だな……」


 スクリーンに映しだされた全身図は全体的に淡い赤色で着色されているが、心臓にあたる箇所が特に濃い赤色になっている。どうやらバーレイ皇子の体内に侵入した毒は心臓に害を及ぼしているらしい。

 心臓の鼓動が弱まっていけば酸素が十分に行き渡らなくなる。まだ心停止までには至っていないが、このままでは時間の問題かもしれない。そうすれば酸素の不足によって脳に深刻なダメージを与える事になり、取り返しがつかなくなる。

 僕はスクリーンを操作して治療マギのログを表示させる。


「複製はできている……けど、それを使って修復ができていない……?」


 治療マギは心臓の異常を感知して修復しようと試みた。正常な細胞の複製には成功したものの、それを使って心臓を修復しようとしたところで、原因不明の失敗に終わっている。残されたログにはエラーが山のように表示されていた。理由はわからないが、心臓付近に修復を拒む何かがあるとしか思えない。

 しかし矢を直接受けた傷口が治っているのに、なぜ心臓だけが正常に治らないのだろうか?


 ログを見ながら理由を考えていると、電話マギサービスの呼び出し音が鳴り響いた。

 着信元にはシィの名前が表示されている。不安にかられて、急いで電話を取る。


「もしもし、シィちゃん? 何かあった?」

『あのね、おにーちゃん。なんか、へんなの』

「ん? 変ってなにが変なんだい?」


 スクリーンに映しだされたシィは、不安そうな表情を浮かべている。


『急にね、でてきたの。今まではなかったはずなのに……』

「な、何がでてきたの?」

『……バグのまかく』


 バグのまかく。バグの魔核か。


 魔物は本来、人間以外の動物に対して『魔核』と呼ばれるものが取り憑く事によって生まれる。いわばウィルスの感染のようなものだ。だが、ごくまれにこの魔核にが発生し、人間にすら感染する事が可能な魔核が発生するのだ。

 バグ入りの魔核が人間に感染すると、人間が魔物へと変貌する。僕も一度、この魔物と相対した事があるが非常に危険な相手だった。シィによれば、これまではシィの父親が『お仕事』として発生したバグ魔核に対処していたらしいが、今は父親はこの世におらずシィが仕事を引き継いでいる。

 その仕事道具として、シィは父親から『バグ魔核を感知するマギ』を授けられている。以前はこのマギを使って定期的にチェックしていたが、それを見かねて自動化してあげたのだ。そのおかげでバグ魔核が発生すれば、すぐに気づく事ができる。


「それで、その反応はどこにあるの?」

『あのね、おにーちゃんのすぐ近くなの!』

「なんだって!?」


 バグ魔核がすぐ近くに生まれた? だが、魔核というものは自然発生するものではなく、魔物が繁殖活動の一環として生み出すもののはずだ。

 いま僕の近くにいる魔物といえば……バレット? しかし、バレットは暗殺者を追跡しているために、この場からは離れている。また、こんな状況で賢いバレットが繁殖活動を始めるとも思えない。


「今もまだ近くにあるのかな?」

『……うん。動いてないよ』


 バレットではなさそうだ。それにしてもバグ魔核か……。嫌な思い出だ。

 以前バグ魔核によって生まれた魔物と戦った時は、バレットが前衛となって攻撃を引きつけてくれた。こちらの使うマギはビーンズ将軍のように俊敏な動きでかわされてしまったので、その場で即興で回避不可能なマギを組み立てて倒したのだ。

 あの時は確か、まだ相手が魔物になりかけだったので、完全に魔物になる前に拘束しようとしたんだっけ。でもなぜか、拘束しようとしたマギが……。


 そこでハッと気がついた。


「シィちゃん。知らせてくれてありがとう」

『うん……おにーちゃん、シィも手伝いに行く?』

「いや、大丈夫。たぶんバグは何とかできると思う」

『わかった。あのね、気をつけてね?』

「うん。ボスにもよろしくね」

『うんっ』


 電話を切って、横たわるバーレイの身体に目を向ける。


「シライシさん……魔核とは、どういう事なのデショウ?」


 ジャワール皇子が不安そうに尋ねてきた。これから事を行なうにあたって、皇子には説明しておく必要があるだろう。僕はこの時すでに、『毒』の正体を確信していた。


「魔物は魔核が動物に取り憑くことで生まれてくる事はご存知でしょうか?」

「ええ……。魔物については皇族としての教養に含まれますが」

「ここだけの話にしてほしいのですが……ごくまれに、人間に取り憑く事ができる『バグ魔核』が生まれる事があるそうなのです。それはつまり、人間が魔物になるという事です」

「な、なんですって……! そ、そんな話は聞いた事がありまセン!」

「ですが事実です。僕は一度だけ、人間が魔物になるのを目撃した事があります。その時は慌てて拘束しようとしたのですが失敗しました。マギで生み出した拘束具が、魔核から染みだしてきた『黒い物質』に触れた途端、崩れ落ちてしまったのです」

「ナント……黒い物質……デスか?」

「はい。黒い物質は魔物の表皮を形成するのに使われていました。正体はわかりませんが、あの物質がマギで作られた物をなにかであったのは間違いありません」


 そしてそれは、目の前で起きている治療マギが心臓の修復に失敗する現象を説明できる。通常よりも小さいバグ魔核の反応。マギによって複製された細胞を拒む謎の物質。


 線が一本につながった。


「生物に取り憑いた魔核は体内に潜伏しますが、その間どこに潜んでいるかと言うと……」


 バーレイ皇子の軍服のボタンを外し、胸元をはだけさせる。

 そこには思った通り、ポツンとを見つける事ができた。


「胸の真ん中。人間ならば、心臓が位置する場所です」


//----


 魔物。人間にとっての古くからの天敵。

 その生態については学者達によって研究されているものの、魔核を通して繁殖すること以外はほとんど知られていない。ましてや、バレットのように人間に慣れ親しんだ魔物の例など皆無だ。

 魔物の暴虐に対して人類はマギによって抵抗していたが、マギを行使できるのは一部の賢者のみであり、魔物の数が増えてくれば焼け石に水の状況になった。

 そんな中マギの賢者であるマギハッカーによって生み出されたのが、マギを誰でも簡単に使えるようにするマギシステムだった。人類はマギの力を手にして一致団結して魔物達に立ち向かうようになり、魔物の脅威を大幅に減らす事に成功したのだ。


 しかし、そんな人類の希望であるマギを無効化する黒い物質。

 通常の魔物はマギを無効化したりしない。


「先ほどの黒い矢には、恐らく魔核が仕込まれていたのでしょう。バーレイ皇子の体内に侵入した魔核は心臓へとたどりついたのです」

「そ、それでは、治療マギサービスで治せなかったのは……」

「はい……魔核が治療を阻害していたのでしょう。マギの効果を妨害する『黒い物質』を分泌するのは、人間に取り憑く魔核に共通する特徴なのかもしれません」

「なんて事ダ……。ハッ! そ、それでは、父上は!」

「いえ、皇王陛下は魔核に感染しているわけではないはずです」


 皇王が体調を崩してから一年間は経過しているとの事だった。魔核の潜伏期間は数日間のはずなので、それだけ経っていればとっくに魔物になっているはずである。それ以前に、シィのマギによって感知されていたはずだ。

 しかし治療マギサービスが効かないという症状を見れば、バグ魔核が関係している可能性は大いにありうる。こうして暗殺者がバグ魔核を用いてきたという事は、背後にバグ魔核を研究している組織がいるはずなのだ。その研究成果として、例の『黒い物質』を抽出する事に成功したのかもしれない。


 僕が説明するとジャワール皇子は少し落ち着きを取り戻した。さすがに皇王が魔物になるような事態は避けたかったのだろう。皇族にとっては最悪のスキャンダルになるし、スタティ皇国の終焉につながる可能性もあった。そういう意味では、バーレイ皇子もなんとかしなければマズい。


「とにかく、バーレイ皇子を治療してみます。魔核を摘出すれば良いはずです」

「摘出……! できるのデスか!」


 ジャワール皇子が驚いている。


「以前は失敗して魔物になってしまいましたが……魔物になった後でも、魔核を取り出せば無事に人間に戻す事ができました。バーレイ皇子も問題なく戻せるはずです」

「それはスゴイ……! ……それにしても、シライシさんがいなければどうなっていたか……」


 ジャワール皇子は青い顔のまま、バーレイ皇子の胸元の黒い点を見つめている。人間が魔物になるなど突拍子のない話、普通なら到底信じられる事ではない。それにも関わらず、僕の言う事を無条件で信じてくれるジャワール皇子は、人が良いのか、それとも器が大きいのか。


 とにかく、ジャワール皇子のおかげでスムーズに摘出作業ができそうなのは僥倖だった。

 用意した一室にバーレイ皇子を運び込み、他の人達には避難してもらう。万が一、魔核の抵抗による暴走が始まれば、一気に魔物に変貌して襲いかかってくる。そうなったら、バグ魔物と一度戦ったことのある僕が戦う事になるだろうが、他の人を守りながら戦うのは辛い。


「シライシさん……何から何まで、あなたに頼ってしまい申し訳ありまセン」

「いえ……どうせ乗りかかった船ですし。それに、バグ魔核は僕にとっても他人事ではありませんから。もしバグ魔核が拡がったら……」


 人間を魔物にする魔核。ウィルスのように感染する魔核が拡がれば、あっという間に魔物だらけになってしまうだろう。マギが通じないとなれば、人類が抵抗するのは厳しい。

 ジャワール皇子も危機感が伝わったのだろう。ブルリと震えている。


「では、ここは僕に任せて避難してください」

「はい……ご武運を」


 ジャワール皇子が退室すると、部屋には僕とバーレイ皇子だけが残された。


 前回の事を考えるとバレットを呼びたいところだが、まだ襲撃者を追跡しているのか帰ってこない。それに、前に比べればマギデバイスも使いこなせるようになってマギも充実しているし、僕一人でも対処できるはずだ。


「ふー。やれやれ、どうしてこう、いっつもトラブルばっかりなんだろう……」


 己の不運を嘆いてみる。神様がいるのなら、文句の一つも言いたいところだ。

 なにせ、バグ魔核の存在は神様のミスによって生まれているに違いないのだから。


 さっさと、バグ修正してくださいね。神様。

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