079 - hacker.trust(others);
新教皇の選出までに新・治療マギサービスを完璧に完成させる。
教皇選出期間は伝統的に一週間ほどかかると言われている。一週間で一つのマギシステムを作り上げるのは、言うは易し行うは難しだ。といっても勝算がなければ大見得を切ったりしない。僕だけなら難しかったかもしれないが、今では頼れる仲間がたくさん周りにいるのだ。
「エクマ君、マギフィンガープリントの登録から検索・管理まで。君なら大丈夫だよね」
「……うん。だいじょうぶ、だよ」
エクマ君はいつも通り僕の指示にゆっくりと答えてみせる。頼りなさげに聞こえるが、まだ喋りがぎこちないだけであって、実際には指折りの戦力だ。
今回の停止騒動のきっかけともなったマギフィンガープリントの登録処理は、その犯人であった彼にこそ任せるべきだろう。空のマギフィンガープリントを受け付けるようなミスは絶対にしないはずだ。
「パール、君には利用者登録から利用までのネットワーク周りを頼むよ」
「はいっ! まかせてください、師匠!」
ツインテールと一緒に手を挙げてピョンと一つ跳ねてみせたのは、僕の弟子であり、この会社でインターンとして働いているパールだ。初めて会った時に比べてますますスキルがアップしている。
ネットワーク分野に強い彼女には、マギサービスにおける通信部分を全面的に任せる事にする。基本的に電話マギサービスのシステムを流用するが、治療マギサービス特有の処理は実装する必要がある。
「ぺぺ君には他の皆のサポートと、あとは僕の手伝いかな」
「手伝いばっかりじゃねーかよ……」
愚痴を言っているのはぺぺ君。僕のマギアカデミーでの教え子の一人であり、その中でもマギランゲージに関しては群を抜いて優秀な生徒だ。パールに事情を話したらヘルプとして連れて来てくれた。引きずってきたともいうが。扱いとしては時間給を支払うアルバイトになる。
彼は見た目にそぐわずバランス感覚に優れたジェネラリスト型のマギエンジニアだ。どのような事をやらせてもそつなくこなしてみせる。サポートというのは、例えばコードのレビューであったり、ペアプログラミングだったりと様々だ。彼の独特で客観的な視点は、コードを書く側にとって非常にためになる。
「スクイー君は、テストケースの洗い出しと作成をお願いできるかな」
「わ、わかりました!」
少し緊張した様子なのはスクイー君。これまた僕の教え子の一人であるが、初めて出会った時から一番大きく実力を伸ばした生徒だ。彼もアルバイトでのヘルプだ。以前は母親からの束縛が激しく学校外で会うのすら困難だったが、今はだいぶ母親も大人しくなったらしい。心配性なのは相変わらずらしいが。
地道で真面目という言葉がよく似合う彼は、根気の要る作業を非常に得意としている。テストというのは、様々な状況を想定してプログラムを動かしてみる必要があるのだが、その状況の組み合わせを一つ一つ洗い出していくのは非常に根気が必要なのだ。まさしく彼にしか出来ない重要な仕事である。
他にも後から何人かヘルプが来る予定だ。みんな、僕が連絡して助けを求めたら快く頷いてくれた。
助けに来てくれる誰も彼もが、僕がこの異世界でこれまでに出会い、親交を深めてきた人達だ。いざという時には助け合う事ができる仲間というのは非常にありがたく、本当に貴重だと実感する。
地球にいた時は、このようなつながりを作る事はできなかった。同僚達や上司とも信頼関係を築けず、最後には一人で仕事を抱えすぎたまま無様に力尽きたのだ。
全てを自分でやる。確かに一見すれば孤高でクールかもしれない。
しかし、何でも自分一人で抱え込んでいたら、やはり最後には潰れてしまうのだ。何でも自分でやりたがるというのはつまり、他人を信頼していないという事に他ならない。異世界に来る前の僕は、その事をきちんと理解できていなかった。
自分一人でできなければ、誰かに助けを求める。普段から信頼関係を築き、いざという時にはお互いを助け合う。当たり前のように聞こえるが、実践するのは難しい。
かつての僕は一人ぼっちだった。インターネットの上には友達と呼べる存在もたくさんいたが、実際に顔を合わせた事など数えるほどしかなかった。それでいい、と満足さえしていた。
だって、人間関係なんて煩わしかったからだ。実際に会って話す必要なんてない、テキストのやりとりで十分に意思疎通できるじゃないか。どうしてわざわざコストを掛けて会う必要がある?
しかしそれは大きな間違いだったのだ。画面越しのやりとりだけでは、決して本当の信頼関係など築く事ができない。本当の信頼関係とは、時には一緒に笑って、時にはぶつかり合って、時には慰めあって。一緒に感動や体験を共有して初めて生まれてくるものだったんだ。
普段は僕を含めて数人しかいないマギシード・コーポレーションの狭いオフィス内に、今ではぎっしりと人が集まっている。人いきれでいつもより気温も上昇している。慌てて机や椅子を創りだしたが、果たして全員揃ってオフィスに入りきるだろうか。
皆で集まって一つの物を作り上げる。互いが互いを影響しあい、化学反応のように一つの作品を生み出す。その事が非常に楽しく、そして最高に刺激的だ。以前の僕が知らなかった悦びでもある。
ネットの上でだって連携して一つの作品を作り上げる事もできるだろう。オープンソースによる開発というのは、まさしくそういうものだ。顔も知らない誰かが、自分のコードを直したり付け加えたりするのは刺激的でまた違った楽しさがある。
でも、顔の見える相手と一緒に手を動かし、リアルタイムで感動を共有するのは格別なのだ。そこには熱気があり、ドラマがある。決して他では味わう事のできない快楽だ。みんなで一つの場所に集まってコードを書く『ハッカソン』と呼ばれる催しがあるが、参加したくなる気持ちが今ならよくわかるな。
皆に指示を出し終わって、並んだ面々をぐるりと見回す。
「よし、みんな。時間はあんまり無いけど、がんばって作り上げよう。僕一人なら無理だったかもしれないけど、君達がいれば絶対にできるって信じてる。いや、絶対にできる!」
なぜならここにいるのは、みんな最高のマギエンジニア達だからだ。
みんな思い思いの表情でしっかりと頷き返してくれた。
僕も力いっぱいに頷く。
「最高の物を創ろう!」
//----
それから一週間。
ついに教皇の選出の儀が執り行われるという知らせがあった。
この儀式は、たくさんの信者が見守る中で選挙権を持つ教会関係者達が投票を行い、その場で開票するというものらしい。ここまでの期間は投票に向けてのアピール期間だったようだ。一番の票を得た者が新教皇として就任し、信者たちに向けて演説を行なう。
ここまでの話し合いを時々こっそりとエクマ君の『集音マイクマギ』で様子を伺っていたのだが、どうも教会内部では揉めに揉めている雰囲気がある。
大まかにわけるなら、シスター・エイダを支持する派閥、ポンゴ枢機卿を支持する派閥、その他の泡沫候補と浮動票といった具合だろう。本来であれば名声といい信用といい、シスター・エイダが当選確実だと言われていた。しかし、あの時のポンゴ枢機卿の演説によって大きく支持を減らす事になったのだ。
逆にポンゴ枢機卿はなぜだか支持者を増やしていると思われる。じわじわとシスターに追い上げており、このままではいずれ追い抜くかもしれない。教皇選出の儀がなかなか開催されなかったのも、ポンゴ枢機卿が何かと理由をつけて先延ばしていたからだ。シスターの声が日に日に憔悴しているのがわかる。
選出の儀の当日、僕とボスは再び教会に訪れていた。
屈強な門番と頑強な門扉に阻まれていた大聖堂への入り口は、すでに大きく開かれている。広く荘厳な大聖堂の中には観客席のように階段状になった椅子が組まれており、大勢の熱心な信者たちによって埋め尽くされつつある。皆一様に祈りながら儀式の開始を待っているようだ。
僕とボスも席を確保して、その様子を眺めている。
「すごい人の数ですね……」
「教皇選出の儀など、少なくともここ十年は行われていなかったからな。みな、新教皇誕生の瞬間を目にしたいのだろう。かくいう私も今回が初めてだ」
「あの教皇……いえ、前教皇は随分と着任期間が長かったんですね」
「うむ。あの見た目からすると意外だがな。確か、結構なご高齢だったはずだぞ」
見た目は子供にしか見えないのに、中身はお爺ちゃんだったのか。どうりで手の平でコロコロと転がされるはずだ。人生経験が全く違うのであれば仕方ない。それにしても、小人族とは不思議な存在である。
「健康上の理由で退任というのも案外本当なのかもしれませんね」
「いや、しかしだな……リンター教のために精力的に活動されてきた方が生前退任するというのも不思議な話だ。歴代の教皇は、ほとんどが命尽きるまで教皇であり続けたのだぞ」
ボスは納得がいかないといった様子だ。でも、精力的に活動してきたからこそ、動けなくなった時の反動は大きい。この前も外遊していたようだったが、健康に問題があるならそれもできなくなるだろう。
教皇を求める声に応えられないのは、あの人にとって辛い事なのかもしれない。
「お、どうやら始まるみたいだな」
そうこうしている間に、ついに選出の儀の開始時間になったようだ。大聖堂の奥につながる扉から、黒いローブを身につけたシスターや神父が粛々と歩いてくる。
中には目立つ樽型体型の男性も見受けられた。ポンゴ枢機卿だ。大きなお腹をのっしのっしと揺らしながら、フォッフォとニコニコ笑っていて上機嫌に見える。どうやら教皇への選出が確実だと思っているらしい。
対照的に浮かない顔をしている女性。シスター・エイダである。しばらく会わない間に少しやつれているだろうか。しかし信者たちからの信望は篤く、周囲からはシスター・エイダの名を呼ぶ声が聞こえてくる。そんな信者たちの熱い視線に気がついたのか、シスター・エイダはニコリと作り笑いを浮かべる。
全ての関係者が揃ったのか、進行役と思われる中年の神父が前に出てきた。
「これより、神の御名においてリンター教教皇選出の儀を執り行う。候補者は前に出られよ」
並んでいた教会関係者から何人かが前に踏み出してきた。シスター・エイダとポンゴ枢機卿以外にも見慣れない顔が数人いる。
「一人ずつ、教皇就任に向けての己が
どうやら政見放送のように、各候補者には最後に抱負や大望を語る場が用意されているようだ。この演説によって新教皇が決まると言ってもよい重要な場である。それにしても、宗教という閉鎖的になりがちな集団のトップを決めるにしては、随分と開放的で民主主義的だと思った。伝統によるものだとしたら、リンター教の開祖はよほど先進的な考えを持っていたに違いない。
一人ずつ名前が呼ばれ、演説を行なっていく。顔も知らなかった候補者達だが、皆思い思いに理想や大志を語っている。国外にもっと積極的に布教を広める、という人もいれば、国内での布教により力を入れる、という正反対の意見を述べる人もいる。どうやら教皇によってリンター教の行く末が大きく変わるのは間違いないらしい。
しかし、候補者達に共通しているのは、治療マギサービスの存在に一切触れない事だった。それも当然だろう。信仰を集める原動力であり、教会上層部の腐敗の象徴でもある。教皇になって美味しい『蜜』を吸いたいのであれば、治療マギサービスはそのままにしておきたいところだろう。
そして、いよいよ注目されている内の一人である、ポンゴ枢機卿の名前が呼ばれた。
満を持して、と言った体で、重い身体を持ち上げてよっこらしょと立ち上がる。のっしのっしと演説台へと立った彼は、周囲を見回してからゴホンと咳を一つする。
「えー、私がポンゴ=マールブルグ。枢機卿を務めておりますぞ」
果たして彼はどのようにして票を勝ち取るつもりなのだろう。見た目からすると非常に胡散臭いにも関わらず、じわじわと支持者を増やしている手腕が気になる。
「私が今のリンター教を変えるのであれば、一点だけ。それはですな――」
太い指を一本あげた枢機卿は言葉を切って、シスターの方をチラリと見る。気のせいか、口元が妙にニヤけている。
「治療マギサービスの利用料の是正。これに尽きるでしょうな」
どうやら今回の
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