Ch.04 - 信じるハッカーは救われる!? 踊るコンペと笑う影!!

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 ハッカー達の間では、しばしば「宗教戦争」が勃発する。


 もちろん、銃弾や爆弾が飛び交う本当の戦争ではない。

 プログラミングの仕方には様々なやり方があり、それぞれのやり方には支持しているハッカー達が存在する。その派閥のことを宗教に例えるのだ。ハッカーは自分のやり方が一番だと信じているため、他のやり方を否定する事がある。そうした事が「宗教戦争」と呼ばれるほどの議論に発達していく。


 例えば『プログラミング言語』というのはたくさんの種類があるが、言語にはそれぞれ得意とする分野があり長所短所があるので、一概に比較する事はできない。しかし、ハッカーともなると好きな言語の一つや二つはあるものだ。弘法筆を選ばずというが、ハッカーは筆を選びまくるのである。


 Q&Aサイトに「初心者がプログラミングを始めるなら、どの言語がオススメですか?」という質問が載ったら、の合図である。回答者達は自分の好きな言語をオススメとして挙げていく。

 曰く「最初の言語なら○○が癖がないからオススメ」「ちゃんと勉強するなら最初に××を勉強すべき」「簡単にゲームが作れる△△が入門しやすい」などなど。

 そして次第にヒートアップし始めて、今度は他の言語にケチをつけはじめる。

 曰く「○○は親切すぎて学習機会を失うから勉強には向かない」「初心者に××という言語は難しすぎる」「△△なんてゲームしか作れない潰しのきかない言語」などなど。

 最終的には、質問者が「結局どれを選べばいいんだ」と言いたくなるほど長大な回答欄が作り上げられる事になる。


 言語の他にも、例えばコード内の空白の入れ方だったり、名前の付け方だったり、プログラマでない人からすればどうしてこんな事でここまで熱く議論できるのか、と思うような内容で「宗教戦争」が勃発する。

 生産性を何よりも重視するはずのハッカー達が、なぜこんな無駄な議論を好むのか。好みは人それぞれだとわかっていても、やはり自分の好みが一番だと思ってしまうからだろう。どうしても一言いわずにはいられなくなってしまうのだ。


 ハッカーは、誰よりも熱心な信徒だというわけだ。


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「お初にお目にかかります。私はシスター・エイダと申します。この良き出会いに感謝を」


 僕の目の前に立っているのは、黒いローブに身をつつみ、薄い布でできたベールを頭からかぶっている年配の女性だ。地球の人が見れば喪服のようにしか見えないかもしれない。

 おかしな格好だと思うかもしれないが、衣服というのはところ変われば全然違ってくるものだ。この世界ではチラホラと見かける格好ではあった。なぜならこの漆黒のローブは、教会の修道女シスターが身に付けるものとされているからである。

 そう、シスター・エイダと名乗った彼女は、はるばる教会から僕が所属する会社『マギシード・コーポレーション』のオフィスへとやってきたのだ。事前に打診があったとはいえ、修道女の訪問を受けるというのはなかなかの緊張を強いられる。


「は、初めまして。バンペイ=シライシと申します」

「私はルビィ=レイルズと申します。この良き出会いに感謝を」


 相変わらず初対面の相手には緊張する癖が抜けないが、噛みつつもなんとか自己紹介をすると、隣に立っていた僕の上司であり我が社の社長でもあるボスが流暢に挨拶してみせる。この良き出会いに感謝を、というのは初対面の相手に対する定型句のようだ。

 ボスは僕よりも高い身長の女性であるが、スラリと長い足を折り曲げてカーテシーのように前後に動かし、トレードマークの赤いショートカットの髪を見せるように優雅にお辞儀している。


 おかしいな。僕の知っているボスが、こんなに礼儀正しいわけがない。


「立ち話もなんですから、お入りください、シスター」

「ええ。ふふ、失礼いたしますね」


 シスター・エイダはハキハキとしっかり受け答えしているが、恐らく70代ほどの老齢に見える。腰は曲がっておらず、背筋は棒が入っているかのようにピンと伸ばされている。漆黒のローブといい、どれもこれもが厳粛なイメージを抱かせるが、本人の持つ柔和な雰囲気と笑顔がそれを打ち消している。


「シィ、すまないがお客様にお茶を頼む。黒茶はダメだぞ」

「はーい!」


 ボスが声を掛けると、部屋の隅にいたシィが返事をしてキッチンへと向かう。シィはまだ小学校低学年になるぐらいに見える幼女なのだが、最近はしっかりとお手伝いをしてくれている。どうやら、友達のキャロルちゃんと一緒に料理の勉強もしているようだ。

 その足元にいた黒い犬のバレットは、初めて訪れた客が安全かどうかじっと様子を見ているようだ。番犬としての意識が板についてきたようで何よりである。いや、本当は犬ではなくて見上げるほどの大きさを持つ「黒死狼」と呼ばれる魔物なのだが。僕のマギによって小さくなってからは、災厄として恐れられる魔物の面影はどこにもない。どこからどう見ても、単なる忠犬である。


「それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「そうですね……すぐに本題に入ってもよろしいのですが、その前に、シライシさんと少しお話してもいいかしらね?」

「は、はい。なんでしょう?」

「あらあら、うふふ。そんなに緊張なさらなくても、よろしいのよ?」

「す、すみません……これは、癖みたいなものなので……」


 コミュ障とあがり症は僕の持病である。長年の付き合いだったが、この世界に来て少しずつ改善の兆しが見られていた。大勢の前でしゃべる機会が増えたうえ、特別教師として生徒達を相手にした経験が活きているのかもしれない。まだまだ完治とはいかないが。


「そうなのね。でも、少し安心しました」

「え、何がですか?」

「ふふ、『マギハッカーの再来』と噂される方ですもの。失礼ですけど、きっと気難しい方かもしれないと思っていましたから」

「ああ。伝説上のマギハッカーは気難しい人だったらしいですね」


 マギハッカーとは、異世界における魔法のような『マギ』を誰でも簡単に使えるようにシステム化した偉人の事である。転じて、実力のあるマギエンジニアへ与えられる名誉の称号ともなっている。

 僕が『マギハッカーの再来』と呼ばれているのは、この国の王様が国民に対する演説の中で『マギハッカーの再来と呼ばれる事に納得する』などと持ち上げてくれたおかげだ。小市民の僕には非常に胃が痛くなる出来事であった。


「ええ、マギハッカーの事は私達の教えである『リンター教』の中でも伝わっているのです。時の教皇はマギハッカーと出会って一部の教義を書き換えるほど影響されたと言われておりますわ」

「そうだったんですか? しかし、教皇が教義を書き換えるなんて変わっていますね。普通、宗教というのは一つの教えを大事に守っていくものではないんですか?」

「あら? ああ、シライシさんは移民の方でしたね。ふふ、でしたらご存知ないかもしれませんね。私達の教えというのは、根本にある3つの教え以外は常に時代に合わせて変化しておりますの」

「そうだぞバンペイ。教皇になった者がまず行なうのは、教義を時代に合わせて更新アップデートする事だ。だからこそ、常に時代に合わせて柔軟な運用ができるというわけだ」


 ボスが得意気に説明する。ボスはこう見えて意外と信心深いのだ。食事の際にはしっかりと食前の祈りを捧げるし、マギを使うための言語であるマギランゲージは神様が作ったと信じている。ただし、教会の上層部に対しては根強い不審があるようだ。

 教会の提供している『治療マギサービス』は誰でも怪我や病気の治療ができて効果も高いのだが、高額な利用料を徴収する事で知られている。どうやらボスは、教会上層部が腐敗しており高額な利用料で私腹を肥やしていると考えているようだった。

 目の前にいるシスター・エイダは年齢からいって古参の一人だろう。教会の中ではかなりの地位に立っているはずだ。ボスのいう「上層部」にあたるはずだが、それにしてはボスは先ほどから非常に礼儀ただしい。どうやら尊敬している節さえ見受けられる。


「はあ。不勉強なもので、すみません」

「いいえ。無知を素直に認める事ができるあなたは、やはり賢者と呼ばれるべきなのでしょうね。うふふ、それでシライシさん。お聞きしたいのですけど、こちらの会社で提供されている『電話マギサービス』、こちらをお作りになったのは、シライシさんでよろしいのかしら?」

「は、はい。そうですが」


 電話マギサービスは、うちの会社の主力サービスである。電話のマギを誰でも簡単に使えるマギサービスとして提供しているものだ。他のマギサービスがどれも高額な利用料を徴収する中で、非常に安価な利用料と高い利便性で一躍人気のサービスとなっている。まあ、それだけでなく色々とあったのだが。


「まあ、そうなのね。話には聞いていましたが、本当に素晴らしいわ。では、もう一つ聞かせて……あら」

「お茶でーす」


 シィがお盆にカップを3つ載せてよたよたと歩いてくる。非常に危なっかしい。

 僕は何も言わずにマギデバイスを取り出して一振りする。すると、シィのもっていたお盆がふわりと浮かび上がり、僕の手元へと引き寄せられる。マギデバイスの持つモーション機能で、登録してあった『引き寄せのマギ』を呼び出したのだ。

 ちょっと離れたところにあるものを取りたい時に非常に便利なのだが、あまり使い過ぎると怠惰が過ぎる気がして自重している。怠惰はプログラマの三大美徳の一つとはいえ、守らなければならない一線も存在するのだ。


「ありがとう、シィちゃん」

「えへへ」


 シィのふわふわの金髪ごしに頭をなでてやると、シィははにかんだ笑顔を見せた。


「素晴らしいですね。本当にマギハッカーのようですわ」

「バンペイはいつもこの調子で、次々とマギを作ってしまうんです」

「そうなの。やっぱり、彼しか……ええ。それでは、そろそろ本題に入りたいと思います」


 そう言ってうなずいたシスター・エイダは、本題を切り出したのだった。


//----


「バンペイはどう思う? 私は受けるべきだと思っているが」

「そうですね……確かに良い話なのでしょう。ですが、色々と不安な事もあります……」


 シスター・エイダが帰ったあと、僕とボスは今聞いた話を受けるべきかどうか検討していた。もちろん最終決定は社長であるボスの権限であるが、この会社のCTO最高技術責任者という役職をもらっている僕にもきちんと意見を尋ねてくる。


「不安? どういった点だ?」

「まず、依頼元が教会であるという点が一つ。裏を返せば信用できるという事でもあるんですが、個人的には宗教関連にはあまり良い思い出がないもので……」


 地球にいた頃、新興宗教にハマった知人からしつこく勧誘を受けた事がある。僕は宗教にはあまり興味がないので一切お断りしていたのだが、最終的には知人と一緒に上司らしき人物まで自宅に押しかけられて辟易とした。まあ、コミュ障のせいでハッキリと断れなかった僕も悪いのだが。


「そうなのか? ふむ、確かに教会の上層部には私も不安がある。だが、シスター・エイダは信用できるお方だ。悪いようにはされないと思うがな」

「そうそう、ボスはシスターをご存知なんですか? なんだかやけに礼儀正しいし、敬意をもっている様子でしたが」

「ああ。シスター・エイダは、その生涯を人助けのために費やしている無私の人だ。自費で治療マギサービスを使って、無償で治してあげる事もしばしばだそうだ。非常に尊敬できるお方だ」

「それはまた……すごい方ですね」


 なるほど。ボスの態度もわかるというものだ。宗教と一口に言っても、信仰を篤くもって人助けをしている敬虔な信者だってたくさん存在しているのだろう。

 宗教というだけで偏見の目を持ってしまった事を反省した。なぜなら、地球でハッカーと呼ばれていた僕だって偏見の目で見られる事が多かったからだ。


 本来、「ハッキング」は「耕す」「切り開く」という意味の言葉で、転じて「未知の問題をプログラムを持って独力で切り開く」ことを指すようになったのだ。「ハッカー」という言葉は、もともとはそのような気概を持つ素晴らしい技術者を指す言葉だった。

 しかし、一部の狼藉者がシステムへの侵入やウィルス攻撃などの悪事を繰り返し、しかも「自分はハッカーだ」と名乗るようになったため、世間のイメージは「ハッカー=悪」として定着してしまったのだ。

 一部の行いのせいで全体が危険視される。これはなんであれよく見られる構図だ。現実の宗教の世界だって、一部の過激派がテロを繰り返すために、同じ宗教を信仰していたり、同じ言語を使うというだけで差別されたり危険視されたりという事が起こっている。


 人は、理解できないもの、未知のものを恐れる。ハッカーも信者も、一般人からすれば「よくわからない人達」という感覚なのかもしれない。お互いの理解が進まずにすれ違うのは悲しい事だと思う。


「それで、他にも不安な点があるのだろう?」

「ええ。そうですね……色々あるのですが、一番大きいのは、依頼の内容がという事につきますね」

「は? な、なんでそうなる? 話を聞いていただろう?」

「ええ。聞いてましたよ。でも、シスターの話だけでは依頼の範囲や条件など、不明な点が多すぎるんです」


 そう。わからない事だらけだった。大きな話だけに、慎重にならざるをえない。


「本当にやるつもりなのでしょうか。治療マギサービスのなんて」

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