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 マギカンファレンスは何事もなく無事に終了した。

 国際的な学会の場合は何日か掛けて開催される事も珍しくないが、初回ということもあり、発表者もそんなに集まらなかったため、一日だけの開催である。

 最後はいつも通り、王様の演説で締められた。相変わらず、おいしいところだけ持っていく方だと思う。


 僕も自分の発表が終わった後は他の人の発表を聴いていたのだが、休憩時間になると顔つなぎや他の企業への引き抜き目的で話しかけてくる人達が多くて辟易した。普段はボスが来客をシャットアウトしているために相手せずに済んでいるのが、どれだけありがたい事か実感する。

 もちろん、そういった人達だけではなく、僕の発表に関しての質問をしてくる人や、僕達が展開している電話マギサービスなどへの技術的な質問をしてくる人など、有意義な話ができた人達もたくさんいる。相変わらずコミュ障っぷりが抜けない僕だが、技術的な話題には事欠かない。

 『一般的なマギエンジニア』と一括りにしていたが、もちろんスキルは人によってまちまちで、ものすごく基本的な事を尋ねてくる人もいれば、かなり深い処を尋ねてくる人もいる。やはり企業の最前線で働いているマギエンジニア達ほど理解が深いという印象があった。僕よりキャリアが長い人だって大勢いるだろう。上から目線で考えていたのを反省するばかりである。


 そして、問題はスタティ皇国の皇子からの誘いである。

 もちろん、その後でボスに話は通しておいた。ボス曰く「恐らく招待にかこつけてバンペイを勧誘するつもりだろう」との事だ。僕もそう思う。

 今考えてみれば、国交も満足になされていないのに、一介のマギエンジニアを国賓待遇で招くというのはかなり大げさといってもいい。何か裏の思惑があるのは間違いないだろう。

 気弱そうにみえた皇子だが、意外と食わせ者なのかもしれない。


 だが、ボスはそんな僕の懸念を一笑に付した。


「ふっ。バンペイよ。招かれたのなら乗ってやればいいではないか。外国を見てくるというのも、そう悪くはないと思うぞ」

「で、ですが、ボスは心配じゃないんですか? もしかしたら、僕が勧誘されるかも……」

「だがバンペイは、そんな勧誘には乗らない。そうだろう?」

「そりゃそうですけど……」

「なら問題ないな。ハッハッハ!」


 ボスの脳天気な笑い声に拍子抜けしてしまう。そして、ボスの中での僕は、抜けても問題ない程度の存在なのかもしれない、とネガティブな感想を抱いてしまう。自分に自信のない僕の悪い癖が出てきたようだ。


 だが、そんな僕の葛藤をボスは容易に見ぬく。

 ボスは僕の浮かない表情を見て、ニヤリと笑った。


「何かバカな勘違いをしている顔だな、バンペイ?」

「い、いえ……別に……」

「私はな、バンペイを信頼しているからこそ送り出せるのだ。君の事を信じていなければ、手元から離すはずがない。そうだろう?」

「ボス……」

「私は社長として出来る限りの事はやってきたつもりだ。それで部下であるバンペイが愛想を尽かして出て行くというのなら、それは私の責任なのだ。それに――」


 ボスは言葉を切って、ふわりと柔らかい笑みを浮かべる。


「私とバンペイの間で築いた信頼関係は、一朝一夕で崩れるようなものではないだろう?」

「…………」


 ボスの語る言葉は僕の心に暖かい火を灯した。

 かつて信頼関係を築けず空っぽだった僕が、今こうしてボスと信頼でつながっている。


 それは、信じがたい奇跡のように思えたのだ。


「……信じる者は救われる」

「ん? なんだって?」

「僕の故郷に伝わる言葉です。僕は今まで、この言葉は『神様を信じていれば救われる』という宗教的なスローガンだと思っていました」

「ほう……。確かにこの国にも似たような言葉があるな」

「ですが、この言葉はよく考えてみれば、『何』を信じるのかは言っていません。ただ、信じるという行いが救いにつながるのだとしか言っていないのです」

「ふむ……」

「思えば、僕は自分を信じられなかった。そしてそれは、『自分を信じてくれる相手』すら信じられない、という事だったのかもしれません。僕は、『ボスが信じている僕』をもっと信じてやるべきなのかも……。それが、僕にとっての救いになるのかも、とふと思ったんです」


 僕の哲学的な言葉にボスはキョトンとした。

 そんな彼女が猛烈に愛おしくなる。


「よくわからんが……バンペイは、もっと自信を持つべきだろうな!」

「あはは。ボスはいっつも自信満々ですからね」

「うむ! ……うむ? なんだか、バカにされたような気が……」

「気のせいですよ。ボスはいつまでもそのままでいてください」


 できれば、僕が自分を本当に信じられるようになる時まで。

 そうしたら、この一歩の距離を踏み出せる勇気を得られるから。


//----


 マギカンファレンスから数日後、再び王都を驚かせるが起こった。


 いや、正確には事件と呼ぶのは相応しくない。

 なぜならそれは『慶事めでたいこと』だったからだ。


「な、なんだと!?」

「どうしたんですか、ボス?」

「ん〜?」


 いつも通りオフィスでまどろんでいると、一通の手紙が配達されてきた。手紙を受け取ったボスは、差出人の名前を見て首を傾げ、封を開けて手紙を読むなり驚きの声をあげたのだ。一緒にソファで昼寝していたシィがごしごしと目をこすって起き上がる。


「こ、これを見ろ!」


 そう言って寄越してくれたのは、銀色と赤色の糸で彩られた一通の封筒。ずいぶんと派手な封筒だな、と思ったが差出人を見て納得する。


「フォマ=ビティフィアって……新・リンター教の教皇ですよね? あれ、シスター・エイダも連名で?」


 どうして二人の名前が並んで書かれているのだろう?


「バンペイ、いいから中の手紙を読んでみろ」

「はいはい。えーっと…………ええっ!?」


 僕もボスと同じように驚いてしまった。それも無理はないだろう。


 手紙に書かれていた内容は――


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 謹啓

 神の息吹が益々美しく世界を彩る季節となりました。

 皆様にはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

 さてこのたび 私たちは結婚式を挙げることになりました。

 つきましては 今後とも幾久しく皆様のご厚情を賜りたく

 ささやかではありますが小宴を催したいと存じます。

 ご多用中のところ誠に恐縮ではございますが

 何卒ご臨席を賜りますよう お願い申し上げます

                  敬白

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「け、結婚!? あの二人が!?」

「んー? どうしたのー?」

「あ、ああ。どうやらそうらしいな」

「シスターが教皇選出の時に飛び出していきましたが……もしかして、あのまま強引に……」

「もー! なんのお話してるの!」


 僕とボスが驚きで一杯一杯になって話していると、何が何やらわからないシィは頬を膨らませる。

 以前は僕とボスが会話をしていると黙りこんでいたのだが、子供塾に通って同じ年頃の子どもたちと遊ぶようになってから、徐々に子供らしい反応をするようになってきているのだ。もともとの好奇心もあいまって、質問攻めにされる事も多い。


「ああ、ごめんごめん。シィちゃんは結婚ってわかるかな?」

「けっこん? ってなぁに?」


 案の定、シィは結婚の事は知らないようだ。


「えーとね、好きな人同士がこれから家族になって一緒に暮らします、って言う事かな?」

「うー? 家族になるの?」

「うん。シィちゃんのおとーさんだって、おかーさんと結婚したはずだよ。二人が結婚したからシィちゃんは生まれてきたんだよ」

「え! そうなの? じゃあ、『けっこん』すれば赤ちゃんが生まれるの?」

「あー、結婚しても赤ちゃんが出来るとは限らないけどね。こればっかりは授かり物……神様が決める事だから……」

「神様? 子供は神様が作ってるの?」

「う、うん……そうだね……」


 言葉に詰まってしまう。この世界の宗教観、特にリンター教では、人類はあくまでも神様が創りだした、という考え方が一般的である。サルから進化したなどと口にしても笑われるか正気を疑われるだけだろう。それにヒト族以外の人類が存在している以上、地球と同じだとも限らない。

 夫婦の間に子供が出来るのも神様に授かったとするのが常識なのだが、保健体育を学んだ地球人としてはもちろんそれだけで子供が出来るわけがない事を知っている。シィに正しい答えを教えるべきか逡巡したが、結局は方便で押し通す事にした。

 だが、この場には一人、空気を読むことを知らない人物がいる。


「ふふふ、バンペイよ。シィには正しい知識を教えるべきだぞ」

「え……?」

「シィ。赤ちゃんはな、確かに神様が授けてくれるものではあるが、作っているのは神様ではなく人間なのだぞ」

「えっ、そうなの?」


 ボスは腕を組んで自信満々で語り始める。せっかくシィが納得しかけていたのに、この人は一体何を言い始めるんだ。ドキドキハラハラが止まらない。


「じゃあ、どうやったら赤ちゃんが作れるの?」


 ほらきた。パパママが答えづらい質問ナンバーワン。


「それはな……赤ちゃんはで作られるのだ!」

「えええ!?」


 思わず声を出してしまった。


「なんだ、バンペイも知らなかったのか? なら覚えておくといいぞ。どうやら夫婦が一緒に使う特殊なマギらしいがな。結婚式の日に教会の神父からマギを伝授されて、その夜は二人で寝室に――」

「わーわー! わ、わかりましたから! ボス、そ、その話は誰から聞いたんです?」

「む? あれは確か……そう、父上だったな。私が小さい頃に聞かせてもらったのだ!」


 ババーンと効果音が聞こえそうなほど胸をはるボス。ドヤ顔している彼女には悪いが、どう考えてもマギで人間が作れるわけがない。『複製クローン』ならまだわからないでもないが、この世界でも母親はしっかりと赤ちゃんを身ごもって身重になるし、助産師だって存在する。そんな事がマギで実現できるはずがない……と思う。

 どうやら父親であるデイビッド氏は、幼くて純真な彼女に便を教えこんだらしい。ボスは父親の言葉を完全に信じ込んでいる。父親も娘がここまで世間擦れしないで育つとは、予想していなかったのだろう。


 だが、ボスの言葉を否定する前に、同じく純真なシィからが投下された。


「ねぇねぇ! おにーちゃんとボスは『けっこん』しないの?」

「え……」

「な、なに?」

「だって、おにーちゃんもボスの事が大好きだし、ボスもおにーちゃんの事が大好きでしょ? だったら、『けっこん』して家族になっちゃえばいいと思うな!」

「…………」


 僕とボスは赤くなったお互いの顔をチラチラと見やる。


「赤ちゃんがマギで作れるんなら、きっとおにーちゃんがもっとスゴいマギにしちゃって、たくさん赤ちゃんができるね! うわぁ、楽しみだなぁ!」

「シ、シィちゃん……そ、そのね。結婚っていうのは、もっとお互いの事をよく知ってから……」

「え? おにーちゃんもボスも一緒にいるからよく知ってるでしょ?」

「う、うん、そうなんだけど……」


 ダメだ。ボスの顔をまともに見られない。


「ねっ! 『けっこん』しようよ! いいでしょ?」


 シィがキラキラとした瞳で僕達を交互に見る。

 ここが勇気の出しどころなのかもしれない。


「ボ、ボ、ボス……」

「な、な、なんだ……バ、バンペイ」

「その……僕でよければ……け、け――」

「邪魔するであーる!!」


 僕がその言葉を口にしようとした時、突如として開かれた玄関扉の開放音と、現れた男性の野太い声によって掻き消される。


「バンペイはここに……ム? 本当に邪魔をしてしまったであるか?」


 やってきたのは黒髭の偉丈夫、軍人のジャイルさんだ。タイミングが良いのか悪いのか。

 僕とボスは見合わせていた真っ赤な顔を慌ててそらす。シィは無粋な乱入者に頬を膨らませている。しかし、来客に文句を言うほどワガママではないようだ。


「い、い、いえ……ジャイルさん、どうしたんです? そんなに慌てて」

「ウーム。二人とも顔が赤いが……まあ良いのである。バンペイ。お主に知らせがある」

「知らせ?」

「ウム……隣国のスタティ皇国が、お主を正式な国賓として招きたいと言ってきたのだ。それだけならまだ良かったのであるが……」


 何だか嫌な予感がする。


「……先方はどうしてもお主が欲しいと見えるな。皇国の滞在中、お主の接待役として皇国の『薔薇姫ばらひめ』を指定してきたのである」

「薔薇姫?」

「薔薇姫だとっ!?」


 どうやらボスは薔薇姫とやらを知っているらしい。知らないのは僕ばかりのようだ。


「薔薇姫って誰なんですか?」

「ウム、バンペイは知らんであるか……。薔薇姫というのは皇国の皇女であり、一度目にすれば夢にまで現れると言われる絶世の美貌と、皇国一の彫刻師が表現不可能とノミを投げるほどの肉体美を兼ね揃えた美姫である。さらには頭脳も明晰らしくてな、皇国の治世にも大きく関わっているというぞ」

「はぁ。そんな完璧な美人がいるんですねぇ」


 僕の反応にジャイルさんは呆れた顔になる。


「バンペイ。皇国は今まで薔薇姫を外交に関わらせた事はないのである。それがお主の接待役へいきなり抜擢されたのだ。皇国は明らかにお主を重視しているのであーる」

「は、はぁ……」


 そう言われてもピンとこない。そもそも僕はボスを除いて女性とは縁が薄い。絶世の美女が接待役と言われても全く想像できないのだ。


「それにしても、王国は招待を受けるのでしょうか? 僕としては、王国が良いのであれば是非受けたいと思っています。接待役とかはともかく、外国の様子を目にする良い機会ですから」


 ボスも僕のことを信頼して、問題ないと太鼓判を押してくれたし。


「うむ……王国としては頷くしかないのである。何せ先方は薔薇姫を出すほど本腰を入れているのだ。ここで断ったりすれば皇女の面子を台無しにしてしまう。それはダイナ王国とスタティ皇国の関係に致命的なヒビを入れるかもしれんのである」

「な、なるほど……」


 僕の招待一つで外交問題に発展するなんて、話が大げさすぎて身を引いてしまう。


 ふと、先ほどからボスが一言もしゃべっていない事に気がついた。


「……ボス、どうかしたんですか?」

「……も……く……」

「え?」

「私も行くぞ! スタティ皇国へ!」

「ええっ?」


 いきなり立ち上がったボスは拳を固めて宣言した。


「やっぱりバンペイを一人にしては不安だ! ば、薔薇姫に……たぶ、たぶらかされるかもしれん!」

「あ、あの……ボス? この前と言っている事が……」

「な、なんだバンペイ! 私がいると何か問題があるのか!」

「いえ、むしろありがたいですけど……」

「ふ、ふふふ……おのれスタティ皇国め……バンペイは絶対に渡さんぞ……!」


 ボスはぶつぶつと独り言をつぶやいている。何やらボスの背後にメラメラと黒い炎が見えるようだ。そんなボスの剣幕を見て、ジャイルさんですらひいてしまっている。


 あれれ、信頼関係はどこにいったんだろう?


//----

// Chapter 04 End.

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