082 - hacker.take(stage);
「えっ!? 治療マギサービスが無料になっただぁ!?」
「ああ、そうそう。国民なら誰でも無料で使えるんだってよ」
「ほ、本当かよ! 今まで教会が高いカネで独占してたじゃねーか!」
「なんか、リンター教の教皇が新しい宗派を作ったらしいぜ。そんで、『治療マギサービスは信仰と一切関係ない』ってぶちまけて、王国に献上したんだとさ」
「なんだよそれ! 今まで高いカネ払ってた信者がバカみてーだなおい! ハハハ! ……あれ、でもよ、国営になったからって無料ってのはおかしくねーか? 水とか火とかは安いけど金はかかるよな?」
「なんでもよ、その王国に献上された治療マギサービスってのが、実は一から新しく作られたものらしいぜ。んで、それを作った奴が『褒美は要らないから、利用料を無料にしてくれ』って王様にお願いしたんだとさ。それを王様も気前よく認めたってんだから、面白いよな」
「カーッ! さすが王様、気前がいいねぇ! それに、太っ腹な奴もいたもんだな、おい! 褒美はいらねぇってか! カーッ! 一度言ってみてぇもんだなぁ!」
「本当にな。ま、庶民の俺らにはありがてぇ話だぜ。えーっと、そいつの名前はなんつったっけかな。確か『マギハッカーの再来』って呼ばれてて――」
「――バンペイ!」
耳元で名前が呼ばれたのに気がついて、ふと我に返った。
「どうした、バンペイ? 気の抜けた顔をして」
「いえ、ボス……。なんだか、あちらこちらで噂になってて気になってしまって……」
「ああ、治療マギサービスの一件か。君の名前も随分と売れたものだな。おかげで我が社の知名度も急上昇中だぞ。ハッハッハ!」
「あはは……」
ボスは脳天気に笑っているが、僕はそれどころではない。まさかこんな状況になるなんて、思ってもいなかったのである。それもこれも全てはあの王様のせいだ。
王様が面白がって、治療マギサービス無料化の御触れと一緒に今回の経緯を書き添えるよう命じたのだ。そこにはしっかりと僕の名前も書かれてしまった。おかげですっかり「褒美を断って無料化を願った庶民の味方」のような噂ができあがってしまっている。
政教分離のために、あまり新・リンター教の事は大っぴらに触れる事ができないため、結果として教皇を差し置いて僕の事ばかりが目立つようになってしまった。
僕が褒美として結果的に新・治療マギサービスの無料化を望んだのは間違いない。
そこには確かに『お金のない人達でも治療を受けられるように』という社会貢献的な意味がないでもなかったが、決してそれだけではないのだ。
「ほら、バンペイ。見ろ、国中のマギエンジニアが集まってるんじゃないか?」
「う……。す、すごい人の数……」
「しっかりするんだ。今から、この群衆を相手に演説するんだからな」
「うう……気が重くなってきました……。やっぱり帰ってもいいですか?」
「バカを言うな。みな、バンペイの解説を聴きにきてるんだぞ?」
「こ、こんな、大勢の前で解説するなんて聞いてないですよ……」
「仕方ないだろう。バンペイ達の書いたコードは、あまりに一般のマギエンジニアの常識から逸脱しているとデルフィ氏も言ってたではないか」
王国内でも有数の大きなホール、普段は演劇や人気歌手の歌謡ショーが行われているそこに、多くの人達が詰めかけていた。しかも、誰も彼もがマギデバイスでスクリーンを開き、目をギラギラと輝かせながら演説の開始を今や遅しと待ち受けている。
彼らの目的は、とある『ソースコード』の解説だ。
僕が王様に褒美として願ったのは、正確にはこうだ。『治療マギサービスを、誰でも無料で自由に利用できるようにしたい。それにはソースコードの公開も含まれる』。
つまり、僕が願ったのは治療マギサービスのオープンソース化。誰でもソースコードを読めるようにし、必要ならばコピーして改変したり、別のサービスとして公開する事すら許可する。これによって僕達が作り上げたマギサービスを、誰もが本当の意味で自由に使えるようにするのだ。
もちろんこのお願いをするに当たって、一緒に開発してくれた仲間達には了承をもらっている。彼ら彼女らも僕とボスの『夢』を聞いて理解を示してくれた。オープンソース化は、僕達の夢の実現に向けての大きな一歩になるはずだったのだ。
だが、僕にとっての誤算。それは、一般的なマギエンジニアの実力では公開されたソースコードを改変するどころか、まず理解するところから怪しいという事であった。
もちろん、特別に難しい書き方をしているわけではない。むしろ、誰にでも理解できるように書いたつもりだった。しかし、マギアカデミーでの同僚の先生であるデルフィさん曰く『あまりに革新的で簡潔すぎて、これで本当に良いのかと不安になる』らしい。
どうやら、今までに常識とされていた書き方からあまりにもかけ離れているため、読んでいると不安になってくるらしい。そして、次に今までの自分の書き方が間違っていたのではないかと不安になるとか。こればかりはマギエンジニア達の意識改革が必要となってしまう。
そのような声が多く上がり、王国はついに重い腰を上げた。
「それに、この演説は陛下の王命によるものだからな。逃げるなんて許されんぞ」
「そ、それですよ! どうして急に王様が出てくるんですか!」
そう、僕がこんな状況に追いやられたのは、全てあの王様のせいなのだ。巷のマギエンジニアからソースコードの解説を求める声が上がっているのは知っていたが、それはそのうち書籍などで補完すれば良いと考えていた。
しかしある日、突如として『マギカンファレンス』なる催しの知らせが王城からやってきた。わざわざ王命を表すマギシグネチャ入りの豪華な手紙を付けて、だ。そして、その題目の一つとして僕が舞台に立つ事になってしまったのである。
「なんだ、知らないのか? 治療マギサービスの影響は、もはや国内に留まらないのだ。当然ながら、国外でも広く使われているからな。それが国営で無料化するとなれば『我が国でも』という声が上がるのは必定。他国からもソースコードの開示と解説を求める声がひっきりなしだというぞ」
「ええ……? じゃ、じゃあ、ここに集まっているマギエンジニアは……」
「うむ。当然、他国のマギエンジニアも大勢混じっているだろうな」
他国のマギエンジニア。そう言われると、少し興味が湧いてくる。一体、他の国ではどのようなマギサービスが使われているのだろう。
図書館で目にする事のできる本などには、あまり他国の事は書かれていないか、書かれていても大まかな記述だけだ。というのも、国家間の交流があまり活発でないためである。
僕達が住んでいるダイナ王国は、移民を積極的に受け入れるなど開放的な政策をとっている。しかし、他国では逆に閉鎖的な政策をとっているらしい。そこには、民族的な問題や、他国文化の流入を嫌うなどの様々な要因があるようだ。
それでも転移マギサービスによる輸出入など、民間レベルでは交流が続いている。国によっては高い関税をかけているようだが、それでもビジネスチャンスに目ざとい商人というのはどこにでもいるものだ。他国に関する情報が薄いのは、民間で書籍を発行する文化があまり根付いていない事や、マスメディアの不在が大きいのだろう。
偉人であるマギハッカーによって誰しもがマギを扱えるようになり、魔物の脅威が抑えられ、人類には平和が訪れた。だが、外敵がいなくなれば、今度は身内での争い、つまり『戦争』が起こるのは人類史の常である。もちろん、この異世界でも国同士の戦争が度々発生したらしい。
しかし、ある時をさかいにパッタリと戦争は終結してしまった。それ以降の数十年間、戦争は一度も起きていないらしい。その時に何が起こったのかは歴史書を読んでみても全く判然としない。とにかく、戦争も終結して人類に真の平和が訪れた、という論調である。
戦争が終結した原因はわからないが、こういう構造には見覚えがある。国家が戦争をするのは、あくまでもそれに『メリット』があるからだ。しかし、戦争をする事によってメリットを大きく上回る『デメリット』が発生する場合、戦争という選択肢は取りづらくなる。
地球の場合、そのデメリットは『核兵器』と呼ばれる抑止力だった。この異世界でも、何か抑止力となる力が働いているのだろうか。
交流が少ないとはいえ、完全に没交渉というわけではない。今回の件のように、国家間で協力するという事も時々ある。その数少ない機会に僕が選ばれたのは光栄というべきだが、一市民には荷が重すぎる。
「お、噂をすれば……国王陛下だ」
「え、ええ!? なんで陛下までご臨席されるんですか!」
「はぁ……。バンペイよ。この催しは、もはや国家にとって一大事なのだ。見ろ、国外の重鎮らしき人物もチラホラといるぞ。我が国、そして我が社の技術力を見せつける絶好の機会だ。ふふ、腕が鳴るな!」
「あぁ……やっぱり帰りたい……」
新・治療マギサービスでも、なぜか胃痛は治らなかった。
//----
「ですから、ここの処理はパターン化されて――」
大きなホール内は、僕の声を除いて静寂で満たされていた。
いや、正確には激しく手元を動かす衣擦れの音がそこかしこから聞こえてくる。真っ白なスクリーンに、僕の言った事を一言一句、書きつけている人が多数存在しているのだ。
この演説はあとで『動画』を公開すると言ったのだが、どうも通じていないらしい。電話マギサービスの存在を知らない人には、動画という言葉の意味すら通じていないのかもしれなかった。僕の言い方が悪かったので反省すべき点だ。
僕が舞台に立って挨拶をしたら『あんな若者が……』とか『あれが噂の……』とか、みんな好き勝手な事を言っていた。どうも『マギハッカー』という言葉が持つイメージが先行して、『老人の賢者』のような人物を想像していたらしい。意外そうな目で僕を見る人が多かった。
解説を始めると、いちいちどよめきが止まらなかった。声を大きくするマイクのマギ、大きなスクリーンを使ったプレゼン、さらに資料として出席者に配布したマギブック。普段マギアカデミーでやっている授業の拡大版なのだが、マギエンジニア達にはどれもが目新しかったらしい。
チラリと王様が座っている閲覧席を見ると、遠目でもわかるほどニヤついていた。
「ここまでで、何か質問はありますか? 質問のある方は挙手してください」
僕が聴衆に問いかけても、すぐには手が挙がらない。
僕の解説がわかりづらかったのかと不安になるが、次第にチラホラと手が挙がり始めた。どうやら、周りの様子を伺っている人が多いようだ。別に取って食うわけではないのだから、質問ぐらい積極的にしてほしいものなのだが。
手を挙げたのが一番早かった男性をさすことにした。
「では、そこの……赤い服を来ている男性の方。【コール・マイクロフォン・リモート】」
「あ、私か……。え、あー、あー、あれ!? 声が、大きい!?」
「ああ。マギで声を大きくしていますので、そのまま質問してください」
遠隔マイクのマギに驚いている様子の男性。再び会場がざわつく。
「あー、わ、わかった、いえ、わかりました。えー……えーと……何を聞こうとしたのか、忘れてしまいました。アハハ……」
「そ、そうですか……」
「あ! そうだ、えーと、シライシさん、でよかったですよね? シライシさんのマギランゲージの書き方は、随分と変わったものですよね。その、シライシさんはどちらでマギランゲージを学んだんですかね……? あ、アハハ」
「独学です。マギランゲージの文法自体は本をいくつか読んで学びました」
「ど、独学……それでは、特にどなたかの元でマギランゲージを学んだというわけでは……」
「ないですね。しいて言うならば、偉大な先人たちに学んだと言う事になりますが」
「あ、アハハ……そうですか。ナルホド……」
「もう質問の方はよろしいでしょうか? では……」
「ああ、そうそう、あと一つだけ――」
次の質問者に移ろうと思ったのだが、赤い服の男性は指を一本立ててさえぎった。
「『オブジェクト指向』、という言葉をご存知ありませんか?」
「え……」
男性の口から飛び出してきた言葉に、思わず固まってしまう。
「……ナルホド。質問は以上です。ありがとうございました」
赤服の男性はニコリと笑って着席した。
僕は困惑しながら着席した男性をジッと見ていたが、男性はニコニコと笑っているだけだ。しばらくそうしていたが、聴衆がざわめき始めたので、慌てて次の質問者へと移る。
しかし内心では、彼の質問がいつまでも気になり続けていた。
オブジェクト指向。それは僕が地球にいた頃にはよく耳にし目にした言葉だ。だが、この世界に来て、他の人の口から出てきた事はついぞなかった。この日までは。
思わぬ場所で遭遇した、地球のプログラミング用語を知る人物。
一体、彼は何者なのだろうか。
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