066 - hacker.support(dream);

 治療マギサービス。


 ダイナ王国で最大の宗教であり、事実上の国教であるリンター教が運営するマギサービスである。

 治療マギサービスを利用すれば、医療知識がなくても簡単に怪我や病気を簡単に治すことができ、このマギサービスで救われた命は数知れない。そして救われた者が入信するというサイクルができあがり、リンター教の勢力拡大に貢献している。

 しかし、多くの命を救ってきたという功績の一方で、利用者に対して高額なマギサービス利用料を要求するという負の面が存在している。利用料が支払えなければ、他のサービスを含めて全てのマギサービスが利用できなくなり、この異世界においては非常に不便で厳しい生活が待ち受けている。とはいえ、命あっての物種という事で、借金覚悟で治療マギサービスを利用する例も後を絶たない。

 一体どのようにして怪我や病気といった広範な症状に対応しているのかはわからないが、この世界においては重要な立ち位置にあるマギサービスの一つだろう。


「シスターの話では、先日のマギフェスティバルの事件で治療マギサービスの加入者が急増したという事だったな」

「ええ。僕もマギサービス登録所で噂を耳にしましたから、本当だと思います」


 先日のマギフェスティバルで発生したテロ事件。その影響で自衛のためのマギサービスへの加入者が急増している。特に武の心得がないものは、治療マギサービスに最優先で加入するだろう。


「それで、マギサービスのが急激に増加して、限界に近いという事だったな」

「うーん、そこがよくわからないんですが、他のマギサービス企業はどのようにマギサービスを管理しているんですか? いくら急激に利用者が増えたからといって、管理コストがそこまで大きくなるというのが理解できないのですが」

「うーむ、そうだな……。私も詳しいわけではないのだが、恐らくバンペイの作った電話マギサービスがおかしいだけだと思うぞ。普通、この規模のマギサービスを二人だけの会社で回す事などできないというのが常識だ。やっぱりバンペイは非常識だな。うむ」


 ボスは腕を組んでしたり顔だ。ひさしぶりに非常識だと言われた気がする。ボスに誘われて会社に入った最初の内は、何かするたびに「バンペイは非常識だ!」と言われていた気がするのだが、慣れとは恐ろしいものだ。あと、僕は別に非常識ではないはずだ。この世界の常識がおかしいだけだと思う。多分。


 僕が所属している会社『マギシード・コーポレーション』は、ボスの言ったとおり基本的にボスと僕だけが正社員として働いている小さなベンチャー企業だ。商人のブライさんの投資を受けている。

 正確には、ここにお茶くみ担当のシィと、ガードマン兼番犬であるバレットも入れて、さらにはインターンという形で時々手伝いにやってくる学生のパールを入れると、4人と1匹がメンバーとなる。いや、最近はパールがぺぺ君を引っ張ってくるようになったんだっけ。

 一方で、他のマギサービス企業というのは基本的にどこも社員数が百を越えるような大企業が多い。新しいマギサービスを作るわけでもないのに、そんなに人を集めて何をしているのか不思議だったのだが、どうやらマギサービスの管理をしているらしい。


「そうでしょうか? 確かに電話マギサービスがまだ始まったばかりだという事もありますが、それでも利用者は十万人を超えています。マギデバイスの性能を考えれば、別に人数が増えたからといって、管理が大変になるなんて事はないと思うのですが……」


 僕がそう言うと、ボスは呆れたような目を向けてくる。


「あのなぁ、バンペイ。前から思っていたのだが、君はどうも『自分ができる事は他の人にできて当たり前』と考えている節があるな」

「え、そうですかね?」

「うむ。恐らくバンペイのことだから、自虐的に『自分みたいなものができる事なら、他の人にはできて当たり前だろう』などと考えているのだろうが、それは大きな間違いだ。その考えは、時に無意識に人を傷つける。気をつけた方がいいぞ」


 言われてみれば確かにそうかもしれない。そんなつもりはなかったのだが、どうも僕は無意識に人を怒らせてしまう事があった。


 地球でサラリーマンとして働いていた頃、同僚にプログラムの修正をお願いされた事がある。僕は会社ではトラブル担当というかお助けキャラのような扱いを受けていて、頼みごとをされたら断れない性格だった事も相まって厄介な仕事をよく押し付けられていた。

 頼まれたプログラムの修正というのは簡単な機能の追加だけだったのだが、修正する対象のコードが非常に厄介で、処理があっちこっちに飛びまくり、似たような記述があちこちに散らばっていて、一か所を直そうとするとどこに影響があるかわからないという困った代物だった。


 プログラマの仕事をしていると、こういうコードに遭遇する機会はしばしば存在する。このようなこんがらがったコードの事を、絡まりあったスパゲティに例えて「スパゲティコード」と呼ぶのだが、こういったコードを相手するには、根気が何よりも大事になる。一つ一つを地道にほどいていくしかないのだ。

 スパゲティコードが作られる原因は様々だ。誰だって、最初から読みづらいコードを書こうなどと思うはずがない。書いた当人は読みやすいと思っているのかもしれないし、あとから手を加えていって段々と読みづらくなっていったというケースもある。時には、実行速度や効率のためにわざと読みづらい記述をしている場合だって存在する。

 いずれにせよ後から手をいれようという人間にとって厄介な事にかわりはなく、その時の僕も非常に頭を悩まされたのを覚えている。


 そこでハタと気がついた。いっそ、書きなおしてしまった方が早いかもしれないと。今思えば、現実逃避以外の何物でもないのだが、プログラマにとって「1から書き直す」というのは抗いがたい魅力があるものなのだ。改築による改築で無理に継ぎ接ぎした家よりも、誰だって新築に住みたいものだ。

 対象のコードは入出力、つまり「何を受け取って何を返すか」を変えなければ簡単に置き換えられる、ブラックボックスのような存在だった。こういうものは、「○○を与えたら××が返ってくる」というルールが守られているかさえチェックすれば、中身は置き換えても問題ない。

 例えるなら、自動販売機の中身をいくら変えたって『お金を入れてボタンを押せばジュースが出てくる』という決まりさえ守れば、利用者には影響がないのと一緒だ。もしかしたら販売機の中に人がいるかもしれないし、その場でジュースを缶につめこんでいるのかもしれない。でも利用者にとっては、ジュースが飲めれば過程はどうでもいいのである。


 そして誘惑に負けて、対象のプログラムを新機能込みで1から作り上げた。もちろん、入出力の決まりを守っていることは自動テストで確認している。

 いざできあがったコードを頼んできた同僚に見せたところ、彼は喜んで受け取った。しかしその翌日、彼はブツブツと文句を言いながら僕の元に駆け込んできた。曰く、「こんなに綺麗なコードにできるなら、他の部分も直せるはずだ」と上司に怒られたというのだ。


 そんな彼に対して僕はこう返した。「え、それなら他の部分も直せばいいんじゃないんですか?」と。

 彼が「それが自分でできるなら最初から苦労していない」と激怒して、僕が他の部分の改修まで押し付けられたのは言うまでもない。



「バンペイの作るマギサービスはどれもこれも、極端に人が必要ないように作られているだろう。例えば、新規加入者の受付であったり、売上の計算であったり」

「ええ、そうですけど……まさか?」

「ああ。聞いた話では、他のマギサービスでは新規加入者の受付作業は、各登録所に人を置いてで行なっているそうだぞ。それに、売上の計算だって数日がかりの大仕事だという」

「は、ははは……。な、なるほど。それなら、管理コストが急増したのも、わかる気がします……」


 どうやら、他の企業ではマギサービスの運営は大仕事のようだ。登録所に人を置いて人力で受け付ける? どうりでマギサービス登録所で働いている人が多いと思った。あれは各企業の従業員達だったのか。

 僕は既存のマギサービスをほとんど利用した事がないため、細かい事に気がついていなかった。人力で登録しているという事は、恐らく登録から利用できるようになるまでも時間がかかるのだろう。

 その点、うちの会社では登録作業もマギによって自動化されており、登録から利用できるようになるまでも一瞬だ。管理コストのうち、一番お金がかかる人件費はほとんどゼロである。


「もしかして、他のマギサービスの利用料が高額なのって、そのせいもあるんでしょうか?」

「うむ。そうだろうな。我が社と違って社員の数も多いし、養っていくのは大変だろう」

「なんだか急に悪い気がしてきました……」

「いや。確かに管理費も多いだろうが、利用者数を考えれば利益はかなり出ているはずだ。特に、教会の治療マギサービスはあきらかに利用料が高すぎる。彼らの言い分では『お布施』の意味もあるという話だが、信者であろうとなかろうと関係ないからな」


 そんな治療マギサービスのシステム全面刷新。

 シスター・エイダが持ち込んできた依頼であるが、非常に悩ましいものであった。


「それにしても、確か『コンペ』と言っていたか? なぜあのような回りくどい依頼の方法をとるのか、私には理解できんぞ」

「その方が、より安く、より性能が良いものを作れるという狙いがあるのでしょう。僕の故郷でも行われていましたよ」


 そう、シスター・エイダが持ち込んできた依頼だったが、それは僕達に治療マギサービスのシステム刷新について『コンペ』に参加してほしいというものだった。

 コンペというのは、コンペティション、つまり『競争』を意味する言葉だ。何を競うかというと、この場合は複数の企業で『我が社に任せて頂ければ、このような素晴らしいシステムが作れる』と提案しあって、どの会社が仕事を引き受けるかを競うという意味になる。

 地球でも仕事を外注する際にしばしば行われる方法だ。特に建築分野では、公共性の高い建築物の設計をコンペで決める事がよく行われている。


 依頼者にとっては複数の提案の中からより良い物を選ぶ事ができる素晴らしい方法なのだが、依頼を受ける側にとっては、提案するために作った資料や掛かった時間が、選ばれなければ全て無駄になるという辛い方法でもある。それでも仕事が欲しい側は参加するし、知名度が低くても提案さえ良ければ採用されるチャンスがある。


 教会は僕達以外のマギサービス企業にも同様の依頼をしているのだろう。シスター・エイダは「あなたたちに是非お願いしたい」と言っていたが、僕達が選ばれるとは限らない。


「正直、僕は自分たちのマギサービスに集中した方が良いと思うのですが……」

「うむ。確かに社の利益だけを考えるとそうだろうな。だがな、バンペイ。私はこのコンペに全力で参加して、治療マギサービスの改修という仕事を引き受けるべきだと思う」

「なぜです?」

「治療マギサービスの利用料を少しでも下げるためだ。バンペイも知っているだろう。利用料が支払えずに苦しんでいる人達だってたくさんいるのだ。そして、高額な利用料のために利用をためらって命を落とす人だって後を絶たない」

「それは……」


 確かにボスの言う通り、高額な利用料が大きなネックとなっている。

 医療が発達し、国民健康保険のような制度が導入されていた日本とは違い、この国では治療マギサービスの存在によって医療が発達していない。民間療法の域を出ないものがほとんどだ。国民健康保険のように高額な医療費を肩代わりする制度もないため、お金のない人にとっては怪我や病気はかなりクリティカルな問題である。

 いっそ保険制度を提案するという手もあったが、理解を得られるまでは時間がかかるだろう。それよりもネックである高額な医療費を何とかできるなら、その方が断然いいに決まっている。


「わかりました。確かに、治療費を下げられるなら挑戦すべきですね」

「わかってくれて嬉しいぞバンペイ!」


 ボスはニコリと微笑んだ。彼女の心から嬉しそうな笑顔は、僕が入社を決めた時の事を思い出させる。

 この会社に誘われた時、ボスは『高額な利用料で富裕層しかマギサービスを利用できない現状を変えたい』と語っていた。この仕事を引き受ける事は、ボスの夢に一歩近づく事になるのだろう。


 彼女の夢を応援したい。それこそが、僕がこの会社に入った理由である。


「そうと決まれば、早速仕事だ! バンペイ、提案のための資料を作るぞ!」

「はい、わかりましたよ。ボス」

「最強のマギシステムと、最強の提案資料を作るんだ! 今夜は眠れないぞ!」

「ははは、人使いが荒いボスですね」


 しかし、そんな彼女が……。うん。仕事しなくっちゃ。

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