081 - hacker.make(wish);

 王城からの使者が来て呼び出しを受けた。新・治療マギサービスを寄付する事となった経緯について、王様臨席の円卓議会の場で説明してほしい、という趣旨らしい。使者によれば、その場で王様から『褒美』が与えられるだろうとの事だ。

 以前呼びだされた時は、議会から『召喚状』が使者付きで送られてきたのだが、今回は召喚状ではなく『お願い』という形になっている。治療マギサービスのような重要なものを寄付するというのだから、扱いも変わってくるのだろう。こちらを尊重しているようだ。


 段々とVIP扱いされたりしないよな……不吉な予感をブルリと断ち切った。


「おお、おお、バンペイとレイルズ嬢ではないか! 久しいであるな!」

「ジャイルさん、お久しぶりです」


 ボスと一緒に議会に到着して待合室に丁重に案内される途中、廊下でジャイルさんとすれ違った。ジャイルさんは王国国軍の重鎮であり、電話マギサービスの価値を認めて軍に全面採用するよう動くなど非常にお世話になっている。


「聞いたぞバンペイ! 今度は治療マギサービスでらしいではないか! お主という男も慌ただしい男であるな! ガハハ!」


 立派な黒髭を撫でつけながら、ジャイルさんは大笑いしている。彼の言い方には語弊がある。向こうからトラブルがやってくるだけで、別にやろうと思ってやっているわけではないのだ。


「陛下も大層お喜びであったぞ! ご自身がお認めになられたマギハッカーが次々と結果を出しているようで何よりだ、とな!」

「陛下が……! やったじゃないか、バンペイ!」

「え、ええ……こ、光栄です」


 なんだろう、素直に喜べない。どんどん王様の思惑通りに転がっている気がする。教皇といい王様といい、どうしてこう僕の周りにいる偉い人達は曲者ばかりなのだろう。


「それにしても、我輩が生きている間に治療マギサービスが国営になるとはな……。まさかそんな日が来るなど予想だにしていなかったであーる。一体どうやって教皇を動かしたのだ?」

「はぁ……僕は依頼されて治療マギサービスを開発しただけで、国営にすると決めたのは教皇ご自身ですよ。あの演説を聞くまで僕も知らなかったんですから」

「ほう、そうなのであるか? おかしいであるな……我輩が聞いていた話とは少し違うようだが。まあ、いいのである。何しろめでたいのに変わりはないからな! おっと、そろそろ時間であるな! では、また後でな! ガハハハ!」


 相変わらず嵐のように突然やってきて突然去っていく人だ。ジャイルさんは大声で笑い、僕の肩をバシバシと叩きながら去っていった。叩かれた肩がヒリヒリとしている。それにしても最後に気になる事を言っていたが、どういう事だろう。


「バンペイ、我々も早く行かなくてはマズいぞ」

「は、はい、行きましょう」


 変な事にならなければ良いのだが。

 しかし、えてしてこういう嫌な予感ほど、よく当たるものなのだ。


//----


「神聖にて不可侵なる国王陛下のご入場であーる! 皆の者、控えよ!!」


 ジャイルさんの口上によって国王陛下が議会に入場してくる。議会内にいる議員や教会関係者、そして教皇ですら頭を下げて王様を迎え入れる。

 宗教のトップと国家のトップ、どちらが身分が上なのかというのは非常に微妙な問題だが、少なくとも教皇は王様を尊重している。教皇が頭を下げたのなら、他の関係者達が下げないわけにはいかないだろう。


「うむ、苦しゅうない。皆、おもてをあげよ」

「ははーっ!」


 しかし、頭を上げる者はいない。再び王様が促すまで上げてはならないというなやり取りによるものだ。だが、この日の王様の反応はいつもと少し違っていた。


「ほう……朕が面をあげよと言うておるのに、それに逆らうとは。どうやらこの場にいる者達は、朕を敬う気持ちは無いと見える」

「え、ええ!?」


 思わず声を出してしまう人がチラホラいた。そこまで言われて頭を下げたままでいるわけにはいかない。慌てて頭を上げる人が続出した。僕もその一人だ。しきたりにうるさい議員達も、困惑した様子で頭を上げていく。もはや伝統はどこへやら、といった感じだ。


「はっはっは。うむ。伝統やしきたりも結構だがな。頭を上げたり下げたりなどといった事で敬意を表すなど無駄だ。敬意を示すのであれば、もっと別のやり方があるであろう。例えば……そう、治療マギサービスを国に寄付する、などだな」


 王様の言葉にドキリとする。どうやらいきなり本題に入るようだ。


「それにしても、まさかリンター教が分裂するとはの……。教皇よ。一体どのような気まぐれだ? 直答を許すゆえ、答えてみせよ」

「はい……。まずはお目に掛かれまして光栄の至りでございます、国王陛下。この度、『新・リンター教』を設立し、初代教皇として就任いたしましたフォマ=ビティフィアと申します」


 相変わらず子供にしか見えない教皇がひざまずいて王様に挨拶する。いつも教皇と呼ばれているため、本名を聞く機会は少ない。


「お言葉ですが、私が『新・リンター教』を設立したのは決して気まぐれなどではございません。民衆の前でお話した通り、教会上層部の腐敗が目に余ったゆえ仕方なく行動したまでです」

「ほう? しかし、それならば教皇として組織を改革する事もできただろう。わざわざ新宗教を一から作るよりもよほど早かったのではないか?」


 王様の問いに対して、教皇はゆるゆると首を横に振る。


「それはできませんでした……。ご存知の通り、リンター教の歴史は古い。その長い歴史の中で組織は疲弊し老朽化しています。治療マギサービスに依存した体制を長らく続けた事により本来の信仰は失われ、慣習という名の思考停止がはびこり、組織内では拝金主義が横行しています。組織上層部はもはや信仰を抱いている者など、ほんの一握りでしょう」

「ふむ……興味深い話だの。そのような拝金主義者どもを上層部から一掃することは敵わなかったのか?」

「ええ。それをやろうとしていれば、恐らく私は教皇としての座を追われていたでしょう。下手をすれば、命を狙われていたかもしれません」


 そこまでひどい状態だったのか。しかし、あのポンゴ枢機卿がほど支持者を増やしていたのだから、それも頷ける話かもしれない。

 そう、どうやらドサクサに紛れて教皇選出の投票を強行して、ポンゴ枢機卿は見事に『旧・リンター教』の教皇の座を掴んだらしい。やはりシスターの出奔が決め手になったのだろう。新教皇のことは街中で多少噂になっていたものの、民衆の興味は完全に『新・リンター教』に向いてしまっているため、ほとんど話題には上がっていない。

 ポンゴ枢機卿、いや、ポンゴ教皇をトップとするリンター教が一体どのような組織になるのか、恐ろしさ半分、興味半分というやつだ。治療マギサービスの独占という中核を失ってしまう事も影響が大きいだろう。


「それほどまでに酷いか……。ふむ、それで教皇よ。お主は此度、治療マギサービスを国に対して献上すると聞いたが、それは真か?」

「はい。正確には従来の治療マギサービスではなく、全く新しい『新・治療マギサービス』ですが。そちらのシライシ氏と仲間達によって創られたものです」


 そういって教皇はチラリと僕を見る。王様の視線も感じる。王様の姿を目に入れる事は不敬であるため、僕の視線は斜め下の床面に向いたままなのだ。


「彼がいなければ、私は新しい組織を作る事など考えなかったでしょう。事実、任期の間では治療マギサービスの刷新のみでお茶を濁すつもりでいました。ですが、シライシ氏が現れて状況は一変したのです」


 周囲の視線が一斉に僕に集中するのを感じる。勘弁してほしい。


「彼は治療マギサービスの欠陥を即座に見抜き、さらには自作のマギで再現してみせるという離れ業を見せてくれました。彼ならば、きっと新たな治療マギサービスを作り上げる事もできる。そう確信した私は、治療マギサービスとの決別をもって新組織を作る事を決意したのです」


 つまり教皇の言う事が本当なら、教皇が『新・リンター教』を立ち上げた一因は僕にあるという事にある。『宗教改革』とまで言われるほどの、歴史上類を見ない大きな動きのきっかけが僕にあるなど、とんでもない話だった。頭を抱えたくなる衝動を必死で抑える。

 教皇の話を黙って聞いていた王様は、面白そうな声で話しかけてきた。


「またお主の仕業か、マギハッカーよ。お主もよくよく大きな事件を起こす男よの?」


 違うんだ、僕が事件を起こしてるんじゃなくて、事件が向こうからやってくるんだ。知名度が上がったせいか、以前よりもますますトラブルに巻き込まれる事が増えている気がする。

 しかし王様の言葉に口答えするわけにもいかないので、軽く会釈して答える。直答を許されていないため、口を開くわけにはいかないのだ。


「ふむ……朕の言葉に答えず、床を見たままとは……お主も朕に対する敬意が……」

「い、いえ! そんな事はありません!」


 思わず口を開いて頭を上げる。どうやら、この王様はとことん『しきたり』を無視するつもりらしい。

 視線を上げたため、王様の顔を正面から見る形になった。以前も演説などで遠目で見た事はあるが、この近い距離で見るのは初めてだ。思っていたよりも若々しく40代ぐらいだろうか。髪は濃いブラウンで、口髭とアゴ髭を生やしている。

 だが何よりも印象が強いのは金色の瞳だった。獲物に狙いを定める鷹のように僕の事をじっと見据えている。その強い眼力に思わずたじろいでしまい、目が泳いでしまった。


「ほう。お主はそんな顔をしておったか。いつも下ばかり向いていたからわからなかったぞ」

「は、はぁ……お、お目に掛かり光栄です」


 実際には王様の前でプレゼンなどを行なっていたから、顔は見られているはずだ。しかし、王様は興味深げにジロジロと僕の顔を見てくるので、非常に居心地が悪い。


「ふ……もう少し自信を持ってはどうだ。お主はこの国に大きな利益を何度ももたらしておる。その活躍、もはや余人の及ぶところではあるまい」

「い、いえ……僕は別にそういうつもりでは……」

「そう謙遜するものではないぞ。カッカッカ!」


 王様は大口を開けて笑っている。周囲の人々は王様の笑い声に目を丸くしている。普段はあまり笑わない人らしいが、こうして対面している限りでは陽気なオヤジにしか見えない。そんな事、口が裂けても言えないが。


「ふむ……何か褒美を考えんとな……」


 王様はアゴ髭に指をあてて思案顔になる。褒美なんていらない。平穏な生活がほしい。しかし、そんな僕の願いがこの王様に通用するはずもない。


「そういえば、朕の末の娘がそろそろだの。優秀な血は取り入れるに限るが……」


 隣にいたボスが身じろぎする気配を感じる。


「カッカッカ、冗談よ。確かそちらはデイビッドの娘だったな? そうあからさまに反応するようでは、まだまだだの。カカ、別にお主の良き部下を取ったりはせぬから心配するな」


 ボスは一気に顔を赤くしている。周囲から少し笑い声が漏れ聞こえる。えーと、僕はどう反応すればいいんだろう?


 しばらく和やかな雰囲気に包まれた議会であったが、王様は浮かべていた笑みを引っ込めると、真面目な顔になって僕達に告げる。


「教皇、そしてバンペイよ。褒美をとらすゆえ、申し出るがよい。新たな治療マギサービスはまさしく、この国にとって至宝とも言うべきものとなるだろう。お主らの果たした貢献は大きい」


 王様の言葉を受けて、教皇はゆっくりと口を開く。


「……陛下の御心は非常にありがたく思います。ですが、褒美を受け取るわけには参りません」

「む? なにゆえだ?」

「政教分離の原則に従えば、私がこの場にいる事自体があまり良い事ではないでしょう。あくまで、王国と宗教は別のものであるべきなのです。お互いが付かず離れず、ちょうどいい距離を保たなければ、お互いにとって不幸な結果となってしまいます」

「……ほう? 確かに政教分離は朕が民に対して誓った事である。朕はどのような宗教、思想に対しても中立であらねばならぬ。だが、お主は王国に対して多大な利益をもたらした『国民』でもあるのだ。朕は民に報いる義務がある」


 王民誓言によって定められた政教分離。本来は宗教と政治とは相容れないものだ。しかし、この場ではその二つの勢力が交わる特異点として機能している。

 教皇の言う通り、王様が教皇に褒美を与えるというのは、王様がその宗教団体に対してなかば『公認』を与えるように見える。逆に教皇からすれば、褒美を与えられるというのは王様に『臣従』する姿勢を見せる事になってしまう。どちらのトップの立場でも受け入れられるものではない。


「それでしたら、私に妙案がございます」

「……ほう、聞こうではないか」


 なぜだか、背筋に悪寒が走った。


「私の分の褒美は、シライシ氏にお与えください。元はと言えば彼がいなければ成し得なかった事です。私はほんのきっかけを作ったに過ぎない。報いるのであれば、彼に対して報いるべきでしょう」


 やっぱり、そんな事だろうと思った。

 老獪な二人に挟まれた僕は翻弄されるばかりである。


「ふむ……では聞こう、マギハッカーよ。お主は何を望む?」


 王様がニヤリと笑いながら、僕に尋ねてくる。

 だが、その問いに対する答えはのだ。


「僕は――――」


 僕のを聞いた王様は、しばし目を丸くして、次に大声で笑い始めた。


「カーッカッカッカ!! 面白い! 面白いな、マギハッカー!! まさか、そのような事を褒美として願うとは! よい! よいぞ!! 朕の名において、お主の望みを認めよう!」

「あ、ありがたき、幸せです」


 そんなに笑わなくたって、いいのになぁ。

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