083 - hacker.talkWith(foreigner);
その後の『講義』は何度か質疑応答を挟みつつ順調に進んだ。
最初はおっかなびっくりといった感じで恐る恐る手を挙げていた聴衆も、次第に積極的になってくる。
「そこのマギフィンガープリントの受け渡しで、わざわざ入力をチェックしているのはなぜですか?」
「何らかの要因で不正なマギフィンガープリントが入っていても、処理を継続するためです。以前、同様の問題によって治療マギサービスが停止する事態が起こりました」
「なるほど。では、マギフィンガープリントが不正であるかどうかは、どのように判断しているのでしょう? 仮に数字でないおかしなマギフィンガープリントを持つ利用者がいた場合、どのように扱われるのでしょうか?」
「いい質問ですね。仰る通りマギフィンガープリントが数字である保証はありません。ですから、このコードでは全てを単に文字列として扱っています。そのため、仮に数字でないマギフィンガープリントの利用者がいても問題ありません。ただし、空の文字列だけでは識別用になりえませんので不正としています」
「なるほど……それでは――」
さすがに同じ質問者が連続して質問しすぎるのは、あまりよろしくない。僕がその事を指摘して、まだ質問があるようならリストにして頂ければ後で受け付けると宣言すると、質問者は慌ててペコリと頭を下げて着席する。
その質問者が座った途端、その周囲にいた人達から手が挙がる。どうやら、あの辺りに座っている人達は特に熱心なようだ。何かのグループであるらしく、小声で話し合っている。
気になるのは、その中に先ほど『オブジェクト指向』について質問してきた赤服の男性が含まれている事だ。正直、気になって今すぐにでも聞きに行きたいのだが、講義をほっぽり出すわけにもいかない。
「それでは、次のコードですが――」
今は、講義に集中しよう。
//----
やっと講義を終えて、舞台裏に引っ込んだ。
かなりの長丁場となったが、僕にしてはまずまずの講義だっただろう。少なくとも予定していた解説は全て終える事ができた。質疑応答も特に問題なかったはずだ。
あとは配布したマギブック、つまり電子書籍を読めば大体は理解してもらえるはずだ。
一般のマギエンジニアが僕のコードを理解できない理由。それは恐らく、今まで経験してきた
僕のコードが黒船だというつもりはないが、やはり初めて目にした人にとってはショックが大きいのかもしれない。特にマギエンジニアとしての経験が長ければ長いほどそうだろう。
マギアカデミーの生徒達が、僕の授業をすんなり……ではなかったが、最終的には受け入れてくれたのも、彼らがまだ経験が浅い若者達であるのが大きい。
「おつかれ、バンペイ。見事なプレゼンだったぞ。嫌がっていたくせに、やればできるではないか」
「はぁ……そりゃあ、王様も見てますからね……」
王様は終始ニヤニヤと笑っていた気がする。僕が配布したマギブックを物珍しそうにいじくり回しては、「ほー」と口にしてニヤニヤ笑う。僕の説明に聴衆が驚くたびにニヤニヤ笑う。
「ハハハ。それにしても、途中で何か様子がおかしかったが何かあったのか? 確か質問に答えていた時だったと思うが……」
「ああ、そうそう。気になる質問があって……あの辺りに座っている人達は、どういう集団なんでしょうか? 熱心に質問してきましたが」
「うむ? ……ああ、あれは隣国の『スタティ皇国』の一行だろうな。あの独特の様式の服装には見覚えがある。国を代表してやってきたのだから、熱心に質問してきたというのも頷けるな」
「スタティ皇国の……?」
ダイナ王国の隣に位置する長年の友好国であり仮想敵国。それがスタティ皇国だ。
「ああ。今回のマギカンファレンスにも真っ先に出席を申し込んできたらしいぞ。治療マギサービスといえば、彼らにとっても垂涎の的だからな」
「ですが、スタティ皇国といえばダイナ王国にとって友好国であり、仮想敵国でもありますよね? よく王国が出席の許可を出しましたね」
「うむ。その懸念は円卓議会でも議題としてあがったそうだが、『マギハッカーの【万人に使えるマギサービス】という理念を優先すべき』という意見が優勢となったらしいぞ」
「え、ええ? そりゃあ、国を超えて実現できれば素晴らしいと思いますけど……円卓議員の人達にそこまでやってほしいなんて言ってないのに……」
「ふっ、バンペイよ。何しろ国王陛下が陛下の名において、バンペイの願いを認めると宣言されたのだ。それはつまり、国を挙げてバンペイの願いを叶えるという事なんだぞ? 基本的に陛下の意に沿った政局運営を行なう円卓議会が、その宣言を重く見ないわけがなかろう」
「そ、そんな大げさな……」
やはり、いくら憲法のような王民誓言があるといっても君主制という事か。王様の言葉にはそれだけの重みがあるのだ。議員達も王の意向を優先するため、君臨すれども統治せずというわけにはいかない。
僕は、王様に直にお願いするという意味を軽く見ていたのかもしれない。
//----
マギカンファレンスは順調に予定を消化していく。僕の講義が目玉だったようだが、他にもマギ関連の様々なプレゼンが行われた。ちなみにシングルトラックと呼ばれる、一つの発表を出席者全員で見る形式だ。
中には企業内でしか共有されていなかった貴重な知見の発表も見受けられた。マギエクスプレス社も『複数所有者登録』について発表しており、大きな反響を呼んでいる。
マギエクスプレス社は社内秘に関わるとして公表を躊躇していたようだが、方法の公開自体はセキュリティに大した影響はない。それよりも、マギカンファレンスという場で存在感をアピールする事の方が重要だと考えたのだろう。
発表の合間の休憩時間、僕は例の『オブジェクト指向』について質問してきた赤服の男性の元へと向かった。もし彼が地球の事を知っているのなら、ぜひ話したいと思ったからだ。
赤服の男性は席に座って仲間と思われる人達と話していたが、近づいてくる僕に気がついたのか、話をやめてニコニコと笑いながら会釈してきた。僕も会釈を返す。
赤い服は近くで見てみると単純な赤一色ではなくて、黄色と赤色が混じったデザイン性の高いものである事がわかる。高級感があって、確かにダイナ王国では見られない様式であり、外国の趣を感じさせる。
二十代後半、僕と同い年ぐらいだろうか。銀髪の髪を三つ編みにしていて、一見すると女性にも見える優男風といった感じだ。少し気弱さが垣間見え、僕としては親しみを感じる。
「初めまして、バンペイ=シライシと申します」
「アハハ、初めまして。私は……スタティ皇国から参りました、ジャワールと申します。先ほどは失礼な質問の仕方をしてしまい、スミマセンでした」
「いえ、その事は別に問題ないですよ。それより……」
「『オブジェクト指向』、ですか?」
僕の質問を先回りして、ジャワールさんはニコリと笑った。
「ええ。その言葉は僕の故郷に伝わっている言葉なのですが、ジャワールさんはどちらでお知りになられたんでしょうか?」
「故郷に……ナルホド」
ジャワールさんはウンウンと頷いた。ここダイナ王国で話されている共通語と、隣国であるスタティ皇国の公用語は異なるはずだが、彼は流暢にダイナ王国共通語を話している。一部アクセントが妙なところもあるが、ほとんど気にならない。
「我が国に古くから伝わる一冊の本がありマス。中身は異国の言葉で書かれているため解読は進んでおりませんが、どうもマギランゲージについて書かれているらしいという事はわかっています」
「じゃ、じゃあ『オブジェクト指向』というのも……」
「ええ。その本に書かれていた言葉です。最近の解読の成果ですネ」
ジャワールさんは笑みを崩さないが、少し視線を鋭くしている気がする。
「その本の中にはコードらしき記述も見られるのですが、マギランゲージではない別の言語で書かれているようなのです。意味はわかりませんが、重要なコードである事はわかっています」
「そ、それは……一体、どのような?」
「アハハ……それがですね、バンペイさんの書くコードにそっくりなんですよね」
心臓が跳ねた。
僕の書くコードにそっくりな記述が、本として伝わっている?
「言葉が違うため単純に比較はできませんが……コードの書き方に類似点が見られるのは間違いありません。ダイナ王国によって公開された治療マギサービスのソースコードを見て、真っ先に反応したのは本を研究している学者達だったのですから」
「は、はあ……」
「我々がこの場に来たのは、確かに治療マギサービスのコードを理解するため、というのが主な目的です。しかし、もう一つの目的は、アナタです。シライシさんにお会いするためでした」
「僕に……ですか?」
「ええ。治療マギサービスの公開に至った経緯も聞いています。そこには、アナタの活躍があった。マギハッカーの再来と呼ばれ、ダイナ王国の国王陛下にまで認められたアナタの噂は、国の垣根を超えて我々にも届いておりました。アナタの演説を聞けば、その称号にも納得できます」
ジャワールさんは説明しながら笑みを深めていく。
「どうでしょう? シライシさん。一度、我がスタティ皇国にお越しになられませんか? 我が国に伝わる本は、きっとあなたの故郷に関係するかもしれません」
「スタティ皇国に……」
正直、非常に魅力的な話だった。
せっかく異世界にやってきたのだから外国だって見てみたいとは思っていたし、なにより『本』の存在が僕の気持ちを惹きつけていた。もし彼の言う事が本当なら、その本というのは地球由来のものである可能性が非常に高い。僕のコードの書き方は、地球では一般的なものだったのだから。
ジャワールさんは立ち上がって、胸に手をあてる。そのまま優雅に腰を折った。
「申し遅れましたネ。私は、ジャワール。ジャワール=オラル=スタティ。スタティ皇国の現皇王であるサマロ=オラル=スタティの第三皇子です」
「ええっ!? お、皇子、様ですか?」
全くそんな風には見えなかった。しかし、言われてみれば気弱な優男風だと思っていたのが途端に優雅な余裕のある態度に見えてくるのが不思議だ。感じていた親しみは何だったのか。
「シライシさんほどのマギエンジニアでしたら、もちろん国賓としてご招待します。いかがでしょう、私の国へとおいで頂けませんか?」
「そ、それは――」
『間もなく、次の発表が開始します。出席者の皆様はご着席をお願いいたします』
答えようと口を開いた時、アナウンスが響いた。すっかり司会役が板についているボスの声だ。
ボスの声を聴いて冷静になり、開きかけていた口を閉じる。
「すみません。仕事もありますので、この場でお返事する事はできません」
「……そうですか。それでは、後ほど正式に招待状をお送りさせて頂きますネ」
ジャワール皇子は少し落胆したようだったが、すぐに気を取り戻したようだ。正式な招待状というと、どういったものなのだろう? まさか使者が来たりするんじゃないよな?
正式な招待状が送られてきたら、断る事なんて出来ない気がしてきた。なにせ皇子が国賓として扱うとまで言っているのだ。それを断るなんて不敬だと言われかねない。
「しょ、招待状については、その、ダイナ王国を通して頂ければ……」
「…………わかりました」
ジャワール皇子は、最後まで笑みを崩さなかった。
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