062 - hacker.find(seeds);

 王様暗殺未遂のテロ事件というセンセーショナルなニュースは、王国全土を席巻した。


 その重要性を鑑みて、犯行の目的、手口、犯人が誰かに至るまで関係者には緘口令が敷かれたが、人の口に戸は立てられないものである。一部の情報はまことしやかな噂として巷間を賑わせた。

 特に大きな噂となったのは、犯人がマギアカデミーの現役教師だった事だ。こればかりは現場で逮捕の様子を見ていた人が多かったため、隠しようがなかった。犯行理由や手口は僕との会話で明らかにされた部分が多いが、他の人達はマイクの男が話した内容しか聞いていないため大部分は秘匿できている。

 唯一気になるのは、マイクの男が手口である「火薬」というキーワードを口にしていた事だが、そもそも火薬という名称自体が一般的でないため、問題にならないだろうと思われた。


 謎の爆発についてはマギによるものと人々は思い込んでいる。フォークスの思惑通り、今回の事件がマギの危険性を大きく訴える事になるかと思われた。

 しかし、フォークスの思惑とは異なり、事態は別の方向へと動き始めたのだ。


「マギサービスの登録数が増えているだと?」

「ええ、うちの電話だけではありません。軒並み登録数が増加傾向にあるとか。特に増加が著しいのは、教会の提供する治療マギサービスや拘束・防御系のマギサービスだそうです。登録所で噂が流れていました」


 ボスが驚くのも無理はない。フォークスの目的とは真逆の現象が起きているからだ。

 テロによってマギの危険性を訴えるまではよかった。だが、この世界のもまた、マギなのだ。マギが危険だとわかれば、それから身を守ろうと考えるのは当たり前といえば当たり前だった。

 もちろんこれはあくまでも一時的な傾向で、危険なマギを規制する方向へと進むかもしれない。しかし、喉元過ぎれば熱さ忘れるとの言葉通り、どんなに衝撃的な事件でもしばらくすれば忘却されていくものだ。負傷者は出たが死人は出なかった今回の事件は、後を引く事もなく忘れ去られていくかもしれない。


「結局、奴らがやった事は無駄だったという事か……」

「そうですね……。人類は今更マギを捨てる事などできない。皆それがわかっているからこそ、マギと共存する方法を模索しているんでしょう」

「つまり私は縛られ損……」


 なんだか違う意味で落ち込んでしまったボスを生暖かい目で見ながら、ニシキさんとの会話を思い出す。『お前は危険だ』と言われた事は存外にショックだった。確かに僕は、自分がこの世界にいている知識の危険性に無頓着だったかもしれない。

 しかし生徒達の言葉が僕に勇気を与えてくれる。彼ら彼女らの中には、僕が撒いた一粒の種が存在していた。まだ芽が出たばかりの小さな種だが、やがては立派な大樹に成長して、この世界を緑豊かに彩ってくれると確かに思えた。それは僕がやっている事が単なる破壊ではない事の証明に感じられたのだ。


「それで、マギフェスティバルの方はどうなんだ? 再開催は陛下の望みなのだろう?」

「はい。準備の方は問題ありません。念のため警察隊にも協力してもらって警備を強化してもらう予定です。あんな事は、もう二度とごめんですけどね」

「そうか。だが、あんな事があったからな……果たして観客が来るかどうか……」

「そう、ですね……」


 テロがあったイベントなんて縁起が悪すぎて行きたくもなくなるというものだ。前回よりも観客は少なくなるだろう。せっかくの生徒達の晴れ舞台なのに、申し訳ない事になったな……。


//----


 なんて思ってた僕が馬鹿だった。


 会場を埋め尽くすのは、前回よりも遥かに増えた人、人、人。


 マギフェスティバルの再開催日当日、朝早くにオフィスを出てきたというのに、すでに入場門が開かれて会場が開放されている。どうやらあまりに人が多すぎたために早めに門を開ける事にしたらしい。


「これは……壮観だな、バンペイ」

「ええ、まさかこんなに来てくれるなんて……皆、テロが怖くないのでしょうか?」

「怖いもの見たさというのもあるだろうが、やはり陛下が再開催を望んだというのが大きいんじゃないか? 陛下がご臨席なさるというのに、我々国民が怖気づいて参加しないのでは格好がつかんしな」


 僕はこの国の国民の忠誠心を舐めていたのかもしれない。どうやら思ったより王様は国民に人気があるようだ。この前の演説も効いているのだろう。


「ともかく、これで何事も問題なく開催できるというものだ。私も前回の司会は中途半端に終わってしまって心残りだったんだ。ふふふ、腕が鳴るな!」


 ボスは司会にやる気を出している。最初は引き受ける事を渋っていたのにえらい変わりようである。どうも大観衆を相手にするのがツボにハマったらしく、しまいには歌でも歌い始めそうだ。そのまま僕がプロデューサーとなってアイドルデビューしてもらうのも悪くないかも。あれ、この人ってうちの会社の社長だよな、確か?


 くだらない事を考えていると、運営テントへとたどり着いた。しかし、何やら中が騒がしい。


「いいえぇ、やっぱりぃ、スクイーちゃんは参加させないわぁ。だってぇ、また変な事件でも起きたら危ないものぉ」


 聞き覚えのある語尾を伸ばしたのんびり口調。そこに混ざったかすかな毒。


「しかしですね、彼はこの日のために非常に努力して準備されてきたんです! もっとお子様の努力を認めてあげてはいかがですか!」

「ふふ、努力ぅ? もちろん認めてあげるわぁ。私の言う通りにして、がんばってくれればねぇ」


 テントの入り口を開けて中に入ると、果たしてそこには想像通りの光景があった。

 先日の金銀のど派手なローブも強烈だったが、今日の婦人は全身がどぎついピンクのワンピースという更に輪をかけて異彩を放つ格好をしている。スクイー君の母親だ。

 それに相対しているのは今日も銀縁のメガネとピッチリとした刺繍入りの白いシャツを身につけた妙齢の女性、デルフィさんである。先日の爆発騒ぎではフォークスによって監禁されていたために欠席だったが、今日はしっかりと出席しているようだ。


 二人の口論の議題となっているのは、その二人に挟まれて小さくなっているスクイー君の事だ。どうやら彼の母親は、彼がマギフェスティバルに参加する事に反対しているらしい。先日の騒ぎがあったために、過保護で過干渉な母親としては心配でたまらなくなったのだろう。


「おはようございます。デルフィさん、どうされたんですか?」

「あら、おはようございます、バンペイさん。聞いてください。こちらのスクイーさんの保護者の方が、彼をマギフェスティバルから欠席させると仰るのです!」

「そうよぉ? 私はスクイーちゃんの保護者ですものぉ。保護者には自分の子供の安全を守る義務があるのよぉ? こんな物騒な催しごとには参加させられないわぁ」

「キー! だから何度もご説明してるではありませんか! 今回は警察隊にもご協力頂いて警備は万全でございます! 前回はわたくし不覚をとりましたが、今回は何に変えても生徒達を守ってみせますわ!」

「わざわざそんなリスクを侵さなくたってぇ、最初っから参加しないほうが良いに決まってるじゃなぁい。どうせマギの大会なんかぁ、大した価値もないんだしぃ」


 二人の口論が続く中、当事者であるはずのスクイー君は何も言えずにうつむいている。どうやらマギフェスティバルに出られなくなりそうで、ションボリしているようだ。

 そんなスクイー君にこっそりと話しかける。


「スクイー君。君はそれでいいのかい? 君はこの日のために頑張ってきたんじゃないのか?」

「先生……でも、母さんが……」

「その母さんにこれ以上心配をかけないために、見返すんじゃなかったのか? このままだと、君はいつまで経っても親から自立できないし、親だって君から子離れできないよ?」

「…………そう……そう、ですよね」


 スクイー君の目にかすかな光が灯る。


「母さん……母さん!」

「あらあらぁ? どうしたのぉ、スクイーちゃん。そんな大声だしちゃってぇ」


 最初は小声だったが、決心したのか大声で母親に呼びかけるスクイー君。母親はそれを目を丸くして見ていた。彼が大声を出すのは母親からしても非常に珍しいのだろう。


「母さん、僕、マギフェスティバルに出たい! 出たいんだ!」

「……まぁ。まぁまぁまぁ。嫌だわスクイーちゃん。その教師に何かまた余計な事でも吹きこまれたのねぇ? ダメよぉ、ママの言う事はちゃんと聞かないと、立派な大人になれないのよぉ?」

「違うよ、僕が、僕がマギフェスティバルに出たいと思ってるんだ! それに、母さんの言う通りにしてたら、なんにもできなくなっちゃう! 僕、自分で何でもできるようになりたいんだ!」

「スクイー、ちゃん……?」

「母さんが僕の事を心配してくれてるのはすごく嬉しいよ。でも、僕はいつまでも子供じゃないんだ。少しぐらい危なくったって、自分で何とかできるよ。今日は、母さんにそれを見せたいんだ」

「……スクイーちゃん……」


 母親はスクイー君の言葉に放心している。それだけ、普段の彼のイメージとはかけ離れた言葉だった。

 親離れできない子供と、子離れできない親。二人の依存関係はお互いがお互いを縛りあい、まるで相互参照ループのように終わりが見えなかった。だが、ついに片方がもう片方から離れようとしている。スクイー君はこの瞬間から本当の意味で自立への道を歩み始めたのだ。


「素晴らしい、素晴らしいですわぁ!」


 デルフィさんはもはや号泣している。生徒の成長が嬉しくてたまらないのだろう。

 僕も泣いてはいないが、同じ気持ちだ。彼の成長に拍手を贈りたい気分である。


 しかしそんな中、一人だけスクイー君の成長を喜ばない人物がいた。


「そんな……嘘、嘘よねぇ、スクイーちゃん。スクイーちゃんはママを捨てたりしないわよねぇ?」

「捨てたりなんかしないよ。でも、お互い近すぎたから、少し離れようよって言ってるんだ」

「ダメ……ダメよぉ。スクイーちゃんは、いつまでも私と一緒にいるんだからぁ……。ね、ママとおうちに帰りましょう? スクイーちゃんの好きな物なら何でも用意してあげるからぁ、ねぇ?」

「母さん……」


 いくら彼が自立しようとしても、もう一方がそれを認めないのでは話が進まない。母親はスクイー君にすがりついて離れようとしない。それはまるで、巣から旅立とうとする小鳥を、親鳥がいかせまいと必死に押し留めているようだった。


「いい加減にしてはどうだ、母親よ」


 そこで、今まで一言も発さずにやりとりを見ていたボスが口を開いた。以前スクイー君の母親の話を聞いた時のように激昂する素振りはない。むしろ静かに、諭すような口調だった。


「なぜ子供の成長を素直に認めてやらん? 素直に喜んでやらんのだ? 母親がそんなでは、いつまで経っても子供は子供のままだ。立派な大人などには、なれはしない」

「そんなことないわよぉ! 私の言う通りにしてたら、ちゃんと立派な大人にだってなれるわぁ!!」

「子供に甘えるのもいい加減にしろ!!」


 ボスの一喝が稲光のようにテント内に木霊する。


「甘えてなんか……」

「いいや、スクイーが貴様に甘えているのではない、貴様がスクイーに甘えているのだ。聞けば、スクイーのやる事なす事、全てに口を挟んでいたらしいな? そんな事をされたら、普通はどんな子供でも親を疎ましく思い、家を出ようとするものだ」

「スクイーちゃんは家出なんて……」

「するさ。普通の子供ならな。しかしスクイーは一晩ですら家を出る事はなかった。なぜだと思う?」

「それは……スクイーちゃんは良い子だから……」

「そうだ。正確には『良い子であろうとしたから』だ。スクイーは言いつけを守らずに事故で死にかけてからというもの、貴様の言いつけを必死になって守ろうとしていた。だがそれは、貴様の言う事が正しいからではない、貴様に心配をかけたくなかったからだ!」

「心配を……?」

「そうさ、スクイーは貴様に心配をかけたくないあまりに、貴様の言う事を何でも受け入れてきた。貴様はそんな事にも気がつかず、ただスクイーが自分の言う事をきく『良い子』なだけだと思い込んでいる。これが、甘えているのでなくて何という!」

「そ、それじゃぁ……スクイーちゃんは本当は、私の事なんて嫌いだったの……? 私が言った事には、嫌々したがってたって言うのぉ……?」


 母親の目からポロポロと雫があふれだし、厚塗りされた化粧を巻き込んで、色付きとなって地面へとこぼれ落ちる。どうやら本当に何も気がついていなかったようだ。


「違う、違うよ、母さん。母さんを嫌ったりなんかしてない。確かに母さんの言う事に従うのが嫌な事もあったけど、僕は母さんに感謝してるんだ」

「スクイー、ちゃん……」

「だって母さんが色んな事を言うのは、全部、僕のためを思ってだったんでしょ? 全部母さんの言う通りにしていても、もしかしたら、ううん、きっと僕は幸せになれたと思う」

「ならどうして……」

「でもそれじゃあダメなんだ。それだと、母さんはいつまでも僕の事を考えてばっかりじゃないか。僕は良いかもしれない。けど、母さんが幸せになれないんじゃ意味がないんだよ。母さんには母さんの人生があるでしょ? 僕は一人でも大丈夫だから、母さんも自分の幸せをちゃんと探してほしいな」

「スクイー……ちゃん…………う、うう、ごめんね……ありがとう、スクイーちゃん……」


 抱擁しあう二人を残して、静かにテントを後にした。


 どうやら彼の中にもまた、『一粒の種』は確かに存在していたようだ。

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