087 - hacker.meet(prince);

 スタティ皇国では絶対君主制、つまり主権がトップである皇王にあり、国民は皇王の『所有物』であると定められている。ダイナ王国の王民誓言のような憲法が存在するわけでもなく、円卓議会のような身分差を問わない議会が存在するわけでもない。皇王は全てを優越する絶対的な権力をもつのだ。

 さらに、建国に貢献した者達を貴族と呼ばれる特権階級として遇している。これらの権力の継承は血統によって行われるため、平民との身分差はいつまで経っても埋まらない。


「平民がマギデバイスを使えないって……そ、それでは、普段の生活はどのようにしているのですか?」

「そうですね……。例えば、皇都での飲み水は多くが井戸水で賄われていますね。また、やや高額ですが所定の位置で水生成マギサービスによる水を受け取れるようになっています」

「で、でも、結局、水生成マギサービスを使っているわけですよね? それなら、平民に水生成マギサービスを直接使わせれば良いのでは?」

「おい、バンペイ」


 僕が薔薇姫に食って掛かるように尋ねると、ボスが僕の服を引っ張った。小声で話しかけてくる。


「気をつけろ。相手は皇女殿下なのだ。他国の私たちが言い過ぎれば、内政干渉だと受け取られる可能性もあるのだぞ」

「あ……そ、そうです、ね……」


 しかし、薔薇姫には僕達の会話が聴こえていたのか、ふるふると首を振る。


「いいえ。確かにシライシさんの仰る通りでしょう。合理化を目指すならば当然の帰結です。しかし、マギハッカーによってマギシステムが生み出された時、当時の皇王はそうは考えませんでした。むしろ、平民による王位の簒奪を恐れたのです」


 なるほど。誰でも使えるマギシステムは便利な反面、安易に力を得られるという危険性もある。権力者からすれば厄介な代物かもしれない。日本でも豊臣秀吉が刀狩りをして農民達から武力を奪った。これにより兵農分離が進み、武士階級の権力を絶対のものとしたのだ。


「スタティ皇国が建国されたのはマギシステムが開発される前ですから、建国宣言にある『剣』とは従来の武器である剣を指しているにすぎません。しかし当時の皇王はこの宣言を拡大解釈し、マギデバイスも『剣』であるとして平民たちからマギデバイスを奪い取ったのです」


 皇族からすれば先代の皇王とは敬うべき先祖のはずだが、薔薇姫の言葉の端々から嫌悪感がにじみ出ている。どうやら薔薇姫個人としては、平民たちにマギデバイスを与えるべきだと考えているらしい。


「私とジャワールが貴方がたをお招きしたのは、この国の現状を少しでも変えるため。貴方がたは、新興企業でありながらダイナ王国におけるマギサービスの在り方を大きく変えています。また、より広く万人が使えるように、という希望から治療マギサービスのコードも公開されたと聞き及んでいます」

「それは……」

「他力本願であるのはわかっております。もちろん、直接お力添えを頂けなくとも構いません。シライシさんが国賓としての招待に応じてくださっただけでも、貴族達への牽制となるのです。皇族が身分差を問わずにマギエンジニアを重く見ており、マギサービスの改革を望んでいる、という姿勢が伝わりますから」


 どうやら皇族とは言っても力関係はなかなか複雑らしい。僕達は政争のごたごたにホイホイと足を突っ込んでしまったというわけだ。


「それに……個人的に、シライシさんには興味がありました」

「えっ……?」


 何やら思わせぶりな薔薇姫のセリフに思わず聞き返す。


「そうですわ。うふふ、シライシさんではなく、バンペイさんとお呼びしても?」

「え、か、構いませんが……」

「バンペイさんの事、もっとよく知りたいですわ……」


 薔薇姫が首をかたむけて僕の目を見つめてくる。フワリと花の香りまでしてきて、思わずクラリとしてしまいそうになった。だが、横からゴホンゴホンと大きな咳が聞こえてきてすぐに我に返る。「ぐぬぬ……」とか「やはりバンペイを……絶対に渡さんぞ」とか何やらブツブツ聞こえるのはスルーしよう。


 薔薇姫の背後に控えていた執事が、こそりと薔薇姫に耳打ちする。薔薇姫は頷いて応えた。


「さあ、皆様。そろそろ皇城に到着いたします」


//----


 僕達が住んでいるダイナ王国の王城は歴史があり、非常に重厚なものだった。火攻めに備えるために石造りの部分が多く、全体的に灰色や黒色が多い。ずいぶん頑丈そうだと驚いたものだ。まさしく質実剛健という言葉が似合う王城だった。

 それとは対照的に、僕達がいま目にしているスタティ皇国の皇城は全体的に白く、優美な印象を受ける。別名『白鳥城』と呼ばれているらしい。見張り台を兼ねる二つの白い塔が、まるで羽を広げているようだと言われているとか。元日本人の僕としては、日本の城に近いこちらの方が親近感がわく。


「わー、おっきぃね!」

「うむ。実に見事な城だな」

「…………」


 エクマ君はポカンと口を開けて皇城を見上げている。今までほとんど外出する事ができなかった彼にとって、異国の風景は見るもの全てが新鮮だろう。馬車にいる時からキョロキョロと落ち着かない。


「ふふ、ありがとうございます。さあ、こちらですわ」


 薔薇姫は自らが先頭に立って僕達を誘導する。もちろん周囲には警備兵と思われる人達がいて、目を光らせていた。彼らの腰にはマギデバイスのホルダーが見える。

 やはり薔薇姫はこの国における最上級に近いVIPなのだろう。そんな彼女からの接待を受ける僕達には、皇国中から嫉妬が集まってくるかもしれない。今更ながら場違いな気がして、なんともいたたまれない気持ちになる。しかし、ここまで来て帰るわけにもいかない。薔薇姫の華奢な背中を追いかける。


 皇城の中を案内されながら客室に続く廊下を歩いていると、向こうから誰かがやってくる。大勢のお供を連れ歩いているところを見ると、高貴な身分の人物に違いない。


「お兄様……」

「おお、愛しい我が妹よ! いま帰ったぞ!」


 やってきたのは、どうやら皇族の一人らしい。ウェーブの掛かった金髪を持ち、キリリとした眉と高い鼻をもつ眉目秀麗というべきイケメンだ。高価そうな青色のジャケットの上に赤いマントを身につけている。オーバーアクション気味に手を大きく広げて、薔薇姫を迎え入れる。


「お帰りなさいませ、お兄様」

「ああ。今回の狩りはなかなか大物を仕留められたぞ! あの大狐なら見事な毛皮になるだろう。そなたによく似合う召し物を仕立ててやろうではないか」

「ありがとうございます、お兄様。その、お話をお聞きしたいのはやまやまなのですが、わたくし、お招きしたお客様をご案内しているところですの」

「む? 客だと? 聞いておらんな」

「ええ……。ジャワールがお招きして、私が接待役を務めておりますわ」


 男性は薔薇姫の後ろに立つ僕達をジロジロと見て、フンと一笑する。


「見たところ、ダイナ王国の者だな? しかも、みすぼらしい格好をしているところを見ると、有力者というわけでもあるまい。ジャワールは、なぜ平民ごときを城に招いたのだ」

「お兄様! お客様になんと失礼な事を仰るのです!」


 あまりの物言いに薔薇姫が抗議する。だが、男性は悪びれる様子もなく続ける。


「この皇城は子どもの遊戯場ではないのだぞ。子どもや犬まで連れ込むなど、何を考えておるのだ。ふん、これだから下賤な平民など――」

「お兄様! それ以上、お客様を侮辱されるようでしたら、私にも考えがございますよ!」

「……ふん。気が削がれた。湯浴びをするぞ」


 男性はお供を連れて、僕達の存在を完全に無視してズカズカと廊下を歩いて行く。あまりの尊大な態度に、僕達はただただ絶句しているしかなかったのだ。

 男性が見えなくなると、薔薇姫は僕達の方に向き直り、丁寧に頭を下げる。


「ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。何とお詫びをすればよいか……」

「い、いえっ! 殿下、頭を上げてください!」


 この国のトップである皇族に頭を下げさせるなど恐れ多いことだ。警備兵たちが目を丸くしている。確かに不快だったが、それはあの男性のせいであって薔薇姫に非はない。


「その……あのお方は? 殿下の兄君でしたら、皇子殿下でしょうか?」

「ええ……先ほどの者は、第一皇子であるデベス=オラル=スタティです。私の義理の兄にあたります。その、兄に代わってお詫び申し上げますわ」

「第一皇子……が? あ、いえ、失礼いたしました!」


 ボスが思わず失言してしまい、慌てて頭を下げている。しかしボスの気持ちもわかる。が第一皇子だったとは思わなかった。ある意味で非常に皇族らしいのかもしれないが、それでも常日頃からあの態度では、平民達からの支持を集めるのは難しいのではないか。第一皇子といえば皇太子であり、次代の皇王となるはずだ。

 いや、この国は絶対君主制。平民の支持など関係ないということか。この分だと、他の皇族や貴族達も似たり寄ったりかもしれない。第一皇女である薔薇姫や、第三皇子であるジャワールは僕達に対しても分け隔てなく接してくれるが、そちらの方がおかしいのかも。

 ボスの失言にも、薔薇姫は怒る事もなく理解を示す。


「いえ……私も兄の態度には思うところがございます。ですが、この国では兄のような態度が普通なのです。お恥ずかしい話ですが、皇族も貴族も、平民たちを下賤の者と蔑み、粗略に扱うのが常態化しております。国というのは、民がいてこそ成り立つものですのに……」


 特権階級意識というやつだろう。国民たちがリーダーとして王様を選んだからこそ国ができたのに、いつの間にか上に立つのが当たり前という意識が生まれてくるのだ。


「平民達にマギデバイスを開放する、という改革が進まないのも、こういった皇族や貴族が『平民ごときにマギデバイスを与えるなどとんでもない』と抵抗しているからです。残念ながら、賛同者はあまり多くありません」


 薔薇姫はまたしても憂鬱そうな表情になる。どうやら皇国における薔薇姫の派閥は少数派らしい。美貌と知性によって、皇国における薔薇姫の人気は圧倒的だ。国民達からの支持は非常に厚い。しかし、この国では平民たちの支持など全く意味がないのだ。


「その……皇王陛下はどうお考えなのでしょうか?」

「……陛下は……父は……」


 ボスの問いに薔薇姫はさらに辛そうな顔になった。なんだか背徳的な気分になってくる。


「父は一年前ほど前から病床に伏しております。あまり他国の方にお話すべきではありませんが……」

「えっ、そうなんですか?」

「はい。父は私たちの言葉をよく聞いてくださり、民の事をよく思ってくださるお方です。マギサービスについても、いつかは改革したいと仰っておりました。しかし、まだその時ではないとも……きっと、バンペイさんの登場こそが、父の言う『その時』なのだと思います」

「そ、そんな……買いかぶりです」

「いいえ。そうは思いません。父の言う通り、これまではマギサービスの改革などと言っても現実味は薄かったのです。極少数の利用者しかいなかったマギサービスを急に平民すべてに拡大するなど、国内のマギエンジニアの技術力では不可能でした……しかし、治療マギサービスが公開された今なら、本格的な展開も可能かもしれないのです」


 これもまた、オープンソース化による効果と言えるかもしれない。ソースコードというのは、言ってみれば『ノウハウ』の塊だ。それを共有することによって、全体の技術力を底上げできる。

 治療マギサービスを公開した甲斐があったというものだ。


 そこまで考えた時に、ふと違和感に気がついた。


「あれ……? ちょっと待って下さい。皇王陛下は今もご病気なのですか? 公開した治療マギサービスはお使いになられていないのでしょうか?」

「ええ、もちろん使わせて頂きましたわ。検証して安全性を確認した上で、父の主治医である宮廷医が使用いたしました。ですが……」

「治らなかった、のですね?」

「はい……」


 ふむ、治療マギサービスが効かない症状か。心当たりはいくつかあるけど、実際の症状を見てみなければ確信は得られない。例えば寿命による老衰などは、治療マギサービスでは治せない。


「あの……もしよろしければ、陛下の診察をさせていただけないでしょうか。我々が作った治療マギサービスで治せないというのは気になります。もしかしたら、お力になれるかもしれませんし」

「まあ……それは助かります。わかりました、私の権限でお伺いをしてみます」


 それまでの辛そうな顔から一転して、薔薇姫は希望でパッと顔を明るくする。それを見た警備兵達は頬を赤くしている。どうやら、平民だけではなく兵士達からも人気が高いらしい。


 もしかして薔薇姫が一声かければクーデターが……い、いや、物騒な想像はやめておこう。

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