CoffeeBreak 07 - pongo.prayTo(god);

「な、なんですと!? あの人形教皇が新宗派を立ち上げた!?」

「は、はい……。なんでも『新・リンター教』を名乗っており、治療マギサービスとの決別を掲げているようです」


 私、ポンゴ=マールブルグは、国の垣根を超えて世界に冠たるリンター教の正当なる教皇であり、百万人を超えるとも言われる信者たちのトップなのですぞ。

 苦節三十年、ようやくここまで登り詰めたというのに、どうして私が教皇になった途端に宗派の分裂などというトラブルが起こるのか納得がいきませんな!

 それもこれも、あの憎き人形教皇、いえ、もはやあの人形は教皇ではありません。あのフォマ=ビティフィアとかいう小人族のせいです。


 あの人形が治療マギサービスの刷新を言い出した時、我々の意に反して利用料を下げようという思惑があるのはすぐにわかりました。なぜか企業の選定をシスター・エイダに依頼しましたからな。慣例であれば、選定の役目は枢機卿に与えられるものです。

 せっかく教皇の座についているというのに、わざわざ自らの実入りを少なくするような真似をするなど理解に苦しみましたが。

 それでも、シスターが『コンペ』などという馬鹿げた選定方法をとった時は笑いが止まらなかったものです。まあ、シスターに『我々も選定に意見できるようにするべきですぞ』と再三に渡って言い続けたのが功を奏したのでしょう。

 おかげで他の枢機卿や部下達と協力してマギスター社に票を集める事ができました。マギスター社とは事前に、ある程度の開発をしたところで『不慮の事故』により開発中止になる算段までつけておりましたからな。ついでに賄賂……いえ、『善意のお布施』を頂く事も決まっておりましたし。


 それが……あの『マギハッカーの再来』とか呼ばれている若造の登場によって、全てが台無しにされてしまったのです。今思い出しても腸が煮えくり返りますぞ。


 あの若造は、何と治療マギサービスの欠陥を直してマギスター社の面子を台無しにしてくれたのです。おかげでマギスター社は契約破棄。私がもらえるはずの賄賂……お布施も頂けずじまいです。

 それだけでも業腹だというのに、あの若造は教皇から直々の依頼を受けて治療マギサービスの刷新にまで手を付けたというではありませんか。残念ながら、これでは『不慮の事故』は起こせません。荒事での解決も考えましたが、相手が相手なだけに不確定要素が多すぎます。


 教皇選挙の時にその情報を手に入れていた私は、もはや利用料の値下げは避けられぬものと覚悟しました。恐らくシスター・エイダも利用料の値下げを訴えて、信者の支持を集めるつもりだと考えたからです。

 そこで一計を講じて、あのシスターよりも演説の順番を早めるよう操作した上で、先に値下げを主張してやる事にしました。

 半額以下への値下げと言ってやりましたが、選挙の時の公約などあってないようなもの。教皇に選ばれてしまえばこちらのものです。実際には、ある程度の値下げでお茶を濁すつもりでした。私が教皇になれば取り分が大きくなるため、ある程度は値下げしても問題ないはずだったのです。


 さすがにシスターが逐電するのは予想外でしたが、どさくさに紛れて投票を敢行させて、ついに念願の教皇になれたというのに……。


「あの人形め!」


 ドンと机を叩きましたが、手が痛くなったので慌てて治療マギサービスで治します。我々枢機卿は利用料など払わなくとも使えますからな。あのシスターは律儀に利用料を支払っているようですが。

 治療マギサービスで痛みを癒すと、同時に頭も冷えてきました。


「ふん……いくらあの人形教皇でも、治療マギサービスなしで信仰を集められるはずがありませんぞ。治療マギサービスを独占している限り、我がリンター教の優位は揺るがないはずです」

「いえ、それが……教皇、い、いえ、前教皇は、治療マギサービスを王国に寄付される、と公衆の前で宣言されたのです」

「なんですとぉ!? き、寄付!? そ、それはつまり、治療マギサービスを無償で王国に引き渡して国営にするという事ですかな!?」

「はぁ……恐らくその通りかと」

「あの人形は、教会から治療マギサービスを持ちだしたと言うのですか!」

「いえ、それが……例の『マギハッカー』が『新しい治療マギサービス』を開発したらしいのです。王国にはそちらを寄付するようです」


 それを聞いた私は笑いがこみ上げて仕方がありませんでしたぞ。


「フォ……フォーフォッフォ! なんだ、ではありませんか! いくら『マギハッカー』とはいえ、我がリンター教の長年の歴史を誇る治療マギサービスを模倣できるはずがありませんぞ! フォフォ! すぐにメッキが剥がれて、信者たちはリンター教に対する信仰を改めるでしょうな!」

「はぁ……そうでしょうか……?」

「フォフォフォ! 心配するだけ損ですぞ!」


 全く、驚いて損した気分ですぞ。あの人形教皇も歳を取って焼きが回ったのでしょうな。


 さて、次のお布施の取り分を増やすために、根回ししなければ……。

 教皇は忙しいですな! フォーッフォッフォ!


//----


「な、な、なんですと!?」

「は、はい……信者の数も、お布施の額も、全ての都市において激減しています……」


 部下の報告に自分の耳を疑ったものの、どうやら聞き間違いではなかったようですな。


「どういうことですかな? いくら、あの人形教皇が別宗派を作ったとはいえ、たった一ヶ月で王国全土にここまで影響があるとは思えませんぞ!」

「は……どうやら、事前に根回しがされていたらしく、各都市の重要な教会がことごとく宗旨替えをしています。王都においても、半数以上の信者が『新・リンター教』に移ったものかと……」

「その『新・リンター教』という呼び方はおやめなさい! 我々が『正統・リンター教』であり、その他の宗派は全て異端です! 新しいリンター教などおこがましいですぞ!」

「は、はい! 失礼しました!」


 イラつきが止まらず、思わず大きな声を出してしまいます。これはいけません。教皇は常に優雅であるべきなのですぞ。少し冷静さを取り戻して、部下に一番気になる事を尋ねる事にしました。


「そ、それで、肝心のお布施額はどの程度になっているのです?」

「はぁ……何しろ治療マギサービスの利用料がほぼゼロになってしまいましたから……全体で見れば前期の一割にも満たない額になっています」

「な、な、なんですとぉ!!」


 一割にも満たないとは、いくらなんでも減りすぎですぞ! せっかく取り分の大きい教皇になったというのに、これでは枢機卿だった時よりも大幅に収入がダウンするではありませんか!


「なぜ利用料がゼロに……くっ! 聞くまでもありませんでしたな!」


 それは、治療マギサービスの利用者がことごとく『国営』の方に移ってしまったからです。流出を防ぐために利用料を下げていますが、利用料がの国営マギサービスにかなうはずがありません。

 治療の効果が劣っているのならまだ救いがあるのに、国営の治療マギサービスの効果は既存のものと遜色ありませんでした。いえ、むしろ外傷の治療などは既存のものに比べて、傷跡がより綺麗に修復されるなど、効果の高い分野があるほどです。治療マギサービスの模倣などできるわけがないと高をくくっていた一ヶ月前の私を殴り倒したい気分です。

 これで、今までの高額な利用料を支払えというのは無理があります。教皇である私ですら、こっそりと新・治療マギサービスに登録したほどなのですぞ。


「マギスター社に依頼していた刷新の方はどうなっているのです!」


 これ以上の信者の流出を抑えるためにも、利用料の大幅な値下げが急務です。そのためには、現行の人の手が多く必要なマギシステムを一新して、多くを自動化する必要があるでしょう。

 そのために、急遽マギスター社にマギシステム刷新の依頼をしていたのです。もちろん今度は『不慮の事故』など起こさず、きちんと最後まで開発してもらうつもりです。


「それが……開発は一向に進んでおりません。既存の治療マギサービスのソースコードを読み解くのに時間が掛かっているようです……」

「ふざけないでください! あの『マギハッカー』はその場で読み解いて欠陥まで直してみせたではないですか! 同じ事をやれとは言いませんが、一ヶ月与えたにも関わらず読解が終わっていないとはどういう事ですか!」

「はぁ……私も先方の担当者を問い詰めましたが、わけのわからない事を言うばかりで……」

「くぅー!! やはりマギスター社との契約などすぐに打ち切るべきでしたか!」


 治療マギサービスの刷新を任せる企業の選定は、慣例に従って配下の枢機卿に任せました。私は新教皇としての仕事があり多忙でしたからな。

 私の配下はコンペなどという馬鹿げた方法を取らずに、一番『開発費を安くできる』という条件で選びました。何しろ銅貨の一枚でも安いに越したことはありませんからな。私もこの報告を受けて頷いたのです。

 唯一の誤算は、手を挙げた企業の中でも一際安い開発費を出してきたのがマギスター社であった事です。配下は安い開発費に釣られてマギスター社を選んでしまったのです。恐らく開発費を上乗せして、一部を懐に収めるつもりだったのでしょう。私もやった事があるからわかります。

 私が気がついた時にはすでに遅く、契約は成立しておりました。


 マギスター社のマギエンジニアは、明らかに他の企業よりも一段も二段も劣ります。専門用語の知識ばかりは一人前ですが、実際に出てくるマギサービスは質が悪すぎて鳴かず飛ばずなのは、業界では有名だそうです。

 一番最初の刷新の妨害のためにマギスター社を使ったのは、万が一マギサービスが完成しても質の悪いものになる事がわかっていたからです。


「もう刷新は結構です! 治療マギサービスの利用料には期待できません! それよりも、なんとかして信者を取り戻さなくては……」


 信者を取り戻す方法にジリジリと頭を悩ませていましたが、ふと脳裏に名案が浮かびました。さすが、頭脳明晰な私だけありますな。フォフォフォ!


「名案を思いつきましたぞ!」

「は、はぁ、なんでしょうか?」

「フォフォフォ、それはですな――」


//----


 やはり人間たるもの、楽ができるのが一番でしょう。


 私が考えた名案とはズバリ『教義の更新』です。新教皇は、就任後に時代に合わせてリンター教の教義を更新する事ができるのですが、私はまだ更新を行なっておりませんでした。まあ、一枚の銅貨の得にもなりませんし、面倒なだけですからな。

 しかし、この教義が信仰の拠り所になっているのも事実です。教義を万人が喜ぶようなものに変更すれば、きっと多くの信者を取り戻し、それどころか新たな信者を獲得する事も可能でしょう。


 教義を更新できるといっても、根本にある『3つの教え』を除いてですが。

 大体、この『3つの教え』だって馬鹿らしいものです。

 『汝、偽ることなかれ』。どうして、偽ってはいけないと言うのでしょうか? 嘘というのは時には便利なものです。多少の嘘は許されてしかるべきでしょう。

 『汝、害なすことなかれ』。害なすな、といっても、相手が自分に害なすつもりなら抵抗すべきでしょう。それすらも許さないというのは、いささか横暴に過ぎるのでは?

 『汝、己を愛し人を愛せ』。まあ、この教えだけは認めても良いですが。このおかげで大っぴらに女人を愛する事ができますからな。他の宗教では『淫行』だの何だのとうるさいため、私がリンター教を選んだ理由でもあります。


 そもそも、大昔の誰とも知らない人物が決めた決まりに、どうして従わねばならないのでしょう? 決まりがあればあるほど、できる事が減っていきます。何でも出来るほうが良いに決まっています。


 そう、私は教義を更新し、多くの決まり事や教えを廃止しました。

 以前の教義では過度な蓄財は控えるべきなどとバカな事が書いてあったりしましたが、全て廃止です。他にも、食べ過ぎや飲み過ぎを禁じたり、みだらな姦淫を禁じるなどの項目もありましたが、私の教義には載せていません。人間たるもの、自由であるべきなのですからな。


 フォフォフォ、厳しい決まりを嫌っていた人々は、きっと新たなリンター教にすがりつくでしょう。何せ決まりを守らずとも神様によって救われるのですからな。これこそ最高の宗教と言うべきですぞ。


//----


「た、大変です! 信者の減少が止まりません! それどころか、地方の教会が次々に宗旨替えしています! こ、これでは、リンター教の存続自体が……!」

「なぜです! なぜ、こうなるのです!」

「は、はあ……。それが、『自由すぎる教義で、己を律する事もなく神に救ってもらえるはずがない』と、新・リンター教の教皇が演説をしまして……」

「だから、『新・リンター教』はやめろと言ったでしょう!」

「は、はいぃ……」


 どうして、どうしてやる事なす事すべて上手くいかないのです!

 私が一体何をしたというのです!


 ああ、どうかお救いください、神よ!

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